救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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誤解を招きそうなのでタイトル変えました。


第16話

 ダンジョンまでの道のりは熾烈なものだった。

 そりゃあそうだ。考えてみれば、魔物どもは結界の穴から入り込んできているのだから。その根源に近づいていけば、敵の数が増えるのも当然。

 俺たちは何人かの犠牲を出しながらも、なんとか、ダンジョンがあった場所にまで辿り着くことができた。

 

 

「学園長……」

「ああ」

 

 

 向こうでは、一人の女性を中心にして、何重にもなった魔女たちが、円心状に集まっている。キャンプファイヤーを彷彿とさせる格好だ。まあ、これから行なわれることは、そんな楽しい事ではないのだが。

 

 

 そこに、こちらに近づいてくる影が一つあった。

 見覚えのある彼女は片手を上げると、

 

 

「古明地葵。あるいは世界最強の魔女と呼んだほうがいいかな」

「その呼び方は好きじゃないんだ。──それに、先代の最強様にそのあだ名を使われると、どうにも意味深なものを感じる」

「誓って変な意味合いはないのだが……」

 

 

 学園長モルガナは苦笑した。

 透き通るような白髪が揺れる。

 

 

「ここまで護衛を引き受けてくれてありがとう」

「人類存亡の危機だ。手を挙げない奴は居ないさ」

「いや……ダンジョンまでの道程は危険に満ちていた。確定的な死と不確定的な死。この場合では前者と後者にほとんど違いはないのだが、目に見えている可能性をこそ、人間は重視するものだからな。私たちと道を共にしてくれるのは、非常に勇気ある行動だよ」

 

 

 難しい言い回しだった。難し過ぎて上手く理解できないくらいには。

 されど俺は「すべて承知しているとも」みたいな雰囲気を醸し出して、強キャラムーブ全開で頷いたのであった。

 

 

「──いつまでもお喋りに興じていたいが、時間が経てば経つほど魔物の数は増える。手早く仕事に取り掛かるとしようか」

 

 

 モルガナは嘆息する。

 鬱々とした眼差しを結界の穴に向け、そっと瞼を瞑り。

 

 

「数千年ぶりの儀式を始めよう」

 

 

 瞬間、向こうに集まっていた魔女たちの肩が跳ねた。

 数千年ぶりの儀式──つまるところ、ダンジョンの復活。

 事ここに至って何をするか知らない人間は居ないだろう。

 今から彼女たちは、これからの人類のために、礎となるのだ。

 常軌を逸した苦痛と共に。

 

 

「古明地葵。君は私を軽蔑するかな。魔女を育て率いるべき立場に居る私が、何十人もの魔女の命を捧げる。自分だけはのうのうと生き続けて」

「いや」

 

 

 短く言い切る。

 

 

「立派なものだ。君の顔を見ていれば、モルガナは自分可愛さで己を犠牲にしなかったのだ──と思う者は居ないだろう」

 

 

 モルガナは血が噴き出るほどに唇を噛みしめていた。

 指先が白くなるほど拳を握りしめ、爪は掌を突き破り、赤い雫が伝っている。

 双眸は空虚なほど落ち窪み、尋常でないほど隈が濃い。

 これで彼女を責め立てる者が居たとするならば、おそらく彼の者は目が見えないか、人間らしい情緒を解していないかのどちらかだろう。

 俺はモルガナを批判するつもりなど毛頭なかった。

 

 

「…………」

 

 

 てっきり吊るし上げられるとでも思っていたのか、モルガナは呆然と目を見開く。何度か言葉を発そうとして──徒労に終わる。ぱくぱくと動かされた口は息を漏らすだけであり、意味ある音を綴ることはなかった。

 

 

「そうか──」

 

 

 彼女は柔らかく微笑んで。

 

 

「ありがとう。君がそう言ってくれるだけで、幾分か楽になった。……いや、楽になっては駄目か。私はこれから、決して消えない十字架を背負わなければならないのだから」

 

 

 そう言って歩き去っていくモルガナ。

 責任感と自己否定に満ちた後ろ姿だった。

 俺は彼女を放っておけず、思わず、その背中に声を投げかける。

 

 

「この罪はモルガナ一人で背負うべきものじゃない。人類が、みんなで背負うべき原罪だろう」

「……人間は罪の意識に耐えられない生き物だ。何か後ろめたいことがあれば、一人を槍玉に挙げて、これで許されたと言い訳する。今回は私の役目だったというだけの話さ」

 

 

 モルガナは振り返らなかった。

 振り返らないまま、魔物溢れる空を仰ぎ、寂しそうに囁く。

 

 

「そうやって人類は続いてきたんだよ」

 

 

 離れていく。

 彼女は独り、暗闇に向かう。

 

 

 俺は何かをモルガナに伝えようとして、上手く言葉が纏まらず、纏まらないまま、拙い思いを口にした。

 

 

「なら──せめて、私だけでも背負おう」

「何を……」

「人類の罪を背負うには、モルガナの肩は小さすぎる」

「確かに私の身体は小柄だと自覚しているが……」

 

 

 彼女は残念そうに肩を落とした。

 モルガナの体躯は、それこそ小学生を想起させるほど小さい。

 言ってしまえば非常に幼いのだ。

 精神は尋常でないほど成熟しているが。

 

 

「君が背負いきるには、人類の罪は大きすぎる。いずれ潰れよう」

「だが……それが私の責務で……」

「何も罪の意識を持つなと言っているわけじゃない。私が半分持つと言っているんだ」

 

 

 俺はモルガナに歩み寄った。

 彼女の背中に手を置いて、呟く。

 

 

「かつて世界最強だった君なら分かるだろう。この世界で一番というのは、そういう立場なんだ」

「……ああ。よく理解しているとも」

 

 

 モルガナはゆっくりと振り返った。

 その相貌はずいぶん酷い。

 化粧は崩れ、目は充血し、血色は最悪。

 しかし瞳だけは涙に濡れていた。

 

 

「私と背負ってくれるのか?」

「君が嫌でないと言うのなら」

「嫌なわけがないだろう。……正直な話、何十人もの魔女を数千年の地獄に送ることは、私には耐えがたい苦痛だったんだ。目覚めながら悪夢を見ているような気分だった。これからは、まともな眠りに就くことはできまいと覚悟していた」

 

 

 彼女は全身を震わせ、脚の力を失ったようにふらつくと、俺の胸に飛び込んできた。

 

 

「──ありがとう」

 

 

 かくして、ダンジョンは復活した。

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