救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第8話

 その扉はやたら存在感があった。

 高級感のある拵えで、黒の漆塗り。

 両開きの造りで縦は長く、三メートルはあろうかという威容である。

 

 

 アストラディア連合王国の中心──さらにその中心に位置する学園長室であれば、確かにこれくらいの威圧感は必要なのかもしれないが……来訪者が委縮する可能性も考慮してほしかった。

 他の人はどうか知らないが、少なくとも俺はめちゃくちゃ入りづらい。

 なんか選ばれし者しか潜れません、みたいな見た目してるし。

 

 

 学園長モルガナに呼び出しを食らって早数時間。

 学園長室前に辿り着いて早数分。

 同じ場所を行ったり来たりしながら、俺は勇気を決めきれずにいた。

 ノックした瞬間に銃弾ぶち込まれたりしないだろうか。

 たぶん即死するぞ。

 

 

「いや……さすがに説明もなしに命を狙ったりはしないか」

 

 

 だいいち俺の命が欲しいのなら、わざわざ呼び出しをする必要もなく、腕利きのスナイパーを雇って引き金を引かせるだけでいい。

 こんな面倒な手順を踏むということは、単に会って話したいだけだろう。

 魔女の本能というか習性というか、何か普通でない出来事があると、ついつい罠の可能性を疑ってしまう。

 職業病の類なのだろうが、なかなか生きづらいものだ。

 

 

 俺は溜息をついた。

 溜息をついて、扉を見上げる。

 

 

「あー、失礼しまーす」

 

 

 指を曲げてこんこんこん。

 しばし待つと、扉の向こうから「どうぞ」と声が聞こえてきた。

 音が鳴らないよう静かに開け、抜き足差し足忍び足。

 

 

「……なぜ泥棒のような入り方を?」

「魔女たちの頂点に君臨される学園長の御座すお部屋ですから。決して粗相のないように、と」

「ふむ……新しく世間で出来たマナーかな? あいにく、私は世間一般の潮流に詳しくないものでね。配慮してくれたのは嬉しいのだが」

 

 

 学園長モルガナは首を傾げた。その動きによって、白い髪が肩を滑り落ちる。

 別にマナーでもなんでもなかったのだが、適当なことを言った結果、彼女はそう勘違いしたらしい。訂正するのも面倒だしそのままにしておこう。

 

 

 俺は一礼をすると、早速本題に入った。

 

 

「一応お尋ねしますが、召喚の相手は俺で間違いない? 人違いとか──」

「間違いなく君だとも。『古明地葵』くん」

「はあ……」

 

 

 古明地葵くん──とやたら名前を強調して言うモルガナ。

 実に意味ありげな振る舞いだ。

 

 

「私は学園長だからね。一通りの資料には目を通す必要があるんだ。そうしたらずいぶんと有名な名前が書かれているものだから、とても驚いたよ。なんせ世界最強の魔女の名前だ」

「よく言われます。有名人にあやかるのもいいですが、分不相応な名前を付けられた子供の気持ちも考えてもらいたいですよね」

「え?」

「え?」

 

 

 モルガナは目を丸くする。

 俺も目を丸くする。

 え? 何? 世間話の範疇だろ? どこか引っ掛かるところあった?

 

 

「え……その、君の正体が世界最強の魔女ということは?」

「あり得ないですよ。そもそも俺、男ですし。魔法なんて使えるわけないじゃないですか」

「いや……まあ確かに、冷静に指摘されたらそうなんだが……え?」

 

 

 秘められた真実を解き明かしてやったぜ、みたいな自慢げな表情はどこへ行ったのか、彼女は途端に髪を萎びさせた。

 

 

「もしかして俺が世界最強の魔女だと思ったんですか?」

「……ああ」

「仮面で素顔を隠してたから? 男の可能性もあると?」

「……ああ」

「テナント募集に申し込んできた奴の名前が古明地葵だから、これはもう間違いないとテンション上げちゃったんですか?」

「いやだって……一緒に背負ってくれるって言ったし……」

「一緒に背負う? なんの話です?」

「すまない……忘れてくれ……」

 

 

 モルガナは掌で顔を覆う。指の隙間から見える頬は、今にも火が噴き出そうなほど真っ赤である。

 そして額から机に突っ伏すと全身を震わせはじめた。小学生じみた体躯のせいで、なんだか子供を虐めているような気分。

 俺は菩薩のごとき微笑を浮かべた。

 

 

「誰にだって勘違いはあるものですよ」

「慰めてくれるのか……」

「ダンジョンの件で疲れてるんですよね。だってそうでもなきゃ、世界最強の魔女の正体が男だなんて思いませんし」

「実はまともに寝られていなくて……」

「睡眠時間は大事ですよ。人間性の源です」

「ああ……忠告痛み入る……」

 

 

 羞恥心に染まり切った声ではあるが、モルガナはしっかりと感謝を述べると、それきり動かなくなった。

 一分、二分、三分……と経って。

 居心地の悪さに耐えきれなくなった俺は、頬を掻きながら問いかけた。

 

 

「えっと……もしかして、呼び出しの理由はそれだけですか?」

「──ああ」

「本当に俺のことを世界最強の魔女だと思ってたんですね」

「正直、間違いないと」

「寝不足の影響著しい」

 

 

 まったく、名前が同じだからって男が魔女になれるわけないのに。

 俺は机に突っ伏したままのモルガナを見下ろした。

 そして変な形に歪みそうな表情筋を手で押さえた。

 

 

 ──あっぶねええええええええ! 正体バレるところだったあああああああああああああああああああ!!

 

 

 何も考えず書類を本名で書いたのが不味かったか。

 誰かさんの影響で「葵」という名前は増えているらしいが、苗字まで一緒ってのは相当珍しいからな。

 俺も俺で考え足らずなのは同じである。

 

 

 一緒に背負う云々の話は本当に理解できなかったが、世界最強の魔女の正体については正解なので、いつボロが出るか心臓バクバクだった。

 どうやら騙しきれたようだが、冷や汗が止まらないぜ。

 俺は口の端を歪めて笑みを作った。

 

 

「じゃ、じゃあ……俺はこれで」

「ああ……時間を取らせてすまなかった」

「いえいえ。お気になさらず」

 

 

 ぱたん。

 後ろ手に扉を閉める。

 ずるずると腰を下ろす。

 開放感に大きく息を吐いた。

 

 

「はあああああああ……寿命縮んだ」

 

 

 勘弁してほしいね、軽率なピンチは。

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