救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第23話

 ばたん、と古明地葵が倒れた。

 モルガナはその音を耳にし、驚愕に目を見張る。

 ──まさか葵が負けたのか。

 世界最強の魔女が負けるほどの相手であれば、モルガナも勝つことはできないだろう。全滅だ。

 

 

 モルガナの思考に隙間が生まれた。

 相対する嶺岸明日香はその致命的な隙を見逃さない。杖を持っていないほうの手でハンドガンを抜く。

 銃というのは実に人を殺すのに特化した道具だ。力を込めて斬る必要もなく、ただ、指先を動かすだけ。

 

 

 人類の歴史の極致とも表現できる銃が、その威力を発揮しようとした。

 火薬が炸裂し、凶弾がモルガナを殺す。

 ──その直前。

 

 

「まあまあ。お待ちなさい」

「……お母さま」

「学園長ちゃんには役割がありますからね。ここで殺してしまっては駄目です。世界が滅んでしまいますよ」

 

 

 葵の倒れ伏した場所から一体いつの間に移動したのだろうか。歯車は嶺岸明日香の左腕を摘まんでいた。

 ちょこんと、まるで迷子の子供が母親にするような仕草。

 しかし実際の関係は真逆。

 歯車を『お母さま』と呼ぶ嶺岸明日香は、立ち尽くすモルガナを一瞥して、銃口を下げる。

 

 

「分かった」

「ふふ。いい子です。聞き分けがいい子は好きですよ」

「お母様に逆らうと怖い」

「あら。ひどい言い草」

 

 

 服の袖で口元を隠し、歯車が肩を揺らした。

 

 

「ご歓談に興じているところ悪いんだがね。私を害する気持ちがないと言うのならば、そこに転がっている友人を回収してもいいかな」

 

 

 そこに差し込まれたモルガナの言葉。

 否定されること前提で発したのだろう、彼女は表情こそ柔らかだが、左手のナイフを強く握りしめていた。

 ところが、

 

 

「古明地葵のことですか? いいですよ」

 

 

 ずいぶんと簡単に受け入れられてしまう。

 呆気なく頷いた歯車に、モルガナは瞬きした。

 

 

「……そこまで途惑いなく受容されてしまうと、何か罠でもあるんじゃないかと勘繰ってしまうんだが?」

「心外です。私は人を騙すようなことはしませんよ」

 

 

 唇を尖らせる歯車。

 

 

「宗教の廃れたこの世界でシスター服を着ているんだ。胡散臭い印象を与えるのは自覚しているだろう」

「人は見た目ではないと云いますからね。人間の心の広さを信じているのですよ」

「だとすると人間を高く見積もりすぎだ。外見から得られる情報は存外多い。それを判断基準にするのは避けられない」

 

 

 現実的な答えを返したモルガナに、歯車はいかにもシスター然とした考えを提出した。

 

 

「判断基準にしたうえで、偏見を取り去っていただけると嬉しいんですけどね。私も説得するのが簡単になるので」

「……? 説得? 誰に対する説得だい」

 

 

 聞き流そうとしたモルガナだが、違和感がよぎる。

 尋ねると、歯車はぴょこぴょこ手を振った。

 

 

「おや。口が滑ってしまいました。忘れてください」

「無理なことを言う」

 

 

 かといって、ここで追及したところで色好い解説が聞けるとも思えない。

 せっかく穏便に事が済みそうな雰囲気なのに、相手の機嫌を損ねて戦闘が再開される可能性も高いだろう。

 モルガナは首を竦めた。

 そして、ゆっくりと葵に近づいて行く。

 

 

「今までの話の流れからして、君たちから攻撃を受けることはないと判断したのだが、どうだろう」

「少なくとも私に攻撃の意志はありませんよ」

「……そこのお嬢さんは?」

 

 

 嶺岸明日香に水を向けると、

 

 

「私はお母様の言いつけを守ってるだけだから。お母様にやる気がないなら、私も何もしない」

「それは助かるね」

 

 

 ──本当に。

 モルガナは葵の元に辿り着いた。

 二人を警戒しつつ、葵の身体を抱き上げる。

 

 

「……私たちはここから無事に帰ることができるのかな。『拠点を知られたんだ。生きて帰れると思うなよ』とか言われると困るんだが」

 

 

 想像に容易い未来だ。

 まあ──歯車と嶺岸明日香、加えて部屋の隅で直立不動の小牟田式子を合わせた戦力に対し、荷物を抱えたモルガナが抵抗できるとも思えないので、わざわざ騙し討ちをする必要はないのだけれど。

 

 

「どうぞ安心してお帰りください。無防備な背中に鉛玉を食らわせる、なんて致しませんよ」

「……その恰好と、その胡散臭い風情で言われても、まったく信用ならないな」

「一応私も人間のつもりですから、疑い一辺倒では悲しくなってしまいます。世界の終わりまでは仲良くしましょう」

「だからそういう言い回しが原因だぞ」

 

 

 モルガナは溜息をついた。

 なんだか葵と喋っているみたいだ。変なタイミングでズレたことを口走るところとか特に。会話の主導権が掴めない。

 腕の中でぐったりと眠る古明地葵の身体を見下ろして、モルガナは「もう一ついいかな」と疑問を持ちだした。

 

 

「葵はどういう状況なんだい。彼女は──」

「私は古明地葵の正体を知っているので、表現を取り繕わなくても大丈夫ですよ」

「……そうかい。それは楽で助かるね」

 

 

 モルガナは苦い顔をする。

 

 

「──古明地葵は名実ともに世界最強の魔女だ。そんな彼を昏倒させられる方法なんて、およそ考えられないんだが」

「私以外には不可能な方法ですから。気にすることはありませんよ?」

「また無理な相談を」

 

 

 世界最強に通用する手段であれば、それ以外の実力者、例えばモルガナにも効く可能性があるのだ。

 気にするな──など、土台無理な話だった。

 

 

「本当に気にする必要はないんです」

 

 

 歯車は苦笑する。

 

 

「古明地葵の──なんでしょう。スイッチ、とでも形容すべきでしょうか。それを押しただけですから。貴女には通用しない方法ですよ」

「スイッチ、か。まるで機械めいた手法だな」

「おや。芯を食った感想ですね。しかし、今はまだ『その時』ではないので、詳しくは教えられません」

 

 

 口の前でばってんを作る歯車。

 モルガナは鼻を鳴らして、

 

 

「勿体ぶることだ。展開を早くしないと、最近の読者は満足しないぞ?」

「小出しにするほうが最適な時もあるのですよ」

 

 

 まったく怪しいことこの上ない。

 こんな言動をしておいて『疑われて悲しい』など文句を漏らすのは、もはや厚かましい領域にあるだろう。

 図々しく、遠慮がない。

 

 

「……念のために確認しておくんだが、気絶させただけだな? 記憶を消したりとかはしてないんだな?」

「してますね」

「さりげなく重大な事をしでかしてるじゃないか!」

「消したりというか、思い出させたのですが」

 

 

 どうということもない、と言いたげに呟く歯車。

 

 

「古明地葵は魔法の代償で記憶の保持ができなくなっています」

「──記憶が」

「世界の救済のために必要な部分まで忘れていたので、思い出させました」

「……お手軽に言ってくれる。代償で消えた記憶の再生、か。まるで神の御業だな」

 

 

 普通なら一笑に付す妄言である。

 代償とは取り返しが付かないから代償なのだ。

 救いようのない、人間の力では抗えない運命。

 それが代償。

 

 

 けれども──シスター服を纏い、意味深長な振る舞いを続ける歯車が言うと、なぜか説得力がある。

 神の御業。

 遥か昔に信仰が途絶えた世界でなお、人に奇跡を信じさせてしまう。

 歯車には、そんな不可思議な信憑性があった。

 

 

「気になったことはそれで全部ですか?」

「……ああ、そうだな」

「では足元に気を付けてお帰りください。家に帰るまでが遠足と云いますからね。無事にみんなを助け出したのに、自分だけが帰らぬ人になるなんて、まったく笑えない話ですよ」

 

 

 これまた意味深な発言である。

 類義語としては『月夜ばかりと思うなよ』だろうか。

 モルガナは呆れすら覚え、盛大に大きな溜息をついた。

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