救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第3話

 意識が朦朧とする。指の感覚がない。

 命の雫とも呼べる血が、時を経るごとに流れ落ちる。

 魔法を使うための杖はとうに失ってしまった。

 このままでは、生身のまま、魔力を扱うしか。

 

 

 魔女にとっての杖とは、一般的な「魔法を補助するためのアイテム」というイメージとは異なり、魔力の汚染から身体を守るための──役割的には、厄除けの雛人形と同じようなものである。

 

 

 人間にとって魔力は毒。

 その毒を使って放つのが魔法。

 杖を使わなければ、汚染はより酷くなる。

 

 

「だけど……」

 

 

 仲間は全滅してしまった。

 息はあるだろうが、とても戦える状態ではない。

 目の前にはいまだ健在の魔物。

 俺一人で奴を倒さなければ──人類の未来は。

 

 

 仲間にはもう「魔法を使わないでくれ」と懇願されていた。

 両の指では足りないくらい魔法を行使して、すでに、俺の身体はボロボロだった。

 次はないかもしれない。

 次の代償に『持っていかれる』のは、今度こそ、命そのものかもしれない。

 

 

「それでも──いいか」

 

 

 腕を伸ばす。

 空間に干渉する。

 杖を通じてではなく、この身体で直接。

 

 

「ぐうう……ッ!?」

 

 

 瞬間、脊髄を閃光が貫いた。

 否。閃光と錯覚するほどの激痛。腕に染み込んだ魔力が暴れている。

 身体の中で幾億の蟲が荒れ狂っているかのように、皮膚の裏側が熱を持った。

 

 

 吐き気が酷い。

 視界は霞む。

 もはや自分が立っているのか、あるいはすでに死んでいるのかすら判らない。

 

 

 それでも俺は成し遂げなければならない。

 目の前の魔物を殺す。

 後ろに居る仲間たちを守る。

 きっと……二度目の人生を得たのは、この時のため。

 悲劇的な彼女らの人生を、少しでも実りあるものにするために。

 

 

「これで、十二度目」

 

 

 記録上、十二回も魔法を使った魔女は存在しなかったらしい。

 皆それまでに、なんらかの形で命を落としていたから。

 この瞬間から、俺──古明地葵は「世界最強の魔女」と呼ばれるようになった。

 まあ全然嬉しくないのだが。つらく苦しいだけだ。惨い拷問を薄く引き伸ばして、人生だなんて呼称している……そんな痛みに塗れた毎日。

 できることなら、早く死んでしまいたい。

 

 

 あるいは俺が何度も魔法を使ったのは、希死念慮じみた切迫感が理由だったのかもしれない。どれだけ魔物を殺そうが、結界の外にはまだうじゃうじゃ居て、戦いのたびに魔女たちが死んでいく。その場しのぎのために、犠牲になる。

 希望ある未来なんてどう足掻いても見えず、救いのない世界の礎になって死ぬしか他にない。不幸を煮詰めた人生。

 

 

「……ああああああああああ!?」

 

 

 痛い! 痛い! 痛い!

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!

 痛い痛い痛い痛い痛い……けれど。

 

 

 痛いだけだ。

 

 

「……はあ、はあ」

 

 

 悪運が強いとはこのことを云うのだろうか。

 杖なしの魔法使用に耐えて、俺はまた生き残ってしまった。熱を帯びた身体は今にも燃えそうで、鼓膜でも破れたのか、音が聞こえない。岩肌に背中を預けて天井を仰ぐ。

 

 

 もしかして聴覚を代償に持っていかれたか。困るなそれは。片目くらいだったら日常生活に支障はきたさない。けれども、耳が聞こえないとなると、相当不便そうだ。

 

 

 ……でも生まれつき耳が働かない人も居るだろうし、そう考えると、生身で魔法を使ったにしては、軽い代償だったのだろうか。

 

 

 俺は胸を上下させながら瞼を閉じた。

 身体が下へ下へ落ちていくように、意識が薄くなる。

 次第に呼吸も静かになってきて──。

 

 

     ◇

 

 

 アストラディア連合王国。

 その中心部には、とある学校がある。

 普通想像する──先生が勉強を教えて、学生が知識を身に着けていく……という場所ではなく。

『学園』と呼ばれる、魔女を育成するための機関だ。

 

 

 固有名詞的な地名だとか人名だとかが枕に付いていないのは、元々、大規模に教育を施す機関が『学園』の他になく、学園を真似て、いわゆる普通の学校が成立したからだ。

 前世の分かりやすい例を挙げると、『伊勢神宮』の正式名称が『神宮』みたいな感じ。

 

 

 学園では魔女を育てるために、魔物の殺し方や、効果的な魔法の使い方を教える。

 もちろんそれに伴う代償も。

 代償を許容できない人間は学園を去るらしい。

 ただし、滅多には居ないが。

 

 

 アストラディア連合王国では、魔女は非常に高尚な存在である。

 と、幼い頃より教育が施される。

 だから小さな子供の夢は大体「魔女になる」ことらしい。

 早い話が洗脳だ。言い方は悪いけれど。

 

 

 ただまあ、文化なんてのは大抵そういうものだろう。

 この教育のおかげで魔女になりたい少女が絶えず、人類も絶えていないのだから。

 文句を言う奴には代案を出してもらいたいものだ。

 

 

 ……そんなことはどうでもいいか。とにかく、学園のことだ。

 知識だけを施して卒業させ、「はいダンジョンに潜ってきてくださいね」なんて無責任なことはしない。

 在学中に魔女同伴のもと、安全性を担保して──それでも死亡事件は過去何度も起こっているらしいが。いくら万全を期しても足りないのがダンジョンだ──魔物との戦闘経験を積ませる。

 うちの新たなアルバイトとして雇った大牟田珠姫は、今日、死線をくぐることになるのだ。

 

 

「んで、いきなりバッドエンドになる可能性があるんだよな」

 

 

 まったく難儀なものである。

『魔女あるいは』が鬱ゲーなのは前述のとおりだが、とにかく展開が理不尽。

 些細な選択肢次第で──それこそ朝食の内容とか、そんな些細な選択ミスでキャラクターが死んだりするのだ。

 というか朝食の内容で命に関わったりするか? パンだろうがシリアルだろうが変わんないだろうよ。

 バタフライエフェクト的なあれだと言われたら納得せざるを得ないが。

 

 

 顔見知りの少女が死ぬ可能性を知っていて、何も対策をせずダンジョンに行かせられるほど、俺は人の心を捨てていない。

 ゆえに久しぶりに仮面を引っ張り出してきた。

 体格を隠すマントを羽織って、顔と声が誤魔化せる仮面を被れば。

 世界最強の魔女こと古明地葵ちゃんさん復活である。

 

 

「女装みたいなもんだから恥ずかしいんだよな、結構」

 

 

 周りに誰も居ないことを確認しひとりごちる。

 骨伝導で伝わる自分の声は男のそれなのに、鼓膜を揺らすのは女の声。

 イメージと実態が違って気持ち悪い。

 今でこそ慣れてしまったが、初めの頃は、薄気味悪いやら恥ずかしいやらでかなり悶え苦しんでいた。

 

 

 それが改善されたのは──魔法の代償で、聴覚が鈍くなったから、だったか。

 どうにも代償で『持っていかれた』のは鼓膜の機能らしく、骨伝導の割合が増えたから、声のズレによる違和感はだいぶ緩和された。

 禍を転じて福と為すってな。いやまったく福ではないが。めちゃくちゃ目をすぼめて遠くから見ればギリギリプラマイゼロかなってくらいだが。

 

 

 溜息をつきつつ、ダンジョンの入り口に近づく。

 

 

 ダンジョン──結界の穴が位置するのはアストラディア連合王国の北の辺りで、この近くには住民は住んでいない。そりゃそうだ。誰が化け物の巣窟の近くに居を構えたいと思うのか。

 実際のところ、魔物がダンジョンから溢れた場合、居住地など関係なく人類は滅びることになるから、あまり気にする必要はないのだけれど。まあ感情は大事だしな。事故物件とか、墓の傍に住みたがらないのと同じだ。

 

 

 周りに住民が居ないからといって、国がダンジョンの管理を怠っているかというと、もちろんそうではない。集団自殺願望を持った異常者が、破れかぶれで変なことをしないとも限らないから。ダンジョンに入るには国の認可が必要で、基本的には、学園を卒業して資格を得ることが条件とされる。

 

 

 ……そう。

 学園を卒業するのが条件。

 学園に入れるのは少女だけ。

 俺は男。

 卒業できるわけがない。

 だって男だし。卒業以前に入学ができねえよ。

 

 

 しかし実力のある魔女ならば話は別で、たとえ学園を卒業していなくとも、様々な試験に合格することで、ダンジョン入場許可証が与えられるのだ。

 

 

 というわけで俺は懐から許可証を取り出した。

 ずいぶん苦楽を共にした相棒だから、印字が擦り切れて読みづらい。偽造を疑われたらどうしましょう。

 現役時代であれば心配する必要はないのだが、結構な期間、前線を退いていたから、もしかすると古明地葵を知らない門番も居るかもしれない。

 そうなると面倒くさそうだな~とか考えつつ、石壁に近づいた。

 

 

 ちなみにダンジョンの入り口とは言ったけれど、ダンジョンの塔までは、あと五キロメートルもあるのだ。魔物が居て危ないからね。そりゃあ多少の距離は取りたいよね。ほとんど誤差だけど。

 

 

 四角形の石が積み上がった高い壁。

 懐かしい光景だな、と頬が緩む。

 ダンジョンを中心にして半径五キロメートルの距離に築かれた、許可を受けていない人間を阻む石壁である。

 何度か魔法を使った魔女であれば越えられるだろうが。

 そこまでの相手を防げるほど、現代の技術は進んでいない。

 

 

「こんにちは」

「ああ、こんにち──」

 

 

 地面に目を伏せていた門番の顔色が変わった。

 

 

「世界最強の魔女!?」

「その呼び方はやめてくれるか。あまり好きじゃないんだ」

「あ、はい……分かりました」

 

 

 分かりましたとは言ってくれたものの、たぶん現状把握はできていまい。つまり分かっていない。

 

 

 いやあ、それにしても、先程の反応からして、俺のことは知ってくれているようだ。面倒ごとが起きなそうで一安心。

 雑誌に掲載されていた文言はあながち間違いじゃないのかもしれない。

 数年前に引退した魔女ひとりのことなんて、世間はすぐに忘れ去るものだと思っていたけれど。

 案外、物覚えがいいものである。

 

 

「い、引退したんじゃ」

「少し思うところがあってな。久しぶりに赴いた。何か問題があるのか?」

「……許可証には有効期限などありません。やろうとすれば、魔女は生涯現役です。もちろん、引退を撤回することも」

「撤回するほどじゃないんだが……まあ、散歩みたいなものだ」

 

 

 しばしのやり取りを交わして、俺は無事、石壁の中に入ることができた。

 見渡す限りの草原が広がっている。

 建造物など人工的なものは、背中の石壁を除いて他にない。

 ……ここから五キロかあ。面倒だなあ。

 

 

 俺は屈伸を始めた。

 世界最強の魔女の身体能力を舐めないでもらいたい。

 普段は抑えているが、本気を出せば、五キロなどすぐである。

 

 

「鈍ってなければ、一分くらいで着くかな」

 

 

 さて、久々に本気を出すか。

 昔みたいに地面を陥没させないように気を付けよう。

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