救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第11話

 からんからん、とドアに括りつけた鈴が鳴った。

 学園に出店してから数週間が経過したが、今までにここを訪れてくれたのは驚異の一名だけなので、そちらに視線を向けなくても誰が来たのか判る。

 俺はコーヒーカップを拭きながら僅かに顔を上げた。

 予想どおりの見慣れた顔がある。

 

 

「…………」

 

 

 所在なさげに茶髪を揺らす影。

 彼女をこのまま放置したらどんな反応をするのだろう──と悪戯心が首をもたげるも、変な対応をして貴重なお客さんを失うのはつらい。

 変なことを考えずに応対しようと決め、俺はゆったり口を開いた。

 

 

「いらっしゃい」

「……ああ、よろしくです」

「その反応は合ってるの?」

 

 

 想像していたのとはずいぶん異なる切り返しをされたものだから、俺は若干困惑する。

 彼女──ノエリは上の空だった。多量のカフェインを摂取して思考が鈍くなっているみたいに、ぼんやりと佇んでいる。

 こちらの疑問にも一拍置いて、

 

 

「何か間違ってましたか?」

「間違ってたというよりも……心ここに在らずというか」

 

 

 そう。焦点が合っていないのだ。

 喫茶店に足を運んでなお、扉の前に留まっているのとか。

 いつもならすぐに定位置の席に移動するのに、虚ろとした態度とか。

 心ここに在らずとはこのことである。

 

 

 ──もしやノエリに何かあったのだろうか。

 俺は普段とはあまりに違いすぎる振る舞いをする彼女を心配して、久しぶりに実家に帰ってきた子供を介抱する親のように、もはや鬱陶しがられる勢いで席に案内した。

 

 

「大丈夫かい? 今日はサービスでオムライスとかナポリタンとか色々作ってあげるからね……」

「ありがとうござ──ちょっと待ってください。サービスでオムライスとかナポリタンとか作ってくれるんですか?」

「うん」

「拷問の間違いではなくて?」

 

 

 なんともまあ失礼なことを言う奴だ。心配して損した。

 俺は憤りのままにハラハラした気持ちを投げ捨てる。

 

 

「拷問とはなんたる言い草」

「だって店長さんの料理の腕、壊滅的じゃないですか」

「たまには大当たりが出るって説明したでしょ」

「いまだに大当たりが出てないから信用できないんですよ」

 

 

 

 そりゃあ確かに今まで成功した事例はないけれど。

 趨勢が彼女に傾いたことを肌で感じ取り、俺は一歩後ずさった。

 まずい。このままではこちらが負けてしまう。いったいなんの戦いをしているのかは知らんけど。

 

 

「まず俺の腕前については置いておこう。些事だからな」

「言うに事欠いて些事と申しましたか。一応喫茶店を経営しているんですから、お客さんが寄り付かない原因である料理の腕は、可能な限り猛省すべきだと思うんですけど」

「反省してお客さんが増えるならいくらでもするけどな。今のところ、料理の評判関係なく誰も来てられないんだ。念のために確認しておくが、ノエリがうちの悪評を流してるわけじゃないんだよな?」

 

 

 雑談がてらに質問すると、彼女は「閑古鳥を私の責任にしないでくださいよ」と肩を竦めた。

 

 

「わざわざ悪評をばら撒くはずないじゃないですか。私になんのメリットがあるんです。当代きってのいい子ちゃんな私がそんなことをし始めたら、まず間違いなく悪魔に取り憑かれているので、お祓いをしていただいて構いませんよ」

 

 

 ふふん、と胸を張るノエリ。

 いつもの調子が戻ってきたみたいだ。

 俺は苦笑を深めて、

 

 

「で、どうしたんだ?」

「……そうですね」

 

 

 ノエリは静かに呟いた。メニュー表の角を指の腹で撫でて、ほう……と行き場のない息を吐く。

 

 

「以前、小牟田式子のことについてお話ししたじゃないですか」

「ああ……学園の有名人だな」

「はい。その小牟田式子なんですけど」

 

 

 そこで彼女は躊躇した。言葉を探すように視線を宙に彷徨わせる。身体は声を発そうとしているのに、脳が発すべき音を見つけられていない──そんな印象を受ける姿だった。口の中で赤い舌がチロチロと動いている。

 

 

「──失踪したみたいなんです」

「え?」

 

 

 静かに切り出された言葉。

 それがあんまりにも予想外の内容だったから、俺は理解が追いつかず、間の抜けた返事をしてしまった。

 ノエリは眉間に皺を寄せて繰り返す。

 

 

「小牟田式子が、姿を消したんです。忽然と、跡形もなく。書置きすら残さないままに」

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