学校に猫はダメだろ、常識的に   作:Kaitei

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第7話

 

 渋谷駅は今日も人が多かった。

 

 いや、多いなんてもんじゃない。

 

 連絡通路の手すりにもたれながら下を見れば、スクランブル交差点は人、人、人。信号が変わるたびに人の波が動き出し、まるで巨大な生き物みたいにうねっている。

 

「……結構うまいこと言ったな」

 

 思わず呟く。

 

 時間はまだ約束の十五分前だった。

 

 暇だったので下を眺めているが、結局考えることは昨日の話ばかりだ。

 

 若葉さんの自殺に双葉ちゃんの引きこもり。

 

 昨日は母さんに話さないと決めた。でも、いつかは伝えなきゃいけない気もする。

 

 もし母さんが知らなかったら。

 

 もし知っていて黙っていたのだとしたら。

 

 どっちにしても、あまり気分の良い話じゃない。

 

 小さくため息を吐きながら交差点へ視線を戻した、その時だった。

 

「早いな」

 

「うわっ!?」

 

 心臓が跳ねる。いつの間にか隣に雨宮が立っている。

 

「いたの!?」

 

「今来た」

 

 嘘だ〜。

 

 絶対嘘だ。

 

 全く気配を感じなかった。これが怪盗ってやつなのか……

 

「いやいや、絶対さっきからいたでしょ」

 

「今来た」

 

「目を逸らして言うなよ」

 

 雨宮の口元が僅かに動く。

 

 ……コイツ、笑ってやがる。

 

 そのまま二人で手すりにもたれた。

 

 会話が途切れる。

 

 気まずいというほどじゃないけど、何を話せばいいか分からない。

 

 そんな空気だった。

 

「考え事か?」

 

 雨宮の言葉に俺は少し驚く。

 

「やっぱそういうのって分かるもんなの?」

 

「なんの事だ?」

 

「ここまで来てしらばっくれるか!?」

 

 一瞬真顔だったから本気で分からないのかと思った。

 

「冗談だ」

 

「タチ悪いな……」

 

 肩の力が少し抜ける。

 

「あー……まあ、その通りなんだけどさ」

 

 言いながら視線を下へ向ける。

 

 さっきまでより、少しだけ空気が真面目になった気がする。

 

「昨日のことか?」

 

「……そうだね」

 

 雨宮の質問に少し時間をおいて答える。

 

「そのさ……ちょっと俺の話を聞いてくれないか」

 

 雨宮は何も言わずに頷いた。

 

「ありがとう」

 

 一度息を吐く。

 

「昨日も少し話したけど、俺と双葉ちゃんっていうか……うちと一色家は結構長い付き合いだったんだ」

 

 視線を交差点へ向ける。

 

「母さんと若葉さんなんて毎週みたいに会ってたし、たまに惣治郎さんもいた。俺、小さい頃はよくコーヒー作ってもらったんだよ」

 

 そこでふと思い出す。

 

「そういや雨宮って、惣治郎さんにコーヒー教わってる?」

 

 雨宮が頷く。

 

「あー、やっぱり」

 

 なんとなく納得した。

 

「前に飲ませてもらった時、どっかで飲んだ味だと思ったんだよな」

 

 少し笑ってから、また言葉を探す。

 

「……まあ、とにかく仲良かったんだよ」

 

 それが一番言いたかった。

 

「だから急に連絡が取れなくなった時も意味が分からなかった。最後はあのメッセージだろ」

 

 胸の奥が少し痛む。

 

「ショックだったよ」

 

 しばらく黙る。

 

「何より母さんの顔がさ……」

 

 そこで言葉が止まる。

 

 あの日の表情が頭をよぎった。

 

「……ごめん」

 

「大丈夫だ」

 

 雨宮が静かに返す。

 

「ありがとう」

 

 情けなくて少し笑う。

 

「自分から話を聞いてくれって言ったくせに、この有様だ」

 

「そんなことはない」

 

 即答だった。

 

 その返事に思わず笑ってしまう。

 

「かっこいいな、お前」

 

 雨宮は何も言わない。

 

 だからこそ、少しだけ話しやすかった。

 

「……昨日の話は衝撃だった」

 

 自然と声が低くなる。

 

「若葉さんが自殺してたなんて信じられない。双葉ちゃんは引きこもってるし、今は惣治郎さんが引き取ってる」

 

 頭を掻く。

 

「正直、頭がパンクしそうだった」

 

 そしてもう一つ。

 

「でもさ」

 

 視線を雨宮へ向ける。

 

「昨日、新島先輩が言っただろ」

 

『本当に、その人から送られてきたものなの?』

 

「あの時は意味が分からなかった。でも今は分かる気がする」

 

 ゆっくり言葉を選ぶ。

 

「若葉さんが母さんにあんなこと言うとは思えない」

 

「……」

 

「双葉ちゃんを置いて死ぬとも思えない」

 

 雨宮は黙って聞いている。

 

「もちろん証拠なんてない。でも、連絡が途絶えた時期と若葉さんが亡くなった時期。偶然とは思えないんだ」

 

 拳を握る。

 

「何かある」

 

「……」

 

「でも俺には何も出来ない」

 

 小さく笑う。

 

「だからさ」

 

 一度息を吸う。

 

 目の前にいるのは、クラスメイトの雨宮蓮だ。無口で、何を考えているかよく分からなくて。よくカバンに猫を入れている。

 

 でも──。

 

 人の心を盗み、悪人を改心させてきた男でもある。

 

 今、この場で話をする相手は、ただの雨宮蓮じゃない。

 

 怪盗団を率いるリーダーだ。

 

「なぁ──怪盗団のリーダー」

 

 雨宮の目がわずかに見開かれる。

 

「取引だ」

 

「今回だけでいい」

 

「俺を、お前たちの改心に協力させてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を、お前たちの改心に協力させてくれ」

 

 言った。

 言ってしまった。

 

 数秒前の俺をぶん殴りたい。

 勢いって怖い。

 

「……」

 

 雨宮は何も言わない。

 ただ、じっとこっちを見ていた。

 

 その沈黙が妙に長く感じる。

 

「……今すぐ答えなくていい」

 

 耐えきれずに俺が先に口を開いた。

 

「その、ほら。急に言われても困るだろうし」

 

 雨宮はまだ何も言わない。

 

 というか。

 

 なんかカバン見てないか?

 

 視線を辿る。

 

 雨宮の足元。置かれた鞄。

 

 そして。微妙に揺れる鞄。

 

 ……。

 

 あの猫、中にいるな?

 

 しかも絶対なんか話してるだろ。雨宮が時々小さく頷いてるし。

 

 いや何その状況。

 怖いんだけど。

 

 とりあえず見なかったことにして、再び交差点へ視線を向ける。

 

 その時だった。

 

「……ちょっ」

 

 かすかに声が聞こえた。

 

 人混みの音に紛れそうな小さな声。

 

 振り返る。

 

 柱の陰。

 

 なんか見覚えのある金髪が見えた。

 

「……」

 

 さらによく見る。

 

 金髪の横から茶髪が見えた。

 そして青い髪も見えた。

 最後に見慣れた黒髪も。

 

「何してんの?」

 

 思わず聞いた。

 

 柱の陰から四人がぞろぞろ出てくる。

 

「いやぁ……」

 

 坂本くんが視線を逸らした。

 

「えーっと……」

 

 高巻さんも気まずそうに笑う。

 

 新島先輩は額を押さえていた。

 喜多川くんだけ妙に堂々としている。

 

「……聞いてたんですか?」

 

「ごめんなさい」

 

 真っ先に謝ったのは新島先輩だった。

 

「盗み聞きするつもりじゃなかったの」

 

「ここに来た時に、佐藤くんとリーダーが話してるのが見えて」

 

 高巻さんが続ける。

 

「なんかそのまま入るのもなぁ……って」

 

「なるほど……ちなみに、どこから?」

 

 嫌な予感しかしない。

 

「昨日の話を振り返ってる辺りから?」

 

「ほぼ最初からじゃねぇか!」

 

 終わった。

 俺の心が終わった。

 

 でも待て。

 冷静になれ。

 

 あの辺はまだ大丈夫だ。

 問題はその後だ。

 

「……じゃあさ」

 

 恐る恐る聞く。

 

「泣いてたのは」

 

「……見てないわ」

 

 新島先輩が答えた。

 

「聞いてない」

 

 高巻さんも続く。

 

「知らねぇ」

 

 坂本くんも言う。

 

「認識していないな」

 

 喜多川くん。

 

 全員目を逸らしていた。

 

 絶対見てる。絶対見てるだろ。

 

「……」

 

 このまま電車に飛び乗ってお家に帰ろうかな。

 

「でもよ!」

 

 坂本くんが勢いよく肩を組んできた。

 

「お前、かっこいいじゃねぇか!」

 

「ぐえっ」

 

 肩に体重がかかる。

 

「急に何!?」

 

「さっきのだよ!」

 

 坂本くんは満面の笑みだった。

 

「『怪盗団のリーダー』!」

 

 ものすごく声真似してきた。

 

 やめろ。

 

「やめろ!」

 

「いやマジで! 聞いてるこっちが恥ずかしかった!」

 

「褒めるか貶すか、どっちだよ!」

 

 高巻さんまで笑い始める。

 

 やめてくれ……本当にやめてくれ。

 

「だが」

 

 喜多川くんが静かに口を開く。

 

「先程の覚悟と決意は本物だった」

 

 珍しく真面目な顔だった。

 

「目を見張るものがあったよ」

 

 その言葉に、少しだけ空気が落ち着く。

 

 新島先輩も小さく頷いた。

 

 雨宮は相変わらず無言だったが、その表情は少しだけ柔らかくなっていた。

 

「でも」

 

 新島先輩が静かに口を開いた。

 

 その一言で、少し和らいでいた空気が引き締まる。

 

「佐藤くんの覚悟は分かったわ」

 

 真っ直ぐ俺を見る。

 

「でも、それと怪盗団に協力してもらうかどうかは別問題よ」

 

「……ですよね」

 

 即答だった。いや、まぁ分かってた。

 

 昨日今日知り合ったような相手を、「はい今日から仲間です」なんて言う組織じゃないことくらい。

 

「悪い意味じゃないの」

 

 新島先輩は続ける。

 

「私たちだって命懸けでやってる。だから簡単には頷けないのよ」

 

「そこは俺も同意見だ」

 

 喜多川くんも頷く。

 

「覚悟があることと、怪盗団として活動することは別の話だからな」

 

「けどよぉ」

 

 坂本が腕を組む。

 

「コイツが本気なのも事実だぜ」

 

「私もそう思う」

 

 高巻さんも頷いた。

 

「だから余計に、中途半端なことはしたくない」

 

 自然と全員の視線が雨宮へ集まる。

 

 雨宮は少しだけ考えてから口を開いた。

 

「……一つ、試そう」

 

「試す?」

 

 思わず聞き返す。

 

「ある場所へ行く」

 

「ある場所?」

 

 何のことだ?

 

 雨宮は答えず、新島先輩たちを見る。

 

「異論は?」

 

 少しだけ沈黙が流れた。

 

 最初に口を開いたのは──

 

「ニャー」

 

 猫だった。

 

「……?」

 

 なんで今鳴いた?

 

 雨宮は足元へ視線を向け、小さく頷く。

 

 やっぱりカバンに猫入れてるよね?

 

「私も賛成よ」

 

 新島先輩が言う。

 

「まずは見てもらった方が早いわ」

 

「確かにな」

 

 喜多川くんも頷く。

 

「百聞は一見にしかず、だ」

 

「えっと……」

 

 完全に置いていかれてるんだけど。

 

「何の話?」

 

 全員が俺を見る。

 

 数秒。

 

 沈黙。

 

「あ」

 

 坂本くんが頭を掻いた。

 

「そういやコイツ、何も知らねぇじゃん」

 

「説明不足だったわね」

 

 新島先輩がため息をつく。

 

「佐藤くん」

 

「はい」

 

「これから、私たちが見ている”もう一つの世界”を見せる」

 

「……は?」

 

 意味が分からなかった。

 

 もう一つの世界?

 

 何それ。

 

 宗教の勧誘?

 

 俺が困惑していると、雨宮が短く言った。

 

「信じなくていい」

 

「え?」

 

「見れば分かる」

 

 その言葉だけは、不思議なくらい自信に満ちていた。




Cat is at Shibuya Station.
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