救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第3話

「学園祭?」

「はい。結構規模の大きなお祭りで、普段は関係者以外立ち入り禁止の学園に誰でも入れるようになるんです。かなり人気なんですよ? 開催当日は、そのために警察が出動するらしいですから」

「へえ……じゃあこの喫茶店も在庫を増やしておかないと」

 

 

 俺が捕らぬ狸の皮算用に顎の下を撫でると、

 

 

「その必要はないと思います。学園内の人の数と、客足の多さは比例しませんから」

「酷くない? 一見さんお断りってわけでもないんだから、俺の料理の味を知らない人は足を運んでくれるでしょ」

「騙すつもりですか? 被害者を増やさないためにも、私が客引きをするときに忠告して回りますよ」

「アルバイトとしてどうなんだろうねその態度は」

 

 

 胸を張ってそんなことを言う式子。

 店の売り上げが芳しくないとアルバイトである彼女も解雇せざるを得ないのだが、そこら辺どう考えているのだろうか。

 まあ営業資金は魔女時代の貯えなので、早々尽きることもないけれど。

 

 

「学園祭は来週から始まります。今日から準備期間なんです」

「だから平日なのにシフト入れたんだ」

「クラスで持ち回りなので、今日明日はバイトできますよ。そこからは、ちょっとお休みを貰いたいんですけど」

「いいよ。祭りは学生の華だからね。存分に楽しんでおいで」

 

 

 快く許諾すると、式子は万歳をして喜んだ。まるで子供のような仕草である。いや実年齢を考えると相応しい振る舞いではあるのだが。

 俺はいつもどおりにコーヒーを淹れ、ついでとばかりに、店の隅で式子を睨みつける常連さんにパンケーキを持っていく。

 

 

「どうぞ。サービスです」

「ありがとうございます。……まっっっっっずい!?」

「上手く出来たと思ったんだけどなあ」

「店長さんにはこの真っ黒になった炭の塊が美味しそうに見えるんですか!? というか何ですかこれ!」

「パンケーキ」

「パンケーキ!?」

 

 

 ノエリは「パンケーキに対する冒涜だ!」と口惜しそうに机を叩いた。

 あれ普通に備品だからやめてもらえないだろうか。

 

 

「店長。どうしてストーカーを店に置いておくんですか」

「貴重な常連さんだから」

「貴重というか唯一ですよね。ノエリ以外がこの店に来てるとこ、一度も見たことありませんもん」

「失礼だなあ。時折人が訪れることだってあったんだよ? 学園に移転してからめっきりだけど」

 

 

 そういえば間々来てくれていた人たちはどうしているだろう。何も言わずに移転したのは不味かったよなあ。爆発四散して廃墟となった跡地を見て、色々あったのだと察してくれればいいのだが。

 

 

 不満そうに頬を膨らす式子に応えると、彼女は見せつけるように溜息をついて、エプロンの紐を解いた。

 

 

「休憩入りまーす」

「うん。……まあ休憩中も就業中も大して変わらないけどね」

「気分が変わるんですよ。罪悪感なしに遊べますし」

「人が居ない時にスマホを弄ってるの、あれ罪悪感あったんだ」

「別に? 同じ時間を過ごすなら、より有意義なほうがいいじゃないですか」

 

 

 式子はエプロンをカウンターに置く。

 それから数秒逡巡して、ノエリのほうへ歩いていった。

 

 

「ストーカーさん。一緒に遊びましょう」

「だからストーカーじゃない!? ……人生ゲーム持ってきたからそれやる?」

「なんで人生ゲーム持ってきてんですか。寮から持ってくるとき恥ずかしくなかったんですか。あと人数も寂しいですし」

「店長さんが参加するかなあって」

「あの人そういうの傍観してるタイプなんですよ。格好つけですかね。クール系ミステリアス気取って」

 

 

 散々な言われようだ。

 反論してみようかとも思ったが、わちゃわちゃしている二人の様子が年相応で微笑ましかったので、俺は留飲を下げた。

 ノエリに対する式子の口調は棘が目立つが、よくよく観察してみれば、そこに確かな好意が伺える。

 要するにツンデレだ。小牟田式子はツンデレなのである。

 

 

 ──ツンデレといえば大牟田珠姫だな。やはり姉妹なのか。厳密には血の繋がりはなかったはずだけど、言動にお互いの影響が垣間見える。

 心が和みかけ、俺は表情を硬くした。

 

 

「大牟田珠姫、か……」

 

 

 椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げる。

 ぎしりぎしりと木製の脚が鳴った。

 

 

     ◇

 

 

「お母様、これは?」

「学園への転入届よ」

 

 

 どこにでもある一般家屋。そのリビングにて。

 白髪の少女が『お母様』と呼んだ女性に話しかける。

 

 

 軽さを感じさせる黒髪に、ふわりと閉じられた目蓋。その縁を彩る長い睫毛。透明感はあるが不健康なほどに白い肌。シスター服を纏い、怪しすぎるほどに怪しい女性は、慈母的な微笑をたたえ、明日香の頭を撫でた。

 

 

「貴女は学校というものをまだ知らないでしょう」

「知ってるよ? 本で読んだ」

「ふふ。知ってはいても識ってはいないわ。まもなく終わるこの世界、それでは貴女が可哀想だもの」

「可哀想? 私が?」

「ええ」

 

 

 歯車は悠然と笑う。

 開かれていない双眸はいったい何を見ているのか。

 相変わらず思惑の伺えない佇まいに、明日香は大人しく頷いた。

 

 

「……解った。お母様が行けと言うなら、行ってくる」

「ふふ。いってらっしゃい」

 

 

 まるで何てことないように、日々の延長線上かのように、明日香は転入届を受け取って、そのままリビングを出て行こうとする。

 扉の閉まりかけた寸前、歯車が「ああ」と彼女の背中を呼び止めた。

 

 

「困ったことがあったら古明地葵を頼りなさい」

「……古明地葵って、あの?」

「ええ。あの子は優しいから。きっと貴女の力になってくれるわ」

「解った。困ったら頼る」

「改めていってらっしゃい」

 

 

 ひらひらと。

 歯車は手を振った。

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