救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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アマデウスの揺り籠
第1話


 俺、古明地葵は転生者である。

 数年前まで世界観を間違えていた転生者である。

 

 

 前世の死因だとか、どんな人間だったか……などはつまらない話なので省略するとして、この世界には、ファンタジーよろしく魔法が存在する。

 しかし諸手を挙げて喜べないのは、魔法が女性にしか使えないうえ、一度でも使用すれば、とんでもない代償を支払う必要があるからだ。

 

 

 代償には様々な種類がある。

 単純に……失明や記憶喪失など、自身が被害を受けるものもあれば。

 家族や親しい人間が命を落とすなど、周りに被害を及ぼすものもある。

 魔法と銘打った呪いみたいなものだ。マジ終わってる。

 

 

 そんな世界に転生した俺は、どういうわけか男なのに魔法が使えた。

 もちろん代償が怖いから、使用したのは数えるほどだが。

 

 

 なんだかんだで世界最強の魔女になったものの、あの鬱ゲー世界だと知った後では、あまりその称号にも意味を感じなくなってしまう。

 なぜかと言うと、『魔女あるいは』の登場人物には、俺を殺し得る存在が掃いて捨てるほど居るからだ。

 私は井の中の蛙です。ごめんなさい。

 

 

「はあ……」

 

 

 魔女を引退してからは、趣味がてら喫茶店を営んでいたのだが、先日のアルバイト戦争で消し飛んでしまったので、ただ今の俺は、家もなければ職もない、単なる不審者である。私は碌々です。ごめんなさい。

 

 

 最近はすることもなく、魔物によって破壊された王都を復興するボランティアに参加するばかり。

 これはこれで、世のため人のためになっているから、そこまで文句を言うつもりはない。

 ただ──俺の心を重く塞ぎ込ませているのは、結構な金額を費やした喫茶店が吹き飛んだという事実。

 

 

 修理を業者にお願いしたのだが、「この分だと修理よりも新しく立て直したほうが早いっすよ」と言われ、現在、あの路地裏では建設作業が進んでいる。完成するまで大体一年ほど掛かるらしい。

 

 

「一年かあ……どうするかなあ」

 

 

 自分の過去を隠すため、親しい人間は作ってこなかった。

 もちろん一年間も家に転がり込める友人など居るはずもなく。

 俺は当てもなく通りを彷徨い歩いていた。

 前は散歩をするだけで気分が晴れたのに、今じゃあ曇るばかりだ。

 

 

「まあホテルかなんかに借り暮らしするのが安牌か」

 

 

 残りの資金を考えればそう難しいことではない。一年どころか、三十年以上は宿暮らしが満喫できるだろう。精神的に安定するかどうかは置いておいて。

 

 

 馬車が轆轆と走っていくのを聞きながら、俺は丁度よさそうなホテルを探すことにした。

 

 

     ◇

 

 

 早いうちに宿が見つかったのはいいのだけれど、今度問題になってくるのは、いったい何を仕事にしようか、だ。

 働かなくても生きていけるくらいには、資金に余裕はある。

 されど社会的な繋がり──つまり仕事をしないで生活するのは、どうにも性に合わなかった。

 ゆえに喫茶店を営んでいたところもある。

 

 

「うーん」

 

 

 魔物によって散々に破壊された王都であれば、復興ボランティアだけでなく、建設作業員の募集もあるだろう。おそらく仕事探しには困らない。俺の身体能力を以てすれば、作業に付いていけないこともないだろうし。

 

 

 通りに貼られた求人広告を眺める。急いで書きなぐったのか、文字はぐちゃぐちゃだし、連絡先すら書いていない。

 歴史的な石造りの聖堂は、見るも無残な礫の塊と化していた。数日前まで観光名所だったのに、今では廃墟そのもの。

 壁に背中を預けて呑んだくれる男性は、目に光を宿していなかった。うわの空で誰かの名前を呟く。彼の子供だろうか。

 

 

 そんな惨状が今の王都だった。

 アストラディア連合王国は、魔物を退けてなお、滅亡の危機に瀕していた。

 

 

「こんなことになったのも……全部魔女が悪いんだ……」

「俺たちの税金で快適な暮らししてるくせに、重要な時に役に立たねえ」

「王都の住人が苦しい生活を送ってるっていうのに、学園ではもう授業が再開されたんだろ?」

「恥ってものを知らないのかねえ……」

 

 

 通りを歩いていると、悪しざまに魔女を罵る声が聞こえてきた。

 視線を直接向けることなく、横目で様子を窺う。

 彼ら彼女らは皆一様に汚れた格好で、ダンジョンパニックの件で相当な被害を受けたのだろうと推察できた。

 

 

「何が『魔女様』だよ」

「魔物の侵攻も防げねえで、偉そうにふんぞり返りやがって」

「日々必死に汗水流す俺たちのほうがずっと偉いや」

「一丁前に選挙にまで参加してねえ。魔女が居なくたって、王都はやっていけるんだよ」

 

 

 もちろん魔女に対するマイナスイメージは存在する。

 どれだけ頑張って、どれだけ人々のために尽くしても、恩恵を無視して文句を言うばかりの人間は、必ず存在するのだ。

 魔女が居なければ、とっくに死んでいたというのに。

 

 

「…………」

 

 

 俺は肩を竦めて進路を変更した。

 今までは目的地もなく彷徨い歩いていたが、学園にでも足を運ぼう。

 命を賭して戦った魔女たちが、王都の人々の心ない声によって参ってしまっていないか──心配だった。

 一時的にアルバイトを辞めてもらった式子と珠姫の様子も気になるし。

 

 

「お、ここか」

 

 

 アストラディア連合王国の中心部、つまり王都の中心には、普通想像されるような王城ではなく、とある学校がある。

 先生が勉強を教えて、学生が知識を身に着けていく……なんて一般的な場所などではない。

『学園』と呼ばれる、魔女を育成するための機関だ。

 

 

 固有名詞的な地名だとか人名だとかが枕に付いていないのは、元々、大規模に教育を施す機関が『学園』の他になく、学園を真似て、いわゆる普通の学校が成立したからだ。

 前世の分かりやすい例を挙げると、『伊勢神宮』の正式名称が『神宮』みたいな感じ。

 

 

 学園では魔女を育てるために、魔物の殺し方や、効果的な魔法の使い方を教える。

 目的を考慮すれば、学校というよりむしろ、軍人の育成施設のほうが適切かもしれない。

 それが学園だ。

 

 

「久しぶりに来たけど……変わってないな」

 

 

 歴史的な建造物を保存するための法律が敷かれる王都の中心。

 であれば、学園がなかなかに古めかしい──あるいは時代錯誤的な外観をしているのは当然だろう。

 王都で二番目に歴史のある建物だからな。

 ちなみに一番は王城。

 

 

 学園に部外者が立ち入ることは許されていないので、俺は外周に沿ってゆっくりと歩き始めた。

 以前のような賑やかさは鳴りを潜め、まるで喪中のように、建物全体が静寂に沈んでいる。

 

 

 いや──まるで喪中、ではないのか。

 ダンジョンを復活させるにあたって、何十人もの魔女が犠牲になった。

 歴史の闇に葬られたダンジョンの作り方。それを隠したままにするには、人柱に使われた魔女の数が多すぎる。

 おそらく、学園に通う者たちには通達されたのだろう。自分たちが、どれだけ血塗られた安寧の上に生きているかを。

 

 

 加えて、王都防衛に散った命も膨大だ。

 魔女たちは、この事件を通じて、以前の七割にまで数を減らしている。

 軍事において「全滅」とは全体の三割の損傷に当たる。

 要するに……真実、ギリギリの戦いだったのだ。それ以上の犠牲が出れば、敵前逃亡を選んだ魔女も増えただろうし。

 

 

 ゆえに学園は沈黙を選んでいるのだ。

 まるで建物が意志を持つかのように、黙祷を捧げている。

 

 

「難儀だな」

 

 

 魔女たちの感情と人々の感情。

 その軋轢は、いずれ大きな不和を生み出すように思われてならない。

 俺には何もできないから、ただ傍観するしかないのだが。

 物理的な力だけでは、政治的な問題を解決するには足りないのである。

 

 

「はあ……」

 

 

 溜息をつきつつ歩を進めた。

 ついに元居た位置に戻り、ホテルにでも帰ろうかね……と進路を変更しようとした瞬間。

 俺は校門に貼られた一枚の紙に気が付いた。

 

 

「『テナント募集中』……?」

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