救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる 作:音塚雪見
風が唸る。
空気がえぐれ、酸素が薄くなる。
超高速で移動する影。
魔石のカンテラが揺れ、その度に部屋の光景が塗り替わった。
「──ッ」
学園長モルガナは、元世界最強の魔女の名に恥じず、 平均的な魔女とは比べ物にもならない脚力を発揮し、左手に握ったナイフと、右手に持ったリボルバーを炸裂させる。
閃光が部屋を照らした。人の頭蓋を一撃で破壊して余りある凶弾は、しかし標的に当たらない。
嶺岸明日香と名乗った白髪の少女は、類いまれなる動体視力で射線を見切ると、首をわずかに傾けるだけで銃弾を回避。腰の裏から肉厚のサバイバルナイフを抜き、地面を切りつける。跳躍。疾走。モルガナに鋭く斬撃を仕掛けた。
攻撃を仕掛けられ、モルガナは反射的に瞼を──瞑らない。
むしろ目を見開き、明日香の隙を狙う。
「凄いな……」
古明地葵はその光景を眺めながら、モルガナと協力して戦うために参戦することを躊躇していた。
あの速度で動き回っていると、自分の攻撃がどちらに当たるか判らない──とか、そういう理由ではない。
葵は現役の世界最強の魔女だ。凄まじい速度だとはいっても、余裕をもって対応できる範疇である。
ではなぜ彼が動かないのかというと、拘束されたノエリの安全を守るため、二人の攻撃の余波を防いでいたからだ。
いま葵がノエリの元を離れれば、跳弾や飛んできた石片などで怪我をしてしまうだろう。
それを思うからこそ、葵は動けなかった。
「それに」
モルガナが守るべき生徒──つまりノエリが居る空間で躊躇することなく銃を扱えているのは、ノエリの近くに古明地葵が控えているおかげだ。葵ならば、どんな流れ弾であろうと防ぐという信頼。
やや重たい思いだが、モルガナの信頼を裏切りたくない。
ゆえに葵は状況を静観するしかなかった。
「んん、んんん!」
「ノエリ?」
「んんんんん!」
その時。石台に縛り付けられたノエリが暴れ出す。
腕が鬱血するほどの強さで拘束されているのだ、いくら身をよじっても縄から逃れることはできない。
けれども、激しい痛みを感じているだろうに、ノエリは決して拘束を破ろうとする意志を緩めなかった。
双眸に強い光を宿して葵──今のノエリにとってみれば、包帯で顔を隠した不審者だろうが──を睨みつける。
「分かった」
彼女に聞こえないよう、小さく囁く葵。
指先に魔力を集中させ一閃。瞬きほどの時間ですべての縄が切断され、ついでとばかりに猿轡が外された。
体液を多く含み、重さを持った布がノエリの口元から落ちる。緊張と恐怖に粘度を増した唾液が唇の端から零れる。
ノエリは涙を浮かべたまなじりを拭うと、
「貴女は学園長の仲間ですよね?」
「────」
「頷くばかりで、返答がないのが不安なところですけど」
無言の肯定に眉を寄せたノエリ。
しかし頭を振って切り替え、いまだ戦闘を続ける二人に視線を向けた。
「あそこに私が入っても足を引っ張るだけですね。貴女は参戦しないんですか?」
「────」
「……なるほど。私の護衛を」
ノエリの額を貫かんとして飛んできた銃弾。葵はそれを指で摘まみ、彼女の眼前でひらひらと振った。
守られた、と理解したノエリは一瞬だけ悔しそうな顔をする。世界最強の魔女を目指しているのになんて無様。
けれども文句を垂らしている暇はない。見たところ、この包帯女は学園長に匹敵する実力者なのだろう。そんな人が自分を守るために手をこまねている。その事実はノエリのプライドをひどく刺激した。
「邪魔をしないように私はこの部屋を出ます。そうしたら貴女は学園長と一緒に戦ってあげてください」
「────」
「確かに罠があるかもしれません。ですが足を引っ張るだけなんて嫌なんです。何もできないなら、せめて邪魔はしたくない」
褐色の瞳を真っすぐに向ける。
ノエリは唇を引き締めると、粉砕された扉の残骸近くに開いた穴、つまり部屋の入り口に視線を移した。
「守っていただき、ありがとうございます」
「────」
「武運を祈る、ですか? どちらかというと私は逃げる立場なので、祈られる武運もないと思いますが」
「────」
「まあ、仰るとおり、細かいことは気にしないほうが楽ですね。……というか貴女は一言も発していないのに、どうして私は貴女の言っていることが理解できるのでしょう。ついに読心術に目覚めたんでしょうか」
ノエリは不思議そうに首を捻る。
実際には、浅からぬ縁のある古明地葵が相手ゆえに、ノエリは葵の一挙手一投足で意思の疎通を図れたのだが。
そうとも知らず、彼女は目覚めてもいない超能力に心を躍らせる。
「────」
「……そうですね。馬鹿げたことに時間を浪費している場合じゃないです」
「────」
「大丈夫ですって。入り口までは五メートルもないですよ? それくらい、私だけで身を守れますって」
腕をぐるぐると回すノエリ。
その場で軽く跳ねると、鍛え上げた足腰のバネで走り出そうと、
「──嘘、でしょ」
最初の一歩目で足を止めた。
否。止めた、ではない。止められた。
入口に現れた見覚えのある影によって。
「小牟田式子……?」
闇をそのまま溶かしたような黒髪の少女。
彼女には全く相応しくない冷徹な表情ではあったが、それ以外の要素が、雄弁に少女の正体を語っていた。
そこに立っていたのは、正真正銘、小牟田式子だった。