救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる 作:音塚雪見
壊滅的な出来のナポリタンを提供してしまったことで、俺の喫茶店に対するファーストインプレッションが最悪になったであろうノエリだが、なんやかんや、定期的に足を運んでくれる常連になった。
「相変わらず閑古鳥ですね」
からんころん、と扉の鈴が鳴る。
視線を向ければ予想どおり仏頂面。
呆れたように首を傾げるノエリが居た。
「君が来てくれるようになったから、これでも以前よりは遥かにマシになったんだ」
「胸を張って言うことじゃないですよ、それ」
呆れの表情がさらに強まって、彼女は定位置となったカウンター席に腰を下ろす。
「今日の自信の程は?」
「いつもと変わらないさ。なるようになる」
「発言だけ切り取れば格好いいんですけどね。期待される結果と現実がおよそ正反対なものですから、毎回落差が酷い」
俺の料理の腕はすごく博打的で、大当たりか大外れしかない。
初来店の時にノエリにはそう説明した。
だから彼女は「一度くらいは大当たりの料理を口にしないと負けた気がする」と足繫く通ってくれるようになったのだ。
ノエリは非常に負けず嫌いだった。
ただ──説明不足だったのは。
おそらく、調理に成功したのは審査の一度だけということ。
というか俺は味見も何もしていないから、審査員の反応を見て「成功したのだろう」と予想しているだけで、そもそも当たり外れなど存在しないのかもしれない。
「…………」
ノエリは慎重にメニュー表を眺めている。
初めのほうは彼女の好きな物を頼んでいたようだが、この頃は傾向が変わって、如何に作業工程の少ない料理を選ぶか、を重視しているらしい。
「店長さん。小倉トーストとコーヒーをお願いします」
「小倉トースト、ね……」
「意味深に呟くのやめてくださいよ。パン焼いてあんこ上に乗せるだけじゃないですか。失敗する余地ないですよね。え? ないですよね?」
「──ま、出来てからのお楽しみだ」
「駄目だ嫌な予感しかしない」
ノエリは頭を抱えた。
顔を青くして、心配そうにこちらを観察している。
最近の彼女がカウンター席に座るようになったのは、俺の調理過程を注視して、変なことをした瞬間に咎めるためなのだろうか。そうすれば失敗はしないだろうと。
まあ俺は基本的にレシピに忠実なので、ノエリが心配するような「変なこと」は起こり得るはずがないのだが。
「お願いしますよ……」
「任せとけって」
棚から一斤の食パンを取り出す。
これは巷で話題の専門店から取り寄せした逸品だ。
もちろん俺には味など分からないが、匂いや舌触りが他の食パンと一線を画している。間違いなく味も格別だろう。
それを贅沢に──厚切り。
ノエリは比較的一口が小さめなので、厚切りといっても、普通の食パンよりも若干厚い程度に収めた。
確かに画一的な作業にすれば簡単なのだが、やはり各人ごとに身体的差異は存在する。
真に美食を追求しようと思ったら、お客さん一人一人に合わせた工夫が必要なのである。
ところが、かねてより工夫の一切が瓦石と化してしまうので、俺の心配りが効果を発揮したことはない。
二切れの食パンにサッとバターを塗る。
事前に熱していたフライパンで熱を持たせて。
「……今のところ問題はなさそうですね」
ノエリが小さく囁いた。
この分だと成功でしょうか。
なんて安堵交じりの感想が聞こえてくる。
「さて──どうかな」
「だから先行きが心配になること言わないでくださいよ」
食パンを掬い上げると、あんこを適量とバターを乗せた。
トースターに入れて二分少々焼く。
これで支障なく完成するはずだ。するはずなのだ。してくれ。
半ば祈りつつ、赤熱するトースターを睨みつけた。
──チーン。
気の抜けるような音が鳴る。
「……よし」
いつもどおり見た目は完璧だ。
俺は頷いて、コントラストの映える白い皿に小倉トーストを盛りつけた。
後はコーヒーと一緒に提供すれば注文は終了である。
「お待ちどう」
「……見ていた限りでは、変な手順は踏んでいなかった。料理下手にありがちな、己を過信し、レシピを馬鹿にする態度もなかった。問題はないはず。大丈夫」
提供された小倉トーストに視線を落としながら、ぶつぶつと独り言を溢すノエリ。
震える指先でそれを摘まみ上げると、僅かに逡巡して、ぎゅっと目を瞑る。
「いただきます。……ええい、ままよ!」
さくっ。
焼き具合が申し分でないことを証明するように、耳に優しい音が響いた。
ノエリはしばらく黙り込んで咀嚼をしていたが──。
「まっっっっっっっっっずいのはなぜ!?」
即座にコーヒーで流し込んだ。
生理現象としての涙が滲み、えずきが彼女の喉を震わせる。
ノエリは信じられない物を見たかのように小倉トーストを凝視していた。
「手順は完璧だった。変な物も使ってなかった。なのに、それなのにもかかわらず、苦みとか甘味とか酸味とか辛味とか塩味とかよく分からない味らしき何かが喉に引っ掛かって離れない。ついでに後味がガソリン」
散々な評価だった。
俺には判らないが、そんな酷い味なのか。自信なくすぜ。
しょんぼりと肩を落とす。
「……もはや店長さんの料理スキルは魔法の域ですね」
「お、世界で初めての魔法使い誕生か」
「そしたら直ぐ実験対象になるでしょうね。人類の礎になれって」
「怖ぁ」
「今までそうやって世界は続いてきましたから」
ナプキンで口を拭いながら彼女は苦笑した。
茶髪の束を指で摘まみ、残念そうに溜息をつく。
「またしても美味しい料理を食べることができませんでした。……本当に成功したことあるんですか?」
「じゃなきゃ審査クリアできないって」
「うーん、疑わしくなってきました」
その後、ノエリは乙女的に我慢ならない姿を晒しながらも、なんとか小倉トーストを完食した。
俺は食べなくてもいいと諭したのだけれど、負けず嫌いを発揮した彼女は、注文した以上は絶対に食べ切るのだ、と聞く耳を持たなかった。
「……うぇっぷ」
結果生まれたのがインターネットウミウシみたいな顔色になって、机に突っ伏す限界乙女なノエリ嬢である。
「大丈夫か? 休んでいくか?」
「いえ……図書館に、行かなければ……ならないので……」
こんな生物かどうかも怪しい顔色をしているのに、なおも図書館に足を運ばんとする意志がどこから湧いてくるのか。
俺にはまったく判らなかった。
「なんでそんなに頑張るんだ?」
だからなんの意図もなく尋ねた。
純粋な疑問だった。
「なんで……ですか」
ノエリはぴたりと動きを止める。
ぼんやりと宙に視線を彷徨わせて。
インターネットウミウシしながら答えてくれた。
「どうしても勝ちたい相手が居るんです。昔から世界最強の魔女になりたいと願っていましたが、最近は、その相手に勝ちたい──という欲求のほうが強い」
「その相手っていうのは……」
訊くと、彼女は苦々しさで顔を染める。
「──小牟田式子」