救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる 作:音塚雪見
「世界最強の魔女」
モルガナはぽつりと呟いた。
呟いてからは、こちらの様子を観察するように黙り込む。
「…………」
「…………」
かち、かち、かち。
時計の音がやけに大きく聞こえる。
まるで彼女と俺たちとで睨み合っているような状況が生じた。
そのせいで、小心者のノエリなんかは、この沈黙に耐えられませんと言わんばかりに目を回す。
「……あー」
隣で負傷兵が出現したものだから俺も毒気を抜かれてしまった。
依然として無言を貫くモルガナに、ぽりぽりと頬を掻いて、
「そんな疑われるほどの情報でしたかね」
「申し訳ないが。──疑わしいと、そう言わざるを得ない」
「はあ」
モルガナは切れ長の瞳を伏せ、強情な姿勢を見せた。いや強情と表現するのが適切なのか判らないが。
ノエリの献身を無駄にしたくなくて、適当に吐き出した言葉が地雷でも踏んでしまったのだろうか。
俺は常識に乏しい自覚がある。あまり世間と触れ合う機会がないし、そうでなくても定期的に記憶がなくなるのだ。常識を醸成する下地があるとは、口が裂けても言えなかった。
「──少し、二人きりで話せないか?」
失敗の可能性が脳裏をよぎり、これ以上傷口を大きくしないために口を噤んでいたところ、モルガナがそんな提案をしてきた。
「俺と学園長とですか?」
「人に聞かれたくない話というのもあるだろう」
「この流れで言われると、ずいぶん怖いんですけど」
もしや口封じとかされるのでは。
いや、別に重要な情報を握っているわけでもないのだから、口封じをする必要性が見出せないけれど。
しかしモルガナの表情は真剣だ。真剣で、神妙。とても二人きりで雑談しましょうね、なんて雰囲気ではない。
彼女の目的が見通せず、俺は思わず唾を飲み込んだ。
「ノエリくん。退室をお願いしてもいいかな?」
「……店主さんは悪くないんです」
「ん?」
「私のためにここまで付いてきてくれて、だから、怒られるんだったら店主さんじゃなく私であるべきです!」
モルガナがノエリに一瞥を送ると、わなわなと肩を震わせたノエリが、一気呵成に吼えた。
強気な主張をぶつけられたモルガナはぱちくりと目を瞬かせ、一拍置いて、自分がどういう印象を持たれているか理解したのか、「ああ、違うんだよ」と苦笑交じりに言う。
「別に怒るだとかそういう話じゃない。ましてや、口封じなんて以ての外さ」
「……バレてましたか」
「頬が引き攣っていたからね」
「お恥ずかしい限りで」
どうも俺の内心は見破られやすいようだ。
なんだか気まずい思いがして、爪先で床を叩いてみる。
「そういうわけだから、どうかな? 店主さんに危害を加えるようなことはしないし、大人の歓談を交わしたいから、ノエリくんには暫し退室してもらいたいんだ」
「俺はあんまり『大人の歓談』したくないかなー……なんて」
「世界最強の魔女の名前を出したのは君だ。よもや、冗談や嘘の類でしたとは言いだすまいね」
「……ちなみに、仮定の話ですが、嘘だったら?」
「全力で『ごめんなさい』をしても許されない状況に後悔するだろう」
「怖いのか怖くないのかよく判らない表現だな……」
モルガナは真顔で断言した。
間髪入れぬ言い切りに、彼女が真剣なのかふざけているのか判断しにくい。
「────」
隣で漫談じみたやり取りをしている最中も、ノエリは自罰的な表情で考え込んでいた。
そうして、結論を出す。
「本当に、店主さんにお叱りの言葉はぶつけないんですよね?」
「彼の出方次第だけどね。おおむねそうなるだろう」
「……分かりました。退室、します」
後ろ髪が引かれているような仕草で、彼女は学園長室を後にした。ちらちらとこちらを気にしながらも、重厚な扉の向こうに姿を隠す。
あの壁と扉の厚さからして、室内で騒ぎ過ぎなければ外に漏れることはあるまい。防音って奴だ。
要するに、モルガナが蛮行に及んだ場合、誰も気付かない可能性が高い。
──いやまあ、前述のとおりそんな可能性は万に一つもないんだが。最悪の展開を想定するのは職業病みたいなものだ。
「さて」
俺はモルガナと向き合う。
真面目な──歯に衣着せぬ言い方をすれば、堅苦しい態度のモルガナの空気を少しでも和らげようと、俺はあえて剽軽な振る舞いをしてみせた。
「なんかノエリにやたらと心配されてしまいました。まるで小さな子供みたいな扱いでしたよ。これでもいい歳した大人なんですけどね」
「……ああ。そうだな」
まったく柔らかくならない。
相変わらず金剛石のような頑強さで以て、彼女は口を開く。
「──世界最強の魔女……と、君はそう言った」
「ええ」
「二言はないな?」
「男には二言がないらしいですから」
俺の発言を噛みしめるように目を瞑るモルガナ。
いったい何がそこまで彼女に刺さったのか判らないが、水を差すのもあれなので静かにしておく。
時計が鳴り、半周し、一周し──。
居心地の悪い時間がしばらく過ぎた後で、ようやくモルガナは瞼を開けた。
「やはり、君は古明地葵なんだね」
「前にも言いませんでしたっけ」
「ああ。だが、必要な情報が欠けていただろう?」
「必要な情報?」
「──世界最強の魔女、古明地葵と。……その称号があるかないかでは、大きな違いだよ」
モルガナは安心したように鼻を鳴らす。
「君は私と一緒に背負ってくれると言った。今回の件も、背負ってくれるつもりだったんだね。……まさか、世界最強の魔女の正体が男だとは思わなかったが。まあ、世界最強なんだ。それくらいのイレギュラーであってしかるべきだろう」
まるで感動的な再会シーンみたいな雰囲気だ。
抱擁でも求めてきそうなモルガナに、俺は困惑を向ける。
「えーっと? ちなみに、どうして俺を世界最強の魔女だと?」
「──? 当たり前じゃないか。君の名前は古明地葵で、さっき『世界最強の魔女からのお願い』と言った。勘違いのしようがない」
「あー……」
後頭部を掻く。
申し訳ないんですが、と助走をつけて、
「確かに俺の名前は古明地葵ですが、世界最強の魔女ではありません。世界最強の魔女さんは同姓同名の別人です」
「だが、『世界最強の魔女からのお願い』と──」
「世界最強の魔女と知り合いなんですよ、俺。だから伝言を頼まれた……みたいな?」
言葉を紡ぐごとにモルガナの表情が暗くなっていく。
だから言い切るのに躊躇したのだが、勘違い(勘違いではない)されたままでは堪ったものではない。
ので俺は頑張って明言した。
「そう、か──」
モルガナは天井を見上げる。
その恰好のまま、固まってしまった。まるで動かない。
「学園長?」
「……ああ、すまない。動揺していた」
「動揺ですか」
「ままならないものだ、と運命を恨んでいたと言い換えてもいい」
はあ、と溜息をつくモルガナ。
「世界最強の魔女は神出鬼没とはいえど、まさかここまでとは思わなかったよ。神出鬼没という表現では不適切だ。都市伝説とか、そういう類の仲間なんじゃないか?」
「……さあ。俺には分かりかねます」
都市伝説呼ばわりされて俺も困ってしまう。
あと嘘に嘘を塗り固める現状に、悲しそうに苦笑するモルガナに、どういうわけか心を揺さぶられてしまって。
「──まあ、そんなものか」
モルガナは呆れるように机に突っ伏した。
呆れの対象がモルガナ自身なのか、それとも俺──世界最強の魔女なのかは、ついぞ判らなかった。