救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第15話

 魔物を狩る。

 視界に入った瞬間に斬る。

 踏み潰して、圧し潰して、捻じり潰す。

 

 

 割れた鏡に映る俺は血潮に染まっていた。

 熟れたトマトが立っているみたいだ。

 

 

「せ、世界最強の魔女……?」

 

 

 魔物に襲われそうになって腰を抜かしてしまい、地面に力なくへたり込んでいた男性が、こちらを見上げて呟いた。

 俺はどうにも居心地の悪いものを感じ、溜息がてら、彼の手を引っ張り立ち上がらせる。

 

 

「その名前で呼ぶのはやめてくれるか。あまり好きじゃないんだ」

「あ、ああ……すまない」

 

 

 あっちの方向へ行くと結界が張られているから安全だ、と男性を結界の中にまで案内して、再び戦場に戻る。

 

 

 ──ソフィアの幕切れから二時間が経過した。

 魔物を狩って狩って狩ってきたが。

 いまだ、終わりは見えない。

 

 

「痛い、痛いよお……」

「誰か助けてえ!?」

「あああああああああああああああ!」

 

 

 魔女も市民も関係なく苦しんでいる。

 圧倒的物量の前には、学園で戦い方を習ったとか、ダンジョンでそれなりの戦闘経験があるなど意味を成さない。

 等しく無力なのだ。

 平等に、公平に、命が散らされる。

 

 

 俺は助かる命だけを助けた。

 助けられる命だけを。

 もう間に合わないと判断した者は、申し訳ないが、そのままに。

 

 

 ──その時である。

 

 

「ごろ、ごろじでえ……」

 

 

 地獄の底から這ってきたような声だった。

 見ると、瓦礫の間に肉塊が転がっている。

 

 

「魔女か」

「ぐるじい……」

 

 

 それは魔女だった。かつて魔女だったものだった。

 今や皮膚は爛れ、骨は露出し、四肢を失って達磨と化している。

 声帯はぎりぎり機能しているようだが、それ以外が駄目だった。

 空洞となった眼窩から血の涙を流し、「たすけて」だとか「いたい」だとか身体を震わせて。

 

 

「せめて一思いに」

 

 

 俺は脳幹に鉈を差し込んだ。

 ぴくりと一瞬跳ねて、動かなくなる。

 血みどろの表情は見えづらいが──口元が僅かに緩んだ気がした。

 

 

「もしこの子に来世があるのなら、幸せになれますように」

 

 

 俺だって転生したのだ。最期まで頑張ったこの子には、とびっきり幸せな来世が約束されているはず。

 ──まあ古明地葵の場合は少し違うのかもしれないけれど。

 いずれにせよ、彼女の魂が救われることを願う。

 

 

「はあ……」

『捧げたものは受け取られていない。だから受け取られている。受け取りは拒絶で、拒絶は祝福である』

 

 

 掌を合わせていると、空気の読めない魔物が襲いかかってきた。

 鉈で両断して踏み潰す。

 念入りに、死んだふりなどできないように。

 

 

「行くか」

 

 

 俺は新たな敵を、助けるべき人を探すため、駆け出した。

 

 

     ◇

 

 

 王都の光景はめちゃくちゃだ。

 歴史的な建物は崩れ、瓦礫の山になっている。

 岩の下にはトマトケチャップめいた人の腕。

 地獄絵図が現実に顕現した。

 

 

 俺は何百何千何万の魔物を殺したが、奴らは結界の穴から無限に入り込んでくるため、まったく切りがない。

 むしろ時間が経てば経つほど増えていく。ジリ貧。

 

 

「これは──」

 

 

 ところが、人面蛙の魔物の頭を踏み潰したとき、膨大な魔力の奔流を感じた。

 源は学園だろうか。

 空間が軋むほどの魔力。

 普通の人間であれば、近づいただけで気を失い、最悪の場合命を落としかねない轟きである。

 

 

「こっ、古明地葵さん」

 

 

 そこに声を掛けてくる女性が居た。

 振り返ると全身を武装で固めた魔女。

 けれども、右腕だけは頼りなく風に揺れている。

 

 

「君は……」

「学園で教鞭を執っているホスティアです。以前、ダンジョンでお会いしたこともあります」

「ああ、思い出した」

 

 

 どおりで見覚えがあるはずだ。

 俺は以前、大牟田珠姫の死亡バッドエンドを回避するために、課外学習のダンジョン探索まで付いていった。

 ……いやこの言い草だとストーカーみたいだけど。

 一旦置いておいて。

 

 

 とにかく、そこで引率をしていたのが彼女だ。

 先生としか呼んでいなかったが、ホスティアという名前だったのか。

 

 

「どうした?」

「その、またお願いがありまして」

 

 

 ホスティアは申し訳なさそうに呟いた。

 

 

「結界の穴を塞ぐ作戦があります。古明地さんにも参加して貰いたいんです」

「へえ」

 

 

 ゲームでは王都を一定時間防衛すれば再びダンジョンが現れていたが、なるほど、現実的にはそういう理由らしい。

 

 

 俺は迷いなく首肯した。

 自分にできることがあるのなら、なんだってする覚悟である。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 深々と腰を折るホスティア。

 相変わらず丁寧な女性だ。

 居心地が悪いので、俺は彼女に掌を向け、顔を上げてもらった。

 

 

「それで? 私は何をすればいい?」

「何十人かの魔女を結界の穴まで連れていきます」

「魔法でダンジョンを作り出すわけか」

「理解が早くて助かります」

「私は道中の護衛をすればいいんだな」

 

 

 今まで確固とした目的なく魔物と戦ってきた。一定時間経てばダンジョンが復活すると知ってはいたものの、やはりゲームの知識なんて不確かなものでは、絶対的な自信には至らない。

 

 

 対してこれはどうだ。魔女たちを結界の穴まで連れていけばクリア。単純明快で実に分かりやすい。現実は往々にして複雑怪奇なものだが、たまにはこういう簡単なのでいいんだよ。

 

 

 俺は軽く頷いて、護衛を承知した。

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