救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる 作:音塚雪見
俺の必死の献身によって事件に関わる大義名分を得たわけだが、そもそも事件の全貌が明かされていないどころか、灯一つ付いていないので、俺とノエリは何をするべきか頭を悩ませていた。
「うーん……」
舞台は喫茶店。
コーヒーを啜りながら、ノエリが囁く。
「やっぱり私が囮になるしかなくないですか?」
「だから君を危険に晒すわけには」
「じゃあ店長さんは代替案あります?」
「…………」
「多少のリスクを飲み込まなくちゃいけない時ってありますよね。私は今がその時だと思います」
ノエリは形のいい眉と頬を引き締め、真面目な顔で言った。
「────」
暫しの沈黙が落ち、ノエリがその気まずい空気を誤魔化すようにコーヒーを口に含むと、熱かったのか苦かったのか、僅かに鼻に皺を寄せる。
俺は額に掌を当てた。
顔を伏せたことで前髪が視界を覆い、真っ暗闇に陥る。まるで現在の状況を表しているかのようだった。
そんな真っ暗な視界でも、ノエリがこちらを見つめ──あるいは睨んでいるのが感じ取れる。
強情というか何というか。そういう傾向があるのは判っていたが、ここまでだとは思わなかった。
「店長さん」
「……ん」
「私は店長さんよりも強いんです」
「──。そりゃまあ、一般人と魔女とを比べたらそうなるだろうけど」
本当はたぶん俺のほうが強いのだけれど、話の腰を折るつもりはない。俺は素直に弱さを認めた。……こう言うとなんか格好いいな。弱さを認めたって。
現実逃避じみた思考に慈悲をくれるはずもなく、ノエリは形のいい眉を寄せる。
「店長さんの心配はありがたいです。本当に。私は友達が居ませんから、久しぶりに誰かに大事にされてる実感を得ました。寮生活で家族とは長らく会っていませんし」
「携帯とかで連絡は取ってないんだ」
「なんだか恥ずかしくって。──って、話の腰を折らないでください!」
「ごめんごめん。自分でも気を付けてたつもりなんだけどね。癖で」
「その癖、早いうちに治さないと痛い目に遭いますよ」
「忠告痛み入るよ……」
──はて。
いったい俺はどうして『忠告痛み入る』などと言ったんだか。
記憶の中には、話の腰を折る癖が悪影響を生んだ例などない。先程の実感の籠った言葉はそぐわないもので、違和感に満ち満ちたものだ。
されど深入りするのも面倒である。俺は両手を上げることで謝罪とした。
「確かに相手は小牟田式子をも誘拐せしめた人物です。ですが、それは小牟田式子が警戒していなかったゆえの話。サバンナを行く草食動物のように用心すれば、木乃伊取りが木乃伊になることもないでしょう。私は無敵です。ひいては私は小牟田式子よりも強いです」
「最後の戯言は置いておくにしても。──本当に大丈夫なんだね?」
「店長さんは心配性なんですから」
ノエリはどんと胸を叩く。
思いのほかその衝撃が強かったのか、ごほんごほんと咳き込みつつも、彼女は秦の通った眼差しで呟いた。
「──私を信じてください」
俺はその眼差しに突き刺され、
「……ああ」
静かに信頼を示したのであった。
◇
「ちょっとちょっと店長さん! 話が違うじゃないですか!」
「なんのことだ?」
「すっとぼけないでください! 間の抜けたその横っ面引っ叩きますよ!!」
「痛い痛い痛い。引っ叩きはしなくても引っ張ってるって。痛い痛い」
俺に痛覚は存在しないから嘘だけれども。
「んなこたぁどうでもいいんです! 問題なのは店長さんの隣にいるお方! 銀糸と見紛う白髪が綺麗な学園長ですよ!!」
「真正面から褒められると、なに、照れてしまうものだな」
「学園長もマイペースな人だなあ!」
問いかけに答えてもらえなかったばかりか、モルガナの泰然自若な態度に疑問すら呑み込まれそうになったのだろう、ノエリは地団太を踏んで正気を取り戻す。
「え!? 店長さん、話が違うじゃないですか!」
「だから何のことだと──」
「私を信じて囮捜査するって話ですよ!」
「ああ……」
理解が追いついて首を縦に振った。
振ったうえで、横のモルガナに目をやる。
「モルガナが居たほうが確実だろう?」
「信頼されてないみたいでわたし悲しーなー!!」
「囮を任された時点で君の信頼は確かなものだ。胸を張るといい」
「学園長も学園長でやりづらいし! これから囮になるっていう緊張がほぐれたのは好都合かもしれませんが!」
ノエリは「うぎぎぎ……」と褐色の髪を揺らす。
しばらく納得がいかない様子で深呼吸していたが、二度三度と肺の空気を入れ替えるうちに、段々と落ち着いていき。
最終的には呆れ半分感謝半分が表情を成していた。
「……まあ、学園長が居るなら万が一もないでしょうけど」
「安心して行ってきてほしい」
「囮をするにあたって、自信満々すぎるのも考えものだと思いますけどね」
「弱い犬ほどよく吠えるって云うし」
「私のことを弱い犬呼ばわりですか?」
「おっと藪蛇。レッツゴー!」
「戻ってきたら話がありますから」
頬を引っ張りつつ、ノエリは角の向こうに消えていった。
辺りは誘拐が起きそうな暗闇具合。そのせいで、目を細めなければ姿を見失ってしまいそうだ。
学園は自然を大事にしているから、暗いのは仕方のないこと──。
否。あまりにも暗すぎる。
人為的な意図を感じてしまうほどに。
「モルガナッ」
「ああ!」
名前を呼ぶだけで通じ合い、俺たちは角から飛び出した。
見渡す。誰も居ない。ここに来たはずのノエリも。
風だけが空虚に吹き抜けて、嘲るように頬を撫でて行った。
「んな馬鹿な──」
世界最強の魔女と元世界最強の魔女が警戒していた場所で、ひと時も目を離していなかったのに、一瞬でノエリは姿を消した。