暗殺教室ー月は何を見るかー   作:TKTK(2K2K)

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憎悪の時間

「え…?」

 

2人から飛び出した言葉に全員が困惑する。

彼等は今なんと言った?

 

「あの人の息子が…月乃…?」

 

「月乃のお母さんを殺した……?」

 

困惑する脳にようやく情報が伝わり理解をすると、今度は全員の視線が校舎の前にいる南雲へと注がれるが当の本人は困ったように肩をすくめているだけ。

 

「勝手に人のせいにするなよ白利、俺だって今お前に言われて初めてアイツが死んだって知ったんだぜ?」

 

「………」

 

「なぁアイツの墓の場所教えてくれよ、花を供えに行きたいんだ。」

 

ニヤニヤと口角を釣り上げながら運動場へ降り立つ南雲を白利はただ見つめる。

 

「………」

 

「おいおい白利〜ダンマリじゃなんもわかんないぞ〜?お父さんとお喋りしてくれよ〜」

 

南雲は小馬鹿にするような口調で大袈裟な身振り手振りをしつつ、ゆっくりと白利へと近づいていく。

 

「…ひとつ。」

 

「お?」

 

「ひとつだけ聞きたいことがある。…お前、母さんの名前を覚えてるか?」

 

「あ?アイツの名前…?えーとなんだったか…み、み…みつる…じゃなくて…」

 

「……(みちる)だ。」

 

           もうどうでも良くなった。

覚えていたところで許す気は無かった、だがこれで何があっても我慢できると思った…奴を殺す為ならなんでもできると。

 

「もういい…死んでくれ。」

 

南雲の腹部に向けて横一閃ナイフを振り抜く、余裕を持って避けた南雲だがナイフは服の下部を大きく切り裂いた。

 

「…本気で殺す気か。」

 

「終わらせる…もう、終わりにしよう…俺が…僕が…全部…」

 

譫語のように呟きながら白利は再びナイフを構えた。

 

 

 

 

 

(あれは…月乃…なの?)

 

敵意と殺意を纏いナイフを振るう白利の顔にいつもの面影は無く、困惑と恐怖が速水の心中を支配するが『白利を止めなければ』とすぐさま気を持ち直し、呆けてしまっている烏間先生の腕を掴み揺さぶる。

 

「烏間先生…!烏間先生!」

 

   ッ!?…速水さん?」

 

「早く月乃を止めないと、あのままじゃ…!」

 

「あ…あぁ!俺が南雲修を、速水さん達は月乃君を『やめときなさい』…ッ!?」

 

今すぐに止めに入らんとする烏間先生に割って入る声。

 

「ビッチ先生…?」

 

「今月乃を止めようものなら、アイツ壊れるわよ。」

 

校舎から殺せんせーを連れて運動場に降りて速水達の元までやって来たビッチ先生、だが彼女の纏う雰囲気はE組の英語教師の物では無く殺し屋イリーナ・イェラビッチのモノだった。

 

「なんで…!?それに壊れるって…」

 

「それは後でゆっくり説明するわ。今は月乃が一線を越えそうになった時、止められるように準備なさい。…凛香、本当に月乃のことを思ってるのなら良く見ていなさい、アイツのことを。」

 

「月乃のことを……」

 

ビッチ先生の言葉を反芻しながら視線を戻す、白利が抱える全てを見届ける為に。

 

 

 

 

 

「流石に訓練を受けてるだけはあるな。だが…」

 

「…チッ。」

 

南雲も元空挺団所属である、素手対ナイフの心得も白利との体格差もあり鷹岡のように油断もしていない為中々ナイフを当てるまでに至らない。

 

「所詮は暗殺ごっこだ!!」

 

「グァ…!?」

 

突き出したナイフをいなされ、腹にカウンターパンチをもろに喰らい倒れそうな身体を立て直しつつ迫り上がってくる不快感を抑えながら足に力を込める。

 

「フー…フー……」

 

「お父さんは残念だよ白利ぃ、10年も経ってたら少しは成長してるもんだと思ってたが……な〜んにも変わってねぇじゃん。あんなに手塩にかけて育ててやったのになぁ?」

 

「手塩にかけて…?なんの悪い冗談だそりゃ……どっからか持って来たわけのわからん薬を手当たり次第に打ち込んで、血を吐いてる息子に暴力と罵声を浴びせるのが父親のやることか?」

 

「お父さんの愛だよ、わかってもらえないかな〜?…親の心子知らずとは良く言ったもんだな。」

 

「誰もお前(異常者)の心なんて知るかよ。」

 

「異常者か…そうか…」

 

吐き捨てるような言葉に南雲は握り締めた拳を鳴らしながら近寄り

 

「お父さんにそんな事言う息子はお仕置きしないとなァ!!」

 

白利の左頬に拳を叩き込まれると同時に白利もカウンターで脇腹に蹴りを入れるが

 

「軽いんだよぉ!!」

 

物ともせず拳を振り抜かれ、身体が大きく吹き飛び土を纏いながら地面に何度も転がった。

立ちあがろうとするも、脳が揺れて思うように身体に力が入らない。

 

「ァ…痛……」

 

「ったく、結局は母子共々出来損ないの失敗作か。」

 

「なんだと……?」

 

『ごめんねぇ…!』

 

(……聞こえる)

 

『ダメなお母さんで…』

 

()()()()()()()聞こえる…)

 

 

 

 

 

『ごめんね白利……痛かったよね…ダメなお母さんで…幸せにしてあげられなくてごめんねぇ……!』

 

白利の頬に手を添えて泣いて謝る母の姿、一度も笑顔を見せた事がない母の顔。

南雲の下から逃げ出し、亡くなるその寸前に見せた衰弱し切ったその顔、その声を、その言葉。

 

(どうして?)

 

なぜお母さんが謝っているのかわからなかった、悪いのは全て父親(アイツ)なのになんでお母さんが自身に謝るのか。

 

『ぼくは…なにも…』

 

ただひたすらに痛かった、脳が、心臓が、まるで裂けてしまいそうな激痛になんとか耐えようと歯をガチガチと打ちつけて

 

《おまえのせいでおかあさんがしぬ。》

 

誰かが()()()()()囁いた。

 

《おまえがなにものにもなれなかったから…しぬ。》

 

その声はとても痛かった、声が脳に響く度に裂けるような痛みが襲う。

 

否定したかった、否定しないといけなかったのに…なぜだか受け入れてしまった。

…だってその声は自分のものだったから。

 

『はぁっ…はぁっ…はぁっ…』

 

呼吸がどんどん浅くなる白利を見た母はさらに目尻から涙を溢して

 

『はく…り…わたしの…やさしいこ……ごめん…ね………』

 

最期のその言葉までお母さんは後悔に満ちていて

 

『………ァ…』

 

痛みを癒してくれた温もりは失われた。

 

(いたい……いたい…いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい)

 

その事実に耐えきれなくて、激痛が濁流の如く押し寄せる。

 

《おまえはなにができた?》

 

(なにも……なにも………)

 

《おまえがうまれたいみはなんだ?》

 

(いみなんて…ない…)

 

《おまえはだれだ?》

 

(ぼくは…だれ…?)

 

繰り返される自問自答。

 

《おまえはなにがしたい?》

 

(ぼくは……)

 

『満…満……?そ…んな…なんで…なんで満が…!うぁぁぁぁぁッッ!!!』

 

『白利…泣いていいのよ……もう泣いていいの…!』

 

母が死んだのはわかっていた、でも涙は出なかった。

 

代わりにあるのはミシミシと裂けているような痛みと身体の底から湧き上がってくるドス黒いナニカ。

そして、白利の中で張り詰めた糸がプツンッと弾け飛んだ時

 

『『忘れてしまえ/決して忘れるな』』

 

自身に2つの命令が下された。

 

 

 

 

 

「はぁ〜…白利を産んだ(あの女)は出来損ない、白利は失敗作。本当役立たずな母子だよ、白利も俺に一切似てないばかりかアイツの余計な所ばかり似やがって。」

 

「お前が…その役立たずに負けるくらいの劣等遺伝子ってだけだろ。」

 

「そういう余計な口ばかり回るところとかなぁ!!」

 

立ちあがろうとした白利の顔に蹴りを浴びせ、白利は再び地面に転がり衝撃でナイフを手放してしまう。

だがその顔には苦痛ではなく嘲笑うような笑みが浮かんでいる。

 

「本当…僕は運がよかったよ、お母さんに似て生まれられて。アンタのその劣悪でクソみたいな性格を継がなくて。」

 

「この…減らず口がぁ!!」

 

「ガァッ…!」

 

南雲は髪を掴んで立ち上がらせると腹部に膝蹴りを打ち込む、白利が呻き声をあげようとも何度も何度も。

 

「テメェは!!結局ッ!!何も出来ねぇ!!何も変わってねぇ!!役立たずなんだ…よッ!!」

 

「ァ……ガ……」

 

白利の目は虚で、もはや抗うことも立つこともできなくなり膝から崩れ落ちる。

 

「…ったく、実力が伴わないのに抵抗だけは一丁前にしやがって。ま、こっからじっくりお父さんが再教育してやるからなぁ〜?」

 

「………」

 

「もう口すら開けないか。んじゃとどめ…だ!!」

 

足も腕も力無く項垂れている白利にニヤニヤしながら近づいて大きく腕を振りかぶり

 

 

 

「あ………?」

 

南雲の身体が大きくのけ反った。

 

(なんだ…何が起きた…?)

 

なぜ自分は空を見ているのか、鼻先を襲う痛みはなんなのか?

 

(烏間でも…あの殺せんせー(怪物)でもない…)

 

スローモーションのように流れる視界の中で烏間や殺せんせーが何かに驚いたような表情のまま一歩も動いてないのは確認できた。

 

(じゃあ…誰が…?)

 

次の瞬間、髪が引っ張られ視界が大きく動くと

 

「ありがとな。」

 

「…ッ!?白…りぃ!?」

 

空を飛んでいるが如く、宙に跳ねている白髪の男。

身体のバネだけで大きく飛び上がり、白利は南雲の顔へと膝蹴りを叩き込んだ。

 

 

 

戦う人間が最も油断する瞬間はいつか?

 

それは恐らく勝利を確信した瞬間だろう。

 

元より白利は正面戦闘では南雲には勝てないと、正面戦闘で勝つ気すらも無かった。

 

少し話してわかったのは、南雲は白利のことをかつてのままだと思ってナメている事、それがわかれば白利がやるべき事は丁寧に道を敷いてやって勝手に自滅するのを待つだけ。

 

相手の思い込みそして自分自身を利用してブラフを仕掛け、最後の最後に勝利を確信し油断した南雲の顔にノーモーションパンチを叩き込んだ。

 

白利の腕の重さはおおよそ3kg、筋力こそ無いがスピードの乗った3kgの重さは筋力以上の破壊力をもたらす。

 

「ありがとな、僕の事をずっと昔のままだと思い込んでくれて、俺が成長していないと勝手に決めつけてくれて。おかげですごい簡単に誘導できたよ。」

 

もう防御をする隙も攻撃する隙も与えない、E組で学んだ全てで…殺す。

 

「こんの……野郎ォォォォ!!!!!」

 

「これで終わるんだ…全部…」

 

烏兎、人中、下昆に流れるように拳を叩き込み視界と思考を奪うと南雲は無意識にガードを顔まであげる。

それを見て続いて電光、水月へ打ち込み上半身へ最大限の痛みを与えつつ顔に何度も拳をめり込ませ痣を作っていき、南雲は抵抗しようと腕を動かすが腕馴、膝詰の二点に素早く打ち込まれ上半身余すとこなく激痛が走る。

 

(そして防御にも攻撃にも転じれないなら…次は…)

 

なんとか逃げようと後退する足の踏み場を無くすように攻撃を続けながら一歩ずつ前に踏み込み、速水と矢田にやられたように至近距離で足の踏み場を潰し相手のリズムを大きく崩す、そして

 

(左足が動いた…)

 

左足が動いたのを確認し、絡め取るのではなく何とか逃げようと足に集中して意識がおざなりになっている首元…廉泉に打撃を与える。

 

「…ゴッ!?」

 

と潰れた声をあげ、呼吸困難と激痛により首を庇うように両手で押さえ意識は首元に集中する。

 

そして完全に意識から外れた下半身の曲骨に放たれる腰、肩、腕フル稼働の最速の一撃。

 

「………ッ!?」

 

声にもならない悲鳴をあげて前傾姿勢になる南雲、曲骨から生じる鈍い痛みがじんわりと全身に広がり不快感が満ちていることだろう。

 

「…コヒュー…コヒュー」

 

体格差があろうとも全身の急所への的確な打撃を受けた南雲は、掠れた呼吸音を鳴らし膝から崩れ落ちる。

その表情は今起きている事を受け入れられていないようだった。

 

「こんなにも…虚しいんだな…」

 

声を出すことすらできない南雲を尻目に白利は手放したナイフに近づき拾い上げ、わざとらしくナイフをチラつかせながら南雲の元へ戻る。

 

『今からコイツでお前を殺す』のだと

 

南雲の髪を掴み顔を上げさせ、ナイフの腹で頬を叩いてやるとなにやら『カヒュカヒュ』と荒い呼吸音を鳴らす。

 

「なんだ命乞いか?…お前は僕とお母さんの『やめて』って声を聞いて暴力をやめたか?それが答えだよ。」

 

情けなく必死に首を横にブンブンとする姿を見て思う(俺が目指した壁はこんなにも低かったのか)と。

 

「安心しろ、アンタを殺したら俺も後で地獄(そっち)に行く。」

 

ミシミシと()()()()()()()()()()()()に耐えつつ、母に同じ天国(場所)へ行けないことを詫びて…ナイフを

 

「「「「月乃ッ!!」」」」

 

「…ッ!?お前ら…!」

 

突き刺そうとした瞬間白利の身体に何者かが組み付き、力を振り絞り白利と南雲を引き離す。

突然の事に一瞬硬直してしまいすぐさま組みついてきた者達を見るとそこにいたのは速水、千葉、杉野、渚だった。

 

「お前らなんで…!?離せ…離してくれ…!」

 

「離すわけないでしょ…!今の月乃はとても正気とは思えない!」

 

「速水の言う通りだ!一回落ち着いて話を聞いてくれ!」

 

「違う…!俺は…正気だ…!

 

「なんて馬鹿力だよ!?月乃こんなに力強かったか!?」

 

「月乃!僕達の目を見てよ!」

 

声をかけても苦痛に悶え歯をガチガチと鳴らしながら『離せ』と言うだけで止まる事はなく、4人がかりでも徐々に力負けし始める。

 

「僕は終わらせるんだ…!!」

 

もう白利にもわからなかった。

自分は止まるべきなのか進むべきなのか、自身を襲う激痛は思考力を奪っていく。

 

ただ、囁いてくる声が脳に激しい痛みを呼び起こし思考を埋め尽くす。

 

《お母さんを見殺しにしたその責任を果たせ。》

 

《それが月乃白利が生まれた意味だろう?》

 

E組(ここ)に残ったとして何がお前に残る?…お前に居場所なんて無い、あっていいはずが無い。》

 

     アイツを殺す。

 

 

 

「ア……アァァァァァァァァ!!!!」

 

獣のような咆哮

 

その咆哮の主が白利であると速水達が気づいた頃には既に振り解かれ、一直線に南雲の元へ駆け出していた。

 

「月乃ッッッッッ!!!」

 

  ッ!?……アァァァァァァァァ!!」

 

咄嗟に速水は悲鳴にも似た声をあげるが白利は殺すべき相手だけを見つめて

 

 

 

全身の力を失ったかのようにバランスを崩し、勢い良く地面を転がった。

 

「……え?」

 

突如倒れた白利に困惑していると、近くに黄色い触手が伸びているのに気がつきその持ち主へ顔を向ける。

 

「緊急事態だったので月乃君の意識を奪いました。…烏間先生、生徒への暴力として報告しますか?」

 

「…いいや、見なかった事にする。今は月乃君の容態が優先だ。」

 

殺せんせーは白利についた土を払いつつ触手で抱え上げると、ゾロゾロと皆が集まり白利の顔を覗き込む。

その顔は苦痛に塗れ、穏やかさはカケラも見受けられなかった。

 

「……教えてビッチ先生。私知りたい、月乃のことも、なんでビッチ先生は止めたのかも。」

 

「そうね、全員よく聞いてなさい。大方合ってはいるだろうけど…あくまで私の想像だって事を念頭に置いてね。」

 

目線は白利から外さぬまま、ビッチ先生は語り始めた。

 

 

 

「まず、もうアンタ達もわかってるだろうけど月乃は精神に異常をきたしてる…恐らくは解離性同一性障害。」

 

「それって多重人格ってやつ……だよね?」

 

「えぇ、それもとびっきり重いヤツ。…無理もないわよ、産まれてから暴力とか罵声で強いストレスがかかり続けてたんだろうし、母親が死ぬのを目の前で見てた可能性だってある。」

 

「…?待って下さいイリーナ先生。」

 

白利を抱える殺せんせーがビッチ先生の言葉を遮る。

 

「月乃君は一度も教室で別人格を見せた事は無いですし…解離は心の防御反応、健忘を伴うのが普通です。」

 

「そうね。」

 

「それに解離性同一性障害は切り離した自分の感情や記憶が裏で成長し、あたかもそれ自身がひとつの人格のようになって、一時的あるいは長期間にわたって表に現れる状態のはずですが…月乃君は意識を保った上で人格が混濁しているかのようだった…」

 

「それを含めた上で私も考えたわ、一つ頭をよぎったモノはあるけど正直15のガキンチョが…いえ、人間ができる芸当とは思えない。」

 

「…それでもいい、ビッチ先生聞かせて。」

 

速水の言葉にビッチ先生は少し逡巡した後、口を開く。

 

「まず解離性同一性障害での人格についてなんだけど、ひとつの肉体に複数の人格が宿ってるんじゃなくてあくまでその人間の『1部分』でしかないの。さっきの月乃は見ただけでも『いつもの月乃』と『復讐者の月乃』2つの人格が混ざりあってた…自分で言ってて信じられないけど、月乃は人格が切り離される時に強靭な意思で切り離された『1部分』を無理矢理縛りつけて一つに纏めた…んだと思う。」

 

「ッ待てイリーナ!それだと月乃君は…!」

 

烏間先生の叫びにビッチ先生は殺せんせーと烏間先生両名の顔を交互に見て少し眉を顰めながら小さく頷いた。

 

「えぇそうよ、アンタ達だって感じてたでしょ?ナグモの前に月乃が立った時、何も無いところから急に心臓を掴まれるような冷たい殺意が湧いたのを、殺意を隠すとかそういう次元のモノじゃ無いのを…」

 

「…はい、確かに感じました。それに私は前に月乃君に暗殺を仕掛けられた時、不自然なほど殺意が無い状態からあの冷たい殺意を向けられた事があります。…もしかしてアレは彼なりの……

 

「まさか…そんな事があり得るのか…?」

 

「ちょっ…殺せんせー達だけで納得してないで俺達にも教えてくれよ!」

 

千葉が全員の代わりに納得している教師陣に解説を求めるよう声をあげるとビッチ先生が答えた。

 

「月乃は少なくとも2つの人格が()()()()()()今まで生きて来た、…たった一つの脳で2人分の思考と人格を()()に操作してたのよ。」

 

「……今までって…もしかして学校で過ごしてる時も?」

 

「そうね、アンタ達とバカやって笑ってる時も悟られないように『復讐者の月乃』を『いつもの月乃』で覆い隠してたんでしょうね。…それがどれだけ精神をすり減らすのやら。」

 

苦しそうに目を伏せたビッチ先生を見て速水は『あの言葉』を思い出した。

 

「もしかしてそれが『月乃が壊れる』って事?」

 

「えぇ、多重人格っていうのは繊細なバランスで成り立ってるの。しかもあの時はかなり精神が不安定そうだったし…無理矢理止めようものならバランスが崩れて精神が壊れる可能性があった……まぁ結局止めざるを得ない状況になっちゃったけどね。」

 

誰も声をあげることができなかった。

たった3ヶ月とはいえ月乃白利という人間を知り、共に過ごしていたつもりだったのに、話している時も修学旅行の時も球技大会の時も…全て誰にも悟られぬよう殺意を抱え続けていたのかと。

 

「月乃には2つの道があったはず『血の記憶に怯えながら日常を求める』か『血の記憶から逃げずに飼い慣らす』か。…でも月乃は選ばなかったのよ『血の記憶から逃げずに日常を求めつつ飼い慣らす』選択をしたのね…ある意味平和な国に産まれて不幸だったと言うべきかしら…」

 

「………ッ!」

 

速水は気を失っている白利の手を取り、両手で包み込む。

自分に何かできなかったのか、察する事はできなかったのか、共に背負う事はできなかったのか。

 

「…凛香、真実で真実を隠されたら誰も察する事なんてできないわ。思い詰めるのはやめときなさい。」

 

「……でもそれじゃあ。」

 

「カラスマ、防衛省に記憶消去を施すヤツあったわよね。」

 

「あ、あぁ…ッまさか!?」

 

「忘れさせてあげなさい、E組(ここ)で過ごした全ての記憶とできれば復讐の事も…記憶がある限り月乃は縛られ続ける。それが、アイツにしてあげられる精一杯の優しさよ。」

 

「月乃の…E組で過ごした時間を消す…?」

 

共に教室で過ごした日々も、射撃練習に付き合った事も、友達になろうと手を伸ばしてくれたあの日も…全て消えてしまう?

その事実に胸が締め付けられるような酷い痛みが襲う。

 

「…俺の独断では判断できない、せめて月乃君の気持ちを聞いてからだ。」

 

「私は今すぐにでも記憶を消して、別のクラスとか別の学校に転校させた方が良いと思うけど…」

 

「お二人とも落ち着いてくださ『何やら大変な事になっていますね。』…!?」

 

2人を止めようと殺せんせーが声をあげると、決して大きな声では無いが凛としたその一言が割り込み場を支配する。

 

「「「理事長…!?」」」

 

「…ご用は?」

 

「経営者として様子を見に来てみました、新任の先生と特別講師の方の手腕に興味があったのでね。」

 

『でもね…』と途端に凍えるような雰囲気を放ち、いまだに呆けている鷹岡に近寄り顎に指を添える。

 

「あなた達の授業はつまらなかった、教育に恐怖は必要です…が、暴力でしか恐怖を与える事ができないなら…その教師は三流以下だ。」

 

鷹岡から手を離し、内ポケットから手帳と紙を取り出すと何やらサラサラとペンを進めていき

 

「片や自分より強い暴力に負け、片や子供の成長に目を向けず…その時点で説得力は完全に失う。」

 

書き終わったのか、鷹岡の口に紙を捩じ込みながら告げた。

 

「解雇通知です、以後あなたはここで教える事は出来ない。それと南雲さんも連れて帰って下さいね、同じ子を持つ父親同士どのような授業をするのか気になっていたのですが…残念です。」

 

理事長は特にE組を見るでもなくそのまま立ち去ろうとした時、一度立ち止まって口を開いた。

 

「月乃君の事ですが、元のクラスへの復帰には例外なく今度の期末テストの点数によって判断します。もし条件を満たした上で彼が復帰を望むならそれを認め、記憶を消去した後のケアも私が責任を持って行いましょう。」

 

淡々とそう告げて去っていく理事長と解雇通知を受けてバタバタと出ていく鷹岡を見ても、誰も声をあげる事は無く。

 

ただ、殺せんせーの腕に抱かれる白利を見つめるだけだった。




【月乃白利の秘密】

月乃白利は復讐者である
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