救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第15話

「世界最強の魔女」

 

 

 モルガナはぽつりと呟いた。

 呟いてからは、こちらの様子を観察するように黙り込む。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 かち、かち、かち。

 時計の音がやけに大きく聞こえる。

 まるで彼女と俺たちとで睨み合っているような状況が生じた。

 そのせいで、小心者のノエリなんかは、この沈黙に耐えられませんと言わんばかりに目を回す。

 

 

「……あー」

 

 

 隣で負傷兵が出現したものだから俺も毒気を抜かれてしまった。

 依然として無言を貫くモルガナに、ぽりぽりと頬を掻いて、

 

 

「そんな疑われるほどの情報でしたかね」

「申し訳ないが。──疑わしいと、そう言わざるを得ない」

「はあ」

 

 

 モルガナは切れ長の瞳を伏せ、強情な姿勢を見せた。いや強情と表現するのが適切なのか判らないが。

 ノエリの献身を無駄にしたくなくて、適当に吐き出した言葉が地雷でも踏んでしまったのだろうか。

 俺は常識に乏しい自覚がある。あまり世間と触れ合う機会がないし、そうでなくても定期的に記憶がなくなるのだ。常識を醸成する下地があるとは、口が裂けても言えなかった。

 

 

「──少し、二人きりで話せないか?」

 

 

 失敗の可能性が脳裏をよぎり、これ以上傷口を大きくしないために口を噤んでいたところ、モルガナがそんな提案をしてきた。

 

 

「俺と学園長とですか?」

「人に聞かれたくない話というのもあるだろう」

「この流れで言われると、ずいぶん怖いんですけど」

 

 

 もしや口封じとかされるのでは。

 いや、別に重要な情報を握っているわけでもないのだから、口封じをする必要性が見出せないけれど。

 しかしモルガナの表情は真剣だ。真剣で、神妙。とても二人きりで雑談しましょうね、なんて雰囲気ではない。

 彼女の目的が見通せず、俺は思わず唾を飲み込んだ。

 

 

「ノエリくん。退室をお願いしてもいいかな?」

「……店主さんは悪くないんです」

「ん?」

「私のためにここまで付いてきてくれて、だから、怒られるんだったら店主さんじゃなく私であるべきです!」

 

 

 モルガナがノエリに一瞥を送ると、わなわなと肩を震わせたノエリが、一気呵成に吼えた。

 強気な主張をぶつけられたモルガナはぱちくりと目を瞬かせ、一拍置いて、自分がどういう印象を持たれているか理解したのか、「ああ、違うんだよ」と苦笑交じりに言う。

 

 

「別に怒るだとかそういう話じゃない。ましてや、口封じなんて以ての外さ」

「……バレてましたか」

「頬が引き攣っていたからね」

「お恥ずかしい限りで」

 

 

 どうも俺の内心は見破られやすいようだ。

 なんだか気まずい思いがして、爪先で床を叩いてみる。

 

 

「そういうわけだから、どうかな? 店主さんに危害を加えるようなことはしないし、大人の歓談を交わしたいから、ノエリくんには暫し退室してもらいたいんだ」

「俺はあんまり『大人の歓談』したくないかなー……なんて」

「世界最強の魔女の名前を出したのは君だ。よもや、冗談や嘘の類でしたとは言いだすまいね」

「……ちなみに、仮定の話ですが、嘘だったら?」

「全力で『ごめんなさい』をしても許されない状況に後悔するだろう」

「怖いのか怖くないのかよく判らない表現だな……」

 

 

 モルガナは真顔で断言した。

 間髪入れぬ言い切りに、彼女が真剣なのかふざけているのか判断しにくい。

 

 

「────」

 

 

 隣で漫談じみたやり取りをしている最中も、ノエリは自罰的な表情で考え込んでいた。

 そうして、結論を出す。

 

 

「本当に、店主さんにお叱りの言葉はぶつけないんですよね?」

「彼の出方次第だけどね。おおむねそうなるだろう」

「……分かりました。退室、します」

 

 

 後ろ髪が引かれているような仕草で、彼女は学園長室を後にした。ちらちらとこちらを気にしながらも、重厚な扉の向こうに姿を隠す。

 あの壁と扉の厚さからして、室内で騒ぎ過ぎなければ外に漏れることはあるまい。防音って奴だ。

 要するに、モルガナが蛮行に及んだ場合、誰も気付かない可能性が高い。

 ──いやまあ、前述のとおりそんな可能性は万に一つもないんだが。最悪の展開を想定するのは職業病みたいなものだ。

 

 

「さて」

 

 

 俺はモルガナと向き合う。

 真面目な──歯に衣着せぬ言い方をすれば、堅苦しい態度のモルガナの空気を少しでも和らげようと、俺はあえて剽軽な振る舞いをしてみせた。

 

 

「なんかノエリにやたらと心配されてしまいました。まるで小さな子供みたいな扱いでしたよ。これでもいい歳した大人なんですけどね」

「……ああ。そうだな」

 

 

 まったく柔らかくならない。

 相変わらず金剛石のような頑強さで以て、彼女は口を開く。

 

 

「──世界最強の魔女……と、君はそう言った」

「ええ」

「二言はないな?」

「男には二言がないらしいですから」

 

 

 俺の発言を噛みしめるように目を瞑るモルガナ。

 いったい何がそこまで彼女に刺さったのか判らないが、水を差すのもあれなので静かにしておく。

 時計が鳴り、半周し、一周し──。

 居心地の悪い時間がしばらく過ぎた後で、ようやくモルガナは瞼を開けた。

 

 

「やはり、君は古明地葵なんだね」

「前にも言いませんでしたっけ」

「ああ。だが、必要な情報が欠けていただろう?」

「必要な情報?」

「──世界最強の魔女、古明地葵と。……その称号があるかないかでは、大きな違いだよ」

 

 

 モルガナは安心したように鼻を鳴らす。

 

 

「君は私と一緒に背負ってくれると言った。今回の件も、背負ってくれるつもりだったんだね。……まさか、世界最強の魔女の正体が男だとは思わなかったが。まあ、世界最強なんだ。それくらいのイレギュラーであってしかるべきだろう」

 

 

 まるで感動的な再会シーンみたいな雰囲気だ。

 抱擁でも求めてきそうなモルガナに、俺は困惑を向ける。

 

 

「えーっと? ちなみに、どうして俺を世界最強の魔女だと?」

「──? 当たり前じゃないか。君の名前は古明地葵で、さっき『世界最強の魔女からのお願い』と言った。勘違いのしようがない」

「あー……」

 

 

 後頭部を掻く。

 申し訳ないんですが、と助走をつけて、

 

 

「確かに俺の名前は古明地葵ですが、世界最強の魔女ではありません。世界最強の魔女さんは同姓同名の別人です」

「だが、『世界最強の魔女からのお願い』と──」

「世界最強の魔女と知り合いなんですよ、俺。だから伝言を頼まれた……みたいな?」

 

 

 言葉を紡ぐごとにモルガナの表情が暗くなっていく。

 だから言い切るのに躊躇したのだが、勘違い(勘違いではない)されたままでは堪ったものではない。

 ので俺は頑張って明言した。

 

 

「そう、か──」

 

 

 モルガナは天井を見上げる。

 その恰好のまま、固まってしまった。まるで動かない。

 

 

「学園長?」

「……ああ、すまない。動揺していた」

「動揺ですか」

「ままならないものだ、と運命を恨んでいたと言い換えてもいい」

 

 

 はあ、と溜息をつくモルガナ。

 

 

「世界最強の魔女は神出鬼没とはいえど、まさかここまでとは思わなかったよ。神出鬼没という表現では不適切だ。都市伝説とか、そういう類の仲間なんじゃないか?」

「……さあ。俺には分かりかねます」

 

 

 都市伝説呼ばわりされて俺も困ってしまう。

 あと嘘に嘘を塗り固める現状に、悲しそうに苦笑するモルガナに、どういうわけか心を揺さぶられてしまって。

 

 

「──まあ、そんなものか」

 

 

 モルガナは呆れるように机に突っ伏した。

 呆れの対象がモルガナ自身なのか、それとも俺──世界最強の魔女なのかは、ついぞ判らなかった。

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