30代男性Vtuberが、自分を愛せるようになるまでの話 作:物怪相談
五月五日、配信開始を前にVRゴーグルを手に持って深呼吸をする。
「緊張してる?」
「流石にするよ……関わってくれた人が多すぎる」
今回も俺達の配信場所は自宅の3Dトラッキング部屋だ。
だから実際に傍にいる人は俺とミコトの二人だけ。
だけどVR空間には平野ママや二次パパを始め、ミコトがこれまでに関わってきた多くの人々がゲストとして参加してくれる。
ゲスト以外にも、この配信でリスナーを整理してくれる人や、カメラを担当する人など数名の裏方たち。
……彼らは俺が配信初期にコラボしていたVtuber達だ。
互いに進む道が異なり、いつしかコラボをすることが無くなって……彼らもVtuber活動はとっくに引退してしまった。
だけど最初期にデビューした彼らはクリエイターの気質が強い。
手探りでも、楽しそうだからと自分で全てを用意してきた人達だから。
そんな彼らはVtuberを引退してもVR空間で様々なモデルやライブを楽しんでおり、俺の連絡に「Vとしては出ないけど」と裏方として協力してくれたり、信頼できる人を紹介してくれた。
本当に俺は色々な縁に恵まれている。
「ここまで来たら、気楽にいこうよ。 大丈夫、何度もシミュレーションしたんだから」
そういって隣に立つミコトが、俺の手を握った。
指輪の感触が指へと伝わってくる。
「……そうだな、楽しい配信にしよう」
「もちろん!」
お互いに顔を見合わせて笑い、時間が来ると配信開始ボタンを押した。
***
配信開始前からあったいくつもの祝福コメント。
それが配信開始と同時に、色とりどりのスーパーチャットと共に流れていく。
同時接続者は開始時点でも数万人。
多くの人の祝福に胸が一杯になる。
今日流れる配信開始のオープニング映像は、事前に作ってもらった指輪交換のアニメーション。
普段の衣装を着た俺とミコトが、互いの指に指輪を通す。
そして映像が終わると画面は真っ白な光に包まれ、VR空間が映し出された。
「やっほー! 今日は来てくれてありがとう! 女装Vtuberの睦実ミコトだよー!」
「こんばんは、本や物語を紹介するVtuber紙カクシです」
>コメント:綺麗な映像だった……
>コメント:まさか指輪交換がアニメになるとは
>コメント:一体いくらかけたの
「無粋なことは気にしない気にしない! それより、じゃーん!」
ミコトがそういって手をかざすと、左手の薬指には銀の指輪が輝いていた。
俺もミコトに合わせて自分の左手を見せる。
>コメント:おぉ! アニメで映ってたやつ!
>コメント:指輪があると結婚したって実感湧くね
>コメント:今日の結婚式は神式なんだね
「いーや、神式とかそういう決まりごとは特に無いよ! 真面目な式というより、みんなで楽しむのが目的だからね!」
「やりたいことを目一杯詰め込みました」
「それじゃ、まずはボクたちに魔法をかけましょう」
その言葉で思い出すのは、ミコトの部屋で初めて入ったVR空間。
汎用アバターが紙カクシのものへと切り替わったあの光景。
あの時と同じ場所で、一年経った今リスナーの前で結婚式を挙げている。
俺とミコトのアバターが光のエフェクトに包まれると、俺の衣装は羽織袴に。 ミコトの衣装は白無垢に変化した。
普段と違って俺の顔を覆う薄衣も外れ、ハッキリと目元も映し出されている。
イメージカラーも元は白に差し色の朱だったが、フォーマルな黒だ。
>コメント:おおーー!!
>コメント:キレー!
>コメント:激レアじゃん……
「カッコいいよ、カクシ君。 もちろん普段も最高だけどね」
「ミコトも綺麗だよ、世界で一番」
純粋な白無垢というわけではなく、ボーンの干渉を防いだり足が貫通しないようにと平野ママが工夫を凝らしてアレンジした姿。
綿帽子などを外してテクスチャを変えれば、他の配信でも使えるような気配りがなされている。
俺はそっとミコトの頬を撫でると、ミコトは笑って手に頬を摺り寄せてきた。
配信画面にもそのミコトの表情がアップで映し出され、コメントが大きくにぎわう。
>コメント:うっ……!
>コメント:胸が苦しい……
>コメント:カクシさんこれ毎日見てるの?
「流石に毎日ではないです。 心臓が持ちませんから」
……頬を撫でる指の動きが出来るようになったのは、今日のために用意したフィンガートラッキングのおかげだ。
今まではコマンドで手を切り替えていたが、今日は指や手が俺達の行動にきちんと連動するようになっている。
俺達はリスナーの方へと向き直ると、境内を見渡した。
それぞれ様々なアバターに身を包んだリスナーたち。
何人かはYoutube上で使っている名前と、アイコンが書かれた名札を胸に貼ってくれていた。
それを見れば、手紙をくれた人も、五年前から来てくれているあの人も、配信じゃなく普段は動画にコメントしてくれる人もいた。
あまり一人一人を特別扱いすることはできないが、彼らに笑って少しだけ手を振ってみる。
……無事に届いたようで、彼らも笑顔のエモートを返してくれた。
最初の十五分は、ゲストを呼ばない俺とミコトと、リスナーだけの時間。
この時間に参加してくれた彼らには少しだけ特典がある。
俺達は並んでいるリスナーたちに混ざり、配信カメラへと振り返る。
「ふふ、リスナー君たちと並んで記念撮影」
「ホントはリスナーさん全員と撮影したかったんですけどね」
>コメント:いいなぁ!
>コメント:紙リスー!外れた俺の分も撮影楽しんでくれ!
それからも、全員とはいかないがリスナーたちの傍に近寄って握手をしたり、軽くファンとの交流を行っていく。
開始数秒で視聴者を掴まなくてはいけない動画と違い、配信は開始から最初の十分ほどは人が少なめなことが多い。
同時接続数が増えてるのを見て視聴することを決めたり、途中で配信してることに気付いて視聴しにくるリスナーが多いからだ。
だからこそこの時間は、配信開始時間に合わせてきてくれる人へのファンサービスにすると決めていた。
だけど、挨拶を含めての十五分は短くて、あっという間に過ぎてしまう。
スタッフに促されるまま、次のワールドへと切り替える時間になった。
俺とミコトは、このワールドに残されるゲストに手を振って、配信カメラへと向き直る。
「さぁ、それじゃ今日は目いっぱい楽しんでいこうね!」
***
神社から教会へ。
俺達の衣装も俺がタキシードに、ミコトはウェディングドレスに変わる。
ボタン一つで切り替えられるのもVR空間での強み。
様々なワールドを時間ごとに切り替えて、それぞれの会場でゲストが祝福の催しをしてくれる。
衣装は既に何度か打ち合わせで確認しているが、それでもお互いに顔を見合わせれば照れてしまう。
>コメント:ドレス姿良いね!
>コメント:タキシードヤバ……新衣装に黒のスーツとかお願いしても……?
今回の教会では、ゲスト担当は二次パパだ。
本来宗教画が飾られているであろう額縁には、ミコトの歴代キービジュアルやサムネイルに使用したイラストが一定間隔で切り替えられて表示されていった。
二次パパの催しは新郎父の式辞。
俺とミコトはどちらも新郎であり……、そして二次パパはどちらの親でもある。
そんな二次パパは、何故か煽情的な衣装でグラマラスな女性の姿。
あまりにも珍妙な立場にリスナーは盛大なツッコミを行った。
式辞では、どちらも素敵な子であること。
そしてその魅力故に、娘にこの自分の姿がバレて気まずかったこと。
そんな様々な小ボケを挟みながら、二次パパが式辞を読み上げる。
「先輩夫婦としては、記念日を大事に! って言いたいけど……この二人その辺凄いしっかりしてるからアドバイスが難しいんだよね」
>コメント:バレンタインでもイチャイチャしてたね
>コメント:誕生日に外からでも逆凸してくる人だし
>コメント:そもそも今日も二人のデビュー記念日
「だからこそ、キミたち二人なら何の心配もないと思っています。 ご結婚おめでとう。 ……以上、両新郎の父からの挨拶でした。 リスナーさん達も、これからも二人を応援よろしくお願いします」
二次パパはそういってリスナーたちに頭を下げる。
……親のいない俺がそんな経験が出来ると思わなくて、ミコトと二次パパの顔を見ると作戦が上手くいったというように笑っていた。
ちょっとしたサプライズだったらしい。
二次パパなら雑談しながらライブドローイングとか、色々なことが出来ただろうに、このテーマを選んでくれた。
俺は素敵な親に恵まれたことを感謝して、二次パパと握手する。
「ちょうど一年前もこうしたね」
「……はい。 あの日は本当に楽しかったです」
ミコトの八周年配信が、まるで昨日のことのように思い出される。
配信の楽しさを上手く感じられなくなっていた俺に、先生がちょっとしたことで笑わせてくれようとしたこと。 配信裏での俺の拙い言葉をしっかりと聞いてくれたこと。
そのどれもが素敵な思い出だ。
「僕は次のワールドからもゲストとして見守らせてもらうから。 ……二人とも、お幸せにね」
その言葉に、声が出せずに頷きで返した。
***
名残惜しみながらも次のワールドへ移行すれば、そこは舞踏会の会場。
担当してくれるゲストはTAC企画でミコトとご一緒していた一条君。
彼はミコトが復帰配信を行った後、一度雑談コラボを行っている。
その中で一条君は自分の誘ったロールプレイが原因で炎上してしまったこと。
ミコトは最終日まで付き合えなかったことを互いに謝罪して、お互いにわだかまりはないとリスナーたちにもアピールした。
そうして繋ぎなおした縁で、今日も参加してくれている。
彼等は同期のメンバーと一緒に歌と踊りを披露してくれた。
配信で見ている視聴者も大喜びのパフォーマンスだが、特に会場に入室出来たファンたちからは間近で見られる臨場感に大興奮の様子だ。
>コメント:会場の人うらやましー!
>コメント:これマジでちょっとしたファンライブだね
>コメント:色々あったけど、一条君とミコトちゃんが普通に仲良さそうでうれしい
踊り終えた一条君に、ミコトが声をかける。
「来てくれてありがとう一条君!」
「そりゃもちろん! お世話になって、ご迷惑もかけた相手の結婚式。 いかないわけないじゃないですか!」
ミコトと一条が会話をする間、壇上の同期メンバーたちが集まったリスナーたちに様々なファンサービスを行っている。
一条君の方からきっと仲間たちに声をかけてくれたのだろう。
彼らは企業所属ということもあって忙しいはずなのに、頭が下がる。
「お気になさらず! こんな注目度でパフォーマンスできるなんて、俺も嬉しいです! 伸びるチャンス! ってやつです」
明るい声でそう笑う一条君。
あけすけだが悪く感じさせない、無邪気な愛嬌の様なものがあった。
干支が一回りする程年下のこれは、ミコトも確かに可愛がりたくもなるだろう。
ただ…………。
「それじゃ! 次の結婚式でもまた呼んでくださいね!」
「あのね、結婚式は離婚しない限り一回なんだよ一条君」
「あはは……まぁ、銀婚式の時にでも、ね」
まぁ……まだウッカリによる失言癖は治っていないようだが。
ミコトとの雑談コラボでは、一配信四失言によりマネージャーからの鬼電という伝説を残している。
時間ギリギリまで彼らはパフォーマンスを行うと、ワールドを切り替える俺達を見送ってくれた。
「幸せそうで何よりです! 俺もお二人みたいに素敵な恋人探しますね!」
「キミホントに言葉気を付けなよー!? ガチ恋勢泣くからね!?」
……あれ、後からコンプライアンス研修とかで呼び出されるんじゃないかなぁ。
***
次のワールドに切り替えると、二次パパの時に使用したのとよく似た教会だった。
だが、まだゲストの姿が存在しない。
待機しているリスナーたちも辺りを見回して困惑している。
そんな時、ドアが大きく音を立てて開き、レッドカーペットを一人の女性が歩いてきた。
その堂々とした振る舞いにミコトは嬉しそうに声をかける。
「やっほーセレナ! 今日は来てくれてありがとう!」
「とーぜん! ミコトの呼びかけとあれば参加しないわけにはいかないからね!」
このワールドのゲストはバーチャルシンガーの潮騒セレナさん。
俺は直接の面識こそないが、ミコトの配信で時々コラボ歌枠をしているのを目にしている。 登録者はミコト同様百万人の大台を超えている大人気の歌姫。
その歌唱力からファンも多く、リスナーもその登場に大盛り上がりだ。
>コメント:近くに推しが三人いるのヤバい
>コメント:この枠の抽選当たったの最高すぎる
結婚式に参列するための抽選は、あらかじめ各時間帯ごとにゲストが誰かも公表されている。
そのため、リスナーの中には推しがいる時間帯を狙って購入した人たちも多かった。
セレナさんはミコトよりもずっと前から百万人を達成する程ファンも多いため、倍率はこの時間帯が一番高かったようだ。
セレナさんは指をピストルのように構えて、俺とミコトに向けてウィンクをした。
さすがは人気の歌姫、その表情もポーズも様になっていてカッコいい。
「……初めまして紙カクシさん! 今日はミコトをさらいに来たよ!」
そしてその言葉と共に、彼女が来ているマーメイドドレスをベースにした衣装が変化した。
カラーリングが海を思わせる水色から、純白へ。
元々人魚姫をイメージしているから当然ではあるが、もはや完全にウェディングドレスだ。
事前の打ち合わせでは全く聞いておらず、またサプライズかと思ってミコトの方を見ると、こちらも唖然とした顔をしている。
どうやらミコトも聞いていないようだった。
俺達は顔を見合わせて頷き合うと手を上げて合図した。
「「スタッフさん、
「わーー!! ウソウソウソ!! ちゃんと祝いに来たから!?」
その言葉に衣装のテクスチャが元のカラーリングへと戻った。
>コメント:セレナ俺恥ずかしいよ……
>コメント:すみません誰にでもこうなんです……
「エンタメ、エンタメだから! ね……?」
「キミの結婚式でも花婿に同じことしてあげようか?」
「マジで申し訳ありませんでしたッ!」
セレナさんは直角九十度の謝罪を即座に行った。 あまりにも体に染みついて慣れた礼。
これまでにも似たことをして怒られているのかもしれない。
だが……ミコトがセレナさんの結婚式で同じような行動をすることを想像して、少し心がモヤモヤした。
俺が黙ってミコトの肩を抱くと、ミコトは安心させるように笑って俺の肩に頭を預ける。
「……もう、冗談だよ。 キミ以外にそんなことしないって」
>コメント:この新婚の甘い空気を見に来た
>コメント:カクシさんがヤキモチ妬くの超レアじゃん
>コメント:見てるかセレナ、これがちゃんと恋人同士の空気だぞ
「フフフ……私は常に当て馬、振られることがエンタメとなった哀れで美しい人魚姫」
「まずいろんな人に告白していくのやめた方が良いと思うんだよ。 どうしたってネタにしか取れなくなっちゃうんだから」
「でもまず告白しないとスタートラインにすら立てなくない? 下手な鉄砲数うちゃ当たる説あると思うの」
>コメント:なんか恋愛相談始まってる
>コメント:十四年片思いしてた人と、手当たり次第に告る人じゃ絶対合わんよ
>コメント:【悲報】俺の推し、他人の結婚式で恋愛相談する
「おっと……ごめんごめん。 流石に私用で時間使いすぎちゃダメだよね。 それじゃ、今日はミコトの結婚を祝って歌うから、VR空間の皆も、配信で見てるみんなも、ちゃーんと聞いてよね!」
ウィンクと共に流れ始めたのは、明るいポップス調の曲。
人魚姫である彼女らしい、新しい挑戦を航海に出る船に例えて後押しする歌詞。
透き通るような歌声と、伸びのある高温が美しく耳に届く。
リスナーも聞き入っているようで、先ほどよりもコメントの流れが極端に緩やかになっていた。
およそ三分半、美しい歌声を響かせた彼女の歌唱が終わると、俺とミコトは拍手を送った。
>コメント:最高!
>コメント:リスナーの立ち位置からセレナまで距離近すぎてマジ神
>コメント:VR生ライブヤバすぎる
>コメント:なんで普段はああなんだ……?
>コメント:惚れそう
リスナーたちからも惜しみない賞賛と、それだけに先ほどの振る舞いへの戸惑いの声が上がる。
「どう? 惚れ直した?」
「最高だったよ! でもキミに惚れることはないなぁ、ボクの心には常にカクシ君がいるからね」
ミコトを振り返ってそういうセレナさんに、ミコトは本当にあっさりとあしらう。
そんなセレナさんはがっくりと肩を落とした後、俺の方へと視線を向けた。
「じゃあカク…………やめとく。 多分それしたらホントに追い出されるから」
「わかってるじゃん。 カクシ君はオレだけの旦那様だよ。 オレにちょっかいかけるくらいなら友達の冗談で済ませるけどね」
「うぅ……この可愛いミコトからちゃんと男の声が出て……メロい……」
>コメント:セレナ、流石に新婚さんに粉かけるのは辞めた方が良いよ……
>コメント:俺恥かしいよ……
「味方いないのってつら……それじゃあ最後のオリ曲をお聞きください……『泡と消えた恋』」
「結婚式で失恋歌を歌うんじゃない!」
「金盾Vtuberって尖った人多いんだなぁ……」
「え、まってカクシ君、ボクをセレナと同列で見てない……?」
>コメント:草
>コメント:めっちゃ不服そうじゃん
>コメント:確かに尖った人多いけどセレナは外れ値よ
……なお、流石に失恋歌を歌うのはジョークだったらしく、歌われたのは恋の成就を祝う歌だった。
「ミコト、お幸せに!」
「うん、ありがとう!」
友人である彼女の祝いの言葉。 歓声と拍手に包まれながら俺達はレッドカーペットを歩いていく。
セレナさんが開けた扉を通り、次のワールドへと俺達は向かった。
「あ、私は次以降もゲスト枠でリスナーたちと一緒に結婚式見てるから」
「いやまぁ、予め聞いてたし良いけどね……? 祝ってくれるし、友達だし」
次回最終回です
なお一条君の一配信四失言は流石に四本目でミコトがちょっと叱りました。
一条君とセレナのように、本編で登場したネームドキャラは元々番外編が有ったのですが没になり、結婚式に統合されています。