救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる 作:音塚雪見
魔物を狩る。
視界に入った瞬間に斬る。
踏み潰して、圧し潰して、捻じり潰す。
割れた鏡に映る俺は血潮に染まっていた。
熟れたトマトが立っているみたいだ。
「せ、世界最強の魔女……?」
魔物に襲われそうになって腰を抜かしてしまい、地面に力なくへたり込んでいた男性が、こちらを見上げて呟いた。
俺はどうにも居心地の悪いものを感じ、溜息がてら、彼の手を引っ張り立ち上がらせる。
「その名前で呼ぶのはやめてくれるか。あまり好きじゃないんだ」
「あ、ああ……すまない」
あっちの方向へ行くと結界が張られているから安全だ、と男性を結界の中にまで案内して、再び戦場に戻る。
──ソフィアの幕切れから二時間が経過した。
魔物を狩って狩って狩ってきたが。
いまだ、終わりは見えない。
「痛い、痛いよお……」
「誰か助けてえ!?」
「あああああああああああああああ!」
魔女も市民も関係なく苦しんでいる。
圧倒的物量の前には、学園で戦い方を習ったとか、ダンジョンでそれなりの戦闘経験があるなど意味を成さない。
等しく無力なのだ。
平等に、公平に、命が散らされる。
俺は助かる命だけを助けた。
助けられる命だけを。
もう間に合わないと判断した者は、申し訳ないが、そのままに。
──その時である。
「ごろ、ごろじでえ……」
地獄の底から這ってきたような声だった。
見ると、瓦礫の間に肉塊が転がっている。
「魔女か」
「ぐるじい……」
それは魔女だった。かつて魔女だったものだった。
今や皮膚は爛れ、骨は露出し、四肢を失って達磨と化している。
声帯はぎりぎり機能しているようだが、それ以外が駄目だった。
空洞となった眼窩から血の涙を流し、「たすけて」だとか「いたい」だとか身体を震わせて。
「せめて一思いに」
俺は脳幹に鉈を差し込んだ。
ぴくりと一瞬跳ねて、動かなくなる。
血みどろの表情は見えづらいが──口元が僅かに緩んだ気がした。
「もしこの子に来世があるのなら、幸せになれますように」
俺だって転生したのだ。最期まで頑張ったこの子には、とびっきり幸せな来世が約束されているはず。
──まあ古明地葵の場合は少し違うのかもしれないけれど。
いずれにせよ、彼女の魂が救われることを願う。
「はあ……」
『捧げたものは受け取られていない。だから受け取られている。受け取りは拒絶で、拒絶は祝福である』
掌を合わせていると、空気の読めない魔物が襲いかかってきた。
鉈で両断して踏み潰す。
念入りに、死んだふりなどできないように。
「行くか」
俺は新たな敵を、助けるべき人を探すため、駆け出した。
◇
王都の光景はめちゃくちゃだ。
歴史的な建物は崩れ、瓦礫の山になっている。
岩の下にはトマトケチャップめいた人の腕。
地獄絵図が現実に顕現した。
俺は何百何千何万の魔物を殺したが、奴らは結界の穴から無限に入り込んでくるため、まったく切りがない。
むしろ時間が経てば経つほど増えていく。ジリ貧。
「これは──」
ところが、人面蛙の魔物の頭を踏み潰したとき、膨大な魔力の奔流を感じた。
源は学園だろうか。
空間が軋むほどの魔力。
普通の人間であれば、近づいただけで気を失い、最悪の場合命を落としかねない轟きである。
「こっ、古明地葵さん」
そこに声を掛けてくる女性が居た。
振り返ると全身を武装で固めた魔女。
けれども、右腕だけは頼りなく風に揺れている。
「君は……」
「学園で教鞭を執っているホスティアです。以前、ダンジョンでお会いしたこともあります」
「ああ、思い出した」
どおりで見覚えがあるはずだ。
俺は以前、大牟田珠姫の死亡バッドエンドを回避するために、課外学習のダンジョン探索まで付いていった。
……いやこの言い草だとストーカーみたいだけど。
一旦置いておいて。
とにかく、そこで引率をしていたのが彼女だ。
先生としか呼んでいなかったが、ホスティアという名前だったのか。
「どうした?」
「その、またお願いがありまして」
ホスティアは申し訳なさそうに呟いた。
「結界の穴を塞ぐ作戦があります。古明地さんにも参加して貰いたいんです」
「へえ」
ゲームでは王都を一定時間防衛すれば再びダンジョンが現れていたが、なるほど、現実的にはそういう理由らしい。
俺は迷いなく首肯した。
自分にできることがあるのなら、なんだってする覚悟である。
「ありがとうございます」
深々と腰を折るホスティア。
相変わらず丁寧な女性だ。
居心地が悪いので、俺は彼女に掌を向け、顔を上げてもらった。
「それで? 私は何をすればいい?」
「何十人かの魔女を結界の穴まで連れていきます」
「魔法でダンジョンを作り出すわけか」
「理解が早くて助かります」
「私は道中の護衛をすればいいんだな」
今まで確固とした目的なく魔物と戦ってきた。一定時間経てばダンジョンが復活すると知ってはいたものの、やはりゲームの知識なんて不確かなものでは、絶対的な自信には至らない。
対してこれはどうだ。魔女たちを結界の穴まで連れていけばクリア。単純明快で実に分かりやすい。現実は往々にして複雑怪奇なものだが、たまにはこういう簡単なのでいいんだよ。
俺は軽く頷いて、護衛を承知した。