救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第4話

 記念すべき初めてのお客さんとなってくれた彼女は、どうやらノエリという名前らしい。

 容姿に見覚えもなければ、名前に聞き覚えもないので、まず間違いなくゲームの登場人物ではないだろう。

 展開が変わることを恐れて、些細なやり取りにすら気を遣わなくていい。

 それがここまで楽だなんて思ってもみなかった。

 

 

「あの……店長さん?」

「ん」

「やたらニコニコしてますね」

 

 

 無意識に感情を発露していたようだ。

 ノエリは不審げな眼差しを向けてくる。

 

 

「うちの喫茶店にお客さんが来るのは珍しいからな。さっきも言ったけど」

「あれ冗談じゃなかったんですか……?」

「俺は生まれてこの方一度たりとも嘘をついたことがない」

「すごい嘘っぽい……」

 

 

 呆れたように溜息をつくノエリ。

 彼女はメニュー表を眺めて、「あの」と首を傾げた。

 

 

「おすすめとかってありますか」

「コーヒー」

「……軽食とかは? お昼ご飯まだで」

「うーん」

 

 

 俺は困った。答えに窮した。

 なぜなら、俺の料理は大当たりか大外れしかない、というギャンブル性があるからである。

 レシピどおりに作っているのにとんでもない味になったかと思えば、適当に作ったのに審査員の服を吹き飛ばせるほどの味になったり。

 あるレースでは圧勝したにもかかわらず、次のレースでは大敗するムラ駆けの馬のごとく。

 

 

 幸いにもコーヒーだけは失敗したことがないので、それだけは自信があると胸を張って言えるのだが。

 

 

「どれ選んでも同じだよ」

「おお。やっぱり喫茶店の店長さんですから、軽食には自信がありますか」

「いいや。ただ……なるようになるだけだ」

「格好いい」

 

 

 感心しました──とでも思っていそうなノエリ。

 ……別に嘘はついていないのだが、騙しているようで気分が悪い。

 申し訳なさで胃が痛くなってきた。痛覚ないけど。

 

 

「じゃあ、そうですね」

 

 

 彼女は十数秒ほどメニュー表に視線を滑らせ、何を注文するか決めたのだろう、頷きを一つして、ある商品を指差した。

 

 

「喫茶店の花形、ナポリタンをお願いします」

「ナポリタン、ね……」

 

 

 俺は意味深に呟く。

 喫茶店をやり始めてから、お客さんにナポリタンを提供したことはないはずなのに。胸のどこかに、何かが引っ掛かったような。

 それこそ──記憶に蓋をされたような、気持ち悪さを感じたのだ。

 

 

「店長さん?」

「ああ、悪い。お待ちを」

 

 

 まあ、よくあることだ。

 たぶん気のせいだろう。

 

 

 俺は頭を振って、ナポリタンを作るべく厨房に移動した。

 いつもどおりレシピに従い作業を進めようとして──。

 気付く。

 

 

「あ、レシピもなくなったのか」

 

 

 喫茶店爆破事件に巻き込まれ、自分を導いてくれる聖書的なファイルは消失してしまったらしい。

 ナポリタンなんて、麺にケチャップをぶちまけとけばそれなりの形にはなるから、あまり問題ではなさそうなのが救いか。

 

 

 界隈では名の知られた美食家の服を弾け飛ばすくらいの料理すら作れたんだから、今回だって余裕だよ余裕。

 鼻歌交じりに料理しちゃうぜ。

 世界最強の料理人、古明地葵の神髄を見せてやろう。

 

 

 ──後から考えてみれば。

 この思考こそが、いわゆる失敗フラグであった。

 

 

     ◇

 

 

「お待ちどう」

 

 

 コーヒーとナポリタンを机に運ぶ。

 見た目はどちらも完璧だった。

 ノエリも瞳を輝かせて、静かにカップを手に取る。

 

 

「あ、これ美味しい……」

 

 

 ぽつりとノエリは呟いた。

 嬉しい言葉だ。大枚はたいて購入した豆を使っているから、自信はそれなりにあったけれど──やはりお客さんにお褒めいただくのは違うぜ。

 俺はニヨニヨと笑った。

 

 

「じゃあ、次はこのナポリタンを──」

 

 

 ノエリは湯気の立ち上るナポリタンに、そっとフォークを差し入れる。

 大樹に絡まる蔦のようになった麺を、静かに口に運んで。

 

 

「なにこれまっっっっっっず!!!!!」

 

 

 盛大に吐き出した。

 先程までの丁寧な口調は雲散霧消。

 口直しと言わんばかりにコーヒーを嚥下する。

 

 

「……隠し味に石油でも使ったんですか?」

「自信だけはあったんだけどなあ。主に見た目とか」

「確かに見た目は完璧でしたよ。味が致命的に駄目でしたけど」

「まあ食事は目で楽しむとも云うしね。加点方式だったら百点満点じゃないかな」

「加点方式は至らない物を擁護するための表現じゃありませんよ」

 

 

 ノエリは冷たく断言した。

 まったく反論する余地もございません。

 俺はおとなしく白旗を挙げる。

 

 

「味見しなかったのが敗因かな」

「味見しないで客に料理を提供するのは、飲食店を経営する人間としてあり得ないのでは?」

 

 

 ノエリは力強く肩を震わせた。

 

 

 うーん。

 まあ、確かに。

 味見しないのはあり得ないよな。

 俺は頬を掻く。

 

 

「実は俺……めちゃくちゃ美味いか、めちゃくちゃ不味いかの両極端な料理しか作れないんだよな。舌馬鹿っていうか」

「だから先程、どのメニューを選んでも同じだと?」

「何を作るかよりも、その日の調子のほうがウェイト重いんだ」

 

 

 こんな不味い料理しか作れない腕だと、間違っても学園に店を構えるなんて許可されないだろう?

 と問いかけると、不承不承、ノエリも追随してくれる。

 

 

「まあ、アストラディア連合王国名うての美食家が審査を務めたと聞きますし、それは嘘じゃないんでしょうが……」

「審査の日に上振れを引けたおかげか、俺の料理を口にした審査員の服が爆発四散してたぜ」

「服が……爆発四散……? なぜ……?」

 

 

 それは俺も知りたい。

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