救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる 作:音塚雪見
学園に喫茶店を出すとはすなわち、アストラディア連合王国の中心──物理的にも精神的にも──に店を構えるということだ。
商売の相手が魔女に限定されるとはいえ、一国一城の主たちからしてみれば、喉から手が出るほどの栄誉だろう。
校門に貼られた『テナント募集』の紙を見て、特に深く考えず申し込んだ俺は、とにかく倍率が高く、また基準の厳しい審査を乗り越える必要があった。
中でも一番難しかったのが料理審査だ。
我己が腕に自信あり、と息巻く料理人たちとの料理バトル。
魔法の後遺症で味覚を失っている俺にとっては、もはや不可能とも思われた戦いだった。
しかし運命の悪戯か、あるいは秘められた才能が覚醒したのか、審査員の服が弾け飛ぶくらい美味しい料理が出来た。
いや、どうして旨い飯を口にしただけで衣服が弾けるのかは分からないが。
触れると面倒ごとになりそうなので、俺は流れに身を任せて、結局料理バトルで優勝した。
おかげで学園に喫茶店を構えることができたぜ。しかも資金は学園持ち。うひょーやっぱ金持ちって神だわ。
テンションが上がりすぎて口調がぶれるくらい、俺は喜んでいた。
「さて……開店準備でもするかね」
身体に染みついた動きで店内を素早く歩き回る。
準備の詳細──つまり何をすればいいか、何をどこに置くか、とかは忘れてしまっているけれど、洗髪の仕方が判らない人間が居ないように、俺の身体は完璧に準備の順序を把握していた。
先日の喫茶店爆破事件で日記も紛失してしまったし、新しく書き始めないとな。
五分少々で作業を終わらせると、OPENの吊り下げプレートをドアノブに引っ掛けるべく、入り口の扉へ向かう。
「……ん?」
すると誰かの影があることに気が付いた。
興味津々、といった様子で店内を窺っている。
開店初日から早々幸先がいい。
俺は意識して、よく通る声を上げた。
「いらっしゃいませー!」
「ひっ」
「これは喫茶店っぽくないか」
反省反省。お客さんも困惑しているようだし、テンションが上がったまま接客するのはよろしくないな。
「あの……ここは……」
「喫茶店です」
「いつ出来たんですか?」
「今日が開店初日です」
「ベストタイミング……ですかね」
茶髪を揺らして笑う彼女。
なんだか動きを観察されているような気がするのだが、敵意はないし、おそらく人見知りなのだろう。
彼女は記念すべき初めてのお客さんだ。できる限りのサービスで以て、リピーターになってもらおう。
「それにしても──」
彼女を店内に招き入れ、メニュー表を手渡す。
「ずいぶんな辺鄙に店を構えたものですね」
「辺鄙?」
「ああ、やっぱりご存じない」
顔の横に垂れる茶髪の束を摘まみながら、彼女は「残念ながら」と前置きすると、溜息交じりに説明してくれた。
「この辺り、全然人通りないんですよ」
「学園内なのに?」
「学園は広いですから。奥まった場所には、ほとんど
さすが押しも押されぬ学園だな。敷地内ですら人間の密集度合いが異なるのか。
……まあ、俺はほどほどに仕事がしたいだけで、目立つのは望んでいない。別に問題はなかった。むしろありがたい。
「ふうん」
「……動揺しないんですね」
「前に店を構えてた時も、片手で数えられるくらいのお客さんしか来なかったから」
「それは経営者としてどうなんですか……?」
彼女は実に真っ当なことを言った。
まったく否定する言葉もありません。