救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第4話

 ダンジョンに到着した。

 天を貫かんばかりの──というか実際に貫いているのだけれど──塔が聳え、物々しい雰囲気が、人気(ひとけ)のない草原を睥睨する。

 石壁から現在地点まで約五キロメートル。一分少々で辿り着くかと思っていたが、やはり前線から退いていた期間は大きかったようで、予想よりも三十秒ほど余計に掛かってしまった。

 

 

 俺は僅かに肩を上下させながら、陽射しを遮る塔を見上げる。

 そして首を傾げた。

 

 

「なんか様子が変わってる……?」

 

 

 歴史を感じさせる古い石造りの塔。それは変わらない。

 ただ、どこか外観が老朽化しているような。

 結界が張られたのとほとんど同時期に生み出されたダンジョンが、数年かそこらで老朽化することなどあり得ないのだが。

 思い出補正って奴だろうか。

 

 

 まあ見た目なんて関係ない。大事なのは中身だ。

 結界の穴から魔物が溢れないよう、塔の中に閉じ込めておく機能。

 それが働いているのであれば、まったく問題はない。

 

 

 俺はぐるりと肩を回して、塔に設けられた小さな扉に触れた。

 身体に流れている魔力に反応し、分厚い金属のそれが動く。

 扉と説明したものの、実態としては、塔に挿された蓋のようなものかもしれない。

 魔力を持たない──魔女以外では開けられない蓋。

 大地を揺るがすような音で以て、はたしてダンジョンの入り口は開かれた。

 

 

「相変わらず凄い瘴気だな」

 

 

 瞬間、重たい空気が外に溢れる。轟々と。

 その正体はダンジョン内に充満する魔力。

 瘴気と表現したほうが差し支えないほど、禍々しい気配をしている。

 俺はすっかり慣れてしまったが、初めてここを訪れた人は、あまりの濃度に気持ち悪くなって、最悪の場合、意識を失うかもしれない。

 

 

「とと」

 

 

 扉が閉まらないうちに中に入った。

 魔物が外に出ないよう、一定時間で勝手に閉まる造りになっているのだ。

 

 

「懐かし」

 

 

 ダンジョンの外観は塔そのものだが、ひとたび中に入ると、まるで洞窟のような光景が広がる。

 ごつごつとした岩肌に、壁に掛けられたランプ。

 空気の流入が少ない洞窟内でランプを使うとなると、酸素の消費が気になるところだが、青く光るあれは魔石を燃料にしているため、特段の問題はない。

 ちなみに魔石とは、魔物を殺した際にたまに得られる物である。

 ゲーム的な立ち位置としては単なる金策アイテムだけれど、現実に即して考えると、魔力の塊である魔物を構成するための核──的な存在だろうか。

 

 

 別に魔石を燃料に魔法を使えたりはしない。

 ただ、魔力を流し込むと「イメージどおり」の現象が起こったりする。

 それを魔法と呼ぶのでは? と訊かれると──この世界の魔法とは、少し定義が異なる。

 ひとまずあのランプは「光あれ」という願いによって光っている。

 それだけ。

 

 

「さて……珠姫たちが来るまで隠れてるか」

 

 

 俺は近くの物陰に身体を潜めた。

 何も起きないならそれでよし。万が一バッドエンドになりそうな出来事が発生したら、なんとか解決する。そうなるとゲームの展開からだいぶ逸れてしまうので、できれば、何も起きないで欲しいのだが。

 

 

 ああでもないこうでもないと思考を重ねていると、扉が「ごごご……」と動きはじめた。

 

 

「ここがダンジョン──」

「油断しないでくださいね。入り口の近くには結界が張られているので、魔物が居る可能性はほとんどないですが……絶対に居ないとは言い切れないので」

「油断した者から死んでいく」

「そうです。よく覚えていましたね。魔女としてダンジョンに潜る者は、何があっても油断してはいけません。できるだけ、魔法を使わざるを得ない状況に陥ることも避けましょう」

 

 

 生徒と教師らしき十数人の団体。

 魔女を育てる『学園』だからといって、如何にもな格好はしていない。

 動きやすさ優先の服装は、いわゆる冒険者のイメージに近いだろう。

 この世界に魔物の討伐で生計を立てる冒険者は存在しないが。

 

 

 加えて──彼女らの武装。

 剣とか杖とか、ファンタジー色の強いものではなく。

 ライフルやマシンガン、マチェットなど……むしろ軍隊のような装備だった。

 現代の技術によって効果的な武器があるのだから、前時代的な物に頼る必要はない。

 

 

 ここで一つの疑問が生じる。

 銃などの、使用者によって威力の変わらない武器を使うのであれば、わざわざ魔女がダンジョンに潜る必要はないのでは?

 魔物は魔力を伴わない干渉のことごとくを無視するため、普通の人間が銃弾を撃ち込んだとしても、暖簾に腕押し、まったく意味を成さない。

 あくまでも魔力を持つ魔女が銃を使うから、初めて効果的な攻撃となるのだ。

 

 

 補足すると、ダンジョンの塔が魔法で造られたのもそれが理由だ。

 物理的に穴を塞いだとしても、魔物は平然とすり抜けてくる。幽霊のごとく。

 魔力を持った人間──つまり魔女だけが、魔物に対抗できる。

 

 

 彼女らの観察を続けていると、最後尾に大牟田珠姫を発見した。

 手が真っ白になるほど拳を握り込み、表情は緊張に固まっている。

 とても普段の落ち着きは見られない。

 

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 

 俺が隠れている物陰の横を通った時。

 珠姫の呟きを耳にした。

 

 

「これはまずいか……?」

 

 

 バッドエンドになる一つの原因として、過緊張により普段の能力が発揮できない、というものがある。

 今の珠姫は、明らかに異常をきたしていた。

 危惧したとおりのことが起きてしまうかもしれない。

 様子を見に来てよかった。

 

 

     ◇

 

 

 十数分ほどダンジョンを歩いた頃。

 先頭を行く先生らしき女性が口を開いた。

 

 

「そろそろ魔物が出現する可能性のある区域に入ります。警戒を強めてください」

「──!」

 

 

 途端、魔女たちは重心を下げる。

 恐怖を隠そうともせず、辺りを見渡して。

 

 

 しかし珠姫だけは慣れた様子で──恐怖はまだ見え隠れするものの──構えた。

 彼女は生い立ちが特殊であり、ずっと戦闘訓練を受けてきたのだ。

 今日が初めての実戦。

 練習どおりにいく可能性は低い。

 

 

「…………」

 

 

 息を呑んで彼女らを眺めていると──来た。

 ずしん、ずしんと。

 地面が薄く揺れる。

 曲がり角の向こう。

 空間が歪んで見えるほどの、濃密な魔力。

 

 

『祭壇の上の羊は薄紫色の血を流して静謐な神託を受けた。巡礼の使徒は狂気に染まり、誰がための傘を差さん。メサイアコンプレックスに陥った人々。阿修羅。遥か彼方の橋の幅員はラクダが通るよりも難しい。悔い改めよ。鶏が道路を渡ったのか、道路が鶏を渡ったのかは、貴方の基準系次第である。鶏が鳴く前に、私を三回知らないと言うだろう。じじむさいネオテニー』

 

 

 そこに居たのは仏像だった。

 仏像に似ていた。

 似ているだけだった。

 見た目以外はすべて違っていた。

 アルカイックスマイルを浮かべる顔には、何匹もの蟲が這っている。

 実際に蟲が居るわけではない。そういう模様。動く模様。

 

 

 身長は三メートルほどだろうか。ゆったりと歩く。その度に地面が揺れる。濃密な魔力に空間が歪んで、近づくほどに圧力が増していく。殺意の塊。いや殺意すらない。自然に、無意識に、なんの目的もなく、人類を殺そうと歩いている。仏像とはまるで真反対。やはりあれは仏像ではない。

 

 

 冒涜的な見た目である。

 口から吐き出される言葉に意味はなかった。

 ただ「このように振る舞えば、人間は動きが鈍る」という経験則に基づいて、それらしい振る舞いをしているだけの化け物だ。

 それが魔物だ。人類の敵だ。

 

 

「あれが……」

「ま、もの」

「気持ち悪い」

「あんなのと戦わないといけないの?」

「おえ──」

「嫌ああああ!?」

「駄目だよみんな目を逸らさないで!」

「攻撃しろオ!」

「魔女なんてならなければよかった」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 

 魔女たちは突然、正気を失ったように悲鳴を上げはじめた。

 狂ったように髪を振り乱す。

 常軌を逸して銃を乱射する。

 四方八方上下左右、至る所に弾痕が刻まれた。

 

 

 魔物は人類をバラバラにする。

 物理的にも、精神的にも。

 魔力を全身に張り巡らせていないと、あのように発狂してしまうのだ。

 だからこそ奴らと戦えるのは魔女しか居ないのだが──。

 

 

 助けに行こうか。

 そんな俺の考えは、珠姫の一声で霧散した。

 

 

「──あたしが殺すッ!」

 

 

 乾いた破裂音が、石壁に跳ね返って幾重にも響いた。

 フルオートが猛威を振るう。

 珠姫が引き金を引いた瞬間、銃口から短く鋭い閃光。

 影のように蠢いていた魔物がびくりと跳ねた。

 

 

 弾丸は正確に胴を貫いていた。

 作務衣のような体表が裂け、鈍い音とともに肉が抉れる。

 遅れて、低く濁った咆哮が洞窟に満ちた。

 すでに「言葉らしきもの」を取り繕う余裕はないらしい。

 魔物は脚で以て地面を掻き、なおもこちらへ踏み出そうとする。

 だが、その動きはぎこちない。

 

 

「もう一回ッ!」

 

 

 今度は間を置かず撃ち込んだ。

 発射音が重なり、硝煙の匂いが漂う。

 弾丸が頭部に命中し、硬質な何かを砕く音。

 アルカイックスマイルに罅が入った。

 

 

『…………』

 

 

 魔物の動きが止まった。

 ぐらりと巨体が揺れ、支えを失ったように崩れ落ちる。

 地面に叩きつけられた衝撃で、土埃が舞い上がった。

 

 

『…………』

 

 

 しばらくしても、それはもう動かなかった。

 静寂の中、銃口から細く煙が立ち上っている。

 耳鳴りの残響だけが戦闘の残り香。

 珠姫以外の魔女は──先生を含めてすら──硬直していた。

 

 

「やった……あたしにも、できた」

 

 

 先程までアサルトライフルが猛威を振るっていたために、現在の静寂が酷く耳に残る。

 そこに囁かれた珠姫の声は、かなりの距離がある俺のところにまで届いた。

 

 

「あたしは式子の劣化品なんかじゃない。あたしだって魔物を殺せる。あたしだって魔女になれる。あたしだって二つ名を得られる……!」

 

 

 喜色満面。

 花畑に降り注ぐ陽だまりのような。

 およそ暗いダンジョンには似つかわしくない様子の珠姫。

 ──そんな瞬間にこそ、魔物は牙を剝くのだ。

 

 

 銃弾を何発も浴び、死んだと思われていた仏像もどき。

 奴は気の緩んだ隙を見逃さず、突如として、バネのように跳ね起きた。

 

 

「え──」

 

 

 狙うは最も近い距離に居る人間。

 大牟田珠姫だ。

 彼女は完全に油断していた。

 何があっても油断してはいけない。

 ダンジョンの掟を忘れていたのだ。

 

 

『悔い改めよ。神の国は近づいた』

 

 

 魔物は腕を振るう。

 拳には膨大な魔力が込められている。

 直撃すれば、水風船のように頭が弾けるだろう。

 もはや回避できるわけもなし。

 終わった。バッドエンドだ。

 

 

 ──もしもここに、俺が居なければ。

 

 

 物陰から飛び出す。

 弾丸よりも速く。

 最高速度で。

 腰から鉈を抜き放って、勢いそのまま、魔物を一刀両断。

 

 

『右の頬を打たれたら、ひだ、りの……』

 

 

 身体が半分になっても喋っている。

 足に魔力を込めて踏み潰した。

 何度も何度も。執拗に。死んだふりなどできないように。

 油断などしない。万全を期す。確実に殺す。

 

 

 あまりの威力に地面が罅割れ、陥没し、魔物の頭が液体だけになった頃。

 そこまでやってようやく、俺は息を吐きだした。

 

 

「危ないところだったな──とでも、言えばいいだろうか」

「世界最強の、魔女……?」

「その呼び方はやめてくれるか。あまり好きじゃないんだ」

 

 

 振り向くと、珠姫がぺたんと腰を落とすところだった。

 

 

「怪我は?」

「だ、大丈夫です……」

「それはよかった」

 

 

 ぽりぽりと頬を掻く。

 ……まあ、なんだ。

 ひとまずバッドエンドは回避できただろうか。

 未来がどうなるかは判らないが。

 アルバイトの女の子ひとり守れないようじゃ、店主として失格だからな。

 

 

「なんて、格好つけすぎか」

「……?」

 

 

 俺は思わず苦笑した。

 仮面が隠して、珠姫には見えなかっただろうけど。

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