救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる 作:音塚雪見
世界最強の魔女になりたい。
それは、幼少期よりノエリの胸の内を焦がし続ける衝動だった。
いっそ病的とも言える渇望。
彼女は、学園に入学してからこっち、常に努力を続けている。
「また……」
ノエリは張り出された成績表を眺め、呆然と呟いた。
彼女の名前は紙に載っていない。
ただ三人の名前と二つ名だけが、燦然と紙面に躍る。
「小牟田式子──」
その中でも、ノエリの嫉妬の炎をより燃え上がらせるのは、堂々と頂点に名を刻む小牟田式子だった。
以前、授業の一環で、ノエリは小牟田式子とダンジョンに潜った。
その際、異常な強さの魔物が現れ、式子は魔法を使った。ノエリを守るために。
世界最強の魔女だなんだと語っていても、やはり何かを代償に捧げる魔法は怖いもので。
躊躇なく魔法を使った式子は、彼女にとって憧れの存在であり、同時に、目の上のたんこぶ的な相手だった。
──気に入らない。
ノエリは歯噛みする。
魔法を使えなかった自分にも苛立つ。
……だが、それだけではない。
小牟田式子のあの目。
誰かを守るため、魔物を殺すためと嘯いて、自身を勘定に入れない態度が、ノエリにはどうしても許せなかった。
加えて、あいつは謙虚なのだ。何百人も魔女が在籍する学園で一番。並の人間であれば間違いなく自慢して吹聴して回る。少なくともノエリだったら、傲慢な振る舞いこそ控えるが、内心、鼻高々に思うだろう。私が最強なのだと。
しかし、小牟田式子はそうではない。
自分が頂点に居るのが当然だと確信しているかのように、一切の浮かれた態度を出さない。
それがまた腹立たしいのだ。なんなんだお前は聖人か何かなのか。
ノエリは地団駄を踏んだ。
「はあ……いつまでも僻んでるわけにもいかないし、図書館にでも行こう」
アストラディア連合王国の中心部に位置するのは、本来想像されるような王城ではなく、ここ学園である。
それはアストラディア連合王国が「連合王国」であることも影響するが、それ以上に、世界の行く末が、魔女たちの活躍に懸かっているのが大きいだろう。
文字どおり世界の中心。
すべてが揃う魔女育成機関。
魔法を扱う素養がないにもかかわらず、毎年不正入学しようとする輩が尽きない理由である。
もちろん、資格を認められない者が門を潜れた例は一件もない。
さて、そんな学園は、尋常でないほど設備が整っている。ノエリが目的地とした図書館もそのうちの一つだ。古今東西の書籍が収蔵され、王立図書館よりも品揃えがいいと噂される。
事実、学園にのみ残るばかりで、すでに絶版となった本は枚挙に暇がない。
石造りの階段を下りるノエリ。
次の角を曲がってしばらく行けば図書館に辿り着く。
身体に染み込んだ進路に従って歩き──。
ふと、違和感を抱いた。
「あれ……こんなところに喫茶店なんてあったっけ」
ノエリは首を傾げる。
眼前には、木製の看板が立っていた。
『喫茶店』と実にシンプルな店名。
いや、それを店名としていいのかは議論の余地があるとして。
「ああ、もしかしてテナント募集の奴かな」
そういえば、校門だとか掲示板だとかに貼り紙があったような。
ノエリは喫茶店の外観を眺めて、心底可哀想だ、とでも言いたげな顔で首を竦める。
「よりにもよって、立地が最悪なここを選ぶなんて。絶対にお客さん来ない」
学園には図書館が複数ある。
ノエリが目指していたのは、中でも最も利用者の少ない場所だった。
広い敷地の奥まったところに位置し、ほとんど誰も足を運ばない。
人混みを好まない彼女にとっては都合がいいけれど、店を構える人間にとっては、およそ不向きな場所だろう。知らずに選んだのだろうが、なんともまあ運の悪い話だ。
ノエリは同情的な息を吐いた。
「誰も来ないのは悲しいだろうし、暇潰しがてら寄ってみようかな」
別にどうしても図書館に行きたいわけではない。今日は授業もないし、友達の居ないノエリは日がな暇だった。目新しい喫茶店など、暇潰しにもってこいである。
「いいお店だといいな」
あと──できれば威圧的な店員が居ませんように。
彼女は、歯に衣着せぬ言い方をすれば、びっくりするほど小心者であった。