救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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デウス・エクス・マキナの追憶
第1話


「店長。なんか、あのお客さんの視線が鋭いんですけど」

「式子のライバルを自負してるそうだよ」

「ええ……? 私あの人のこと知りませんよ?」

 

 

 エプロンを着た少女が嘆息した。

 闇をそのまま溶かしたような黒髪の彼女──小牟田式子は顎に手を添えると、訝しげに眉をひそめる。

 

 

「もしかしてストーカーですかね」

「違う! 私は小牟田式子のライバルだ!」

 

 

 その言葉に反応する茶髪の少女。

 褐色のポニーテールを揺らして、彼女──ノエリはこちらに助けを求めてきた。

 

 

「店長さんからも何か言ってくださいよ!」

「でも本人が面識ないって言ってるし……」

「だから面識のある店長さんから説明してくださいってお願いしてるのに! この分からず屋!」

 

 

 ノエリは地団駄踏んだ。

 何回か肩を上下させると、ようやっと落ち着いたのか、「ふう……」と大きく息を吐き出す。

 ばばばっとポーズを取って、

 

 

「私はこの喫茶店の常連にして、小牟田式子のライバル! ノエリ!」

「店長。勝手に見ず知らずの相手にライバル宣言された時はどういう反応を示せばいいんでしょうか」

「ひとまず乗ってあげるのが温情ってものじゃない?」

「ええ……面倒くさいんですけど……」

「ちょっと! そこの二人! 普通に聞こえる声量でひそひそ話するのやめて!」

 

 

 ノエリは涙目で言った。

 俺と式子は視線だけで会話する。

 

 

「……はあ。分かりました。じゃあ私が対応してきますよ」

 

 

 諦めたようにエプロンを結び直す式子は、嫌々──本当に嫌そうにノエリの着く席へ向かっていった。

 それを見送って俺は頷きを一つ。

 うん。実に若者らしい付き合いでよろしい。

 

 

 俺の記憶にあるノエリの口調と、今の彼女の口調は違うものだった。同い年の式子が居るのが影響しているのだろう。素はこっちということだ。

 確かに年上と関わる機会は精神の成熟に役立つが、だからといって同年代との付き合いを疎かにしていいわけではない。式子とノエリの関わりは、お互いにいい結果をもたらすだろう。

 

 

 俺は腕を組んで頷いた。

 彼女らの微笑ましい会話に耳を傾けつつ、コーヒーを啜る。

 いつもどおり味は感じられないが、深い香りが鼻腔をくすぐった。

 

 

「──さて」

 

 

 いつまでも穏やかな時間を楽しんでいたいが、生憎この世界はずいぶんと意地悪く設計されている。

 現実から目を背けていては、永久に事態は解決すまい。

 

 

 つい先日にあった魔女誘拐事件。それは俺とモルガナの手によって一応の解決──当事者たちに記憶がないため、『一応』と付けざるを得ない──が図られたが、その影響は色濃く残っている。

 

 

 特に大きなものが大牟田珠姫の不在だ。俺の調べたところによると、珠姫の存在は最初から『なかった』ものとされている。

 文字どおり。最初から。大牟田珠姫の情報は、忽然と、この世界から消滅していたのだ。

 

 

「俺の記憶違いって線もあるが……」

 

 

 モルガナに問うても、式子に問うても。

 皆一様に「オオムタタマキって誰?」と答える。

 心底不思議そうに。

 まったく心当たりのない疑問をぶつけられた子供のように。

 

 

 大牟田珠姫の存在を覚えているのが自分だけなのであれば、それはもはや自分の記憶に誤謬があるのを疑うべきだ。当然俺もそうした。そうしたうえで、やはり大牟田珠姫は居たと結論づけた。

 

 

 根拠はこの世界の構造。

『魔女あるいは』というゲームの記憶。

 

 

 主人公が小牟田式子であるならば、ライバルキャラである大牟田珠姫も実在していなければおかしいのだ。

 俺が「この世界がゲームであると思い込んでいる」という線も考えて、今まで一度も足を運んだことのない場所にも行ってみたが、やはりそこには、ゲームの記憶どおりの光景が広がっていた。

 要するに自分の記憶は間違っていない。

 間違っているのはこの世界のほうだ。

 

 

「あれ? どうしたんですか店長。ずいぶん眉間に皺が寄ってますけど。今さら貫禄を得ようとしても遅いですよ」

「君、自分がアルバイトっていう身分だって自覚はある? 雇い主に対する言い草はもう少し考えたほうがいい」

「似合ってないので厳しい顔はやめたほうがいいですよ」

 

 

 たかだかバイト程度だから、雇い主に敬意を抱けと言うつもりはない。だが、ここまで舐められているのも問題なのではなかろうか。

 式子の発言に溜息をつき、俺は「しばらく店を留守にするから、店番よろしくね」と席を立った。

 

 

「え、待ってください店長。このストーカーと二人きりにするつもりですか? 可愛いバイトちゃんの貞操が危ないですよ」

「魔女なんだから自分の身くらい守れるでしょ」

「そりゃそうですけど……」

「いやなんで私が小牟田式子を性的に襲う前提なの!? 納得できないんですけど!? 物理的に襲うならともかく!」

 

 

 散々な評価を下されたノエリ。彼女が汚名返上をせんと文句を表明した。

 

 

「──じゃ、よろしく」

「完全に無視!? 大人としてどうなんですかその対応は!」

「アルバイトひとりに店を任せるって……責任重大だなあ」

「あっもしかしてこれ私の声とか姿とか誰にも見えてない感じ!? ノエリちゃん透明人間になっちゃったの!?」

「煩いんですけどストーカーさん」

「だからストーカーじゃないと──!」

 

 

 ぱたん。

 扉を閉めた。

 店内からは姦しいやり取りが聞こえてきたが、黙殺することにした。

 

 

「はあ……」

 

 

 少し前まで閑古鳥しか居ない喫茶店だったのに、すっかり賑やかになってしまったものだ。

 口元を緩めて学園内を散策する。目的があったわけではない。どこに向かうとも知れず、ただ歩いていただけ。思考を纏めるための散歩みたいなものだ。

 

 

 ゆったりと足を進めていると、いつの間にか中央広場に辿り着いていた。

 中央広場とは、学園の敷地内の中心に位置する広場である。

 広大な敷地面積に恥じぬ、寒々しいほど大きな空間。学園に通う魔女たちの憩いの場であり、休み時間にもなると多くの生徒で賑わう。

 しかし本日は休日。魔女のほとんどは寮で暮らしているが、休みにまで学校近くに足を運ぼうという奇特な者は少ない。

 普段は繁盛している中央広場には、全然人気(ひとけ)がなかった。

 

 

「──ん?」

 

 

 中央広場には憩いの場というだけではなく、情報伝達拠点の側面もある。

 敷地の中心に設置されたやたらと大きな掲示板。そこには、学園内で起きた事件や、テスト範囲、部活の勧誘など、学園の範囲に収まらず、アストラディア連合王国すべての情報が掲示されていた。

 

 

「……嘘だろ」

 

 

 俺は中央広場名物の掲示板の前で立ち止まる。

 それは情報を求めての行動──ではなかった。

 見覚えのある人物が、そこに居たから。

 

 

「嶺岸明日香……?」

「古明地葵を発見」

 

 

『魔女あるいは』のラスボス。

 嶺岸明日香がこちらを指差した。

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