30代男性Vtuberが、自分を愛せるようになるまでの話 作:物怪相談
ホットケーキを焼いていると、オーブンからは焼き上がりを知らせる音が鳴った。
ほのかに甘いチョコの香りが漂ってくる。
「ちょうどホットケーキもブラウニーも焼き上がりましたね。 並べて早速いただきましょうか」
「おいしそうな香りだね……味とか匂いはまだネット経由じゃ伝えられないのが残念だよ」
「その分、言葉でお伝えしましょうね」
焼きあがったチョコブラウニーをカットして、お皿に並べていく。
余った粉で作ったホットケーキは、それぞれが直径八センチほどと小さめでかわいらしい。
それぞれの皿にブラウニーと、ふわふわホットケーキ、チョコホットケーキの三つを並べて映像に映した。
ふわふわの方は横から見ると、厚みも三倍近くになっている。
>コメント:うわー、ホントにふわふわのやつじゃん
>コメント:ちょっとマヨネーズ入れるの真似してみるね
>コメント:調べたらこれ、キューピー公式の裏技なんだ
「この厚みはマヨネーズや混ぜ方より、型枠の影響が大きいです。 厚みを出したい場合は、シリコンなどの枠を使用するといいですよ」
コメントを見ながら、俺達は隣り合って席に着いた。
カメラはお皿に向けたままなので、食器類は反射による身バレ防止にプラスチック製のものを使用している。
ミコトは最初どれから食べるか悩んでいたようだが、決まったらしい。
手を合わせて、いただきますと言ってからチョコブラウニーを手に取った。
「まずはメインのチョコブラウニーから! …………あ、美味しい! ほんのり甘くて、でもちゃんとチョコの感じ! 市販のよりも好きかも!」
ミコト用に甘さを調節したのがお気に召したようで、美味しそうに食べてはもう一切れと手を伸ばしている。
喜んでもらえるのがとてもうれしくて、自分で食べるのを忘れて隣にいるその顔を眺めてしまう。
「……完成まで三十分程度ですから、皆さんも好きな人に送ってみてくださいね」
>コメント:これホワイトデーのお返しにしようかな
>コメント:来年のバレンタインに友チョコで作ってみよう
>コメント:[2000] せっかくだし、あーんして!
俺も一切れ食べようと考えているとスーパーチャットが一つ届いて、口に運ぼうとしている手が止まってしまった。
ミコトはそれについて少し考えると、俺を見ながら笑って答える。
「あーん、かぁ……ボクの方からは以前したし、今回はキミにして欲しいなぁ」
>コメント:したの!?
>コメント:くわしく!
「先月にVlogを投稿した京都旅行があったでしょ? あの時、旅館に有ったお饅頭をあーんってしたんだよ」
「あれ緊張で味がわからなくなるんですよね……」
……とはいえ確かに、してもらったのなら俺も返そう。
フォークのような突起物をミコトに向けるのは怖いので、ブラウニーを手で取りミコトの口へと持っていく。
「あ、あーん……」
俺がそういってブラウニーを運ぶと、ミコトは目を閉じて口を開ける。
まるで小鳥が口を開けて待っているようで可愛らしい。
気恥ずかしさで真っ赤になりながら差し出したそれが唇に触れると、ミコトは咥えて受け取った。
「んふふふふ……なんかほんのりじゃなくて、すっごく甘く感じるね」
>コメント:砂糖吐きそう
>コメント:ビターチョコにすればよかった
>コメント:このコーヒー、カフェオレだったかな……?
ミコトの喜んでくれる笑顔が嬉しいのだけど、リスナーの前でしているということで身をよじりたくなるほどに恥ずかしい……。
俺は自分の感情をごまかすために、ホットケーキをカットして口に運ぶ。
「……はい。 生地を薄めに作ってるので表面がサクッとしてますね。 ……ふわふわの方も、ちゃんとふわふわです」
ダメだ……リスナーに味を伝えようと思ってたのに、頭が回らずロクなコメントが出てこない。
>コメント:コメントもふわっとしてる
>コメント:照れるとカクシさんって語彙とか色々ポンコツになるよね
「おっしゃる通りですよ……! 二人きりでも恥ずかしいのに、皆さんの前でしたんですからもう顔が熱くて……!」
「まっかっかでかわいー。 これも目の前にいるボクだけが見られる特権だね」
>コメント:うらやましい……
>コメント:写真ください
>コメント:ファンアートで描くかぁ
そんな限界な俺と対照的に、ミコトは嬉しそうにホットケーキを食べている。
既に要望通りのふわふわホットケーキは皿から消えており、今はチョコホットケーキを堪能中だ。 だが、それを飲み込むと、良いことを思いついたと言うように笑って、人差し指を唇に持っていく。
「カクシ君……今ボクにキスしたらチョコ味だよ?」
思わずそれを見て俺は固まってしまった。
その動作は、京都旅行で初めてキスをした日のものだから、あの時のことをどうしても思い出してしまう。
>コメント:フリーズしてて草
>コメント:だいたーん!
「リスナーの前で、出来るわけ、ないでしょ……!」
Live2Dならともかく、3Dで行えば何をしているのか丸わかりだ。
流石にキスをリスナーの前で行う勇気はない。
「えー、残念」
「まったくもう……」
もちろんするはずがないと分かっているためか、ミコトは言葉ほど残念そうにすることなく笑って言った。
ある程度の食レポも終わったため、ここからはお菓子を食べながらリスナーとの雑談だ。
どうしても料理中はミコトも俺の料理に合いの手を入れる形だったため、ファンとの交流としては薄めだった。
配信場所がミコトのチャンネルなので基本的にはミコト宛のものが多いのだが、コメントの一つに俺宛のものも有ったので答えることにする。
>コメント:にしてもカクシさん最近色々やってるから、本や物語を紹介するVtuberって肩書き薄れてきてない?
「薄れて……ですか。 確かに色々やってますけど、私の核は今も物語のつもりです。 ちゃんと今までのコンテンツは継続してますし、新しく朗読だって定期配信を作ってるんですよ?」
>コメント:あぁ、あのサバト……
>コメント:リスナーの欲望があふれ出てるやつね……
リスナーが言っているサバトとは、青空読書会と並んで行っている定期配信の一つだ。
正式名称は、みんなの短編朗読会。
ファンアートや手紙が本当にうれしかった俺はリスナーの書いてくれた物語も読みたくなって、匿名サービスのマシュマロを利用することを思いついた。
千字以内の短くまとめられた物語を読み上げるという企画。
だがそれは次第に、俺への欲望をぶつけるシチュエーションボイスの様な使われ方をするようになってしまった。
その結果リスナーの欲望が渦巻くその集まりを、魔女たちの集会に例えて"サバト"とリスナーの中で呼ばれるようになったのだ。
……なお、そこまでおかしくなってしまったのは、平野ママが成人向け同人誌を俺に送りつけたことが知れ渡っているからである。
あれが許されるならこのくらい可愛いもの、という考えからエスカレートし、今では様々なものが届いている。
実は俺単独での配信同接数だと、一番はデートなどミコトについてを話す雑談。 そしてその次がサバトとなっているので少々複雑な気持ちだ。
「あの配信良いよねー、ボクも好きだよ」
「聞いてるんですか!?」
「うん、キミがデートの相談をしてる雑談は見ないようにしてるけど、ボクはキミのリスナーだから大体の配信は聞いてるよ」
「……まぁ、私もミコトの配信は聞いてますけど……恥ずかしいですね」
「キミだってボクのシチュボCD買ってたじゃん。 おあいこだよ」
……そんな楽しい時間は過ぎていき、お菓子も食べ終わって配信時間も良い頃合いになった。
今日はそろそろ終わりにしようかミコトがまとめに入る。
だがそこで、一つのスーパーチャットが届いた。
>コメント:[10000]カクシさん十万人おめでとう!!
>コメント:マジ!?
>コメント:ホントだ!! 達成してる!?
「え……!? 達成、してる? 配信前はまだ二千人くらい必要でしたよ……?」
「ホントに!?」
俄かには信じられずミコトと一緒に、スマホで自分のチャンネルを確認する。
すると確かに、登録者十万人の表示が画面に踊っていた。
「ホントだ……一体何が原因なんでしょう……」
>コメント:SNSの方にエプロン姿のカクシさんが料理してる切り抜き流れてたから多分それ
>コメント:なんかリンゴ握りつぶしてジュースにしてるショートが引用でついててプチバズってたよ
>コメント:料理男子ってモテるんだなぁ
>コメント:料理(握力)
どうやら、これまでのショート動画と、新衣装のエプロンが上手い具合に作用したらしい。
何がリスナーに刺さるのか、どのタイミングで伸びるのかなどは自分でコントロールできるものではないし、その二つが繋がるのは正直言って予想外過ぎた。
そう考えると、とにかくいろいろなものを作って当たり範囲を広くしたのが良かったのかもしれない。 ……何かに特化した方が魅力を伝えやすいから、一概にどれが正解とは言い難いけど。
喜びを実感している俺に、ミコトが声をかける。
「おめでとうカクシ君。 ボクの百万人より、キミの方が先だったね」
ミコトの登録者は今九十九万人、あと一万人と言われればかなり多く見えるが、今のミコトの注目度なら百万人耐久配信などを行えばすぐにでもたどり着ける規模だったため、内心ひやひやしていた。
……ミコトは敢えて活動を控えるなどはしていなかったけど、多分俺が先に到達できるように待っててくれていたんだろうな。
ミコトはその視線で、『いつ言ってくれるのかな?』と訴えている。
俺はそれに少し待ってて、と手で示してリスナーに話しかけた。
「リスナーさんたち、銀の盾が届いたら一緒に十万人記念配信をしましょう。 皆さんにはその時に大事な告知もしたいですから」
暗にその配信の時にリスナーの前で伝えるよ。 とミコトに示す。
……いや、その配信の時"でも"だな。
「……この場でカクシ君のお祝いしたい気持ちもあるけど……盾が届いてからというなら、今日はこの辺りで終わりにしようかな!」
「SNSで拡散してくれた人達、本当にありがとうございました!」
「明日は月曜日だし、バレンタイン本番は明日って人も多いかもね! みんなが素敵な日を送れるのを祈ってるよ! それじゃ、またねー!」
>コメント:おつ!
>コメント:十万人記念も楽しみ!
>コメント:またねー!!
ミコトはリスナー達に挨拶を済ませると、手元のタブレットで配信画面をエンディングシーンへと変更して配信を終了させた。
***
「うーん……! お料理配信の後は御片付けが大変だよね」
部屋の状態を見渡しながら、ミコトは笑う。
ボウルや泡だて器などの器具、それにキッチンから運んできたオーブンやカセットコンロに、トラッキング部屋に元々無かった机など、片付けにはそこそこ時間がかかるだろう。
……だが、そちらは一旦後回しだ。 ミコトの手を引いてトラッキング部屋から連れ出すと、視界に入らないように扉を閉じた。
そして、真剣にミコトの目を見つめる。
「カ、カクシ君……? 盾が届いてからにするんじゃなかったの……?」
「もちろん届いてからリスナーの前でもする。 ……けどやっぱり、大事なことは二人っきりで伝えたいから」
ミコトはそれに黙ってうなずき、俺の言葉を待った。
俺は一度深呼吸をする。
言うべきことは決まっている。
丁度四カ月前に、ミコトに告白されてからずっと言いたいと思っていた言葉。
それをようやく口にする。
「……俺とこれからもずっと歩んでほしい。 俺と結婚してください」
「もちろん、喜んで!」
互いの気持ちはわかっている。
断られるかも、なんて不安に思う必要もなかった。
デートの時など度々ミコトはプロポーズの様な言葉を俺に伝えてくれたから、これは儀式の様なもの。
交際を始めたあの日と同じように、ミコトの方から俺の胸に飛び込み抱き着いてくる。
俺も黙って同じ力加減で抱擁を返した。
恐る恐る触れていたあの頃と違い、今は躊躇わずに抱きしめ返すことが出来る。
「……待たせてゴメン」
「全然待ってないよ、ボクの想定の三分の一じゃん。 ……ホントに、一万人のときも十万人のときも、ボクはこの手の見積もりが苦手なのかも」
「確かに……ミコトにも苦手はあるんだな」
「それはキミのボクへの評価が高すぎるだけだよー。 苦手なことだって普通にあるんだから……確定申告とか」
腕の中の恋人から出てきた苦手は、思っていたよりも配信者……つまり、個人事業主として大事な部分で思わず笑ってしまう。
それを見たミコトは、胸に顔を埋めて拗ねたような声を漏らした。
「……笑わないでよ」
「いや、悪かった。 ……これからはそっちの方面でも支えていけるんだなと思ったら、ちょっと嬉しくて」
「……手伝ってくれるの?」
「もちろん、支え合うのが家族だろ。 レシートとか、依頼の出費とか案件報酬とか……まぁ色々、出た時にくれたらこっちで整理しておくよ」
ミコトの家は床もロボット掃除機が動いてるし、食器だって高性能な食洗器がしてくれる。
仕事を辞めて時間が出来ている現状、そのくらいの手間はなんてことない。
俺の方でもしなくてはいけないことだったし、それが倍……いや、ミコトの方が規模が大きいからもっと大変だろうが、それぐらいは大丈夫だ。
「キミのこと、更に惚れ直したかも……」
「現金だなぁ」
互いに抱擁を解くと顔を見合わせて笑いあった。
「けど、バレンタインにプロポーズは出来過ぎだよね」
「そこはリスナーに感謝だな。 SNSでシェアしてくれたからこそだ。 ……俺はいつもみんなに支えられてる」
「むぅ……ちょっと妬けちゃうんだけど」
「悪い、でもリスナーが大事なのは許してほしい。 違うベクトルの好きで、大事な人たちなんだ」
こうしてミコトに好意を伝えられるのも、その好意を素直に受け取れるのも、彼らがくれた手紙がきっかけだ。
彼等がいなくても、もしかしたらミコトはそんな俺の傷をゆっくりと解きほぐしてくれたのかもしれない。 素直に受け取れない俺に、百でも千でも言葉を伝えて、次第に受け入れられるようにしてくれたのかもしれない。
……だけど、それでも俺の心にかかった呪いがこんなに早く解けることは無かっただろう。
だからどれだけミコトが好きでも、彼等への感謝も大事だと思う心も変わらない。
その二つは優劣を付けられるようなものじゃなく、どちらも違う項目の一番だ。
「しょうがないなぁ……まぁ、ボクも彼らには感謝してるからね、許してあげよう」
そういって笑うミコト。
ただ……それでもやっぱり、プロポーズした相手がその日のうちに他の人を大事だと言うのは良くなかったと思いなおす。
誰だって好きな人からは、一番好きな唯一無二の存在でありたいから。
俺はミコトの頬に手を添えると、何も言わずに唇にキスをした。
言葉を紡ぐための器官を、あえてその用途で使わない無言のふれあい。
親愛の好きと、恋人としての好きの違いを行動で示す。
唇が離れると、ほのかにチョコの甘い香りがした。
「……もう、キミがボクを好きなことはちゃんと伝わってるよ」
ミコトはそういって、朱に染まった顔で笑うのだった。
ふわふわ餅@huwa_mochi
(引用)
>アルミ@Almi_NM
> 推しのエプロン姿を見てくれ。
> 告知もなく突然供給されたんだよコレどうなってるんだ。
> (スクリーンショットと動画:1分)
なお家庭的なお兄さんみたいな雰囲気なのに片手でリンゴを握りつぶしている模様
(動画:15秒)
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鋼の鎧@HAGANEmale
@huwa_mochi
偏向報道!偏向報道です!
ちゃんとまともな料理も作ってるから!
http:XXXXXX(新年おせち製作動画)
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カクシ君が十万人達成しちゃいました。
あとほんの少しでこの番外編も完結です。
最後までお付き合い下さると嬉しいです。