30代男性Vtuberが、自分を愛せるようになるまでの話 作:物怪相談
バレンタインの夜……ミコトと二人で恋人としての時間を終えれば、次はリスナーとの時間だ。
オープニング映像が終わり、配信画面に切り替わると二人で挨拶をする。
「ミコトと!」
「カクシの!」
「「チョコ作り配信ー!」」
>コメント:いえーい!
>コメント:デパートでチョコ買ってきた!
>コメント:ゴリラみたいなチョコ有って思わず買っちゃった
>コメント:私はチョコアソート
以前は恥ずかしかった少しテンション高めの挨拶も、最近はミコトと一緒に行うことで慣れてきた。
もっと恥ずかしいことを何度もしているから、という理由もあるかもしれない。 ……首輪とか、哺乳瓶とか。
「みんな沢山チョコを買ったんだねー。ハッシュタグに寄せられたチョコは見させてもらってるよ」
「この時期は自作するための材料や、既製品も本当に賑わいますよね」
「特に東京の大型店とかは、世界各国からチョコが集まってるらしいよ」
「各国の有名チョコで旅行気分を味わうのとかも良さそうですね」
チョコに絡めたオープニングトーク。
だが俺の姿を見たリスナーからはチョコではなく別件の反応が多い。
>コメント:ってかそれ新衣装!?
>コメント:エプロン姿始めて見たんだけど!!
>コメント:平野先生ありがとう!
主に反応しているのは、俺のチャンネルに遊びに来てくれるリスナー達。
彼等の言う通り、今日の恰好は俺もミコトも、デザインこそ異なるもののエプロン姿だ。
俺は普段の
長い髪に関しては後ろで束ねた状態だ。
今回はキチンと平野ママに依頼して作ってもらったもの。
普段は何も言わずに色々な衣装を送ってくる人だが、エプロン姿はストックになかったらしい。
普段貰ってばかりだった平野先生に、ようやく正式にお金を払うことができて少し心が軽くなった。
「新衣装というか、元の衣装のアレンジと言う感じですね。 以前の狐耳や尻尾アバターと同じと考えて下さい」
今までのイメージから大きく変わるようなアバターなら、新衣装お披露目として大々的に枠を取ってもよかったのだけど今回はそうではない。
お料理配信で時々使うぐらいがちょうどいいだろう。
「髪型や目元の薄衣差分を除けば、お着替えは四つですね」
そう言いながら衣装を、通常衣装、狐、羽衣、エプロンと切り替えていく。
羽衣は平野先生曰くバレンタインとして用意されたものだったが、ダンス動画での舞踊の方に主に使われている。 たなびく羽衣が美しく、中々に評判も良い。
「どの衣装も素敵だよねぇ……おっと脱線してばっかじゃだめだよね。 カクシ君、今日は何をしてくれるんだったかな?」
「はい、チョコブラウニーを作る予定です。 普段ミコトにはホワイトデーで返してましたが、今年は私の方からもチョコを作って贈りたくて」
「ボクはリスナー君達と話しながら食べる役! ……今回、料理を作ってる姿を見せようと思って3D部屋に色々運び込んだんだけど、流石に二人別々の作業するのは無理だったんだよね」
「その規模となると、ちゃんとしたスタジオやカメラスタッフも必要になってきますからね」
不可能とは言わないが、流石に家庭のスタジオでそこまでの規模は難しいだろう。
企業の大きなスタジオなら可能かもしれないが……そのレベルのスタジオで料理をしたりするのは、機材を壊したときが恐ろしくてやっぱり難しそうだ。
「皆さんも真似しやすいように、今回は簡単なレシピにしようと思ってますよ。 ……ホントはバニラエッセンスとかも有ったほうが良いんですが、この一回でしか使わない、と言う人には大量に余っちゃいますから省きました」
机の上には、ホットケーキミックスに卵にチョコ、牛乳と手に入りやすいものばかりが並んでいる。
「へぇ、市販のホットケーキミックスを使うんだね」
「これは洋菓子全般に使える万能アイテムです。 簡単にお菓子作りをしたいなら、これから始めるといいですね」
まずはオーブンを予熱して、その後にホットケーキミックスとココアをふるいにかける。
今回3Dモデルを映しながら、ワイプには手元カメラの映像を映している。
料理をする際、やはり実際にどういうことをしているのかが見えたほうが伝わりやすいからだ。
この辺りは、手や体が映っても問題ない個人Vtuberの強みと言えるかもしれない。
デスクに置いているタブレットにはリスナーから見えている自分の姿が映っているが、3D上だと器具が無いため虚空を振るいにかけているのが少し愉快だ。
ミコトは机に置いてある砂糖の量を見て驚きの声を上げた。
「うわー……お菓子ってこんなに砂糖使うんだね……」
ミコトも料理をするのだが、お菓子より家庭料理が中心だ。
キミに食べて欲しくて練習してたんだよ、と以前打ち明けられたが、それを考えると俺がそこまで間食をしないタイプだから、自然とお菓子作りがレパートリーから外れていたのだろう。
「これでもミコトの好みに合わせて15グラム減らしてるんですよ。 皆さんは表記してるレシピ通り入れてくださいね」
>コメント:レシピ通りだと50gあるんだけど
>コメント:バターもたっぷりだし、これ見るとお菓子で太る理由よくわかるわ
>コメント:でも食べちゃう……
>コメント:チョコ食べた分食事抜けばいけるいける!
「食事を抜くのは良くないですよ? 栄養が足りないと後から骨粗鬆症とか色々問題が起きますから」
「カロリー以外の栄養もきちんと取ろうね。 リスナーのみんなには笑って長く付き合って欲しいもん」
>コメント:はーい!
>コメント:じゃあ六食たくさん食べます!
「六食は極端! 食べ過ぎも良く無いですからね!?」
「あはは……間食してもいいよって言おうと思ったけど、流石にそれはちょっと心配になるかも」
>コメント:そんなぁ……
>コメント:何事もバランスが大事ってことで
その後も、リスナーに説明をしながら手順を進めていく。
「チョコとバターを溶かして混ぜるのですが、これに関しては電子レンジで30秒温めれば大丈夫です。 今回は電子レンジが別の部屋にあるので、湯煎で行いますね」
「カクシ君手慣れてるねー、昔から作ってたの?」
「…………その、ミコトにチョコを贈りたくて、今年こっそり練習してました」
「うそ! 一緒に暮らしてるのに全然気づかなかったよ!?」
配信者は基本的に家で完結しているとはいえ、ミコト一人で出かけることも当然ある。
その間一人で練習して、ミコトの好みに合わせて分量を変えるために何度かアレンジして作っていたのだ。
美味しいと言ってもらえると嬉しいのだけど。
>コメント:愛だねぇ
>コメント:彼氏からの手作りチョコ良いなぁ
>コメント:バレンタインステップ1、まず彼氏を作ります
>コメント:チョコ作ってくれる彼氏はレア度SSRなのよ
「あとはしっかり卵、砂糖、牛乳と、さっき溶かしたチョコが混ざったら、次は最初に用意した粉を切るように混ぜて、予熱してたオーブンで二十分焼きます。 慣れてないうちはオーブンを開けて確認したくなるかもしれませんが、開けると熱が逃げるのでじっと待ちましょうね」
「……あれ? これでもう終わり?」
「そうですよ、簡単レシピですからね」
>コメント:配信してまだ二十分しか経ってないよ!?
>コメント:簡単だけど、みじかーい!
リスナーからも困惑の声が漏れる。
焼きあがるまで雑談をしてもいいのだが……これはチョコ作り配信。
余った時間は他の品も作っていこう。
「もちろんまだ粉と時間が余ってますからね……ここからはカリっとしたチョコホットケーキを作るつもりです」
「カクシ君カクシ君。 チョコじゃないけど、ボクふわふわのも食べてみたい。 よくタイムラインに流れてくる奴。 食べたことないんだよね……出来る?」
「大丈夫ですよ。 それじゃあ残った粉の半分はそうしましょう」
俺はミコトの要望に笑って答える。
都心ではそういったパンケーキのお店は良くあるが、この辺りは全くと言っていいほど見かけないから食べて見たかったのだろう。
予定にはなかったことだが、このくらいなら対応可能だ。
まず俺は机の下に予め置いていた、ジップロックに保管したお菓子を取り出した。
「まず、どこのご家庭にもある箱買いしたVtuberウエハース」
「これボクが収録されてるやつじゃん!」
Vtuberウエハースは、二〇一九年から今も定期的に発売されている商品だ。 様々な企業Vtuberだけでなく、個人勢Vtuberのカードも何名かは入っている。
配信初期から個人勢上位を走り続けていたミコトは、第二段から定期的に収録される常連だ。
>コメント:どこのご家庭にもは無い
>コメント:草
>コメント:ミコちゃん出るまで開けたんやろなぁ
「このウエハースは麺棒などで粉々になるまで砕いて、ホットケーキミックスと混ぜ合わせます」
「へー……生地が茶色くなった」
「チョコウェハースですからね。 ……こちらは粉の半分を砕いたウエハースに置き換えるつもりで作れば、後はホットケーキの生地作りと一緒です。 ただ、焼くときはフライパンにバターを溶かして、表面を高温で焼きましょう」
「なるほど、それでカリッとした食感になるんだね」
これでチョコホットケーキの生地は問題ない。
次はふわふわのホットケーキの方だ。
「ふわふわにする場合は牛乳の三分の一くらいを炭酸水に置き換えると良いですよ。 流石に今回は用意してませんが……そうだ、ミコト。 冷蔵庫からマヨネーズとシロップを取ってきてくれますか?」
「はーい」
配信場所からキッチンまでは近いため、すぐにミコトが戻ってくる。
「マヨネーズを生地に回しかけて……後はヘラや箸で軽く混ぜる程度にしましょう」
「そんな感じでいいの? ダマになったり粉が残りそうだけど」
「混ぜすぎると生地にグルテンが作られて、膨らまなくなるんです。 なので粉が残っても良いので軽く混ぜる程度にします」
生地が二種類出来上がったのでフライパンをカセットコンロに乗せて火にかける。 このフライパンは通常の物とは異なり四つ丸に仕切られたものだ。
「無くても良いですが、こういうフライパンがあると便利ですよ。 お弁当を作る時など複数の調理を同時に行う目的のものです。 ……均一な丸を作れるので、今回は小さいホットケーキを作るのに使います。 型枠があると厚みも出しやすいですし」
しっかりフライパンが熱されたことを確認すると、それぞれの丸部分に二種類の生地を焼いていく。
ここからは頃合いを見てひっくり返すだけだから、ようやくコメントの方も見られそうだ。
「ほわー……ほんと手際いいよね」
「元々定食屋のアルバイトしてましたからね、地元では人気があるお店だったのでいい経験になりました」
>コメント:料理って一人暮らし長くてもできる人と出来ない人いるよね
>コメント:だって自炊するより米炊いて総菜買ったほうが安いし……
>コメント:料理できる男性いいなぁ、夫に来てくれない?
「あげませーん。 カクシ君はボクの恋人なので!」
「料理できる男性にはミコトも含まれてるでしょう。 ……もちろん、渡しませんけどね」
>コメント:この二人結構バカップルだよね
>コメント:これを見に来た
>コメント:またイチャついてる……
>コメント:毎秒イチャついてくれ
「良いんですよ、バカップルでも。 恋人も夫婦も仲良しが良いじゃないですか」
「ボクの両親も仲良し夫婦だし、今でも毎年二人で旅行とかしてるよ。 好きな人とはイチャイチャしたい家系なのかもね」
まだミコトのご両親に挨拶はしていないが、俺達もそうなれると良いな。
隣で笑う恋人を見ながら、俺は内心でそう思った。
バレンタイン編は明日で最後!