学校に猫はダメだろ、常識的に   作:Kaitei

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第5話

 

 

「……佐倉かどうかは分かんないけど」

 

 気づけば、口に出していた。

 

「双葉って子なら、知ってるよ」

 

 一瞬、空気が固まった。

 

「……は?」

 

 坂本くんが間の抜けた声を出す。

 

「おい待て、今なんつった?」

 

「いや、そのままですけど……双葉って子なら知って──」

 

「いやそこじゃねぇって! “なんで知ってんのか”を聞いてんだよ!」

 

 食い気味に詰められる。怖い怖い。

 

 視線が一斉に集まる。さっきより明らかに重い。……あれ、これやらかした?

 

「……詳しく聞かせてもらえる?」

 

 新島先輩がこちらを真っ直ぐ見ながら静かに言う。

 

「えーっと……小さい頃から、何回か会ったことがあって。母親同士が知り合いで、その繋がりです」

 

「母親同士……?」

 

「はい。学生時代からの友達って母が言ってました。……でも、二年くらい前から急に会わなくなって。気づいたら連絡も取れなくなってました」

 

「急に?」

 

「はい」

 

 頷きながら、記憶を探る。

 

「連絡が取れなくなってから少したった頃に── 一度だけ、向こうから母に連絡が来ました」

 

「それは、何て?」

 

「……『もう二度と連絡してこないで』って。一文だけ」

 

 理由も説明も無い、たったそれだけの文章だった。

 

 母さんは、画面を見つめたまましばらく黙って、それから何事も無かったみたいにスマホを置いた。

 

 あの時の表情は、今までも、多分これからも忘れることはないと思う。

 

 ◇

 

 店の中が静かになる。

 

「……それ」

 

 最初に口を開いたのは、新島先輩だった。さっきと同じ、落ち着いた声。でも今度は、少しだけ低い。

 

「本当に、その人から送られてきたものなの?」

 

「……え?」

 

 一瞬、意味が分からなかった。

 

「えっと……母のスマホに直接来てたはずですけど……」

 

「“はず”?」

 

「いや、俺が見たわけじゃないんで……母からそう聞いてるだけで」

 

 言いながら、少しだけ不安になる。

 

「……そう」

 

 新島先輩が小さく頷く。

 

「そのメッセージが来たあと、何か他に変わったことは?」

 

「変わったこと……ですか」

 

 少し考える。

 

「……特に、何も。普通に、そのまま連絡取らなくなっただけです」

 

「そう」

 

 新島先輩は短く返して、少しだけ視線を落とす。

 

 その横で。

 

「……なんかさ、それ」

 

 坂本くんがぼそっと呟く。

 

「普通じゃなくねぇか?」

 

「だよね……」

 

 高巻さんも小さく同意する。

 

 え、やっぱそう?

 

 俺的には「まあそういうこともあるのかな」くらいの認識だったんだけど。

 

 椅子の上で猫が「ニャア」と鳴いた。

 

 やけに場違いなその声が、張り詰めた空気を少しだけ揺らす。

 

「……」

 

 新島先輩が一度だけ目を伏せて、それから顔を上げた。

 

「……その子、今どこにいるか分かる?」

 

 さっきまでより、明らかに一歩踏み込んだ質問。

 

「えっと……いや、そこまでは」

 

 正直に首を振る。

 

「その、連絡が途切れてからは、本当に何も──」

 

 言いかけた、その時。

 

 カラン、と入口のベルが鳴った。

 

「……あ?」

 

 どこかで聞き覚えのある、低い声。

 

「お前ら、まだ居たのかよ」

 

 入口の方を向くと、オシャレな帽子を着こなすイケおじが立っていた。

 

 ……んァ?

 

「ちょっと用があって戻ってきたんだが……」

 

 言いながら店の中を見回して、ぴたりと視線が止まる。

 

 俺の方で。

 

「……あ?」

 

 数秒の沈黙。

 

 どこかで見た顔を思い出そうとしてるみたいな、そんな表情。

 

 あれ? やっぱりそうだ。

 

 小さい頃、何度か見たことがある。

 

 双葉ちゃんのお母さんと話してた──

 

「「……あ!」」

 

「お前……」

 

 知ってるイケおじが目を細める。

 

「もしかして、あいつの──」

 

「若葉さんの……彼氏、でしたっけ?」

 

「確か名前は……惣治郎さんだ!!」

 

 一瞬、間が空く。

 

「は?」

 

「え?」

 

「……あ?」

 

 全員の視線が一斉に集まる。

 

 やばい、なんか変なこと言ったか?

 

「ちょ、ちょっと待って。それって本当!?」

 

 高巻さんが一歩前に出る。

 

「え、いや……小さい頃に、そんな感じで一緒にいた記憶があって……」

 

「そんな感じってなんだよ!?」

 

 坂本のツッコミが入る。

 

「いや、俺も曖昧なんですけど……」

 

 困って視線を逸らす。

 

 すると。

 

「……だから、違ぇっての」

 

 ため息混じりに、惣治郎さんが口を開いた。

 

「彼氏じゃねぇよ。ただの、知り合いだ」

 

 きっぱりと否定されてしまった。どうやら俺の記憶違いだったようだ……

 

「……つまり」

 

 少し時間が経って、場の空気を引き戻すみたいに、新島先輩が静かに口を開いた。

 

「その“若葉”という人と、佐藤くんのお母さんは昔からの知り合い」

 

「そして、その人はマスターとも面識がある」

 

 新島先輩の視線が、俺と惣治郎さんの間を行き来する。

 

「そして、さっきの反応から佐藤くんとマスターは面識があった。ですよね?」

 

「……ああ。昔、少しな」

 

 短い肯定。

 

 でも、それで十分だった。

 

「……なるほど」

 

 新島先輩が一度だけ頷く。

 

 全部の情報が繋がった、そんな顔だ。

 

「──私たちが探しているのは、“佐倉双葉”という人物です」

 

 空気が、また一段階重くなる。

 

「そして今の話を聞く限り、その“双葉”は、佐藤くんが話していた“若葉さんの娘”と一致する可能性が高い」

 

 視線が、ゆっくりと惣治郎さんに向けられる。

 

「何か、関係がありますよね」

 

 一拍。

 

「……マスター」

 

 さらに一歩、踏み込む。

 

「──いえ。佐倉惣治郎さん」

 

 名前をはっきりと呼ぶ。

 

 その瞬間、場の空気が張り詰めた。

 

「その子について、何か知っていることがあるのでは?」

 

「……」

 

 惣治郎さんは、すぐには答えなかった。

 

 少しだけ視線を逸らして、面倒くさそうに頭を掻く。

 

「……お前ら」

 

 低い声。

 

「どこまで知ってる?」

 

 逆に聞き返してくる。

 

「断片的な情報だけです」

 

 新島先輩は即答した。

 

「ですが、“普通ではない状況にある”という認識はしています」

 

「……はぁ」

 

 大きく、ため息。

 

 観念した、って感じのやつだ。

 

「……ガキに話すような内容じゃねぇんだがな」

 

 ぼそっと呟いてから、こっちを見る。

 

 正確には──全員を。

 

「まあいい」

 

 短く言い切る。

 

「どうせ首突っ込む気なんだろ、お前ら」

 

「……」

 

 否定する人はいなかった。

 

「だったら、中途半端に隠しても意味ねぇか」

 

 少しだけ間を置いて、

 

「──あいつは今、引きこもってる」

 

 静かに、でもはっきりと告げられる。

 

「もう、だいぶ長いことな」

 

 

 ◇

 

 

 薄暗い部屋だった。

 

 カーテンは隙間なく閉じられ、外界の気配は一切入り込まない。昼か夜かを判断する術すら、ここにはない。

 

 壁際に並ぶ複数のモニターだけが、無機質な光を放っている。

 

 その一つ。

 

 黒い画面の上で、細い波形がわずかに震えていた。

 

 音声の記録。

 

 拾っているのは、誰かの“会話”。

 

『──あいつは今、引きこもってる』

 

 スピーカーから流れたのは、低い男の声だった。

 

『お前が私を殺した』

 

 ノイズが、わずかに混じる。

 

 まるで、その言葉自体を――どこかが拒んでいるみたいに。

 

 






Cat sitting on a chair

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