救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる   作:音塚雪見

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第5話

「ありがとうございます。生徒を助けていただいて」

「当然の事をしたまでだ」

「私だけでは、珠姫さんを救うことができませんでした。教師失格ですね。ダンジョンでは油断してはいけない、と教え諭しながら、自分も実践できていないのですから」

 

 

 先生は自嘲するように笑う。

 しかし──俺はあの時、見逃さなかった。魔物の攻撃が珠姫に迫る瞬間、先生が腰に佩いていた杖を抜き放ち、魔力を練っていたのを。

 魔法の行使を躊躇していなかった。教師の鑑だ。

 たとえ俺が居なくとも、なんだかんだで助かってはいたのではないだろうか。

 無傷で切り抜けられたかどうかは……難しいところだけど。

 

 

「それにしても、さすがは世界最強の魔女様ですね。あの一瞬で魔物を仕留めるなんて」

「元々、珠姫が削っていたからな。私はとどめを刺しただけだ」

「それでもです。魔物はしぶといですから」

 

 

 確かに、魔物は嫌になるほどしぶとい。

 戦闘が一時間を超えることだってざらにある。

 薄気味悪さすら感じる生命力だ。

 奴らを「生命」という言葉で形容するのに、拒否感が湧く程度には。

 

 

「……ん?」

 

 

 その時、先生が首を傾げた。

 何かが脳裏で引っ掛かった──。

 みたいな様子。

 

 

「どうかしたか」

「いえ、珠姫さんとは初対面のはずなのに、ずいぶん親しげに名前を呼ぶのだなと。……すみません。失礼な物言いですね」

 

 

 ドキリと心臓が跳ねた。

 なかなか鋭い女性だ。

 魔物より、先生を警戒するべきかもしれない。

 世界最強の魔女(笑)の正体が男だとバレたら……。

 恐ろしすぎて震えてくる。

 

 

 俺は背中に冷たい汗を流しながら、「私は勇気ある魔女には敬意を払うことにしているんだ」と言い訳になっているのかなっていないのか、いまいち判然としない弁解をし、さしあたりの危機を乗り切った。

 

 

 先生が疑り深い性格でなくてよかったぜ。

 さもなくば、アルバイト先の店長がストーカーしにくるという恐怖映像が顕現していただろう。

 かつては名声をほしいままにした魔女の末路がこれ──バッドエンドってこういうこと?

 

 

 そこから数分ほど先生と喋っていると、魔物との邂逅で動転していた魔女たちも落ち着いてきて、ダンジョンの探索が再開されることになった。

 

 

 ぼちぼちまた身を潜めるかな……とその場を去ろうとした時。

 先生が声を掛けてくる。

 

 

「その……古明地さん」

「ん」

「厚かましいお願いで恐縮なのですが、私たちに同行してはいただけないでしょうか」

「護衛ということか」

「はい。私もかつては魔女として戦っていましたが……右腕が『持っていかれて』から、学園の教師として働いていたんです」

 

 

 彼女は自身の右腕に視線を落とした。

 否。右腕ではない。

 肩口から先、本来あるべきものがなく、ぶら下がっているだけの袖。

 腕は魔法の代償で失ったのだろう。魔女を引退するのも納得だ。

 

 

「ダンジョンの第一層であれば、結界で強い魔物も居ませんし、私でも引率可能だと判断されたようなのですが」

「つい先程、それなりの魔物が現れたな」

「やはりダンジョンは常識や慣例で測れませんね」

 

 

 先生は苦笑した。

 そして、表情を切り替えると。

 ──ほとんど直角に腰を折り曲げる。

 

 

「私だけでは生徒を守る自信がありません。かといって、このまま逃げ帰れば、魔物に植え付けられたトラウマが萌芽し、根を深く張るでしょう。一度そうなった魔女はもう駄目です。戦えません。恐怖の記憶が鮮明に残る前に、自分でも魔物を殺せた……という成功体験をする必要があります。お願いです。古明地さん。世界最強の魔女である貴女が居れば、生徒たちも安心できると思うのです」

 

 

 俺は顎に手を添えた。

 この提案は渡りに船だ。大牟田珠姫の死という事象を避けるために、わざわざダンジョンに赴いたのだから。近くで護衛ができるなら確実性が増す。

 

 

「もちろんこれは正式な依頼という形になりますから、学園より、十分なお礼が支払われます」

「報酬に興味はないが……受けよう」

「──っ! 本当ですか!」

 

 

 ありがとうございます!!

 と、これまた大きな声と綺麗なお辞儀。

 

 

 魔女の中には、選民思想的な観点からプライドの高い者が少なくないのだが、彼女は頭を下げることに戸惑いがないようだ。あるいは「生徒のためになるなら自分の頭など軽い」と考えているのか。いずれにせよ、やはり教師の鑑である。

 

 

 正面切って感謝されたことなど数えるほどしかない俺は、なんだか気まずくなってきて、居心地の悪さを誤魔化すように、頬を掻いて目を逸らした。

 

 

「致命的な場面を除いて助けには入らない。……これでいいんだな?」

「はい。物見遊山のダンジョン散策ではなく、あくまでも戦闘訓練ですから。最低限、心臓と脳が機能していればなんとかなりますし」

 

 

 ずいぶんとストイックな教育方針だこと。

 まあそれくらいしないと、命を賭して魔物を殺す、なんて役割は果たせないか。

 俺はポケットに手を突っ込んで、魔女の隊列の最後尾に付いた。

 

 

     ◇

 

 

 ダンジョンには階層が存在する。

 結界を一直線に貫く塔は、構造的にはストローみたいなもの。

 結界の穴から魔物が入ってこられないように、ちょうど血管の弁めいた役割を、階層を分けることで実現しているのだ。

 

 

 つまりダンジョンは、地上から見れば、上下に広がっている。

 今回は地下に向かって潜っていくようだ。

 理由を訊いてみたが、特にないそう。

 別に魔物の強さが変わるわけでもないしな。

 魔物の特徴には多少の変化があるのだけれど、浅い探索ならば関係ない。

 

 

「──アシスト! お願い!」

「了解した死に晒せ人類の敵ィ!!」

 

 

 岩肌に反響する爆音と、周囲に漂う硝煙の香り。

 四方八方から無数の銃弾を撃ち込まれた魔物は、力なく地面に倒れ伏した。

 無論、魔女たちはまったく油断しない。

 マチェットを構えて死骸に近づくと、躊躇なく首を切り落とす。

 

 

 初めて魔物に出会った際には、魔力による精神汚染の防御もままならず、正気を失っていた魔女たちだが、自分たちでも「殺せる」と確信してからは、あのように洗練された連携で、キルカウントを稼いでいた。あるいは背後に俺が居るのも影響しているのかもしれないが、どのみちいい傾向なのには間違いない。

 

 

 先生もニコニコ笑顔で、鼻歌交じりに「座学のおさらいをしておきましょう」と指を一本立てる。

 

 

「魔物は基本的に人型です。曲がりなりにも人の形をしていますから、首を落としたり、頭を潰せば大抵動けなくなります。ここで一つ注意する点がありますが、大牟田珠姫さん? なんでしょう」

「……人の形をしているだけで、魔物は人間ではありません。首を落としたり、頭を潰しても、平然と生きている可能性があります。動かなくなっても絶対に油断しないこと」

「正解です。魔女としてやっていくうえで、非常に大事な考え方です。魔物は狡猾ですから。如何にして人間を陥れるか──それが目的なのではと疑うほどに」

 

 

 先生の声は真に迫るものがあった。

 心の底から魔物を恨んでいる。

 聞いた者にそう確信させる、憎悪の情。

 

 

 魔女として長く生きている人間は、おおむねそんな態度を見せる。

 仲間を殺されたり、追い詰められて魔法を使わされたり。

 とにかく魔物にぬるい感情を向けている魔女は居ない。

 聞いたところによると、巷には「魔物は神に遣わされた試練なのです」とか嘯いて、その魔物を殺す魔女を非難する宗教があるらしいが。

 もし魔女に対して真正面からそんなことを言ったら、たとえ相手が人間であっても、命の保証はできまい。

 

 

「ふうん」

 

 

 俺は彼女らの授業風景を眺めて感心した。

 腕を組んで、なるほどなるほど、と首を振る。

 

 

 普通の魔女であれば、学園を卒業して初めて立派な魔女として認められるが、俺の場合は男だから、卒業どころか入学すらできない。

 ゆえにこういう授業風景は純粋に見ていて面白かった。

 子供の成長を喜ぶ親の気持ち、みたいなものだろうか。

 さっきまで魔物を怖がって涙目だった子らが、立派に銃を構えて、一斉掃射する姿。

 確かに胸に来るものがあるなあ。

 

 

「学園の教師になるのも面白そうだな」

 

 

 世界最強の魔女というネームバリューがあれば、たぶん合格するだろう。

 でも男だしやっぱり難しいか。常に仮面を付けてるのにも限界があるし。

 それに俺は喫茶店の店長なのだから、自分の店を放って学校ごっこに興じるのもよろしくない。

 

 

 やっぱり無理だなとため息をついていると、戦闘を終えた珠姫がとてとて歩み寄ってきて、緊張の濃い表情で声を掛けてきた。

 

 

「こ、古明地さん」

「どうした」

「あたしの……その、戦い方、どうでしたか……?」

 

 

 珠姫に「古明地さん」と呼ばれるのも、丁寧な口調を使われるのも初めてなので、皮膚が裏返ったような妙なむず痒さを感じる。

 そもそも本名とか教えてないから、苗字で呼ばれるはずもなし。

 普段から「店長」としか呼ばれない。

 

 

 目の前の珠姫はいつもの振る舞いが嘘かのごとく、酷く恥ずかしそうに、胸の前で指を合わせていた。

 

 

「最初の──仏像に似た魔物との戦いは、こなれていない様子だったが」

「うっ……」

「戦闘を重ねるにつれて洗練されている。才能を感じるよ。一度か二度、魔法を使えば、全体で見てもかなりの魔女になれるだろう。……まあ、強くなるために魔法を使うのはおすすめしないが」

 

 

 代償で何を失うか判らないのだ。

 例えば視力だとか脚だとかを『持っていかれた』ら、強くなるどころの話ではない。

 身体能力の向上はどこまでも魔法の副作用であり、それを主目的にしてはいけないのである。

 

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

 ぱたんと頭を下げて、ぱたぱたと元いた位置に戻っていく珠姫。

 まったく幼い動きだ。年齢相応ではあるが。

 

 

 俺は肩を竦めて鼻を鳴らす。

 この分では、彼女が命を落とす状況にはならないだろう。

 もちろん慢心してはいけない。

 万が一を考慮して、常に気を張り巡らせておく必要がある。

 

 

「よし」

 

 

 頬をはたいて気合を入れ直した。

 大牟田珠姫が死ねば、物語はバッドエンド一直線になる。

 そうなれば世界の終わりだ。または人類の滅亡。

 いずれにせよ避けねばならない未来。

 

 

 ──そんなこんなで、ダンジョンにおける授業は幕を閉じていくのであった。

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