救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第14話

「あわ、あわわわわ……」

 

 

 学園長室の重厚な扉を前に、ノエリは蛇を前にした蛙のように震えていた。口元を掌で覆って涙目。濃密なまでの被食者のオーラである。

 無理くりここまで連れてきたはいいものの、彼女は予想以上の抵抗を見せ、俺は三分以上の足止めを食らっていた。

 たまに廊下を通る人たちに対不審者専用の視線を向けられ、居た堪れない心地に苛まれる。

 

 

「いい加減、諦めないか?」

「諦めない心こそが絶望を乗り越える鍵ですから──!」

「なんか格好いいふうに言うけどね。やってること滅茶苦茶ダサいぞ?」

「泥臭くたって、誰かに笑われたって、私は……ッ」

「台詞だけ抜粋すればなあ。文句ないんだけどなあ」

 

 

 俺は首を竦めて溜息をついた。

 もちろん力ずくに連行することは可能だが、紳士を自称する俺には選びづらい手段である。

 

 

「小牟田式子の安否が心配だろう?」

「そりゃあ心配ですけど。──いや、心配じゃないですけど」

「もう取り繕っても無駄じゃない?」

「無駄なことなんて、ないッ」

「駄目だこりゃ」

 

 

 我儘な幼稚園児をあやすように説得し、通じなかったので、ノエリの背中を押して学園長室の扉の前に移動させる。

 

 

「お、横暴ですよ。出るところに出ればパワーハラスメントで店長さんは終身刑になることでしょう」

「パワハラの罪重すぎだろ」

 

 

 褐色のポニーテールを揺らして振り返ってくるノエリ。

 縋るような眼差しは母性本能を──俺は男だけど──刺激し、つらい試練から逃げさせてあげるべきじゃないか、という疑問を想起させる。

 

 

「店長さん……?」

「失礼しまーす」

 

 

 俺は特に躊躇せず扉をノックした。

 こんこん、と場違いなほど軽い音が響く。

 

 

「ぴぎゃああああ」

 

 

 ノエリは少女らしからぬ声と表情で以て不服を表明するが、すでに入室の伺いを立ててしまったのでもう遅い。

 扉の向こうから「どうぞ」と許しが来たのは数秒後。散歩嫌いの犬みたいに抵抗するノエリを引きずりつつ、俺はドアノブを捻った。

 

 

 学園長室に入ると、

 

 

「おや、君は(こめ)い──」

「────」

 

 

 俺は唇の前に指を一本立てた。

 それ以上言わないでくれ、というジェスチャーである。

 モルガナは首を傾げつつも、こちらの要求に従ってくれた。来訪者の名前を口走るのをやめ、学園長らしい雰囲気を纏い直す。

 

 

「どうしたんだい。アポイントメントはなかったと記憶しているが」

「火急の用件があったもので。無礼は承知しております」

「ふむ──君の人柄はあまり知らないが、意味もなくこんなことをする人間にも見えない。だとすると、君が礼を失せざるを得ない事態が起きていると考えたほうがいいか」

 

 

 銀涼の白髪に手櫛を通しながら、モルガナは目尻を柔らかくした。どうやら突然の来訪に不興を買うことはなかったようだ。

 ……器の大きさ、だろうか。普通なら感心するか尊敬の念を抱くべきところ、代わりに俺は違和感を抱いていた。

 彼女の俺に対する態度が、なんというか、親しみを感じさせたのだ。その相貌には覚えのない信頼が滲んでいる。

 有り体に言って、気持ち悪い。

 

 

 まるで俺とモルガナが親しい間柄であると言っているような態度に、俺は僅かに首を傾げて問うた。

 

 

「俺が礼を失せざるを得ない事態、ですか」

「……ああ、なに、気を悪くさせてしまったのならばすまない。私たちは以前、少し話をしただけの関係だ。君の性質を熟知したような物言いは適切ではなかったかもしれないね。ほら、君の名前が名前だから、ちょっと知り合いに似た対応になってしまうんだよ」

 

 

 君という個人を見ていないと思わせる言動だった。謹んでお詫びする。

 とモルガナは頭を下げた。

 

 

「──そうですか」

 

 

 俺は何も気にしていないふうに掌を向ける。

 けれども、内心は違った。

 

 

 彼女が口にした知り合いというのは、世界最強の魔女、古明地葵だろう。モルガナは俺と世界最強の魔女を同姓同名の別人だと思っているから、まず間違いない。

 モルガナの発言を信じれば──というか彼女の発言を疑う理由がないから真実なんだろうが、俺とモルガナは知り合いらしい。

 こちらには一切の記憶と心当たりがないから、申し訳ないことこの上ないのだけれども。

 

 

 俺は心中を悟らせないように微妙な顔を作った。

 昼寝を邪魔された猫めいた曖昧な表情で、学園長室を訪ねた理由を述べる。

 

 

「本日ここに伺ったのは、学内で誘拐事件が起きた可能性があるからです」

「…………そう、か」

「学園長?」

「いやなに、続けてくれ」

 

 

 苦虫を嚙みつぶしたような、後悔を滲ませる相が一瞬だけ顔を出す。モルガナのその態度は刹那で掻き消え、普通の人間であれば認識できなかっただろうが、俺にははっきりと見えた。

 あの反応からして、モルガナには誘拐事件に対する目星があるのだろう。それはそうか。学園内で失踪事件なんて起きれば、事態の解決を図ろうと誰かが動く。目の前に居る学園長なんかは、その筆頭ではないか。

 

 

 釈迦に説法のようで立場がないのだが、かといって学園長室に足を運んでまで沈黙を保つわけにもいかないので、俺は今までに知り得た情報を開示する。

 

 

「小牟田式子──最近、彼女の姿が見えないそうですね」

「ああ、どうやら流行り病に罹ってしまったそうでな。病気の性質と本人の意向を鑑みて、隔離という形に落ち着いた」

「学園長。そんな子供騙しに付き合いに来たわけじゃありませんよ」

「……はあ。君が誘拐事件と口にしたときから検討は付いていたが、やはりなんらかの確信があっての来訪か」

 

 

 モルガナは疲労を隠しきれない様子で嘆息した。

 威厳のある格好を崩して、背筋の丸まった限界社会人みたいに目を瞑る。

 両肘を机に突いて、手を組んだところに額を押し付ける姿は、もはや同情すら誘うほどだ。

 彼女の体躯が小学生を想起させる小ささなのも相まって、余計に。

 

 

「その隣の子は?」

「の、ノエリと申します」

「小牟田式子くんとは友人だったのかな」

「……ライバルだったと、私は思っています」

「そうか。それは心配するだろうね」

 

 

 事情を掻い摘んで理解するモルガナ。

 心配、と自身の心情を形容されて不満げなノエリだが、さすがに学園長を相手に文句を言うはずもなく、ただ頬をげっ歯類のごとく膨らませるばかりである。

 

 

「──実のところ、魔女の失踪については私たちも把握している」

 

 

 モルガナは静かに切り出した。

 その語尾には怒りが滲みだしており、彼女が今回の件に寄せる思いを表している。

 

 

「だが把握しているのはそこまでだ。誰がなんの目的で、どういう手段で以て攫ったのかは不明。恥ずかしいことだけどね」

「もしかして、被害者は小牟田式子だけではないんですか」

「都合三人。姿を消している」

 

 

 尋ねると、モルガナは指を三本立てた。

 三人──と復唱して、俺は考え込む。

 

 

 学園側が失踪事件、あるいは誘拐事件のことを公表していないのは、おそらく余計な混乱を防ぐためだろう。世界最高峰の学園でそのような事件が起きれば、ひいては魔女全体の評価を下げる可能性がある。ただでさえ民衆の好感度は低いのだ。これ以上魔女の立場を貶めたくない。そのあたりがモルガナの思惑だろう。

 

 

 加えて、学園側は事件の全容を把握していない。要するに、誘拐犯は学園のセキュリティを完全に突破している。数え切れない監視カメラも、張り巡らされた守衛の睨みすらも。すべて。

 

 

「…………」

 

 

 だとすると事態は思ったよりも深刻だ。

 小牟田式子の安否も、もしかすると危ういかもしれない。

 無論、楽観視していたわけではないけれど。

 

 

「私たちもできる限り探ってはいるのだが……成果は出ていない、というのが素直な現状だ」

「手掛かりも掴めていないんですか?」

「足跡も、尻尾すら掴めていないよ。消えた魔女たちは神隠しに遭ったのでは、と考えたほうが妥当だと思われるくらい、手掛かりは皆無だ」

 

 

 モルガナは眉を下げた。

 よく観察してみると双眸の下には濃い隈があり、メイクで隠そうという努力が垣間見えるものの、残念ながらその濃さに敗北している。

 彼女がどれだけ事件の解決に奔走しているか語っているようだった。

 

 

「────」

 

 

 俺は瞬きをして、ノエリに合図を送る。

 わざわざ学園長室にまで足を運んだのは、誘拐事件の有無を訴えるためではない。

 

 

「が、学園長」

 

 

 その合図に気が付いたノエリは、あれだけ怖がっていたモルガナに声を掛けるのを躊躇しながらも、震える舌で目的を紡いだ。

 

 

「──私たちを、事件解決に協力させてほしいんです」

「何?」

 

 

 予想だにしないことを言われた。

 そう言わんばかりの表情で顔を上げるモルガナ。

 彼女は双眸を伏せさせると、

 

 

「ノエリくんの思いは理解できるが、これは一介の魔女がどうこうできる問題ではないんだ」

「でも、人手は少しでも多いほうがいいはずです」

「……確かに猫の手も借りたいほど逼迫してはいるが。それはあくまでも、警察や大人たちという前提があるんだよ。まだ学生である君を連れ出すなんて、教育者として許容できない」

「私は!」

 

 

 ノエリは一歩踏み出した。

 胸に手を置き、必死に請願する。

 

 

「……心配、なんです。小牟田式子は……私よりもずっと強い。それなのに、彼女は姿を消してしまった。弱い魔女じゃなくて、わざわざ小牟田式子を、黎明の魔女を狙ったんです。そこには、必ず理由がある。……私には、それが命に関わる要因だと思えてならない」

 

 

 今にも泣きだしそうな、感情をそのまま吐き出したような声だった。語尾は震え、言葉も上手く纏まっていない。

 

 

「────」

 

 

 しかしだからこそ、ノエリの訴えはモルガナの胸を打ったのだろう。

 白い髪を顔の周りに垂らし、彼女は机に視線を落とす。小刻みに揺れる肩は葛藤の表れか。

 寸刻の沈黙ののち、モルガナは痛みを堪えるような顔で言った。

 

 

「それでも──だ。君の気持ちは、理解できた。痛いほどにね。だが、それでも、ノエリくんたちを事件に巻き込むわけにはいかない」

「学園長……!」

「分かってくれ、と言うしかない。納得できなくとも、腑に落ちなくとも、それでも君には呑み込んでもらうしかない」

 

 

 モルガナは唇を噛みしめる。

 

 

「私には義務がある。魔女を守る義務がある。小牟田式子くんも、ノエリくんも守る対象なんだよ。この身を粉にして事件は解決しよう。だから、どうか私を信じて待っていてくれないか。──お願い、だ」

 

 

 ノエリは息を呑んだ。

 なぜなら、目の前で、あの学園長モルガナが頭を下げたからだ。

 ──以前は世界最強の魔女と讃えられた彼女が。

 たかだか学生を前に、彼女自身には謝る理由などないのに、頭を下げたのだ。

 

 

 食い下がろうとしていたノエリも狼狽する。きょろきょろと辺りを見渡して、幾度も言うべきことを探して、理想と現実の狭間に見失う。

 

 

「…………」

 

 

 俺はそんな二人の様子を見て、覚悟を決めた。

 彼女らはどちらも自分にできることをしている。

 何もしていないのは、俺だけだ。

 

 

「学園長」

 

 

 背景と化していた男が口を開いたのが意外だったのだろう、モルガナは沈痛な表情を崩して、こちらに視線を向けてきた。

 俺はどういうふうに伝えるべきか悩んで、結局、取り繕わずに秘密を明かす。

 

 

「──実は、これは世界最強の魔女からのお願いなんです」

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