救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

47 / 47
第6話

 人気(ひとけ)のない階段の踊り場に辿り着き、荷物のように運んできた繭子を解放する。

 彼女は驚愕に顔を染め、口をぱくぱくとさせるばかりで、意味ある音が出てくることはなかった。

 

 

 しばらく学園祭の喧騒を遠くに聞いていると、ようやく冷静さを取り戻したらしい繭子が深呼吸を一つ。

 大きく息を吐いた彼女は、「……とても信じられないことだけれど」と前置きをして、

 

 

「まさか君は──古明地葵なのかい?」

「一応訊いておきたいんだけど、なんでそう思ったのかな」

 

 

 たしかに二人の名前を漏らしてしまう、という過ちは犯した。だが、それだけで俺と古明地葵を結び付けるには弱いはずだ。

 男は魔法を使えない。この常識は世界の絶対法則。いくら名前を知っていたからって、その常識を無視するほどのものではない。ストーカーの可能性を疑ったほうがいくらかあり得よう。

 

 

 繭子は数度まばたきをした。

 

 

「……君は、自分で思っているほど他人を演じられていないよ」

「他人を演じる?」

「僕たちがどれだけ君と──古明地葵と一緒に過ごしてきたと思っているんだい。君が知らない癖だって知っているし、その立ち振る舞いが、いくらなんでも古明地葵と重なりすぎる」

 

 

 意味ありげに人差し指を立てる繭子。

 

 

「じゃあ、つまり、なんだ。元々疑ってたところに名前を言ったものだから、疑いが確実なものになったと」

「一言で纏めるとそうだね」

 

 

 俺は肩を落とした。

 もはや誤魔化そうという気にもならない。

 

 

 すでに彼女はこちらの正体を確信していたようだが、その沈黙が無言の肯定となった。分厚い丸眼鏡に屈折した目に涙を浮かべた繭子が唇をわななかせ、一足飛びに抱き着いてくる。勢いが凄まじい。肘が脇腹に突き刺さった。

 

 

 魔法の代償で痛覚を失っている俺だが、物理的な圧迫は如何ともしがたい。肺を攻撃されたことで息を詰めてしまう。繭子はそれに気付いていない。機嫌のいい猫か何かのように、頭を胸に擦りつけてくる。

 

 

「葵、葵……っ!」

「ちょっと肘が刺さって苦しいんだけど──」

「どうして急に姿を消したりしたんだ! どれだけ僕たちが心配したか判っているのか!? 眠れない夜を過ごした僕たちの気持ちが解るか!?」

 

 

 少し離れてくれ。なんてお願いをできる雰囲気ではなかった。

 俺は苦悶を飲み込んで流れに身を任せる。

 

 

「でも──見つかってよかった」

「……心配を掛けたみたいだね」

「心配どころの話じゃない。絶望さ。君が居なくなって、僕たちは希望というものを失ってしまったのさ」

「大袈裟じゃない?」

「大袈裟なものか」

 

 

 繭子はあり得ない、とでも言いたげに眉を跳ねさせた。

 

 

「人類存亡のための要である古明地葵。それが居なくなるだけで、どれほど足元が不安定になるか。しかも君は強さだけが取り柄じゃない。君は魅力的な人物だよ。傍に居なければ支えを失ったと錯覚してしまうくらいにはね」

 

 

 一言一言、囁くように声を紡ぐ繭子。

 丸眼鏡越しに見える彼女の瞳は、どこか危うげに揺らめていた。

 

 

「教えてくれないかい? どうして突然表舞台から退いたんだ。戦えない身体になったわけじゃないんだろう?」

「……あー」

 

 

 頬を掻く。どう言えばいいものか。俺は答えあぐねていた。

 日記の内容を思い出したから、そこに書かれていた『古明地葵が姿を消すべき理由』を話すことはできる。しかし忌憚なく告げられるものでもなかった。

 俺はなんとか誤魔化そうと、繭子の肩に手を置く。

 

 

「それにしても、古明地葵が男だって発覚したのにずいぶんと冷静じゃない? 普通はもっと驚くと思うんだけど。ほら、男が魔法を使えるうえに、世界最強の魔女とか呼ばれてるんだから」

「……お茶を濁そうという意志を感じるが、まあいいだろう。別に僕だって冷静なわけじゃないよ? 心臓の鼓動を聞いてくれ。今にも破裂しそうなほど暴れまわっているだろう。取り繕ってはいるものの、常軌を逸していないのが奇跡というものさ」

 

 

 繭子はさらに力を込めて抱き着いてくる。密着した身体から、彼女の言うとおり激しい鼓動が伝わってきた。早鐘のようだ。

 

 

「それに僕は前々から違和感を抱いていたんだ。すべての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となるって云うだろう? 何年も必死に国中を探しているのに、古明地葵らしき女の姿が見つからないんだ。そもそも前提が間違っているんじゃないか、と疑うのが道理さ。現実逃避めいた疑問ではあるけどね」

 

 

 繭子は苦笑する。

 背中に回す指の力をぎゅっと強くして、

 

 

「もし僕が相手でなく、瑞佳あたりだったら酷かっただろうね。瑞佳はあれでいて激情家だ。取り繕うこともできないだろうし、数発の拳くらいは甘んじて受け入れてほしい」

「……瑞佳って何回魔法使ってたっけ?」

「四回くらいじゃないか? まあ葵なら大丈夫だろう。世界最強の魔女は耐久力も世界最高だから」

 

 

 軽々と言って繭子は、

 

 

「書き置きも残さず姿を消して、僕たちに心配を掛けた罰だよ。大人しく受け入れてくれたまえ」

 

 

 と胸の中から出ていった。

 書き置きどころか、俺は正面切って「魔女辞めるわ」と伝えたのだが、それはカウントしてくれないのだろうか。

 なんて思ったりもしたけれど、口に出すことはなかった。否。より厳密に言うなら余裕がなかった。

 

 

 なぜなら。

 

 

「ど、どうして──繭子とさっきの人が抱き合ってたわけ?」

 

 

 わなわなと震えながら、こちらを指差す瑞佳の姿があったからだ。彼女は口を開閉して頬を紅潮させている。

 視線だけで繭子に助けを求めるも、肩をすくめるばかりで動く気配がない。自分でなんとかしろ、ということだろうか。

 まったく無茶を言ってくれるものだ。

 

 

「場の流れで?」

「場の流れで抱き合うことになるわけないでしょ!」

「そりゃそうだ」

 

 

 正論だった。反論できないくらいに。

 これは瑞佳を説き伏せるのは相当難しいぞ──と諦めかけたとき、こちらを物凄い相貌で睨みつけている影に気付く。

 見れば、褐色のポニーテールが眩しい少女、ノエリだった。ノエリが凄惨と表現して差し支えない表情で居る。

 

 

「……私と学園祭デートしてたのに、ついさっき出会ったばかりの女の人と抱き合う? 浮気? いやあの眼鏡の人の雰囲気からして昔の知り合いだったのか。だとしてもじゃない? 店長さんは遊び人だったの?」

 

 

 ぶつぶつと何事が呟いていた。怖い。

 もはや収拾のつかない状況に俺は降参したくなった。白旗揚げます。自分逃げてもいいでしょうか。

 思案に忙しいらしい二人を置いてその場を離れようとしたところ。

 ──がし。

 繭子に手を掴まれた。

 

 

「何を?」

「逃がすと思っているのかい?」

「逃がしてくれたらいいなあ、って」

「せっかく数年越しに再会できたのに、逃げた小鳥を放すわけないじゃないか。しっかりと鳥籠に収めて飼うとも」

 

 

 逃げた小鳥扱いされた。小鳥って体格でもないんだが。

 ズレた考えを抱いてしまうのは、現実があまりにも酷かったから。

 正気を失ったように自己に没頭している二人に、冷静かと思ったら実は結構ヤバめだったのが一人。

 およそ正常とは形容できない状況に、俺は「どうしてこうなったんだ」と静かに涙を流した。

 

 

 ──結局、三人を宥めるのに三十分近くを要した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

あべこべ逆転異世界で孤児院の頼れるお兄ちゃんになるため奮闘する(作者:あに)(オリジナルファンタジー/日常)

身体がちょいとガタつくけど、大丈夫。▼僕はみんなのお兄ちゃんだからね。▼カクヨムの方にも投稿してます


総合評価:3409/評価:8.3/連載:20話/更新日時:2026年05月16日(土) 17:04 小説情報

悪徳領主に転生して死亡フラグを折るために勇者パーティを育てたら、激重感情を向けられて逃げられない件(作者:激重大好き)(オリジナルファンタジー/コメディ)

目が覚めたら、プレイしていた百合RPGの「序盤のやられ役」である悪徳領主ルシアンに転生していた。▼しかも、すでに悪魔と契約済みであり、このままだと勇者に倒されなくても魔力タンクとして悪魔に殺されてしまう完全な『詰み』状態。▼どうしても死にたくない俺は閃いた。▼「原作開始前の勇者たちを見つけ出し、俺が育てて悪魔を倒す。これしかない!」▼悲惨な過去を背負うはずだ…


総合評価:2490/評価:8.3/連載:6話/更新日時:2026年04月02日(木) 18:30 小説情報

和風陰陽師漫画の終盤で死ぬ親友枠に転生した俺はどうすりゃいいですか?(作者:鬼怒藍落)(オリジナル現代/冒険・バトル)

一般和風好き転生者VS曇らせと理不尽と絶望▼ファイ!▼カクヨムにも出します


総合評価:3957/評価:8.05/連載:42話/更新日時:2026年05月07日(木) 07:10 小説情報

厄ネタヒロインたちとラブコメをすることになった(作者:灰鉄蝸)(オリジナル現代/恋愛)

「キミが好きだよ。だから殺すね」▼「あなたが好きです。好きなので洗脳しますね」▼「俺の死因多すぎるだろ…」▼異能バトルも伝奇ホラーもある世界で、バッドエンドの元凶になるような厄い美少女に好意を抱かれる――好意全開の金髪巨乳幼馴染み、ややホラーな超能力者の黒髪ロング同級生、彼女たちが引き起こす破滅の未来に巻き込まれる少年。▼愛が重くて、死の原因になる厄ネタヒロ…


総合評価:4424/評価:8.84/連載:39話/更新日時:2026年06月24日(水) 21:03 小説情報

家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~(作者:水瓶シロン)(オリジナル現代/恋愛)

「ぎゅって、して……?」▼「構ってくれないと闇落ちしちゃうよ……?」▼ 高校入学を機に一人暮らしを始めた『御守望』は、青春を勉強とバイトに費やすような限界貧乏生活を送っていた。▼ 幼くして両親を失っている望が頼れる人は、田舎に住む祖父母くらいだが、なるべく負担は掛けたくない。▼ そのため、睡眠時間を犠牲にして死に物狂いで勉強することによって好成績を維持し、入…


総合評価:4543/評価:8.69/連載:88話/更新日時:2026年06月24日(水) 20:28 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>