救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第13話

 駆ける。駆ける。駆ける。

 生き地獄と化した王都を走り抜ける。

 辺りには惨たらしくはらわたを晒す死体がいくつも転がっていた。

 

 

『私を信じるな、信じなかったことを信じよ。信仰は裏返しで固定されている。終わりは始まりを忘れている。始まりは終わりを知らない。知らないことを覚えよ。覚えたら消えよ。悔い改め──』

 

 

 意味のない言葉を羅列する頭を両断する。

 鉈によって半分になった頭は、石畳を転がって、しかしまだ生きていた。ぎょろりと双眸がこちらを見る。

 俺は躊躇することなくそれを踏み潰した。

 

 

「魔物の増えるペースが早すぎる。このままじゃ全滅だ」

 

 

 空を見上げれば、結界の穴からどんどん、黒い雲のようなものが溢れていた。魔物だ。人類を殺すべく機会を窺っていた魔物どもが、これ幸いと、滂沱のごとく溢れ出しているのだ。

 

 

 魔女時代の装備を引っ張り出してきて三十分前後、目についた魔物を数え切れないほど殺したが、奴らの数はむしろ増えるばかり。

 王都から上がる悲鳴はさらに増し、比例して命の数が減っている。

 

 

 俺はままならない現実に臍を噛んだ。

 ゲームの展開だと、一定時間王都を防衛すればダンジョンが復活する。そうすれば魔物は結界内に侵入できなくなって、人類側の勝利だ。

 しかし予想よりも奴らの増加スピードが早すぎる。

 このままでは王都が陥落する可能性すら。

 

 

『私を信じるな。信じなかったことを信じよ。信仰は裏返しで固定されて──』

「煩い」

 

 

 空から降ってきた魔物に銃弾を浴びせる。

 そいつが地面に辿り着く頃には、血に染まったずた袋と化していた。

 念のため頭を踏み潰して、魔物の多い方向へ移動を再開する。

 

 

「…………」

 

 

 ──魔法を使えばなんとかなるか?

 俺はふと胸中に浮かんだアイデアの考察を始めた。

 王都を囲む結界くらいなら張れるかもしれない。そうすれば、何時間かは稼げるだろう。王都以外の被害は甚大なものになるだろうが。首都を落とされるよりは遥かにマシだ。

 

 

「いや」

 

 

 望んだ結果が得られるか判らない。

 魔法はそんな都合のいいものではない。

 だからこそ魔女は、最後の最後まで魔法を使おうとしないのだ。

 

 

 王都の中心部まで移動し、住民を襲おうとしていた魔物に鉛玉をプレゼントする。

 血糊を浴びた男性は白目を剥いて倒れてしまった。

 ……まあ、死んでないのだから文句を言われる筋合いはないだろう。

 俺は次なる敵を探して辺りを見渡し──。

 

 

「……ソフィア?」

 

 

 血達磨になって、瓦礫に背中を預けるソフィアを発見した。

 一瞬死んでいるのかと思ったが、僅かに胸が上下している。

 しかしあまりに出血が多い。彼女の命は風前の灯火だった。

 

 

 駆け寄ると、ソフィアは力なく顔を上げる。

 双眸の周りを深い隈が覆い、瞼は実に重そうだ。

 

 

「……あら。私は誰にも知られず、ひっそりと死ぬものだとばかり、思っていたけれど。……まさか世界最強の魔女に……ごほっ、看取られる、なんて」

「どうしてそんな状態になるまで」

「戦ったか、と? ……私は魔女よ」

「魔女の仕事は死ぬことじゃないぞ」

 

 

 確かに魔女の殉職率は八十パーセントを超えている。

 最期まで生き残るほうが珍しいけれど。

 だからといって、わざわざ死ぬ必要はない。

 

 

「ソフィア。君なら……致命的な状態に追い詰められる前に、逃げ出せただろう」

 

 

 彼女は四肢を失っていた。

 胴体と、頭。

 それだけが瓦礫に背中を預けている。

 話をしている間にも血溜まりは広がって、呼吸が薄れていく。

 とても助かる段階ではなかった。

 

 

「これは……きっと、私の罰」

「罰?」

「式子と珠姫。ずいぶんと、酷い扱いをしてきたわ」

 

 

 ごほごほ、と彼女は咳き込む。

 口から噴き出す大量の血。

 

 

「間違ったことをしたとは思ってない。私は、私の正義を実行した。人間が、魔女が犠牲を支払わなくてもいいように、式子と珠姫を造り上げた。……それが批判を受ける行為であるのは承知の上で」

 

 

 ソフィアはこちらに視線を向けてくる。

 すでに──彼女の双眸は霞んでいた。

 薄ぼけた瞳孔が光を失いゆく。灯が弱まってゆく。

 

 

「でも、あの子たちには酷い事をしたわ。そうね。人間だもの。あの子たちを人間として生み出したのは私。そうでなければ魔法なんて使えるはずがない。理解していたはずなのに」

 

 

 空気の読めない魔物が二匹飛来してきた。

 俺はそちらに目を向けることもなく引き金を引く。

 全身に風穴を開けた敵が墜落する音。

 

 

 ソフィアはすでに耳が聞こえづらくなっているのか、魔物が迫っていたことにも気が付いていない様子で、力なく息を吐いた。

 

 

「私は……二人と向き合うのが、怖かったのかしら」

「怖かった?」

「ええ。私は人好きのするたち(・・)でもないし、他人と関わるのが苦手だった。そんな私が……二人を造って。きっと、恨まれるのが怖かったんだと思うわ。……おかしな話ね。人間らしい感情は失ったはずなのに」

 

 

 ごぽり。

 目に鼻に口に。穴という穴から血が噴き出す。零れ落ちる。

 彼女の周りはすっかり真っ赤に染まって、まるで地面に大きな彼岸花が咲いたような光景だった。

 

 

「今頃になって、二人の将来が心配になってきたわ。遅すぎる」

 

 

 ソフィアは瞼を閉じる。

 そのまま、もう光を宿さないのではないか──。

 思わずそう疑ってしまう静けさだった。

 

 

「……でも、世界最強の魔女が付いてくれるなら安心ね」

「期待してくれるのは嬉しいが。俺は大層な人間じゃないぞ」

「謙遜も過ぎると毒になるわよ。──あの二人をお願い」

 

 

 彼女は一度、大きく息を吸って。

 

 

「魔法を使うわ」

「何を……」

「結界を張る。王都全体を──というのは難しいけれど。それでも、被害を少しでも減らせると思うから」

「でも、その身体じゃ」

 

 

 ソフィアは莞爾として笑った。

 瀟洒な表情だった。

 稀代の芸術家が彫った像のような。

 人間味の薄い──超常的な雰囲気だった。

 

 

「もう私は助からないわ。判るでしょう」

「現代の技術なら──」

「この騒ぎで病院が機能しているとでも? それに、私はブラックリストに載っているわ。受付で通報されておしまいね。……まあ、通報を受ける警察も機能していないでしょうけど」

 

 

 ソフィアは片目を閉じた状態で呟く。

 おそらくウインクをしようとか、そういう意図はない。

 純粋に瞼を開いているだけでもつらいのだ。眉間の皺が深い。

 

 

「懐に杖が入っているから、取ってくれるかしら」

「……変なところに触っても気を悪くするなよ」

「大丈夫よ。人間らしい感情は失ってるもの」

「そりゃあ助かった……ってのは軽口が過ぎるか」

「世界最強の魔女様は変な心配ばかりするのね」

 

 

 ソフィアはそれきり喋らなくなった。目を閉じて集中する。すると、たちまち大気に混じる魔力が胎動し始めた。結界に遮られているはずの魔力が、彼女の願いによって、結界を貫通して現れる。

 

 

 俺も内ポケットに収まっている杖を発見したので、ソフィアに手渡そうとして──彼女の腕がなくなっていることを思い出した。

 

 

「肩の傷口に挿してもらって構わないわ」

「さすがに道徳がなさすぎるだろ。魔力の操作、こっちでいくらか受け持つ」

「……それだと貴方にも代償が──」

「知らなかったか? 俺はこれでも、世界で一番魔法を使った魔女なんだぜ。代償との付き合い方は熟知してる」

「……優しいのね」

 

 

 ソフィアは首を竦めた。

「優しい」という形容には幾分か反論したい気持ちがあったが、そんなことに時間を使っていられる状況ではないので、俺は鼻を鳴らすだけに留める。

 

 

「貴方は、魔法の限界を知ってる?」

「いや。死を覚悟して使ったことはあるが、死を確信して使ったことはない」

「世界最強の魔女も知らない魔法の限界。──研究者の端くれとして、最期にそれが見られるのは望外の喜びね」

 

 

 ソフィアを中心にして魔力が渦を巻く。

 彼女の身体が軋みはじめ、痛みに呻いた。

 

 

「つらいなら、やめてもいいんだぞ」

「いいえ。私なりの責任の取り方だから」

「責任ねえ……」

 

 

 ソフィアは自分のできる限りのことをした。それが人道に悖る行為だとしても、間違いなく人類のためを想っての行動だったのだ。褒められこそすれ、罵られ、責められることはないと思うのだが。取るべき責任など存在しない。

 

 

 そこまで考えて、彼女の思惑を理解した。

 俺はつい苦笑してしまう。

 

 

「母は強しって云うしな」

 

 

 囁きに近い言葉を耳ざとく捉えたのか、ソフィアは迷子になった子供のように、ぽつりと呟いた。

 

 

「……私は母親として認められていたのかしら」

「お母さんって呼ばれてたんだろ? じゃあ、たぶん」

「──────」

 

 

 一瞬。

 魔力の流れが止まる。

 しかし一瞬のこと。

 瞬きを終えた頃には、すっかり魔法の準備が終わっていた。

 

 

「……世界最強の魔女様は、メンタルケアもお手の物なのね」

「喫茶店が潰れたらその道で食ってこうかな」

「その時は式子と珠姫を助手にして頂戴。……あの子たちのこと、よろしく頼むわ」

 

 

 ソフィアは俺の返答を待たなかった。

 きっと首肯すると確信してのだろう。

 短い付き合いなのに、ずいぶんと理解がよろしいことで。

 

 

「じゃあな。ソフィア」

「ええ。さようなら──古明地葵」

 

 

 魔力が指向性を持った。

 概念が抽象から具体に移り変わる。

 現実が非現実に、非現実が現実に。

 観測されない事実が誰しもの目に明白になる。

 

 

「【()けまくも(かしこ)天地(あめつち)(しず)まり()八百万(やおよろづ)(かみ)(たち)諸々(もろもろ)禍事(まがごと)(つみ)(けがれ)()らむをば(はら)(たま)(きよ)(たま)へと(まを)(こと)()こし()せと(かしこ)(かしこ)みも(まを)す】」

 

 

 魔法の詠唱。

 ソフィアが言葉を紡ぐたびに、魔力が力を持っていく。

 

 

「結界が──」

 

 

 はたして、魔法は成功した。

 王都をすべて覆うほどではないが、俺たちを中心とした半径数百メートルの結界が現れ、領域内の魔物が消え失せる。

 今にも殺されかけていた男性が、目の前で急に魔物が居なくなったことで、安堵と困惑の声を上げていた。

 

 

「ソフィア。君の願いは無事に届いたよ」

「そう……それなら、よかった──」

 

 

 息も絶え絶えなソフィア。

 彼女は柔らかい微笑を浮かべる。

 ──最期に立派な魔女らしいことができてよかった。

 小さくそう呟きながら。

 

 

「だが……これだけの規模の魔法を行使した」

「解っているわ。万が一にも助からない」

「君に最大限の敬意を」

「……世界最強の魔女に敬意を送られるなんて、魔女明利に尽きるわね」

 

 

 ソフィアは「ふふ」と息を漏らして。

 ──瞬きをすると、そこから居なくなっていた。

 

 

「さようなら。ソフィア」

 

 

 俺は痺れる脚を叱咤して歩き出した。

 ……彼女が命を捧げて守った王都だ。俺が、古明地葵が動かなくてどうする。すべてを救うにはこの掌はあまりにも小さいけれど、可能な限り掬い上げてみせろ。

 それが世界最強の魔女に課せられた使命だ。

 果たさなければならない、責任だ。

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