30代男性Vtuberが、自分を愛せるようになるまでの話 作:物怪相談
十万人を迎えて二週間が経った今日、俺のチャンネルで記念配信を開始した。
無事に届いた銀の盾を、リスナーと一緒にカメラに映しながら開封していく。
今回も配信は3Dトラッキングルームで行っているのだが、リスナーたちは少々心配そうだ。
>コメント:写り込みとか大丈夫?
>コメント:銀盾、結構反射しそうだけど
「鏡を使って何度かシミュレーションしたので大丈夫です。 それに、保険でキツネの面をつけてますので事故が起きても顔は映らないでしょう」
段ボールの中から厳重に入れられた目当ての物を取り出して、リスナーへと見せる。
……一部が鏡のように反射する、銀の盾。
そこには、紙カクシチャンネルの文字が刻印されていた。
ついに……というには短い期間。
一万人に到達してからまだ一年も立っていない。
それでも、とても感慨深い気持ちになる。
この数字の大半はミコトの力だ。
だけど、これまで作ってきたコンテンツのクオリティを向上させたり、体を使ったショート動画や、リスナーとの交流を兼ねたリスナー投稿作品の朗読会など様々な取り組みに挑戦した。
この増えた登録者の何割かは自力で伸ばすことが出来た数だと自負している。
……迷走と言われれば少し否定は難しいところだけど。
>コメント:[10000] おめでとう!
>コメント:[5000] ずっと推してたから、本当に大きな区切りに立ち会えて嬉しい
>コメント:[500] これからも推すから!
同時接続者数も多く、記念配信と言うこともあって多くのスーパーチャットが届いていく。 それぞれの名前を読み上げて、お礼を言った。
「……本当にありがとうございます。 皆さんのおかげでここまで来られました」
一万人に到達した時は活動規模を縮小しようと考えていた。 でも今はそんな気持ちが嘘のように楽しく活動できている。 それも全て、色々なことがあっても付いてきてくれるリスナー達がいてくれたからだ。
「すいません、大事な告知をする前にミコトを呼びますね」
俺は手元カメラの映像をオフにすると、キツネのお面を外して盾の隣に置いた。
そしてトラッキングルームの扉を開けて、ミコトを招く。
この流れは事前の打ち合わせ通り。
ミコトの体には元々3D用のトラッカーを装着していたため、俺の隣にミコトが立つとアバターも並んで配信画面に表示された。
>コメント:お、お、お……?
>コメント:大事な告知ってそういう!?
>コメント:まさか……!?
これから何が起きるかを察したリスナーたちが俄かに騒ぎ始める。
俺はミコトの正面に立ってその手を取ると、まっすぐにその顔を見つめて、大事な言葉をもう一度伝えた。
「……俺とこれからもずっと歩んでほしい。 俺と結婚してください」
「もちろん! 喜んで!」
ミコトは俺の言葉を聞くと、胸に飛び込んで抱きついてくる。 俺もそれを離さないように、しっかりと抱きしめた。
>コメント:うぉぉぉ!!?
>コメント:公開プロポーズ!!??
>コメント:え!? 営業じゃなくてガチのやつ!?
>コメント:っていうか、二人きりでしなくて良かったの!?
>コメント:[500] 祝ご結婚!
>コメント:[1000] ミコちゃんよかったねぇ!
>コメント:[30000] おめでとう!!
>コメント:[10000] カクシさんおめでとうございます!
コメント欄の流れは早く、スーパーチャットも色とりどりに流れていく。
祝福の声に胸が満たされ、目についたものを少しずつ拾って回答する。
「まず……プロポーズ自体は、お付き合いを始めたその日にミコトからされてたんです」
>コメント:いや流石にそれは早すぎでしょ
>コメント:どんだけ待てないんだ
>コメント:交際一日目で結婚はまぁ……あるといえばあるけど……
リスナーたちもそのミコトの行動には流石に呆れている様子だ。
だけど……。
「一生側に居たい気持ちは、私も一緒だったんですよ」
>コメント:ほなええか……?
>コメント:まぁ確かに結構わかりやすくデカ矢印あった気はするけどね?
>コメント:じゃあなんでプロポーズが今になったの?
「ミコトと対等で居たいから、十万人達成した時に改めてプロポーズさせて欲しいって言いました。 ……登録者数でミコトに並ぶのは無理なんですけど、自分でもミコトみたいにリスナーさん達を楽しませられたっていう自信が欲しかったんです」
「嬉しい申し出だったけどね。 ……でも以前はそれで八年待つことになったから期限を設けて、達成出来なかったら大人しく養われてね、って言ったんだ」
「その期限が、ミコトの百万人達成または一年以内。 正直、内心ヒヤヒヤでした……」
今日の配信前に見た値だと、ミコトの登録者は百万人まで残り二千人。
ちょうどバレンタイン配信前の俺と同じだ。
>コメント:古参ファンとしては、カクシさんの配信を楽しんでたけどね
>コメント:でもまぁ、プロポーズに何かの区切りとかが欲しいのはわかる
>コメント:多分今日中にミコちゃん百万人行くよ、今SNSにプロポーズの切り抜き流れてた
>コメント:まぁ配信者同士の公開プロポーズは中々ないから……
>コメント:というかそれ以前に男同士がまず超稀少
今日にはミコトが百万人を達成するだろう、というコメントを見てミコトが残念そうな声を上げる。
「あーあ、二週間の差かぁ。 惜しかったなぁ……」
「そう言いながらも、待っててくれてたんでしょう? 耐久配信とかで一気に伸ばそうとはしてませんでしたし」
「まぁねー。 でも、あわよくばという気持ちはあったよ? ……色々辛いことがあったキミには、たくさん与えてあげたかったからね」
そんなミコトの言葉に俺は少し驚いた。
「……てっきり、依存させて籠の鳥にしたいのかと思ってました」
「ひどーい! そんな気持ちは!……確かに割とあったけど……」
俺の言葉に、ミコトは少し気まずそうに顔を逸らす。
>コメント:あったんかい!
>コメント:まぁダメだけどちょっとそう言う気持ちもわからなくはない
>コメント:好きな人にドロドロに依存されたい気持ちはある
「ミコトからはもう貰いすぎなくらいですよ。 私は一方的な関係より、対等でいたいですから。 ミコトもちゃんと受け取ってくださいね」
「ボクの方こそ貰いすぎだと思ってたんだけどなぁ……って、この会話も去年したね」
「そういえば、えっと……玉水物語の話をした日に裏でしてましたね」
似た者同士と笑いあったことを思い出しながら、もう一度顔を見合わせて笑った。
与えるのは無意識にして、受け取ったことばかりを大事に思う性分な二人だ。 だからいつだって受け取ってばかりと思ってしまう。
「それと……カクシ君からのプロポーズはバレンタインの後にちゃんと二人っきりでしてもらってるんだ。 だからさっきのはその再現!」
>コメント:なるほどねー! やっぱ最初は二人きりでしないとね!
>コメント:二人が幸せならヨシ!
>コメント:お幸せに!!
>コメント:ご両親にはもう挨拶したの?
ご両親への挨拶について、どこまで話すか悩んでミコトを見る。
ミコトは『良いよ』と頷いて許可をくれたため、軽くだが話すことにした。
「ご両親への挨拶はしました。 ご挨拶に伺って、ちゃんと結婚も認めてもらっています」
「お正月にボクだけ一度帰省して根回ししてたんだ。 流石に突然知らせるには衝撃的すぎる話だからね」
>コメント:突然息子に、男性連れてこられて結婚って言われたらひっくり返るわ
>コメント:こればっかりはしゃーないね
「両親もすっごい困ってたけど……まぁボクも三十を超えた大人だし、ずーっとカクシ君一筋で彼女の影も無かったからね。 好きにしなさいって笑ってくれたよ」
「ご挨拶の日、お
「アレはボクも驚いたよ、全然聞いてなかったからね」
「色々ありましたが、最終的には良い関係になれたと思います」
これ以上詳しい話は伏せる。
ミコトのご家族は配信も何もしていない本当に普通の人だから、彼らの話を切り売りされるのは困るだろう。
「でも、もし反対されてもボクはキミと結婚するつもりだったよ?」
「それは嬉しいですけど、ミコトには家族仲良くいて欲しいですし……。 それに、やっぱり結婚は祝福してほしいですから」
>コメント:仮に反対されても俺達は祝うぞ!
>コメント:カクシ君、お婆ちゃんじゃよ。 幸せにおなり。
>コメント:[1000]これからもお幸せにね!
男同士だったり、推しの結婚だったり……応援するには複雑な感情を持ってもおかしくないのに、祝福だけをくれる暖かいリスナーたちに感謝する。
「みなさんお祝いの言葉も、スーパーチャットもありがとうございます」
「でもー、まだお祝いは抑えててね? 大きな告知がもう一つあるからさ」
>コメント:お、なになに?
>コメント:結婚式するの?
>コメント:結婚したら写真見せてね!
「お、察しが良いねみんな! そう、結婚式だよ」
「でも、写真だけではありませんよ? ……皆さんにも当事者になってもらいます」
>コメント:???
>コメント:どゆこと?
俺はパソコンを操作すると、画面上に告知用のスライドを表示した。
そこには大きく、五月五日VR結婚披露宴配信! と表示されている。
>コメント:二人の周年の日じゃん!
>コメント:九周年に結婚するの!?
>コメント:私達も配信で見れる……ってコト!?
「私がここまでこれたのは皆さんのおかげですから。 結婚は皆さんに祝ってほしかったんです」
「それに、配信だけじゃないよー? ……キミ達はさっきカクシ君が言った通り当事者だからね」
俺はスライドの表示を更に次へと送る。
そこには……。
>コメント:リスナー参列型!?
>コメント:え、推しの結婚披露宴に参列できるの!?
>コメント:VR機器買わなきゃ……
>コメント:モデル新調するかぁ!
「ゴーグルなしだと臨場感は落ちてしまいますが、VR空間に入ること自体はお手持ちのパソコンだけで大丈夫ですよ」
>コメント:けど参加人数的に大丈夫そう……?
>コメント:百万人と十万人Vの結婚式よ?
>コメント:参加費取っても凄い数来そうだけど……。
リスナーたちも聞いたことのない初めての企画に、そもそも出来るのかどうかが不安そうだ。
「それについて何ですが……すみません、普通の披露宴のように、最初から最後まで参加は出来ないです」
「参列希望の人を十五分ずつ、一度に三十人ずつ。 それに参加権は抽選式だし交代で披露宴ワールドに入ってもらうって形になるね。 この辺りは管理してくれる人を正式に依頼してるよ」
「細かくは――」
俺はアバター周りの注意点や参加費、その他細かいルールを説明していく。
銀の盾が届くまでの二週間、ミコトや協力してくれる多くの人たちと綿密に打ち合わせた内容だ。
俺とミコトがしたいと思ったことを、技術的に可能かどうか。 そして、やるならこうした方が良い、という改善を貰いながら進めたもの。
……俺は当初、メンバーシップに入っていれば参加可能、ぐらいにするつもりだった。
だがそれに関しては猛反対されてしまった。
仮に参列者の入れ替えを短く区切っても入れない人の方が多くなり、不満の方が多くなるとの理由だ。
VR空間は四十人までという定員があり、俺やミコト、それにゲストを含めればリスナーを呼べる枠は三十人ほどしかない。 それならば最初にある程度参加費用などで人数を絞った方が、全員の満足度を上げることが出来る。 と説明された。
応援してくれる皆に近くで祝ってほしかった俺としては少し寂しくはあったが……、だが色々と相談を重ねて、最終的には満足できる雛型になったと思う。
「――大体こんな感じです。 後ほどYoutubeの投稿欄と、SNSにも投稿しておきますね」
>コメント:了解!
>コメント:ご祝儀用意します!
>コメント:ちょっと今のうちに礼服を改変して着れるようにしておきますね!
「それと、この披露宴はボクの百万人記念も兼ねた配信だよ。 まだ二カ月先だから、それまでは色々と準備をしながら普段通り配信する予定!」
>コメント:金の盾の結婚式……金婚式か
>コメント:それ五十周年でやる奴なんよ
「あはは、それいいね。 金婚式」
「私も銀の盾を取ったことですし、銀婚式も金婚式も皆さんと迎えたいですね」
>コメント:気が長い!
>コメント:末永く暮らしててくれ
>コメント:十四年両片思いもだけど、二人のタイムスケールっていろいろおかしいんだよな
>コメント:カミコト実はエルフ説
「この見た目なんですから、せめて妖怪とか神様にして下さいよ」
「ボクたちは純粋な人間なんだけどねー」
そう言ってリスナー達と笑いあう。
みんなに十分お祝いをしてもらったし、告知事項も終えた。
時間的にもちょうどいいし、今日は配信の締めの挨拶をして終えようかとした頃、ミコトが俺を制止した。
そして一度深呼吸して、真面目な口調で話し始める。
「……紙リスの皆。 今日までカクシ君を応援してくれて、支えてくれてありがとう」
>コメント:お、どうした?
>コメント:ミコちゃんのそういう声色珍しいね
>コメント:ファンだから支えるのは当然よ
リスナーのコメントに、ミコトは少しうれしそうに笑顔を見せた。
「ふふふ、当然か。 本当にカクシ君は素敵なファンに恵まれたよね。 ……キミ達も色々聞いてると思うけど、カクシ君は昔一杯いろんな辛いことがあったんだ。 それで、誰からも好意を受取れなかった。 ……それが癒えたのは、キミ達のおかげ」
>コメント:まあ色々ね! あの全然笑えない話ね!
>コメント:少しずつ聞かせてもらってるけど、半分お通夜になるからねアレ
>コメント:事前告知されてるから良いけど重いわ!
>コメント:好きって言っても聞き流されちゃうの、結構モヤモヤした……
「す、すいません……」
復帰してからの誕生日配信でも謝ったことではあるが、やはり改めて過去の自分を思い返すと申し訳なくなってくる。
「カクシ君が初めて誰かに好きって言ったのは、ボクが知る限りキミ達が初めてなんだ」
>コメント:俺達も初めて聞いたなーって思ってたけどアレそんなにレアだったの!?
>コメント:ミコちゃんでも聞いたことないレベルだったんだ……
「だから、凄く悔しかった。 それは最初にボクが言われたかったし、カクシ君の全部を癒せるのもボクで有りたくて……。 カクシ君の呪いが解けた喜びと無力感でぐちゃぐちゃで、あの日は配信を見ながら泣いてたんだ」
その言葉は以前聞いていたけど、俺もそこまで思いつめていたことは知らなかった。
ミコトは俯いていた顔を上げてリスナーたちに話す。
「でもね、それ以上に感謝してるんだ。 ボクの一番大事な人を……助けてくれて、本当にありがとう」
その言葉をきっかけに、声を震わせてぽろぽろと涙を零すミコトを、俺はあの夜にしてもらったように背後から抱きしめた。
これから家族になる恋人が漏らす、悲しみとも違う感情の高ぶりからくる涙をただ寄り添って支える。
「……ずっとキミたちにこれを伝えたかったんだ。 ごめんね、当日は泣かないから、今日だけ許してね」
>コメント:ミコちゃん泣くの初めてみたかも
>コメント:いいのよ!
>コメント:自分たちが思ってたより力になれてたみたいで嬉しい
>コメント:手紙送ってよかった
「……キミ達はファンレターとかスーパーチャットを贈れるけど、ボクからキミ達には個別に感謝を贈る方法は無いんだ。 もしそんな方法があったなら、あのカクシ君の誕生日、スーパーチャットを送ってたってくらいキミ達には感謝してる」
冗談……ではないんだろうな。 ミコトは多分出来るなら本当にしていただろう。
「ボク達配信者がキミ達に出来るのは、行動でリスナーを楽しませることだけ。 ……だからこそ、披露宴はカクシ君を助けてくれた恩を返せるように、必ず楽しませるから! みんなその日を楽しみにしててね!」
>コメント:楽しみにしてます!
>コメント:配信でもVR空間でも、両方で楽しませてもらいます!
>コメント:誰かの結婚式に参加するの初めてだから二重に楽しみ!
「……うん。 それじゃ、最後にボクのお話にも付き合ってくれてありがとう」
「今日はここまでで終わりにしたいと思います。 それではチャンネル登録、高評価などよろしくお願いします!」
俺は挨拶を済ませると、エンディング画面に切り替えて配信を閉じた。
ミコトは俺に振り返って笑顔を向ける。
「さぁカクシ君、忙しくなるよー! 二カ月なんてあっという間。 色々と準備を進めていこうね!」
「お前、また採算度外視でやるつもりだろ……」
俺が一万人に達成したとき作られた動画のことを思い返す。
多くの人に素材を作ってもらい、俺の体を依頼し、VR空間に俺の部屋まで再現して……確かにあの動画は今百万再生を超えているが、それでも絶対に採算は合っていない。
俺の言葉にミコトは振り返って笑う。
「たまにはいいでしょ! それに、今まで推してもらったお金をファンに還元してるだけだよ!」
「……確かにそうだな。 生涯一度の結婚式……俺達も楽しくて、リスナーたちも楽しめる。 そんな日にしよう」
そういって俺達は様々な人に連絡を取り始めるのだった。