梅雨が明け、徐々に夏が近づいて来たのか降り注ぐ太陽の光が肌を焼く。
そんな6月の終わり際のこと
「クラス対抗球技大会…ですか、健康な心身をスポーツで養う大いに結構!…ただ、トーナメント表にE組が無いのはどうしてです?」
殺せんせーが手に持つプリントを見ながら問う、そこにはA〜D組までしかトーナメント表に載っていないのだ。
「あ〜そういやもうそんな時期か。」
「E組は本戦にはエントリーされないんだ、1チーム余るって素敵な理由で。その代わり…大会のシメのエキシビションに出なきゃなんない。」
「エキシビション?」
「要は見せ物だよ。全校生徒が見てる前で男子は野球部、女子はバスケ部の選抜メンバーと
トーナメントで負けたクラスもE組が負けるのを見てスッキリ終われて、『E組に落ちたらこんな恥をかくぞ』と警告にもなる、いつもの素敵システムだ。
「なるほど
「そ、でも心配しないで殺せんせー、暗殺で基礎体力ついてるし。良い試合して全校生徒を盛り下げるよ、ねー皆。」
「「「おーう」」」
責任感も
『私もゴール率100%のボール射出機でお役に立って見せます!』
「律はお留守番に決まってるだろ…」
『そんな…月乃さん、私のことをあんなに辱めたのに女として見てくれないんですか…?』
「自分の
白利と律が漫才をしている間に、寺坂組は『さらし者とか勘弁だ』と磯貝が呼び止めるのを気にも留めず教室から出ていった。
「野球となりゃ頼れんのは杉野だけど、なんか勝つ秘策とかねーの?」
「………」
前原が杉野に問うが、杉野は黙り込んでしまう。
相手との実力差は杉野が1番良く知っているのだろう。
「…無理だよ、最低でも3年間野球してきたあいつらと…ほとんどが野球未経験の
「杉野……」
「勉強もスポーツも一流とか、不公平だよな人間って。だけどさ…殺せんせー…
杉野の言葉に皆が耳を傾ける。
「好きな野球で負けたくない、野球部追い出されてE組に来て…むしろその思いが強くなった。…
杉野が顔を上げると同時に殺せんせーの方は顔を向けると
いつの間にかユニフォームを身につけ、バット、ミット、ボール、竹刀、メガホン、野球盤を持っていた。
妙に準備が良い。
「おっ………………おう、殺せんせーも野球したいのはよく伝わった。」
「なんで専用ユニフォーム作ってあるんだよ…」
「先生一度スポ根モノの熱血コーチをやりたかったんです。殴ったりはできないのでちゃぶ台返しで代用します。」
「「用意良すぎだろ!!」」
どこからともなくご飯や味噌汁が乗ったちゃぶ台を取り出す殺せんせーに、白利と杉野のツッコミが重なる。
「最近の君達は目的意識をはっきりと口にするようになりました。
(スゲー嫌な予感しかしない…)
『それでは最後に…E組対野球部選抜の
そして来たる球技大会翌日、椚ヶ丘のユニフォームに身を包んだ進藤達野球部はそれぞれアップを始める。
「アイツ等やたら気合い入ってない?」
「野球部としちゃ全校生徒にいいとこ見せる機会だしな。それに俺等相手じゃコールド勝ちで当たり前、最低でも圧勝が義務だからあっちはあっちで情け容赦なく本気で来るぜ。」
「なるほどねぇ…」
「月乃…お前『アイツ等のプライドへし折りてぇなぁ』って顔してるぞ…」
『バレたか』と内心思いつつ、試合前の挨拶を交わすために並ぶと進藤が杉野に突っかかる。
「学力と体力を兼ね備えたエリートだけが…選ばれた物として人の上に立てる、それが文武両道だ杉野、おまえはどちらも無かった選ばれざる者だ。」
「…じゃあ、その選ばれた者が選ばれざる者に負けたら、そりゃとんでもない喜劇だな。」
「……雑魚が。」
「その雑魚が案外ピラニアだったりするわけよ進藤。」
進藤の言い方にイラッと来た白利は少しばかり噛み付く。
「月乃…お前。」
「流石にイラッと来た、今後マウンドに上がる度に俺の顔思い浮かぶくらいトラウマ植えつけてやらぁ。」
「…ありがとな。」
「そーいや殺監督どこだ?指揮すんじゃねーのかよ。」
「あそこだよ、烏間先生に目立つなって言われてるから。」
菅谷の質問に渚が答え、指を差した先を見ると遠近法で転がったボールに紛れて地面に埋まっている殺監督がいた。
渚曰く、顔色でサインを出すらしい。
こちらの視線に気づいたのか殺監督の顔色が青緑→紫→黄土色に変わる。
「何て?」
「えーと”殺す気で勝て"ってさ。」
「確かに、俺等にはもっとデカい
磯貝が杉野の方をポンと叩くと杉野は気合を入れ直し
「よっしゃ
「「「おう!!」」」
『E組の攻撃、一番サード木村君』
「さ、頑張って来いよ先頭打者。」
「やだやだ、どアウェイで学校のスター相手だぞ?月乃変わってくれよ。」
「殺監督が木村が良いって指名したんだろーが、行ってこい。」
試合が始まり、ウグイス嬢のアナウンスが響き渡る。
E組のベンチでは先頭打者である木村への激励が飛んでいた。
殺意と触手に彩られた野球地獄が今、始まった。
ズドンとベンチまで聞こえてくる進藤の豪速球。
「確かにストレートは速いな。」
「140km出てるんだってさ。」
「中学生で140kmか…流石は椚ヶ丘のエースってとこか。」
初球では木村は動かずにいたが、どうやら殺監督の指示を受け取ったらしく目つきが変わる。
『さぁ進藤2球目…投げたッ!!』
殺監督の指示、
『あーっとバントだ!!』
バントだ。
良い所に転がしたことで、内野に誰が取るかの迷いを与えた隙に一塁へ進出する。
『2番キャッチャー潮田君。』
続いてのバッターは渚、殺監督の指示によって
『今度は三塁線に強いバント!!前に出てきたサードが脇を抜かれた!!』
バントをした。
野球部がいくら強豪とはいえ、バンドの処理まではプロ並とはいかず渚も塁を進める。
『これでE組ノーアウトで一二塁!!』
進藤
「…とか、思ってるんだろうが」
「俺達、進藤超えの球投げる
【殺
「あっぶねぇ!?」
なんとか球を捉えようとするが、バットで捉えても腕が持っていかれそうだったので止め
【殺内野手は分身で鉄壁の守備を敷き!!】
「月乃君走らないとアウトになっちゃいますよ〜?間に合うかなぁ〜?」
「分身で球誰取るかお見合いしてんじゃねぇよ!!」
お見合い(1人)をしてる殺内野手を尻目に駆け抜け
【殺
「修学旅行の時、速水さんの笑顔を見てドキッとしてませんでした?電車の時も別の班なのに隣に座ってたり教室で一緒にいることも多いですし、もしかして恋…しちゃってます?」
「なっ!?」
殺せんせーからの精神的揺さぶりを受けてヘロヘロな軌道でバットを振るう。
「別に俺は速水にそんな感情抱いちゃいねぇよ!」
「本当ですかね〜速水さんのお顔も好みなのでしょう?」
「死ね!!」
猛特訓と言う名のスペック差の暴力を受け続け
「ここからの練習は先生が進藤君と同じフォームと球種で
「『従ってバントだけなら充分なレベルで習得できます。』か、マジな事あるんだな。」
磯貝もバントで進藤の球を捉え、進出する。
『ま…満塁だー!!ち、調子でも悪いんでしょうか進藤君!!』
実況席も観客も困惑の声を上げている、そして次の打者は
「決めて来い、杉野。」
「あぁ、行ってくる!」
杉野に向けて拳を突き出すと、杉野は自身の拳を拳にぶつけ打席へ向かいバントの構えを取る。
E組のバント作戦で進藤のメンタルは限界を迎えつつあった、まるでナイフや銃口を向けられているような緊張感。
それが正常な判断を奪った。
杉野はバントの構えを解き、
『打ったァー!!深々と外野を抜ける!!走者一掃のスリーベース!!な、なんだよコレ予定外だ…E組3点先制ー!!』
「流石だー!!杉野ー!!」
杉野に激励を飛ばす中、1人の男がグラウンドにやって来ていた。
「月乃、
「ん?速水か、
背後から速水に声をかけられ振り向き
「どうしたの?」
「…いや、髪結んだんだって思って。」
白利は後頭部を示すように指を差す。
速水の肩まで伸ばされた髪は二つ結びに変わっていたのだ。
「こっちの方が動き易いしビッチ先生と被ってるのなんか嫌だったから、結構気に入ってるんだけど…月乃はどう?」
「良いと思う、可愛い。」
「…そう、良かった。」
2人のやり取りに女子達はニヤニヤしながらも得点表に目を向けると
「すごい!野球部相手に勝ってるじゃん!!」
「ここまではな、あっちのベンチ見てみな理事長先生が甲斐甲斐しく
『…!!今入った情報によりますと、野球部顧問の寺井先生は試合前から重病で…野球部員も先生が心配で野球どころじゃなかったとの事。それを見かねた理事長先生が急遽指揮を執られるようです!!』
どうやら
円陣を組んでいるのが見えたが、白利にはそれが怪しい儀式のようにしか見えなかった。
『いくつか指示を出して理事長先生が下がりました!!さぁここからどのように…こ、これは何だー!?』
守備を全員内野に集めた極端な前身守備、バントしか無いと見抜かれたようだ。
ルール上ではフェアゾーンならどこを守っても自由だが、至近距離ゆえにバッターが集中できない…が審判は
こうなると殺監督も打つ手もなく、前原、岡島、千葉はアウトを取られてしまった。
が、こちらの
(このまま勝てれば良いが…)
相手のベンチを見ると、進藤が理事長先生のとてもありがたそうな
進藤は目をかっぴらいて『俺は強い』と呟いている。…ちょっとイトナみたいだなと思った。
(こえ〜…)
「月乃君。」
「殺監督?どうしたの。」
突如下から名前を呼ぶ声が聞こえたと思ったら、殺監督が白利の足元に出て来ていた。
「次の打順はカルマ君なのですが、彼が挑発して来るので君はそれに続いて相手の精神を揺さぶって来て欲しいのです。」
「精神を揺さぶるって…どうやってさ?」
「 。」
「…はぁ〜野球初心者にやらせるかねそんな難しい事。」
「その為に練習してきたでしょう?速水さんに良いとこ見せちゃいましょう!」
「だから速水とは特に何もねぇって言ってるだろーが!」
足元の殺監督を踏みつけた。
2回の表、相変わらず野球部は前身守備を継続している。
こちらのバッターはカルマだが、打席に入らず守備を見て口を開く。
「ねーえ、これズルくない理事長センセー?こんだけジャマな位置で守ってんのにさ、審判の先生何にも注意しないの
「アイツよくスラスラとあんなに悪口出てくるよな…」
「悪口におけるボキャブラリーは一級品だよ…」
カルマは一般生徒達に批難を浴びせられているが、どうやら殺監督の顔を見るにあれで良いらしい。
カルマはやる気も無く三振を取られ、白利の打順が回って来た。
「月乃行ってこーい!!」
「月乃君頑張ってね、殺監督からなんか指示受けてるんでしょ?」
杉野やカルマから檄を飛ばされ
「月乃、頑張って。」
「おう、行ってくる。」
速水の応援を背に受け打席に向かう。
「さーてと、やりますか。」
「フーッ…!フーッ…!」
「なんか…色々と可哀想だな進藤。」
理事長先生の洗脳を受けて、人とは思えない呼吸をしている進藤に少し哀れみを覚えながらバントの構えを取る。
まずは第1球
「ストライク!」
(…なるほどね。)
様子を見て見送り、殺監督の練習の賜物か余裕を持って捉えられる球速だ。
第2球、先程と同じストレート
「それを捉えられるのが杉野だけだと思うなよ。」
白利はバントから
「ッ!?」
ガキィン!!
と、大きな音を鳴らし外野に突き抜ける長打を放った。
前身守備をしていたせいで後ろはガラ空き、野球部は急いで追いかけているが
『う、嘘だろ…野球部じゃないのに打った…?つ、月乃打ったー!!あ…と、その……野球部の意表を突く一撃!!だがここを凌げば…!?速い…!?月乃が一塁…二塁へ…』
理事長先生の作戦を悪くは言えないようで、だいぶ濁した実況をしている中、白利は1人走り続ける。
「なんとかなるもんだな。」
野球部が球に追いつく頃、白利はホームベースへと回って来て
『つ、月乃…ランニングホームラン……』
最後には歩きながら右手を高く掲げてランニングホームランを決めた。
白利が殺監督に指示されたのは『ホームランにならない程度に長打を放って来て下さい。』という相手が前身守備とはいえ野球初心者にはかなり難しいものだった。
(さてはこういう時の為に俺だけやけにバッティング練習させたな……)
手を振りつつベンチへ戻る。
「やったな月乃!進藤の球打っちまった!!」
「これで進藤君もだいぶ精神揺らいだんじゃない?野球部でもない月乃君に自慢のストレート打たれちゃってさ。」
「…どうだか、むしろこっちの事絶対殺すって暴走してんじゃないか?」
マウンドを見ると進藤はワナワナと震えている。
「どちらにせよ月乃君は大仕事をやってのけましたね、お見事です!」
「んま、後はなるようになれ…か。」
2回の裏、どうやら進藤の洗脳がまだちゃんと機能しているようで2点返され4対2。
3回表は三振を取られ、点を稼ぐ事ができず最後の3回裏へ
だがここで野球部もバントを使って塁へ進んでくる、おそらく最初にこちらが使ったのだから『お手本を見せてやる』とでも理由をつけているのだろう。
そして…
『あっという間にノーアウト満塁だー!!一回表のE組と全く同じ!!最大の違いは!!ここで迎えるバッターは…我が校が誇るスーパースター進藤君だ!!』
「踏み潰してやる…杉野!!」
(理事長先生やってることがだいぶラスボスなんだよなぁ…)
「月乃く〜ん、カントクから指令〜」
「ん?」
カルマが白利の元まで歩いてきて耳打ちすると白利は露骨に嫌そうな顔をして磯貝に目線を向ける。
対して磯貝は察したのか『頑張れ』とでも言いたげな苦笑いを向けてきた。
「はぁ〜…やるしかないか…」
大きなため息を吐いた白利はバッターボックスに近寄る。
『!!こっ…この前身守備は!!』
「明らかにバッターの集中を乱す位置で守ってるけど、さっきそっちがやった時は審判は何も言わなかった、文句無いよね理事長?」
カルマがクレームをつけたのはこの為だろう、同じ事をやり返されても文句は言わせぬ布石。
前身守備は審判の判断次第だが、クレームを却下した以上理事長も観客も黙認するしかない。
「ご自由に、選ばれた者は守備位置位で心を乱されない。」
「ありがとうございます理事長先生、じゃ遠慮なく。」
進藤の立つ打席の目の前、ほぼゼロ距離での守備。
バットを振ろうものなら確実に当たる位置に立っている。
「………は?」
洗脳を受けた進藤もこれにはだいぶ困惑している。
「気にせず打てよスーパースター、ピッチャーの球はジャマしないから。」
「さっきはランニングホームランって見せ場をくれたからな、アンタもここで打てば本当のスーパースターだぜ?」
「フフ、くだらないハッタリだ。構わず振りなさい進藤君、骨を砕いても打撃妨害を取られるのはE組の方だ。」
進藤の目に困惑の色が強くなる、一度振ればビビるだろうとバットを振り抜くがカルマも白利もその場からほぼ動かずにバットを躱わす。
「スーパースター、
「…だめだよそんな遅いスイングじゃ、次はさ殺すつもりで振ってごらん。」
この時点で進藤はとっくに理事長の戦略についていけなくなっていた、ランナーも観客も野球の形をした異常な光景に呑まれて
「う…うわぁぁっ…」
『腰が引けたスイングだぁ!!』
もうまともにバットを振る事も叶わない進藤のスイングで、ボールは地面に叩きつけられ跳ね上がる。
それをカルマがキャッチしキャッチャーの渚へ『
磯貝の指示で三塁の木村へ『
杉野の指示で一塁の菅谷へ『
のトリプルプレー。
『ゲ…ゲームセット…!!…なんと、なんと…E組が野球部に勝ってしまった!!』
「「「よっしゃ〜!!」」」
「やったな杉野。」
「あぁ、助かった月乃!カルマ!」
「なんとかなったね〜」
他の皆も安堵と達成感をそれぞれ吐き出す。
女子達の方に視線を向けるとあっちも盛り上がっているようで、ふと速水と目が合った。
「………!」
速水に向けてサムズアップすると、速水は小さく手を振ってくれた。
エキシビションも終わり撤収している最中、杉野はどうやら進藤と話しているようで『2人で話させてやるか』と先に帰ろうとした時
「月乃ー!」
と杉野に大声で呼ばれたので仕方無く杉野達の元へ向かうと
「月乃はさ、渚と一緒に俺の変化球練習に付き合ってくれて、長打とかカルマとの反射神経とか皆のバントの上達ぶりとか…すごかったろ。でも、結果出さなきゃ上手くそれが伝わらない…まぁ要はさ」
杉野に肩を組まれ
「ちょっと自慢したかったんだ、昔の仲間に今の俺の
杉野の晴々とした顔を見た進藤の顔にも笑みが戻り
「覚えとけよ杉野、次やる時は高校だ。」
「おうよ!」
(…高校まで地球あればな。)
2人の監督の戦略がぶつかり合った球技大会は幕を閉じた。
ご覧頂きありがとうございました!
【月乃白利の秘密】
速水の事は特に何も思ってない…はず