外からセミの鳴き声が部屋まで響いてくる。
今日は7月1日、本格的に夏が到来し椚ヶ丘中学校も今日から夏服へ移行となる。
「夏はやだなぁ…」
『おはようございます、月乃さん。』
「ん、律おはよう。」
スマホから律が現れる、どうやら律も今日から夏服に変わっているようだ。
見つめていると律が何やらモジモジし始め
『月乃さん…いくら肌面積が増えたからって、そんなに鼻息を荒くして見つめられると…』
「………」
『肌面積増えたの腕くらいだろうが!』と叫びたい思いだが、家で大声を出す訳にもいかないので心に留める。
朝食や弁当作りも終わったので、改めて部屋で制服に着替えると
『そういえば月乃さん、いつもよりだいぶ時間が遅いですがどうしてですか?』
律が問いかけてくる。
「本校舎は冷暖房完備だけどE組は無いからな、流石にこのクソ暑い中教室に長いこと居たくない。」
『そうでしたか、ではお先に教室でお待ちしています。…ちなみに夏らしくグラビア写真を撮ってみたのですが。』
「いらねぇからゴミ箱にぶち込んどけ!」
『なんで俺にだけポンコツなんだこのAI…』と朝からゲンナリしながら家を出た。
いつもの山道も日が降り注ぎ、肌が焼ける感覚を覚えながら校舎に辿り着き扉を開ける。
「おはよー。」
「よう、月乃。」
「珍しいなこんな時間に来るなんて。」
「こんなクソ暑い中、冷房の無い教室に長いこと居れるか。」
磯貝と前原に挨拶をしつつ、自席に向かいバッグを置いて座り
「おはよう月乃。」
「おはよう速水。」
バッグから持ってきた扇子を取り出して扇ぎつつ速水を見る。
当然ながら速水も夏服になっているのだが…
「………」
「………?」
朝の律とのやりとりを思い出してしまい、速水のチラリと覗く二の腕に目を奪われ『なにやってんだ俺…』と自責しつつ視線を逸らす。
そんな白利の姿を不思議そうに見つめる速水。
「肌色がまぶしいねェ、健全な男子中学生にはつらい時期だな月乃〜?」
「やめろ、俺をそっち側に引き込むな。」
岡島が肩を組んで勝手に仲間に引き込もうとしてくるので引き剥がしていると殺せんせーが
「いけませんよ、露出の季節に平常心を乱しては。」
キリッとした顔をしながらグラビア雑誌を開いていた。
最近は教室内で平気でグラビア雑誌を開くようになっている。
「アンタが言うなよエロダコ!」
「…教師なのよね?」
全員が呆れる中、扉が開く音が響く。
「あぁ…今日から半袖なのは計算外だった。」
その声の主は菅谷だったのだが
「「「!?」」」」
「さらしたくなかったぜ、神々に封印されたこの左腕はよ…」
「「「ど…どーした菅谷!?」」」
左腕にド派手なタトゥーのような模様が描き込まれていたのである。
「へー、ペイントなんだこれ!!」
「メヘンディアートっつってな、色素が定着したら一週間ぐらい取れねーんだ。」
(ん?メヘンディアートって…)
その言葉に白利は覚えがあり、カルマに問いかける。
「カルマ、確かカルマの親御さんもアレやってなかったっけ?インド行って来たとかなんとかで。」
「そうなの?」
「よく覚えてたね。そ、うちの両親インドかぶれだから行く度に描いて来てるよ。」
「…カルマの家の珍妙さと親御さんのメヘンディアートで異世界に迷い込んだのかとあの時は思ったよ。」
「月乃君、カルマ君の家行った事あるんだ?」
どこか遠い目で虚空を見つめる白利に近くにいた不破が問う。
「あぁ…家に入ってすぐの玄関からどこの国のかわからない置物とか、儀式で使いそうなお面、カラフル過ぎる服、どこ見ても見た事の無い物しかない空間だった。」
「あの時の月乃君の顔面白かったよ。目を白黒させてさ、うちの両親のメヘンディアート描いた腕を見た時フリーズしてたもん、写真撮っとけば良かったなぁ〜」
カルマの家を見たことがあるのは未だ渚と白利だけなのだが、2人とも『妙ちくりんな家』『形容のしようがない』『カルマが育ったんだなぁってわかる』と言うしかないので色々とお察しである。
思い出話に花を咲かせていると教卓からドンと重い音が鳴ったので視線を向けると
「よ、良かった…!先生てっきりうちのクラスから非行に走る生徒が出たのかと…」
世間体を気にする殺せんせーが大量のカウンセリング本を持って来ていた。
相変わらずこういうとこチキンである。
そんな殺せんせーを菅谷は気にする事なくバッグから何かを取り出した。
「よかったら殺せんせーにも描いてやろうか?まだ塗料残ってんだ。」
「にゅやッ、いいんですか?楽しみですねぇ、先生こういうイレズミみたいなの一度は描いて見たかったんです。」
菅谷は殺せんせーの顔に塗料を乗せていく、どうやら塗料はチョコペンのように描くやり方のようだ。
どんな絵を描いていくのか見守っていると
ドロォ…
と殺せんせーの顔が溶けた。
「「「ギャー!!」」」
「スプラッターホラーかな?」
「顔面溶けるとかまんまそうだな。殺せんせーが赤かったらだいぶマズイ絵面だったかも。」
対先生弾を粉末状にして塗料に練り込んでいたようだが、油断していても殺すまでは行かず既に溶けた部分が再生している。
「アイディアは面白いですが菅谷君、効果としては嫌がらせのレベルです。…ていうか、先生ふつうにカッコいい模様描いて欲しかったのに。」
「わ、悪かったよ!普通の塗料で描いてやるって。」
しくしくと泣いている殺せんせーをイスに座らせて、普通の塗料で模様を描いていく。
「一発描きなのによく迷い無く描けるな。」
「ね、全体のバランスも整ってるし細かいところまでこだわってる。」
「絵とか造形は得意なんでな、こういうのはお任せあれ、だ。さ、出来たぜ殺せんせー。」
もう描き終えたようで、菅谷は手鏡を殺せんせーに手渡す。
「おぉっ素晴らしいです菅谷君!こういうオシャレな模様もいいですね〜!」
「だろ?しばらくして塗料はがすと色素が定着するが、すぐ落とせば定着しないからやりたい奴がいればやってやるぜ?」
「「「マジか!」」」
菅谷の提案にゾロゾロと嬉々として皆が集っていき、菅谷によるメヘンディアートE組店が開店された。
「カルマはどうする?」
「ん〜俺はいいかな、うちで見飽きてるし。」
「そっか、速水は?」
「すぐ落とせば定着しないなら、せっかくだしやってもらおうかな。月乃はどうするの?」
「俺もやってもらおっかな。やっぱああいうイレズミみたいなの、ちょっと憧れあるからさ。」
『いってら〜』とカルマの声を受けながら、次々と皆の腕に模様を描いていく菅谷に近づく。
先に描いてもらっていた木村や倉橋の腕を見てみると、手首から二の腕にかけてまでこの短時間で描き切ったとは思えない美しく細かな模様が出来上がっていた。
ちなみに不破は左腕には『ボヨヨォン』とどこかで見た事ある擬音が描かれていた。
「菅谷、俺達も頼む。」
「いいぜ、んじゃ腕出して……」
「どうした?」
「ん〜、なんかいいアイデア浮かびそうな…」
描いてもらおう右腕を出すとなにやら菅谷が唸りながら顎に指を添えて考え始め、白利と速水に視線を交互に向ける。
そしてなにか閃いたのか、両手をポンと打ち付けると
「速水、左腕出してくれないか?」
「え?いいけど…」
「月乃はもうちょっと速水に寄って腕並べて……よし、まずは月乃からやるから座ってくれ。」
「おう…?」
2人の腕を見比べたかと思ったら白利をそのままイスに座らせて、右腕の手首から肘まで塗料が乗せていく。
相変わらず描くのが早く、あっという間に完成させた。
「おぉ〜すげぇな菅谷!カッコいいなぁ〜!」
「月乃だからな、殺せんせーがぶっ壊した月モチーフだ。」
白利の腕にはヒビの入った三日月と、その周りを囲う細かな装飾が描かれていた。
男の子なのでこういうのにテンションが上がってしまう。
「じゃ、次は速水だな。」
続いて速水がイスに座り、左腕の手首から肘まで塗料が乗せられ、速水の腕には花をモチーフとした模様と装飾が描かれた。
「すごい綺麗…!」
「……あれ?菅谷君、2人に描かれてる装飾なんか似てない?」
「おっ、不破よく気づいたな!2人とも肘を合わせるように腕をくっつけてみてくれ。」
「「腕を…?」」
困惑する2人に察した不破が『漫画でよくある腕と腕を『ガッ』ってぶつけるやつ!』と1人虚空に腕をぶんぶん振るのを見ながら、見よう見まねで互いの腕をくっつけると
「…!」
「コレって…」
2人の腕に描かれた装飾が繋がったのである。
「いや〜上手くいって良かったぜ、2人の腕見比べてればなんとかなるもんだな。」
「見比べてって…コレ相当凄い技術だろ菅谷。」
「ね、一発描きでブレるかも知れないのにこんなにピッタリ描けるんだもん。修学旅行の殺せんせーの鼻の時といいすごいね。」
菅谷の美術センスに2人が改めて驚愕していると不破がコソコソと菅谷に耳打ちする。
「というかどうして2人に繋がるやつやったの?」
「ん?あ〜あの2人って顔綺麗よりだから並んでると絵になるんだよ。ま、ようはさっさとくっついてモデルとして描かせて欲しいってのが本音だ。」
「なるほどね〜…近接特化と射撃特化の異色バディ『お前の射撃を信じてる、俺の命はとっくの前からお前の物だ!』って相方を信じて突貫してもう片方は超高難度の射撃を成功させる…王道だけど燃えるわよね〜!!」
不破が目をキラキラと輝かせ漫画魂を燃やして1人トリップしていると廊下からヒールの音が聞こえ
「私の色香に悲鳴を上げろオス達よ!おはよギャーッ!!」
暑服になったビッチ先生が扉を開けるなり悲鳴を上げた。
「イリーナ先生おはよー」
「おはよーじゃないわよ!なに皆でバケモノメイクやってんのよアンタら!!」
「あー…みんな見てるうちに描いて欲しくなったみたいで。」
「しばらくして塗料をはがすと色素が定着してるんですって、楽しみで授業が手につきません。」
「おまえはそれでも担任か!!」
遠足前の小学生が如くワクワクしている殺せんせーにツッコむビッチ先生。
この人もだいぶ教師としての自覚が根付いている。
「…イリーナ先生ってこの前のロヴロさんとの模擬暗殺でだいぶ教師っぽくなったよな。」
「師匠に認められたいってのもあったんだろうけど、なんだかんだ
『意外と頼りがいあるよな〜』と速水と話しているとズドーンと大きな音が鳴り、そちらを見ると足を滑らせて頭を打ったのか気絶していた。
「ギャグ要員なのは変わらないけどな…」
菅谷と殺せんせーが塗料を持って気絶したビッチ先生へと近づきイスへ座らせる。
ビッチ先生をキャンバスにお絵描き対決をするようだ。
菅谷はビッチ先生の右腕にハートを基調とした可愛らしく、かつオシャレな模様を描く。
「おぉ〜オシャレだな。イリーナ先生
「そもそもファッションアートだしな、外に出て楽しい感じに仕上げてやったぜ。」
「むしろビッチ先生喜びそう『ファッションの幅が広がった〜』って。」
「ヌルフフフ、先生も負けてはいませんよ?右側を見てごらんなさい。」
菅谷の腕前に感心しつつ、殺せんせーが担当している左腕を見ると
(((なぜにマンガ!?)))
チープな3コマ漫画が描かれていた。
殺せんせーの弱点
安い絵しか描けない
「いやぁ…アートとかファッションとかは苦手なので得意な分野で…」
「逃げに走るならまず描こうとするなよ!!」
右腕のオシャレな模様と左腕のチープな3コマ漫画の温度差が酷い。
『イリーナ先生外出れねぇだろこれぇ…』とボヤくと
「いや…あえて漫画をポップアート的な図柄として活かす手もあるぜ。枠の周囲をいじって…」
「おお!やっすい絵が一気にそれっぽく!」
菅谷が漫画の外枠に豪華な模様を書き足していくと、チープな感じが逆に味を感じさせるアートに変わる。
道行く人のタトゥーでも似たようなのを見た事があるが、ああいうのをポップアートと呼ぶのかと何となく理解した。
「いや…あまり綺麗に収まりすぎると気障ったらしい、どこか1箇所は笑いを取らなくては。」
「余計な事すんなやタコ!」
せっかく菅谷がそれっぽく修正してくれたのに、殺せんせーはビッチ先生の額に『中肉中背』と顔に丸眼鏡と髭を描き足す。
「どーすんだよこれ…」
白利が頭を抱える中、菅谷が殺せんせーのチープな絵を修正し、殺せんせーが余計なことをする。を繰り返し、いつしか全身に模様やチープな絵が描かれダンボールで作った兜を被らされていた。
「さっさと落とした方がいいんじゃないか…?」
「そりゃそうだけど…めんどいな。」
「ま…まぁ、ひょっとしたら気に入るかもしれませんし…」
「アンタが余計な事しなければ確実に気に入ってただろうよ!」
「あ、起きた。」
速水の言葉に振り向くと、目覚めて現状を確認したビッチ先生は教室を出ていき、後を追うと教員室へ入っていくのが見えた。
「………」
しばらくして教員室から出てくると
「やっぱお気に召すわけねーんだわ!!なんでイリーナ先生本物の銃持って来てんだよ!!」
修羅の形相をしたビッチ先生が本物のマシンガンを両手に持ち教室に戻ってきて
「イ、イリーナ先生まずは話し…『ヒュッ』…を」
弾丸が白利の頬を掠めた。
「死ね!!アンタ達皆殺しにしてやるわ!!」
「うおわぁぁぁ!?」
ご乱心のビッチ先生が教室内でマシンガンを乱射し、全員が逃げ惑う。
白利も慌てて身を隠そうと見渡し
『月乃さん早く私の後ろに!』
「月乃こっち!」
律と律の後ろに身を隠した速水に手招きされ、急いで向かい身を隠すがいまだに銃声は鳴り止まずビッチ先生の叫び声が聞こえる。
「はぁ…はぁ…助かった律、速水…」
『ご無事で何よりです。』
「危なかった…まさか本物の銃を持ってくるとは…」
白利のスマホに映った律と速水と顔を見合って
『「「アッハハ!」」』
皆で笑い声を上げた。
「ビッチ先生が撃ってるとはいえ本物の銃乱射されて笑うって、だいぶ俺達もこの教室に毒されて来たか?」
「うん、本来は命が危険な筈なんだけどね。」
『私もこの状況を危機では無くとても楽しいもの、と感じています!』
「あぁ、本当に楽しいな
その後、烏間先生が訪れ雷が落ちたことにより無事ことなきを得た。
ご覧を頂きありがとうございました!
【月乃白利の秘密】
絵は上手くも下手でも無い