救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる 作:音塚雪見
──刹那で姿を消したノエリ。
彼女にそんな悪戯をする動機はないはずだから、これは件の誘拐犯の仕業と断定してもいいだろう。
問題なのは、どうやってノエリを消したかだ。
世界有数の実力者が二人がかりで警戒していたにもかかわらず、見事に(と表現するのは業腹だが)誘拐せしめた手段。
物理的な方法で以て攫ったのであれば気配に気が付かないはずがないから、おそらくは魔法とかを用いたのだろうけど。
「魔力の痕跡は?」
「……私は何も感じられない」
「そうか」
モルガナに尋ねるも、彼女も成果を得られなかったようだ。悔しそうな顔で地面を睨みつけている。
すでにモルガナには正体がバレてしまっているため、ノエリが姿を消した今、演技を続ける必要はない。
俺は目を瞑って空間に意識を向けた。
そして。
「──見つけた」
非常に、非常に薄い糸。
何度も──それこそ両手の指では足りないほど魔法を使っていなければ、決して認識できない魔力の痕跡。
巧妙に隠蔽された手掛かりを、俺は見つけ出した。
「たぶん空間転移だな」
「……誘拐するためにわざわざ魔法を? 自分の身が可愛くないのか」
「あるいは代償を気にも留めない気狂いか、だな。その覚悟を人類を守るために使って欲しかったが」
「こうして罪を重ねている以上、もはや許されないだろう。──それに、他の誰が許そうとも、私が許さない」
モルガナは白髪を掻き上げながら吐き捨てる。
魔女を愛する彼女にとって、たとえ犯人が同じ魔女であろうと、その行ないは断じて許容できないものなのだろう。
鼻筋に皺を寄せ、苛立たしげに地面を蹴りつける。
「葵は転移先が分かるのか?」
「……葵」
「む、すまない。馴れ馴れしかったか」
「いや。名前で呼ばれるのが久しぶりだったから、戸惑っただけだ」
──久しぶり、と俺はそう言った。
ところが脳内に名前呼びされた記憶などない。
おそらく忘却の彼方へ追いやられた記憶が身体に染みついていて、反射的に飛び出したのだろう。
まあ、忘れていることに対して感慨を抱くこともないが。
失ったこと自体を忘れているのだから、お前は過去を失っているのだと教えられたとて、いったい何を悲しめというのか。
俺は肩をすくめてモルガナの問いに答えた。
「転移先は分かる。魔力の痕跡を追っていけば、たぶん辿り着くだろう」
「だが──」
「ああ。ここまで周到に隠蔽工作をする相手だ。十中八九、罠がある。戦闘になるかもしれないな」
普通なら疎むべき予想に、モルガナは鼻を鳴らす。
自信満々。胸を張って、信頼に満ちた眼差しを向けてくる。
「私と葵なら問題ない。だろう?」
「……現世界最強の魔女と元世界最強の魔女を捕まえて、『戦力不足です』なんて口が裂けても言えないな」
「葵を『魔女』と形容するのに僅かな違和感はあるが」
モルガナは腕を伸ばした。
拳を握り、首を傾げる。
「グータッチだ。これから仲良く敵の拠点に殴り込むのだから、形だけでも友情を深めておいたほうがいい」
「それは学園長としての
「モルガナという一人の女としての、健気で可愛らしいお願いさ」
「愛してるぜモルガナ」
適当に言葉を返して拳をぶつける。
短慮な奇襲攻撃に動揺したのか、モルガナは目を丸くしていた。
されど数秒後には復活し、「愛の告白をされたのは初めてだ」なんて、どうにも嘘くさい感想をくれる。
「世界最強の魔女ではなく、世界最強の女たらしに改名したらどうだ」
「あいにく俺は
「……それは私が妙齢の女性ではないと?」
「だって見た目が小学せ──」
頭をはたかれた。
足りない身長差をぴょんとジャンプで補ったモルガナに。
「口は禍の元と云う」
「……肝に銘じるよ」
──さて。
いつまでも雑談に興じていたいものだが、そういうわけにもいかない。
俺とモルガナは瞬間的に意識を切り替えた。二人とも現役時代からは空白期間があるから、昔に戻るだけでも一苦労だ。
「俺の全力についてこられるかな」
「舐めないでほしい。私だって世界最強と呼ばれた身だ。──脚を引っ張るつもりはないが、紳士的なエスコートを頼むよ」
「心強いことで」
俺は苦笑し、地面を陥没させないギリギリの力加減で駆けだした。
背後には宣言どおりモルガナの気配。
──これならもう少し速度を出しても問題なさそうだ。
そうして、俺たちはノエリが転移させられた先へ向かった。