救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第13話

 道端で話をするのもなんなので、俺たちは喫茶店に戻った。

 緊張を解すためサービスで淹れたコーヒーをすぼめた唇で冷まし、猫舌なのか、少しづつ啜るノエリ。

 彼女は「ほう……」と消え入るような息を漏らすと、睫毛を上げ、静かに状況を語りはじめた。

 

 

「私は小牟田式子をライバル視しています」

「うん」

「ライバル視しているので、定期的に奴の様子を確認しに行く習慣があるのです」

「ふうん」

 

 

 俺はふと疑問に思ったことがあったので尋ねてみた。

 

 

「ちなみにその『定期的』ってのはどれぐらい定期的なんだ」

「二日に一回くらいですね」

「警察に相談したら警告文が出されるくらいの頻度だな」

「ライバル心ゆえなので」

「ストーカー行為の善悪に理由は関係ないんだぜ」

 

 

 想像していたよりも彼女の小牟田式子に送る情念の深さが凄い。正直ちょっと引いてしまった。

 俺はコーヒーの味が分からないけれど、苦々しい表情になったのをコーヒーのせいにして、澄まし顔のノエリに続きを促す。

 

 

「それで……いつもどおり小牟田式子の住む寮に向かいました。しかし登校時間になっても姿を現しません。奴の生活習慣を逸脱する異常でした。……奴は潔癖なほどにストイックなので、サボりや寝坊という線はないでしょう。私は小牟田式子が病気になったのだと確信しました。……どうしました? そんな、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

 

 

 ノエリは不思議そうに首を傾げた。

 だが、首を傾げたいのはこちらの方だ。なんでそんな純朴な少女みたいな雰囲気が出せるのか。やってること犯罪者だぞ。弁明の余地もないほど。

 俺はよっぽど彼女に指摘してやろうかと思ったが、話の腰を折って面倒ごとになるのも御免だし、菩薩のごとき微笑で誤魔化した。

 

 

「なんでもない。続けてくれ」

「はあ。──で、推定体調不良の小牟田式子ですが、一週間が経っても寮から出てこなかったんです」

「インフルエンザとか」

「その頃には奴の姿が見えない、と噂が立っていたので。二人部屋ですし、さすがにないでしょう」

 

 

 ノエリの眦は心配に垂れていた。揺れる瞳も、言葉とは裏腹に、小牟田式子への親愛が目立つ。

 おそらくライバルだとか認定しているものの、その実、彼女のあり方は友人に対するそれなのだろう。相手側が無知な可能性が存在するのが怖いけど。

 まさか一度も喋ったことのない仲なはずないし、その可能性は否定しても大丈夫だろう。大丈夫だよな?

 

 

 この数分で判明したノエリの異常性から決して否定し切れない疑問に、俺は舌の根が乾く思いがした。

 

 

「もしかして店長さんも体調不良なんですか?」

「いや、身体ってよりも精神の問題だから」

「より根が深いじゃないですか。程度が過ぎるようなら、たとえ身体に異常はなくとも病院に行くべきですよ。躊躇してしまうかもしれまんせんが、治療は早いほうがいいんですから」

 

 

 ノエリの声はこちらを案じる色でいっぱいだった。とてもナチュラルボーンストーカーとは信じられない。

 あるいは、その純粋さが狂気を生みだしたのかもしれないが。

 

 

 俺は鼻の頭を掻きつつ、

 

 

「大事なのは失踪の件だろう。俺のことはいいから、事のあらましを聞かせてくれ」

「どうも店長さんは自分のことを大切にしないきらいがありますね……」

 

 

 不満そうなノエリ。

 が、やはり小牟田式子の失踪が胸の内を占めていたのだろう。数秒も経たず再び口を開いた。

 

 

「それで色々調査をした結果、小牟田式子が失踪したことが判明したんです。失踪というよりも、私は誘拐だと睨んでいますが」

「誘拐、ねえ……。ずいぶんと物騒な単語だよ、それは」

 

 

 どうにも学園に居る魔女に纏わる事件としては考えづらい。

 おそらく、アストラディア連合王国で最も厳重な警備がなされているのが学園である。結界を世界だと定義すれば、世界の存亡を左右するのが魔女なのだ。その魔女を育てる学園は、とにかく堅牢な警備体制が敷かれている。

 それこそ俺並みの能力──身体能力だとか、気配察知能力だとか──があれば話は別だが、いくら組織立った犯罪だろうと、誘拐犯程度が侵入できる場所ではない。

 

 

「──あ」

 

 

 しかし、気が付いた。

 俺はすでに前例を知っている。数日前に現れたテンプレサイコパス。あいつは、その徹底した監視体制の学園に入り込んでいたではないか。

 抵抗があまりに貧弱で気にも留めていなかったが、考えてみれば、あいつがあの場所に居たこと自体が異常なのだ。

 奴を誘拐組織の一員だとすると、小牟田式子の失踪が現実味を帯びてくる。

 

 

 俺の反応を見て解説の必要はないと判断したのだろう、ノエリは両手でコーヒーカップを包み込むと、

 

 

「あの小牟田式子が。──認めたくないですけど、私よりも遥かに強い小牟田式子が誘拐されたんです。自分には何もできないだろうと冷静な部分が囁いているのに、心のどこかで自分じゃない自分が『動け』と言ってくる」

「やっぱり心配なんだ」

「心配? いいえ? 私が小牟田式子に向けているのは純粋なライバル心だけですよ。対抗心です。もし万が一私が心配しているとするなら、それは奴の安否ではなく、奴に土を付けられないのではないかという恐怖由来ですね」

 

 

 まったく素直じゃないことだ。

 誰がどう見たって嘘だと判る発言だが、彼女だけは心底そう思っているかのように双眸を細めている。

 俺は反応に困って愛想笑いをした。

 

 

「私は何かしたくて、何かしなくちゃいけなくて、それでもするべき事が分かりませんでした」

「だから当てもなく彷徨って、俺の喫茶店に辿り着いたと」

 

 

 あの心ここに在らずな態度も納得だ。友達──少なくとも傍目から見れば──が姿を消して、あまつさえ誘拐の疑いがあるとなれば、どんな冷血漢でも動揺の一つはしよう。

 それが感情豊かなノエリならばなおさら。小牟田式子の消失からこっち、万事が手に付かない様子が目に浮かぶ。

 指摘したら間違いなく否定するだろうが。 住宅展示場の風船人形みたいに。

 

 

「……これまでの話を聞いて、店長さんは何か案が浮かびましたか」

 

 

 俺の生暖かい眼差しに肩を小さくして、ノエリは上目遣いを向けてくる。

 

 

「案ねえ。なかなか難しいところだけど」

 

 

 顎を撫でながら宙に視線を投げだした。

 確かに喫緊の状況ではあるのだろうが、公的権力を持っているわけでもない俺たちの立場では、どうしようもないのでは、と諦めかけるのが実際だ。

 

 

 ノエリは誘拐を確信しているらしい。だとしたらますます警察か、そうでなくとも学園長あたりに頼るべきだろう。

 別に政治家の汚職事件でもないのだから、警察も動かない理由がない。後者の学園長モルガナに至っては、魔女の今後を一番に考える人だし、まず間違いなく協力してくれるはずだ。

 魔女育成機関のトップという肩書は、下手な警察組織よりも頼りになる。

 

 

 視線だけで意図を伝えると、ノエリは唇をへの字にした。

 

 

「私だって、それは考えましたよ。いの一番に」

「じゃあ──」

「でも私には誰かに頼る選択肢が取れない!」

 

 

 俺の言葉を途中で遮るノエリ。

 彼女の気配にはどこか必死なものが滲んでおり、不穏なバックボーンを感じさせる。

 

 

「その、誰かに頼れない理由ってのは……」

 

 

 唾を飲み込みながら俺は訊いた。

 これは彼女にとって地雷なのではないか。

 ノエリの過去を刺激してしまうことを案じながら。

 

 

「わた、しは──」

 

 

 彼女は躊躇した。声が喉に引っ掛かり、舌の根本に遮られるように。

 それでもキッと眦を決し、

 

 

「知らない相手と話すのが苦手なんです! 相談なんてできようはずがありません! もってのほかです!」

「──なる、ほど」

 

 

 思ってもみない方向からの弱音を吐いた。

 あまりに穴のある理由に、俺はつい納得を示してしまう。

 別に納得していないのに。

 

 

 褐色のポニーテールを揺らしながら涙目に訴える風采は、不思議なほどに説得力があった。もし彼女の主張する内容が政治的なそれだったら、うっかり思考が傾いてしまいそうなほどに。

 ところが述べているのが「人見知りだから相談できません」なんて情けないものだから、せっかくの説得力も形無しだ。

 俺は頬を掻きながら言った。

 

 

「いや、ほら、せめて学園長くらいには……」

「学園長モルガナ。噂には聞いています。どうも、元世界最強の魔女に相応しい風格と覇気を纏っているとか」

「立派な人だし……」

「私がそんな殿上人と口を利けるとでも!?」

「利けないんですか……」

「利けないんですよ!」

 

 

 同級生とすらまともに喋れないんですよ、私は!

 ノエリはみっともないことを堂々と語る。

 その堂々っぷりは、むしろ彼女のほうが正しいのではと思わせるほどだ。

 もしかするとノエリには魔女よりも悪女のほうが適性があるのかもしれない。美人局とか、結婚詐欺師とか、その類の。

 いや人見知りならどっちも無理か。だはは。

 

 

 されど一般人二人に失踪事件を解決できる力が備わっているはずもなく、俺の必死の説得によって、ノエリはしぶしぶ学園長モルガナに頼ることを承諾してくれた。

 名前の件もそうだが、彼女は変なところで強情だ。

 俺の薄れゆく記憶によるとモルガナも変わった人柄をしていたし、突飛な性格をしていないと魔女にはなれないのかもしれない。

 だとすると俺も突飛な性格ということになるが──まあ男だし、色々と例外的な存在なのだろう。きっと。

 

 

「思い立ったが吉日。早速だけど学園長室へ赴こうか」

「急がば回れとも云います。やはりここは、最低限の情報を集めてから足を運ぶのが最適でしょう。私のデータでもそちらのほうが勝算が高いと出ています」

 

 

 突然データキャラめいたことを言いだすノエリ。

 掛けてもいない眼鏡を押し上げるふりをして、自慢げに白旗を準備する。

 

 

「……ノエリって魔法を使った経験はあるんだったか?」

「魔法ですか? なんですかいきなり。お恥ずかしいことに、ありませんけれど」

「そうか。よかった」

 

 

 なんかもう彼女の言動に付き合うことに疲れた俺は、普段は選ばない強引な手段を選ぶことにした。

 音もなく椅子から立ち上がると、嫌な予感でも覚えたのか、さっと顔を青くしたノエリに忍び寄る。

 

 

「て、店長さん。話せば分かります」

「分からなかった結果が今だよ」

「せ、セクハラああああああ!?」

「それはちょっと言い訳の仕方が難しいから黙ってくれ!」

 

 

 抵抗するノエリを強引に抱き上げ、そのまま喫茶店を後にした。

 胸の中ではきかん坊のごとく暴れまわる少女。横抱き──いわゆるお姫様抱っこをするのはいい歳した男。事案の匂いである。

 目撃者に通報されると助けを求める云々どころではなくなるので、俺は若干本気を出して学園長室を目指した。

 

 

「なんか店長さん足速くないですか!?」

「ほら、足が早いとモテるだろう」

「小学生並みの感性!?」

 

 

 お姫様抱っこされている事実に顔を青くしたり、無理やり学園長室に連れて行かれそうな気配に顔を青くしたり、百面相で忙しいノエリ。

 そんな彼女と俺が目的地に辿り着いたのは、喫茶店を出発してから三分後のことだった。

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