救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる 作:音塚雪見
魔女協会本部のとある一室。カーテンの閉め切られた薄暗い部屋には、数え切れないほどのモニターが輝いていた。
それを張り付くように凝視する分厚い丸底眼鏡の女性。
黒髪の魔女──
かつて古明地葵と共にパーティーを組み、ダンジョンに潜って人類の守護者として活躍していた彼女だが、突如として古明地葵が引退を表明してからこっち、繭子もまた前線を退いた。
今では協会本部の一室で、一心不乱に誰かを探す作業に邁進している。
「──さすがに休憩するか」
繭子は椅子の背もたれに存分に寄りかかると、淑女として少々はしたない声を上げ、身体を伸ばした。ばきばきと鈍い音が鳴る。ずいぶんと長い時間同じ体勢で作業していたらしい。以前のしゃっきりとした姿勢はどこへやら、彼女の背中はすっかり丸くなっていた。
モニターの反射でそれを認めた繭子は苦笑する。
数年前から古明地葵捜索に没頭しているが、それにしても健康的な生活からは程遠い毎日だ。
志を共にする仲間からも忠告を受けているし、たまには休息を挟んでもいいかもしれない。
「久しぶりに散歩にでも赴こうかな」
薄暗い部屋を出ると、窓から差し込む陽射しが彼女の目を焼く。
うぎゃっ! と奇襲を受けた猫みたいな悲鳴を上げる繭子。
しばらく床をのたうち回った後、震える脚で立ち上がった。
「……こんなにも普通の世界に馴染めないようになっているとは。想像以上だ。僕も衰えたものだな」
「だから定期的に外の空気を吸いなさいって言ったのに」
それを呆れた様子で眺める女性が居た。
目の下に濃い隈を横たえる、くすんだ金髪の魔女。
元パーティーメンバーの
「衰え具合なら、僕も君も大差ないと思うんだが?」
「少なくとも私は、お日様の光を浴びて外を飛び回ってるから」
「その分寝てないだろう。どっこいどっこいさ」
反論はなかった。瑞佳も認めているのだ。自身がおよそ健康的な生活を送れていないことを。
繭子は軋んだ髪に手櫛を通し、
「お互いに変わってしまったね」
「……そういうものでしょ。人生って」
「だけど易々とは受け入れがたいものだよ。衰えていく自分。色褪せていく過去。昨日までは出来ていた筈のことが出来なくなる」
「もうやめてよ。朝っぱらから憂鬱になっちゃう」
「朝と言うには太陽の位置が高いけどね。十三時ってところじゃないのかい?」
スマホを取り出して確認すると、誤差は三分だった。
「それで? 君が本部に居るとは珍しいじゃないか。何かあったのかい」
「別に喫緊の用事があったわけじゃないんだけど……ちょっと繭子を誘おうかなって場所があって」
「誘う? また聞き馴染みのないことだ。明日は雨でも降るのかな」
「雨が降られたら困るよ。明日は学園祭なんだから」
学園祭? と首を傾げて、繭子は納得した。
──そうか。もうそんな時期か。時が過ぎるのは早いものだ。
かつてのパーティーを組んだきっかけ──繭子と、瑞佳と、あと一人と出会ったのは学園祭でのことだった。葵は学園で指導を受けずに在野から生えてきた突然変異だから、関係ないけれど。
「つまり一緒に学園祭へ行こうと」
「駄目?」
「駄目というわけでもないがね。いいのかい? 君もやるべきことがあるだろう」
「……今まで数年も頑張ってきたし。一日サボったって誰も責めたりしないよ。それに、根を詰め過ぎても効率が悪くなる」
それはそのとおりだった。
最近、繭子の能率は目に見えて下がっている。
「まあ、そうだね。一日くらい休んでも罰は当たらないか」
「じゃあ!」
瑞佳は疲れた顔に笑みを浮かべた。
「ああ。一緒に行こう」
「繭子とどこかに出掛けるなんて何時ぶりだろう? 数か月じゃ利かないよね。もしかして葵が居なくなってからずっと?」
「思い返すのも馬鹿らしくなるくらい昔のことだよ。僕たちが最後に遊んだのは」
昔を見つめるように両目を細める繭子。
彼女は丸眼鏡をはずし、窓の外──風涼な木漏れ日に鼻を鳴らす。
「ほんと、変わってしまったね」
◇
学園は一年に一度の祭りを前に盛り上がっていた。
散歩がてらそこら辺を歩いてみれば、学園祭の準備に奔走する楽しげな生徒らが至るところに。少し前に何人もの魔女が犠牲になる事件が起きたようだが、かなり持ち直したようだ。
──否。だからこそ、なのだろうか。喪に服するではないけれど、陰鬱な空気を吹き飛ばすために、あえて彼女らは顔を上げて笑っているのだろうか。
たとえ大事な仲間を失っても魔法の代償で忘れてしまう俺には、計り知れない揺れ動きである。
喫茶店に戻れば、そこは学園の狂騒など忘れたかのように静まり返っていた。
いつもどおりお客さんは皆無。悲しいほど閑古鳥。
店番を任せていた式子は机から顔を上げると、「報告するほどでもないですけど、やっぱりお客さんは来ませんでしたよ」と言う。
金銭のやり取りが発生しないことに、少しは危機感を持ってもらいたいものだ。バイトとはいえ。
「いよいよ明日が学園祭だね」
「私のクラス、相当気合入ってるんですよ。遊園地もかくやというブースを用意しましたからね。店長もぜひ足を運んでください」
「俺はこの店で接客しなくちゃいけないから」
「必要ないんじゃないですか? どうせお客さんなんて来ませんよ」
なんたる言い草だろうか。アルバイトとして雇われの身とは到底信じられない罵詈雑言ではないか。
俺は店主として一言反論してやろうかと思った。ところが、冷静に俯瞰すれば、そう言われても仕方ない経営状態なのである。
振り上げた拳を下げ、大人しく肩を落とした。
「待ってますからね、店長」
「……まあ、一日くらい店を閉めても罰は当たらないか」
「というか開けてても閉めてても同じなんですって。可愛いバイトちゃんが居るか居ないかくらいの差です」
式子は胸を張って死体打ちしてきた。
俺は見るも無残な死骸と化した。
デッドエンド。
──そんなこんなで、学園祭が幕を上げる。