救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第5話

 学園祭は前評判どおり賑わっていた。

 普段は禁制の地である学園に足を踏み入れられるとなれば、いかな浮世事を疎む人間であろうと興味が引かれること間違いなし。

 

 

「ねえねえお姉さん。俺といっちょパーリナイしなァい?」

「まだ朝ですよ?」

「パーリモーニングしなァい?」

 

 

 魔法は女性しか使えないということもあって、学園はすなわち百合の園。

 綺麗な花に惹かれるのは何も虫だけではなく、時として人間もその魔力にやられてしまう。要するにナンパが大量発生していた。

 お祭り騒ぎに浮かれる男性が意気揚々と女学生に声を掛けるも、冷たくあしらわれ撃沈する。数メートルに一度くらいの頻度で遭遇する光景だ。あまりにもナンパが多すぎる。

 

 

 俺は辟易する気持ちを堪えきれず、思わず溜息をついた。

 それを耳ざとくキャッチした隣人が文句を言ってくる。

 

 

「ちょっとなんですか店長さん。私というものが隣にありながら憂鬱そうな息を吐くなんて」

「ノエリが横に居るのも影響してるかも」

「はあ!? 美しすぎて溜息が出るとかそういうことですか!?」

「別に違うけど面倒くさそうだからそういうことにしておく」

 

 

 ノエリは唇を尖らせた。尖らせて、わたあめに食らいつく。

 

 

「まあ、店長さんにはさっきこれを買ってもらったので、多少の与太は許して差し上げましょう」

「お姫様の寛大なお心ばせに感謝申し上げます」

「うむ。よきに計らえ」

 

 

 冗談めかした口調で笑い、彼女はわたあめを持っているのとは反対の手で、俺の腕を引いて駆け出した。

 

 

「小牟田式子のクラスに行くんですよね?」

「出し物にすごい自信があるらしいからね。あそこまで自画自賛されたら、興味が湧いてくるよ」

「きっと私のクラスのほうが凄いですけどね」

 

 

 友達付き合いをするようになっても対抗心はいまだ健在。ノエリは褐色のポニーテールを跳ねさせ、得意満面と鼻を鳴らす。

 校舎に入る直前、玄関のところで、構内の地図が載ったパンフレットを配っている女性が居た。件の式子のクラスは何をしているのだろう、と二人並んで一覧表を眺めてみる。

 

 

「お化け屋敷、ですか」

「みたいだね」

「確かに王道ではありますが、一つの教室程度の面積では大した物が用意できるとも思えません。魔法でも使って驚かせてくれるのでしょうか」

「お祭り騒ぎだからって、そこまで馬鹿なことはしないと思いたいけどね」

 

 

 顎に手を添えて首を傾げるノエリに答える。

 魔法は尋常でない代償を必要とするのだから、使うのであれば最低限、命の危機がある時にしてもらいたい。こんな穏やかな空気が支配する学園祭にはまったく不適な存在だ。

 ノエリはひとしきり肩を揺らした。

 そうして、俺たちは改めて教室へ向かうことに。

 

 

 辿り着いた教室には真っ黒な幕が掛けられており、なかなか雰囲気があった。本当に幽霊でも出そうな感じだ。人気もあるらしく、廊下には行列が伸びている。

 俺たちは一番後ろに付いて、『こちら最後尾』と書かれた看板を受け取った。

 

 

「私こういうの苦手なんですよねえ」

 

 

 看板を見上げてぶー垂れるノエリ。

 

 

「こういうの持ってたら、注目されることは避け得ないじゃないですか。まるで動物園のパンダにでもなった気分ですよ。あるいは生贄」

「考えすぎじゃない? 次の人が来たら交代できるんだし」

「そのシステムにも不満があります。次の人が来たら交代、次の人が来たら交代って繰り返して、いつまでも終わらないじゃないですか」

「人気があっていいことだと思うけど」

 

 

 告げると、彼女は「解ってませんね」と首をすくめた。

 腹の立つ仕草だった。

 

 

「──だって、そんなの、私たち魔女の在り方とおんなじじゃないですか。人類を守るために身を捧げて、限界が来たら次の人に交代して。ずっと続くんですよ、この犠牲の連鎖は。嫌にもなりますって」

 

 

 ノエリは静かに呟く。

 細められた目の奥で、彼女はいったい何を考えているのか。

 表情の浮かばない相貌からは、一切を読み取ることができなかった。

 

 

「…………」

 

 

 俺は視線を切って看板を見やる。段ボールで作られた急造の看板だ。ポップに踊る『こちら最後尾』という文字からは、とても彼女の言うような大それた想像をするのは難しい。

 

 

 奇妙な沈黙が二人の間に落ちた。どちらも口を噤む。

 それが学園祭には相応しくない雰囲気なように思われて、俺はこの状況を打破しようと、わたあめをノエリの口に押し込んだ。

「んん、んんんん!?」と抗議の声が曇って響く。

 

 

「──ぷはあっ! な、何するんですか!?」

「いや、なんか気まずいなあって」

「気まずいからって私の口に物を突っ込まないでください!? 私の可愛い口は都合のいい便利な道具じゃないんですよ!?」

「一考の余地はあるね」

「余地どころかそれしかないんですよ! 広大なスペースです!」

 

 

 憤懣やる方ない、といった様子で煙を上げるノエリ。

 しかし先程までの厭世的な態度は鳴りを潜め、今はいつもどおり、元気で愉快なノエリちゃんだった。

 

 

「では次の方どうぞ~」

 

 

 そんなこんなで会話をしていると、俺たちの前の組が、白い貫頭衣の生徒に教室へ案内されるところだった。時間が過ぎるのは早いものだ。件の看板もとうに回され、今も最後尾で頑張っている。

 

 

「あの、申し訳ありません。このアトラクションは、できれば四人同時に体験していただきたいんです。後ろの方と一緒に、という形でも大丈夫でしょうか?」

 

 

 すると、貫頭衣の学生が言った。

 おそらく回転率とか裏方の事情があるのだろう。これ以上列が伸びるのは面白くないだろうし。

 

 

「大丈夫ですよ。僕も同行者が増えるのは心強いです。連れが怖がりなもので、『お化け屋敷なんて絶対に入らないから!』と言ってきかないんです」

「なんで楽しい学園祭なのにわざわざ心胆を震わせる必要があるの! ないでしょ! 無意義だあ!」

「ね。うるさいでしょう。同行者が居れば文句も減るかなって」

 

 

 前の組は黒髪の女性と金髪の女性の二人だった。

 分厚い丸眼鏡を掛けた理知的な印象の女性は、ふしゃーっと威嚇する金髪の女性を揶揄っている。

 どうも話の流れ的に俺たちは彼女らと一緒になるようだ。ノエリも人見知りをする質じゃないし、問題ないだろう。

 

 

 と思いながら目線を向けると。

 その二人に見覚えがあるわけではないのだが。

 魂が飢えるほどの懐かしさが、襲ってきた。

 

 

「────」

 

 

 この感覚には覚えがある。魔法の代償で失った過去に出会っていた人間に対する既視感だ。取り戻せない記憶を惜しむ魂の慟哭だ。

 俺は必死に日記の内容を思い出す。こんなにも懐かしさを感じる相手だったら記録していただろう。たぶん親しかったに違いない。

 黒髪と金髪。魔力が身体に宿っているから魔女。おそらく古明地葵の名前を前面に出して活動してた頃の知り合い。

 

 

 頭を雑巾のように振り絞って──俺は。

 一言、呟いた。

 

 

「瑞佳と……繭子?」

 

 

 しまった、と思っても後悔先に立たず。

 初対面であるはずの相手に名前を言い当てられた二人は、訝しげにこちらを眺めてくる。ついでに横からノエリの視線も。

 

 

「……僕と君は初めましてではないのかな? 僕はあまり交友関係が広いほうではないし、ましてや男性ともなれば数えるほどしか知らない。見覚えがないはずがないのだけど──」

 

 

 繭子は不審そうに言った。

 しかし何かに気が付いたかのように途中で切ると、

 

 

「──いや。見覚えはある。あるよ。以前、監視カメラの映像で見たことのある顔だ。探している人物と性別が違うという致命的な差異がなければ、限りなく似ていたから」

「それって……」

 

 

 瑞佳の震えた声。

 それを受けた繭子は目を細め、こちらを頭頂から爪先まで嘗め回すように観察してきた。まるで少しの違和感ですら見逃すまいとしているような雰囲気。

 俺は思わず一歩後ずさりしてしまう。

 そして、その『隠しているところがあります』と言わんばかりの行動が、彼女の疑いを完成させてしまったようだ。

 

 

「まさか──君は」

 

 

 双眸を見開いた繭子。

 このまま放っておけば面倒なことになる。そう確信した俺は、言葉を紡ごうとしていた彼女の口を掌で塞いだ。

「むう、むうっ!?」と抵抗する繭子を抱える。瑞佳とノエリの視線が痛い。居た堪れなさで爆発四散してしまいそうだ。

 

 

 俺は誘拐犯よろしく繭子を脇に抱えたまま、二人に声の届かない場所まで全力で駆けていった。

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