救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第14話

 学園では未曽有の危機に対応するべく、数多くの魔女が動員されていた。学生だろうと教員だろうと関係なく、ただ魔女であれば、王都に迫りくる魔物を殺せ、と送り出される。

 

 

 学園の一室、中央塔の最上階にて。

 学園長モルガナは苦悶の表情を浮かべながら、本来ダンジョンがあるべき北の大地を睨みつけた。

 穴の開いた、結界を。

 

 

「が、学園長。どうしてダンジョンが……?」

「魔女らの献身が、ついに終わりを迎えたのだ」

「献身──?」

 

 

 眼鏡を掛けた気弱な事務員は首を傾げる。

 ダンジョンは魔物の侵入を防ぐ神聖な物。

 そう教わってきた。

 献身など、大仰な表現は似つかわしくないような──?

 

 

「ダンジョンの地下には魔女が埋まっている。あるいは、かつて魔女だった物が。人類を守るため、魔物の侵入を防ぐため、人柱になった魔女たち。人柱にさせられた被害者たち。人身御供。もはや人間とも魔女とも呼べる存在ではないが……彼女らは永遠の苦しみに苛まれていた」

 

 

 結界が張られた数千年前。

 ほとんど間を置かず穴を開けられて。

 人類は、存亡の危機に晒されていた。

 

 

「それじゃあダンジョンは……生贄にされた魔女たちによって生み出されたということですか!?」

「ああ」

 

 

 モルガナは端的に答える。

 

 

「表立って教えられはしないがな。自分らの生活が、過去の幾数もの犠牲によって成り立っているなど、誰も知りたくないだろう」

「でも……だとしたら、もう、ダンジョンは」

「作り出せないだろうな。当時は奴隷制の全盛だったから、比較的簡単にダンジョンを生みだせた。だが、今の時代に生贄めいた役割を果たさせようとしても、まあ問題になる。誰がやるんだ。誰にやらせるんだと」

 

 

 要するに終わりであった。

 人類を守るためには、再び結界の穴を塞ぐ必要がある。

 しかし蓋──ダンジョンを作り出すためには、やはり犠牲が必要なのだ。

 

 

 はたして、誰が率先して生贄になりたいと言うのだろう。

 物語では往々にして登場する、自己犠牲の精神で活躍する英雄。

 現実には、そんな人間──数少ないというのに。

 

 

「……私も覚悟を決める時かな」

 

 

 だからこそモルガナは苦慮していた。

 未来を残すためには、魔女の未来を潰さなければならない。

 

 

 確かに魔女の仕事は「命を危険に晒して魔物を殺すこと」だ。

 けれども──あくまで死ぬ可能性があるのと、確実に死ぬのは別問題である。

 ダンジョンを再び顕現させようとすれば、魔女は間違いなく死ぬ。

 それも永劫の苦しみまで約束されて。

 

 

「結界の穴を塞げるくらいの大きさだと……魔女五十人ほどが必要か。五十人の魔女に、私は『死ね』と言わなければならない」

 

 

 生徒たちを愛するモルガナにとって、選びがたいことだった。

 自分が命を捧げるだけで解決するならまだいい。

 だが──それだけでは足りないとなると。

 

 

「病床に転がっている魔女たちを使うのは?」

「意識を『持っていかれ』、植物人間となった魔女たちか」

 

 

 事務員の提案に、モルガナは天井を仰ぐ。

 

 

「難しいだろうな。意識がないから、魔法の動作主になり得ない。代償を多少負担させる程度なら可能かもしれないが。……数千年間意識を保って、代償を支払い続ける必要がある。植物人間に為せる役割ではないさ」

 

 

 はあ、と溜息をつくモルガナ。

 彼女は椅子を軋ませながら立ち上がると、

 

 

「──まずは私が率先して人柱となろう」

「なっ!? モルガナ様がですか!?」

「王様から動かないと、部下が付いてこない。至言だな」

 

 

 事務員は全力でモルガナを引き留めようとした。

 命に貴賤はない。なんて綺麗事を抜かすつもりはないけれど。

 数百の魔女の命と比べても──モルガナ一人の命のほうが大事なのである。

 

 

 命の価値は違う。彼女が居なくなれば、学園の運営は壊滅的な状況に追い込まれるだろう。もちろん代役はすぐに見つかるだろうが、モルガナ並みに「魔女の長」としての仕事を果たせる人間は居まい。決して欠かすことのできない存在なのだ。

 

 

 事務員は必死になって説明した。

 貴女が居なければ、これからの魔女はどうなるのですと。

 

 

「私がここで動かなければ、これからの魔女どころか、人類の未来そのものが消滅してしまう。結界の穴を塞がなければ。……私は未来のために、この身体を捧げようとしているのだ」

 

 

 立派な覚悟だった。

 まさに魔女のお手本と呼ばれるべき。

 

 

「ちょっと聞き捨てなりませんねえ」

 

 

 ──そこに。

 ノックもなしに、闖入者が現れた。

 彼の者は扉に背中を預け、意味深に微笑んでいる。

 

 

「……エリシア」

「学園長が生贄になるって、そりゃあ駄目でしょう」

 

 

 緑の髪を荒々しく肩の辺りでバッサリ切り揃え、革製の眼帯で以て左目を覆う女性だ。しかし彼女の振る舞いからは、女性的な雰囲気はまったく感じ取れない。男勝りとはこのことだろう。

 

 

「学園長は魔女のお手本です。教科書に載せてもいいくらいの。……いや、もう載ってるんでしったけ?」

「意味のないお喋りに付き合うつもりはないぞ」

「意味がないこたあないですよ」

 

 

 エリシアは眼帯を外した。

 そして、伽藍洞になった眼窩を指差す。

 

 

「生贄になるべきなのは、あたしらみたいな戦えない魔女です」

「しかし──」

「魔法の後遺症で戦闘能力を失った魔女を、学園長は教師として雇ってくれた。それまでは穀潰しの税金泥棒と罵られてたあたしらを。……学園長に感謝してる魔女はいくらでも居るんです」

 

 

 エリシアの言葉には迫るものがあった。

 魔法の代償によって戦闘能力を失い、国からの給付金で生活していた彼女は、近所に住む者たちから軽蔑されていた。

 無論、表立って退役魔女を罵る人間は居ないが、拝魔教が隆盛し、魔女への批判が増えていることからも判るとおり、魔物の脅威を知らない市民にとって、税金で生活する魔女は、尸位(しい)素餐(そさん)の権化であった。

 

 

「学園長。貴女はこの先の未来に必要な人だ」

「だが……数千年の責め苦を命じるというのに、指示者である私が生きながらえるなど──」

「じゃあその苦しみが学園長の代償です。人柱になったあたしらを想って、死ぬまで苦悩してください」

 

 

 エリシアは頬を掻く。

 片方だけの瞳は、優しさに濡れていた。

 

 

「そうやって、どうしようもない魔女たちに心を砕ける。……そんな学園長を頂いているからこそ、恩のあるあたしらは、迷わず自己犠牲できるんです」

 

 

 気が付けば、彼女の後ろに何十人もの魔女が居た。

 皆、何かしらを失っている。

 腕に脚に耳に目に鼻に。

 五体満足の者など誰も居ない。

 

 

 ところが一様に、皆が持ち合わせている物があった。

 

 

「あたしらの代わりに生きてください。人類を導いてください」

 

 

 学園長モルガナへの忠誠心である。

 尊敬、あるいは崇拝と言い換えてもいいかもしれない。

 一宿一飯の恩義とは云うが、それ以上の恩を受けてきた魔女たちにとって、これは降って湧いた機会であった。

 モルガナに報いる、絶好の。

 

 

「お前たち……」

 

 

 震えた声で俯くモルガナ。

 爪が掌を貫かんばかりに拳を握りしめ、唇を噛みしめる。

 今まで命を賭して誰かを守ったことはあっても、誰かに守られたことはなかった。

 世界最強の魔女──の名前は古明地葵の台頭によって過去のものとなったが──だったモルガナにとって、初めてのその経験は。

 

 

「──ありがとう……っ」

 

 

 涙が溢れるほど耐えがたいものだった。

 ──こんなにも自分を慕ってくれる者らに……死ねと言わなければならないのか、私は。

 矛盾した感情に表情が崩れる。

 メイクが落ち、双眸の下に深く刻まれた隈が露出した。

 

 

「学園長。顔を上げてください。自信満々の顔が、貴女には相応しい」

 

 

 エリシアは苦笑しながら言う。

 まったく立派な女性だ。恐怖がないわけではないだろうに、毅然に、おくびにも出さず。

 

 

 そんな献身を目の当たりにしたモルガナは、己が頬をはたき、冷酷無比な魔女という役割に殉ずることを決めた。

 

 

「ああ、分かった。──お前たちの献身に感謝する」

 

 

 かくして、結界の穴を塞ぐためのパーツが揃った。

 王都が滅ぼされる前に魔法を発動することはできるのか。

 何十人もの命を代償に、ハッピーエンドに至れるのか。

 それはまだ誰も知らない。神でさえも。

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