救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる 作:音塚雪見
「ありがとうございます。生徒を助けていただいて」
「当然の事をしたまでだ」
「私だけでは、珠姫さんを救うことができませんでした。教師失格ですね。ダンジョンでは油断してはいけない、と教え諭しながら、自分も実践できていないのですから」
先生は自嘲するように笑う。
しかし──俺はあの時、見逃さなかった。魔物の攻撃が珠姫に迫る瞬間、先生が腰に佩いていた杖を抜き放ち、魔力を練っていたのを。
魔法の行使を躊躇していなかった。教師の鑑だ。
たとえ俺が居なくとも、なんだかんだで助かってはいたのではないだろうか。
無傷で切り抜けられたかどうかは……難しいところだけど。
「それにしても、さすがは世界最強の魔女様ですね。あの一瞬で魔物を仕留めるなんて」
「元々、珠姫が削っていたからな。私はとどめを刺しただけだ」
「それでもです。魔物はしぶといですから」
確かに、魔物は嫌になるほどしぶとい。
戦闘が一時間を超えることだってざらにある。
薄気味悪さすら感じる生命力だ。
奴らを「生命」という言葉で形容するのに、拒否感が湧く程度には。
「……ん?」
その時、先生が首を傾げた。
何かが脳裏で引っ掛かった──。
みたいな様子。
「どうかしたか」
「いえ、珠姫さんとは初対面のはずなのに、ずいぶん親しげに名前を呼ぶのだなと。……すみません。失礼な物言いですね」
ドキリと心臓が跳ねた。
なかなか鋭い女性だ。
魔物より、先生を警戒するべきかもしれない。
世界最強の魔女(笑)の正体が男だとバレたら……。
恐ろしすぎて震えてくる。
俺は背中に冷たい汗を流しながら、「私は勇気ある魔女には敬意を払うことにしているんだ」と言い訳になっているのかなっていないのか、いまいち判然としない弁解をし、さしあたりの危機を乗り切った。
先生が疑り深い性格でなくてよかったぜ。
さもなくば、アルバイト先の店長がストーカーしにくるという恐怖映像が顕現していただろう。
かつては名声をほしいままにした魔女の末路がこれ──バッドエンドってこういうこと?
そこから数分ほど先生と喋っていると、魔物との邂逅で動転していた魔女たちも落ち着いてきて、ダンジョンの探索が再開されることになった。
ぼちぼちまた身を潜めるかな……とその場を去ろうとした時。
先生が声を掛けてくる。
「その……古明地さん」
「ん」
「厚かましいお願いで恐縮なのですが、私たちに同行してはいただけないでしょうか」
「護衛ということか」
「はい。私もかつては魔女として戦っていましたが……右腕が『持っていかれて』から、学園の教師として働いていたんです」
彼女は自身の右腕に視線を落とした。
否。右腕ではない。
肩口から先、本来あるべきものがなく、ぶら下がっているだけの袖。
腕は魔法の代償で失ったのだろう。魔女を引退するのも納得だ。
「ダンジョンの第一層であれば、結界で強い魔物も居ませんし、私でも引率可能だと判断されたようなのですが」
「つい先程、それなりの魔物が現れたな」
「やはりダンジョンは常識や慣例で測れませんね」
先生は苦笑した。
そして、表情を切り替えると。
──ほとんど直角に腰を折り曲げる。
「私だけでは生徒を守る自信がありません。かといって、このまま逃げ帰れば、魔物に植え付けられたトラウマが萌芽し、根を深く張るでしょう。一度そうなった魔女はもう駄目です。戦えません。恐怖の記憶が鮮明に残る前に、自分でも魔物を殺せた……という成功体験をする必要があります。お願いです。古明地さん。世界最強の魔女である貴女が居れば、生徒たちも安心できると思うのです」
俺は顎に手を添えた。
この提案は渡りに船だ。大牟田珠姫の死という事象を避けるために、わざわざダンジョンに赴いたのだから。近くで護衛ができるなら確実性が増す。
「もちろんこれは正式な依頼という形になりますから、学園より、十分なお礼が支払われます」
「報酬に興味はないが……受けよう」
「──っ! 本当ですか!」
ありがとうございます!!
と、これまた大きな声と綺麗なお辞儀。
魔女の中には、選民思想的な観点からプライドの高い者が少なくないのだが、彼女は頭を下げることに戸惑いがないようだ。あるいは「生徒のためになるなら自分の頭など軽い」と考えているのか。いずれにせよ、やはり教師の鑑である。
正面切って感謝されたことなど数えるほどしかない俺は、なんだか気まずくなってきて、居心地の悪さを誤魔化すように、頬を掻いて目を逸らした。
「致命的な場面を除いて助けには入らない。……これでいいんだな?」
「はい。物見遊山のダンジョン散策ではなく、あくまでも戦闘訓練ですから。最低限、心臓と脳が機能していればなんとかなりますし」
ずいぶんとストイックな教育方針だこと。
まあそれくらいしないと、命を賭して魔物を殺す、なんて役割は果たせないか。
俺はポケットに手を突っ込んで、魔女の隊列の最後尾に付いた。
◇
ダンジョンには階層が存在する。
結界を一直線に貫く塔は、構造的にはストローみたいなもの。
結界の穴から魔物が入ってこられないように、ちょうど血管の弁めいた役割を、階層を分けることで実現しているのだ。
つまりダンジョンは、地上から見れば、上下に広がっている。
今回は地下に向かって潜っていくようだ。
理由を訊いてみたが、特にないそう。
別に魔物の強さが変わるわけでもないしな。
魔物の特徴には多少の変化があるのだけれど、浅い探索ならば関係ない。
「──アシスト! お願い!」
「了解した死に晒せ人類の敵ィ!!」
岩肌に反響する爆音と、周囲に漂う硝煙の香り。
四方八方から無数の銃弾を撃ち込まれた魔物は、力なく地面に倒れ伏した。
無論、魔女たちはまったく油断しない。
マチェットを構えて死骸に近づくと、躊躇なく首を切り落とす。
初めて魔物に出会った際には、魔力による精神汚染の防御もままならず、正気を失っていた魔女たちだが、自分たちでも「殺せる」と確信してからは、あのように洗練された連携で、キルカウントを稼いでいた。あるいは背後に俺が居るのも影響しているのかもしれないが、どのみちいい傾向なのには間違いない。
先生もニコニコ笑顔で、鼻歌交じりに「座学のおさらいをしておきましょう」と指を一本立てる。
「魔物は基本的に人型です。曲がりなりにも人の形をしていますから、首を落としたり、頭を潰せば大抵動けなくなります。ここで一つ注意する点がありますが、大牟田珠姫さん? なんでしょう」
「……人の形をしているだけで、魔物は人間ではありません。首を落としたり、頭を潰しても、平然と生きている可能性があります。動かなくなっても絶対に油断しないこと」
「正解です。魔女としてやっていくうえで、非常に大事な考え方です。魔物は狡猾ですから。如何にして人間を陥れるか──それが目的なのではと疑うほどに」
先生の声は真に迫るものがあった。
心の底から魔物を恨んでいる。
聞いた者にそう確信させる、憎悪の情。
魔女として長く生きている人間は、おおむねそんな態度を見せる。
仲間を殺されたり、追い詰められて魔法を使わされたり。
とにかく魔物にぬるい感情を向けている魔女は居ない。
聞いたところによると、巷には「魔物は神に遣わされた試練なのです」とか嘯いて、その魔物を殺す魔女を非難する宗教があるらしいが。
もし魔女に対して真正面からそんなことを言ったら、たとえ相手が人間であっても、命の保証はできまい。
「ふうん」
俺は彼女らの授業風景を眺めて感心した。
腕を組んで、なるほどなるほど、と首を振る。
普通の魔女であれば、学園を卒業して初めて立派な魔女として認められるが、俺の場合は男だから、卒業どころか入学すらできない。
ゆえにこういう授業風景は純粋に見ていて面白かった。
子供の成長を喜ぶ親の気持ち、みたいなものだろうか。
さっきまで魔物を怖がって涙目だった子らが、立派に銃を構えて、一斉掃射する姿。
確かに胸に来るものがあるなあ。
「学園の教師になるのも面白そうだな」
世界最強の魔女というネームバリューがあれば、たぶん合格するだろう。
でも男だしやっぱり難しいか。常に仮面を付けてるのにも限界があるし。
それに俺は喫茶店の店長なのだから、自分の店を放って学校ごっこに興じるのもよろしくない。
やっぱり無理だなとため息をついていると、戦闘を終えた珠姫がとてとて歩み寄ってきて、緊張の濃い表情で声を掛けてきた。
「こ、古明地さん」
「どうした」
「あたしの……その、戦い方、どうでしたか……?」
珠姫に「古明地さん」と呼ばれるのも、丁寧な口調を使われるのも初めてなので、皮膚が裏返ったような妙なむず痒さを感じる。
そもそも本名とか教えてないから、苗字で呼ばれるはずもなし。
普段から「店長」としか呼ばれない。
目の前の珠姫はいつもの振る舞いが嘘かのごとく、酷く恥ずかしそうに、胸の前で指を合わせていた。
「最初の──仏像に似た魔物との戦いは、こなれていない様子だったが」
「うっ……」
「戦闘を重ねるにつれて洗練されている。才能を感じるよ。一度か二度、魔法を使えば、全体で見てもかなりの魔女になれるだろう。……まあ、強くなるために魔法を使うのはおすすめしないが」
代償で何を失うか判らないのだ。
例えば視力だとか脚だとかを『持っていかれた』ら、強くなるどころの話ではない。
身体能力の向上はどこまでも魔法の副作用であり、それを主目的にしてはいけないのである。
「ありがとうございますっ!」
ぱたんと頭を下げて、ぱたぱたと元いた位置に戻っていく珠姫。
まったく幼い動きだ。年齢相応ではあるが。
俺は肩を竦めて鼻を鳴らす。
この分では、彼女が命を落とす状況にはならないだろう。
もちろん慢心してはいけない。
万が一を考慮して、常に気を張り巡らせておく必要がある。
「よし」
頬をはたいて気合を入れ直した。
大牟田珠姫が死ねば、物語はバッドエンド一直線になる。
そうなれば世界の終わりだ。または人類の滅亡。
いずれにせよ避けねばならない未来。
──そんなこんなで、ダンジョンにおける授業は幕を閉じていくのであった。