今回ちょっとだけ短めです、許して()
「ほらほら早く登らないと置いてくよ〜月乃〜」
「岡野こそ、油断してると追い抜くぞ。」
岩を飛び、生えた細枝を足場に軽々と先行する形で白利と岡野は崖を跳ねるように登って行く。
学校の裏山で
「早く登んなさいよ!!掴まる手が疲れてきたわ!!」
「ヌルフフフ。」
「………」
完全防御形態と化した殺せんせーとビッチ先生を背負って崖を登る烏間先生に視線を送る。
『留守番とか除け者みたいで嫌よ!!』と駄々を捏ね、だが崖を登る筋力も無いので烏間先生の背中でワーギャーと叫ぶビッチ先生に苦笑しつつ、いち早く崖を登りきり岡野と共に近くの茂みに身を隠す。
(敵影無し…扉は電子ロック式で近くには監視カメラか。)
岡野とハンドサインを交わしつつ近辺を警戒していると全員が崖を登り切ったようで、それを確認したスマホの中の律がパチンと指を弾いて鳴らす。
『この扉の電子ロックは私の命令で開けられます。また、監視カメラも私達を映さないよう細工できます。…ですが、ホテルの管理システムは他系統に分かれており全ての設備を私ひとりで掌握するのは不可能です。』
「…流石に厳重だな。律、侵入ルートの最終確認だ。」
『はい、内部マップを表示します。』
律の言葉と共にスマホの表示が律からホテル内部の図面へと切り替わる。
作戦開始前にもマップは脳内に叩き込んだが、改めて見ると階段が端から端に設置されている奇妙な造りをしている。
『私達はエレベーターを使用できません。フロントが渡す各階ごとの専用ICキーが必要だからです。従って登るしかないのですが…その階段もバラバラに配置されており…最上階までは長い距離を歩かなくてはなりません。』
「…テレビ局みたいな構造だな。」
「どういうことだ?」
同じくホテルの図面を見ていた千葉の呟きに思わず顔を向けて聞き返す。
「テロリストに占拠されにくいよう複雑な設計になってるらしい、階段が3階事に位置が変わってるだろ?」
「なるほどなぁ…こりゃあ悪い宿泊客が愛用するわけだ…」
「移動にもそれなりに時間がかかるだろうな…1時間はギリギリか…」
「行くぞ、月乃君の言う通り時間が無い。状況に応じて指示を出すから見逃すな。」
烏間先生は律がロックを解除した扉に手をかけゆっくりと開き素早くクリアリングを済ませるとハンドサインを出し、白利達は足音を立てぬよう気をつけながら追走して行くと侵入早々最大の難所が訪れる。
「なんちゅう黒服の量だ…」
思わずそう漏れ出てしまうほどロビーには多くの黒服が配置されていた。
ロビーを通過しなければ上に行けない構造とこのホテルが悪い客の溜まり場である以上普通のホテルよりも警備のチェックが厳しいようで、すぐ右手に非常階段があるというのに踏み出せないこの状況に歯噛みする。
(俺達が全員発見されずに通過はまず無理だ…人数を絞ろうにも敵の人数が不明確な今戦力を削るのは頂けない…だからと言って烏間先生ひとりで行かせるのも危険だ…)
額に汗を滲ませつつ必死にロビーを突破する方法を探そうと視線を忙しなく動かしていると烏間先生の横顔が目に映る、どうやら烏間先生も同じように思考を巡らせているようだ。
いきなりどん詰まりか、そう思われた時…
「何よ、普通に通ればいいじゃない。」
いつの間に酒を飲んだのか、ほろ酔いのビッチ先生が気の抜けた声をあげた。
「状況判断もできねーのかよビッチ先生!!」
「あれだけの数の警備の中どうやって…」
菅谷と木村のツッコミや白利達の冷めた視線を意にも介さずロビー…否、ロビーの最奥に置かれているグランドピアノに視線を向けると、
「だから普通によ。」
ふらりとロビーに足を踏み入れる。
「イリーナ先生…一体何を…!?」
「ヌルフフフ、皆さんよく見ておきなさい。殺し屋イリーナ・イェラビッチの手腕を。」
殺せんせーの不安のカケラも無い言葉を耳に、行く末を見守った。
ビッチ先生はふらついた足取りで警備の視線を集めながらゆっくりとロビーを歩き近くにいたひとりの警備にぶつかると、
「あっ…ごめんなさい、部屋のお酒で悪酔いしちゃって。」
「あ…お、お気になさらずお客様。」
頬を染めて可愛らしく、だが自然体に上目遣いと甘い声で謝罪し警備の心を掴むとグランドピアノを指差す。
「来週そこでピアノを弾かせて頂く者よ、早入りして観光してたの。」
警備達が顔を緩ませながら見合わせている、どうやら『しょっちゅう来る内の1人』くらいにしか考えていないのだろう。
ビッチ先生はニヤリと笑みを浮かべるとギシリと音を立てながらトムソン椅子に腰掛ける。
「酔い覚ましのついでにね、ピアノの調律をチェックしておきたいの。ちょっとだけ弾かせてもらっていいかしら?」
「えっ……と、じゃあフロントに確認を…」
「いいじゃない。」
フロントに連絡しようとした警備の腕を掴み、これまた自然に疑わぬよう引き留めると腕をゆっくりと鍵盤に添えて、
「あなた達にも聴いて欲しいの。そして…審査して?」
「し、審査?」
「そう、私のことよく審査して…ダメなとこがあったら叱って下さい。」
全身を使って美しく艶やかに、心を射止め瞳を釘付けにする心地の良い旋律を奏で始めた。
「め……メチャクチャ上手ぇ……」
言葉にこそ出さなかったが全員心の中で菅谷の言葉に全力で同意する。
「『幻想即興曲』ですねぇ。腕前もさる事ながら魅せ方が実にお見事、色気の見せ方を熟知した全身を艶やかに使って音を奏でる。まさに『音色』どんな視線も惹きつけてしまうんでしょう。」
「すげぇ人だとは思ってたが……イリーナ先生、まさかピアノまで弾けるとは…」
感嘆の言葉を漏らしながら視線の先にいるビッチ先生を見ていると、白利達の進行方向にいる警備達に手招きし自身の近くに寄せて、
“20分稼いであげる、行きなさい。”
ハンドサインを出した。
(……綺麗だな。)
烏間先生に先導されつつ足音を殺しながら通るだけなのに、優美にピアノを奏で続けるビッチ先生の姿が見えなくなるまで不思議と視線を外すことができなかった。
「ぷはぁ!全員無事ロビーを突破!!」
最後尾の茅野も無事通り抜け、ビッチ先生ひとりを残し全員見つからずに最大の難関を突破することができた。
「本当…すげぇなイリーナ先生、ピアノの腕前もさることながら身体の使い方が本物のピアニストとはだいぶ違うのにあまりにも自然だった。」
「ね、ピアノ弾けるなんて聞いたこと無かったし。」
「あの爪でよく弾けるよね、揺れる乳はアレだけど………」
非常階段を登りつつ白利が溢した言葉に速水と茅野が賛同すると、先にクリアリングしていた烏間先生が口を開く。
「普段の彼女から甘く見ない事だ。優れた殺し屋ほど万に通じる、彼女クラスになれば…潜入暗殺に役立つ技能なら何でも身につけている。君等に
「…殺せんせーの暗殺に選ばれるくらいなんだから殺し屋の中でも上澄みのはずなんだよなイリーナ先生って。」
「普段がアレなだけでね……」
「ヌルフフフ、私が動けなくても全く心配ないですねぇ。」
苦笑しつつビッチ先生への尊敬の念が増した中、非常階段を駆け上り一行は2階へと辿り着くと再び烏間先生が口を開いた。
「……さて、君等になるべく普段着のまま来させたのにも理由がある。入り口の厳しいチェックさえ抜けてしまえば…ここからは客のフリができるのだ。」
「客ゥ?悪い奴等が泊まるようなホテルなんでしょ?中学生の団体客なんているんスか?」
「聞いた限り結構いる、芸能人や金持ち連中のボンボン達だ。王様のように甘やかされて育った彼等は…あどけない顔のうちから悪い遊びに手を染める。」
「絵に描いたような悪ガキと言うかなんと言うか…」
「そう、だから君達もそんな輩になったフリで…世の中をナメてる感じで歩いてみましょう。」
殺せんせーの言葉に皆が少し唖然とした後すぐさま周りを見下したような顔をしたり、何に見立ててか丸めた紙を口に含んだり、不敵に笑みを浮かべていたりと思い思いに世の中をナメた顔をしている。
「適応力高いなぁお前ら…」
「ほらほら月乃君もナメた顔をしましょう。」
「ナメた顔…ねぇ…」
皆の適応力の高さに困惑していると緑の横縞を浮かべたナメた顔をしている殺せんせーに指摘されたので首を捻りながらも最初の頃のような無表情になってみる。
「そうそうその調子!!…ただし、我々も敵の顔を知りません。敵もまた客のフリで襲って来るかもしれない、充分に警戒して進みましょう。」
「「「チィーッス」」」
世の中ナメナメフェイスで歩く事しばらく、3階中広間へ続く廊下まで特に障害なく辿り着く。
ここまでに数人の客とすれ違ったが、誰もこちらを気にするような素振りは見られなかった。
「本当にただの客同士って感じだな。」
「むしろ視線を合わせない、トラブルを避けたいのはあっちも一緒なんだろうな。」
「ホテル内の全員が敵かと思ってたけど…これなら最上階まですんなり行けそうだね。」
「仮に何かあっても…前衛の烏間先生が見つけてくれるよ!」
何事も無かった、それが油断を呼んでしまったのだろう。
「ヘッ、入っちまえば楽勝じゃねーか!」
「時間ねーんだからさっさと進もうぜ!」
寺坂と吉田が烏間先生を追い越し先行して駆け出すが、奥の通路から歩いて来る人影が一つ。
口笛を吹きつつポケットに手を突っ込んだ男が寺坂達に近づくと。
「…ッ!!寺坂君そいつ危ない!!」
「あ?」
瞬間、不破の叫びに反応した烏間先生は2人の襟首を掴み後方へと投げ飛ばすと紫色の煙に包まれる。…が素早く相手の武器を蹴り飛ばすとバックステップして距離を取った。
「…チッ、なぜわかった?殺気を見せずすれ違いざまに
「だっておじさん、ホテルで最初にサービスドリンク配った人でしょ?」
「「「…あっ!!」」」
確かによく見てみればホテルのフロントでサービスドリンクを手渡していた男と同一人物だったようで、菅谷や矢田達も見覚えがあったようだ。
「断定するには証拠が弱いぜ?ドリンクじゃなくても…ウイルスを盛る機会は沢山あるだろ?」
「…なんで俺達がウイルス盛られたって知ってんだ?それを知ってるのは俺達と…俺達を脅してる奴だけなんだよ。」
「……っしまったな。」
案外すんなりボロを出したので突っついてやると後頭部を掻きむしりながらバツの悪そうな顔をする。
そんな男を見据えながら不破は名探偵のような推察を披露した。
「皆が感染したのは飲食物に入ったウイルスから…そう竹林君は言ってた。クラス全員が同じものを口にしたのは…あのドリンクと船上でのディナーの時だけ。けどディナーを食べずに映像編集してた三村君と岡島君も感染していた事から、感染源は昼間のドリンクに絞られる。従って!犯人はあなたよおじさん君!!」
ビシッ!とこれまた名探偵よろしく男に指を力強く指し示す不破に思わず拍手を送ってしまう。
一方、推理が大方当たっていたのか男は『ぬ…』と声を漏らす、図星のようだった。
こちらが優勢になったかと思われた時、烏間先生が体勢を崩し床に跪くと殺せんせーが何かに気づいたような表情を浮かべて口を開く。
「毒物使い…ですか、しかも実用性に優れている。」
「俺特製の室内用麻酔ガスだ。一瞬吸えば象すら
「ウイルスの開発者もあなたですね。無駄に感染を広げない、取引向けでこれまた実用的だ。」
「さぁね。ただ、お前達に取引の意思が無い事はよくわかった。交渉決裂、ボスに報告するとするか。」
男が踵を返しこちらから視線が外れた瞬間、
「…ッそこ!!」
白利は中広間の隅にある空き瓶が乗った机を蹴り上げると、宙に浮いた空き瓶を男に向かって蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた瓶は素早く、そして正確に男の後頭部目掛けて飛んでいき…すんでのところで気付かれ避けられるが白利と数人が男の真横を通り過ぎて先んじて退路を塞いでいた班に合流する。
「…早い!いつの間に出口を…!!」
他の通路も残ったメンバーが塞ぎ完全に退路を断つと、ガスを喰らったはずの烏間先生が足を震わせふらつきながらも立ち上がった。
「敵と遭遇した場合…即座に退路を塞ぎ連絡を断つ、指示は全て済ませてある。お前は…我々を見た瞬間に攻撃せず報告に帰るべきだったな…」
「…フン、まだ喋れるとは驚きだ。だが、所詮他はガキの集まり、お前が死ねば統制が取れずに逃げ出すだろうさ。」
額に冷や汗を浮かべながらも烏間先生と向かい合いポケットに手を突っ込む男、烏間先生も構えまるで達人の間合いの探り合いのような緊張感が満ちる。
「「…!!」」
男がポケットから新しいガスを引き抜くのが早い…が、後の先の如く烏間先生は後から動き出したにも関わらずそれ以上のスピードで相手の大腿部に左足をかけると左頬に膝蹴りを叩き込んでみせた。
あまりに痛烈な一撃、男はそのまま気を失ったが烏間先生も今出せる全力を出し切ったのか再び床に倒れ込んでしまう。
「「「烏間先生!!」」」
寺坂達が男をガムテープで簀巻きにして他の客に見つからないように隠している中、白利は磯貝に肩を貸してもらいながらなんとか立っている烏間先生を見つめていた。
「…ダメだ、普通に歩くフリをするので精一杯だ。戦闘ができる状態まで…30分で戻るかどうか…」
『象を気絶させるガスを喰らって動ける方がおかしいのでは?』と内心思いつつ、先ほど不破が言っていた事を思い返す。
(『感染源は昼間のドリンク』…か、俺も飲んじまってんだよな…)
人によって発症するスピードが違うのか白利自身がウイルスに耐性を持っているのか。
杉野達は皆同じタイミングでウイルスが発症しているので前者は考えにくく、恐らくは後者。
ウイルスの初期症状なのか多少身体に電気が走っているような痺れがあるだけで、杉野達のような熱を出していないので今は平気だがそれも時間の問題だろう。
(竹林が『ウイルスを
何故敵は白利達にウイルスを盛れたのか、方法ではなく何故普久間島に先回りし待ち構える事ができたのか疑問が残る。
少なくとも相手は殺せんせーの存在を知っていて、普久間島にE組が来ることを予め知っていた可能性が高い。
何故直接殺せんせーを狙わず生徒達を狙った?
遊んでいた殺せんせーを狙うなんて簡単にできたはず、確実に殺す為と言われたら頷くしかないのだが何か別の思惑を感じなくもない。
(E組が普久間島に行くことなんてそれこそ学校の連中か保護者しか知らないのに…なんで…?)
思考を巡らせているとガクガクと身体が揺さぶられる。
「月乃、皆もう進んでるよ?」
「ん?…すまないすぐ行く。」
速水に現実へと呼び戻され、思考を打ち切り白利も足を進めていくと隣を歩く速水がこちらを見つめているのが横目に見えた。
「俺の顔に何かついてるか?」
「月乃ってさ、考え込む癖あるよね。奥田の毒の時にビッチ先生来た時とか…後はイトナが来た初登校とプール、期末テスト前の強化学習、それに今も。」
「…確かに、思い当たる節はちょくちょくあるな。」
殺せんせーの正体と動機、それに雪村先生や茅野のことについても考え込んでいるので速水が把握してる以上に思考を巡らせる癖がついているのかもしれない。
(……そう言われると、考えてる時に呼び戻してくれるのって大体速水だな。)
そう気づいた白利はイタズラっぽい笑みを浮かべて、
「じゃあさ、俺が考え込んで動かなくなったら速水が呼び戻してくれよ。今回みたいに置いて行かれそうになったり、期末の時みたく何か重要な話を聞き逃してたりしたらさ。」
「ふふっ、良いよ。そんなに私のことが必要なら月乃の隣にいてあげる、だから月乃も私の隣からいなくならないでよ?」
「……お、おぅ。」
少し速水を困らせてやろうとしたら思わぬカウンターパンチを喰らい、顔を逸らした白利の頬は赤く染まっている。
(……んなふざけてる場合じゃなかった…皆の為にさっさと治療薬奪取しなきゃな。)
だが確かな信念を持って、足早に進むのだった。
ご覧頂きありがとうございました!
【月乃白利の秘密】
殺せんせー、ビッチ先生には呆れつつも尊敬している