「今日は死ぬのにちょうど良い日だ、だろ?
雲が晴れ、月と星の煌めきが降り注ぐ中、白利は口元にこびりついた血を拭うように親指を滑らせる。
その立ち姿は堂々としており、先ほどまでの弱りきってふらついていた姿とは思えない。
(身体が…動く…)
空に浮かぶ月に透かすよう
まるで身体に芯が入ったかのような感覚、それは異物感ではなく己の指先、筋肉、細胞に至るまで全ての動きを脳内に伝えてくるようで。
麻痺して動かなくなっていた左腕も動くようになっているのを確認すると、腕を下ろして南雲の方へ振り返った。
「なんでだろうな…頭が割れそうなほど痛い、心臓が裂けそうなほど痛い、全身内臓に至るまでひたすらに痛いのに……思考は最高に澄み渡ってる。本当、なんでだろうな?教えてくれよ
真っ直ぐと南雲を見据える白利だが、それを見守る速水達は唖然としたままとある一点を見つめている。
もちろん何故立ち上がれたのか、いつの間に南雲の背後を取ったのかと疑問はあるが声が出ないほどに目が奪われてしまった。
(月乃の髪が…光ってる…?)
白利の髪の毛が白く淡い光を放っていたのだ。
月明かりを白い髪が反射しているのかと思ったが、その輝きは確かに白利の髪から発されていて煌々と煌めいている。
髪が輝くという異常とも言える光景に全員が絶句する中、白利は1人言葉を続けた。
「
「な…なんだそれ…!?なんなんだよテメェは……!!?」
「さぁ?お前がわからないなら俺が知るわけないだろ?」
南雲の慌てふためく問いに、白利はわざとらしく首を傾げながら歩こうと左足を持ち上げて地面に着く瞬間、
「お前が今の俺を作ったんだからなぁ?」
その場に土煙を残して白利の姿が消失し、白い軌跡を空中に描きながら南雲の背後に
「……ッ!?」
「しかし…あ〜あ〜服が血塗れで肌に貼り付いちまってる、これガキの頃から嫌いなんだよな。」
驚愕する南雲など気にも留めず、血で固まり肌に貼り付いた服を剥がしていく。
……余談だが、白利がオーバーサイズ好きなのは過去に起因するものである。
白利が起こしたと思われる謎の現象の連続に南雲は必死に思考を巡らせる、だがどれだけ冷静に考えても
その時、一筋の突風が吹く。
「………ッ!?」
南雲は白利を見据えたまま身構えたが白利は微動だにせず風を気持ち良さそうに受け止め、輝く髪と衣服を揺らして立ち尽くすその姿は南雲だけでなく速水達にも
そして風が治まる頃、白利は南雲を見つめたまま口を開く。
「不思議なもんだよな……『父親』この言葉に死ぬほど吐き気がするのに……」
目の前から白利の姿が消えた。
「なぜだか今はアンタを
南雲の背後に現れ、先ほど立っていた位置から白利が今立っている場所へと白い軌跡が続いている。
「アッハハ!!あ〜そうか……俺達はきっと命のやり取りでしか分かり合えない、親子としての形を保てないんだろうさ。」
高笑いをしながら再び消えると、右に、左にと次々と消えては現れを繰り返す。
「命のやり取りでしか分かり合えない父子……異常者の子供もまた異常者…か。そりゃそうだ、幾ら母さんがマトモと言えど俺に流れる血の半分は
やがて白利は初めの位置へと戻り、月明かりを背に受けながら爽やかに微笑んで、
「10年も待たせちまって悪かったな。さぁ、今こうして分かり合えるようになったんだ、存分に親子の時間を享受しようじゃないか。」
「な…………ゴォッ!!?」
白利は白い軌跡を描きながら拳を南雲の胸部へと放つ。
そして全員が耳を疑った。
南雲に振るわれたのは確かに拳である、だが屋上に鳴り響いたのは肉と肉、骨と骨が打ち付けられる鈍い音ではなく、まるで平手打ちをしたかのような甲高い破裂音だったのだ。
「アッ………ガハッ……!!?」
拳を喰らった南雲は後方に吹き飛び、何をされたかすら理解できずに地面へと転がりまるで胸をナイフで貫かれたような痛みに呻く。
そう、南雲を襲う痛みは衝撃部から広がる鈍痛などではなく胸から背へと突き抜けるような鋭利な痛み。
(な…ん…見えな…かった…)
そして…南雲の心中に渦巻く恐怖。
目の前にいたのに、一度も目を逸らさなかったのに
前のような油断を突いた攻撃ではない、ただ反応も視認もできない速度で拳が放たれ土をつけられたのだ。
(あんな…失敗作に…?)
南雲の内に沸々と湧いてくる怒り。
圧倒的に強いはずの自分が地面へ転がり、失敗作である白利はそんな自身を見下すように微笑んで見ている。
失敗作のくせに、役立たずのくせに、死にかけのくせに、なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ。
もはや、恥も外聞もなかった。
「テメェら!!ガキ共ブッ殺せ!!コイツの目の前で脳髄ブチ撒け……」
「ガキ共を……なんだって?」
言い切るよりも速く、突如として目を覆ってしまうほどの突風が吹き荒らす。
耳に風切り音が響く中聞こえてきた白利の声に、視界を隠す腕をどかすと…
「殺す道具も無いのに、無茶振りは良くないぜ?」
腕に6つのリボルバーを抱える白利の姿があった。
「…………は?」
急いで速水達に銃口を向けていた男達に目を向けるが、誰1人残らず銃を持つどころか地面へと伏して気絶している。
全員が何度目かの唖然とする中、白利は余裕そうに手元からガシャガシャと音を立ててリボルバーを地面へと落とす。
白利の顔には、やはり南雲を小馬鹿にしたようなニヤついた笑顔が浮かんでいて…それが南雲に残された最後の冷静さを奪った。
「ク…クソォォォォォ!!死ねガキィィィィィ!!!」
狂気に満ち満ちた叫びをあげながらホルスターからリボルバーを抜き銃口を速水へと向けて引き金に指をかける。
「させっかよ。」
言い終わるよりも早く『ズキャンッ!!』とひとつ炸裂音が鳴る、放たれた銃弾は
「グゥッ!?」
音を立てながら地面へと転がり速水達の方へ落ちていくが、それを気にも留めないほどの速水達は驚愕の表情を浮かべている。
皆の視線の先、白利が向けているいつの間にか拾い上げたリボルバーの銃口からは硝煙が昇っており、今し方発砲し南雲のリボルバーに弾を命中させたのがわかる。
そう、
「え……?はッ…!?」
「あ…てた…?月乃が弾を…?」
千葉と速水の口から思わず声が漏れ出るが、当の本人は特に気にすることもなくリボルバーを投げ捨てると冷たい殺気を解き放つ。
全身から殺気を噴き出しつつ、白利は南雲を見据えたままゆっくりと構えを取る。
「これでお互い、気兼ねなく話せるだろ?」
あの日と同じ…或いはそれ以上の濃度を誇る殺気は白利の明確な殺意を伝えてくるが、白利自身の脳内は殺意に呑み込まれる事はなく至って冷静であった。
(あぁ…やっぱり、こんなにも澄み渡ってる……)
澄み渡った思考と感覚は己が身体に吹き付ける風の心地良さを余すことなく感じ続け、五感が研ぎ澄まされているのがわかる。
研ぎ澄まされた感覚は肌だけでなく身体の内…ジリジリと焼き焦げるような痛み、確実に近づいてくる『死』すらも。
それもそうだ、なんとか身体を動かすことはできるが打ち込まれた薬によって体内は今だに破壊され続け、その激痛が襲っている。
けれど、この痛みを感じている限り、
この視界に奴が映っている限り、
この心が殺意を抱き続ける限り、
「ハァ…ハァ…!」
銃を弾き飛ばされるほどの衝撃を喰らった手首を押さえつつ呼吸を荒くする南雲の目には、白利が今までとは全く異なる存在に見えた。
それがさらなる錯乱を呼ぶ。
「ふ…ざけるなぁぁぁぁぁ!!」
放たれる右拳。
錯乱しても精鋭軍人、身に染み付いた動きは濁りを見せず無駄の無い効率的で素早い動作。
けれど………白利に対しては
「………」
「………ッゴォ!?」
白利は冷静に身を捩り、顔目掛けて飛んできた拳を左腕で優しく受け流すと南雲の胸部にカウンターの掌底を放つ。
常識離れした速度の掌打を喰らい大きく揺らぐと、その隙を見逃さず続けて腹部へと蹴りを叩き込む。
風切音が唸る蹴りを喰らった南雲の身体は『くの字』よりもさらに折り畳まれ、吹き飛び地面へと転がった。
「ゴホッ……ゴホッ……オエェェ…!!?」
「どうだ?痛いだろ
淡々と話し続ける白利の目は怪しい光を帯びて、光を放つ髪と相まり纏う雰囲気はこの世ならざる者のような気配を感じさせる。
「テ…メェのせいで…俺の計画が……人生はメチャクチャに……!!」
「いいや、この結末はお前が呼び寄せたんだ。お前が歪め、創り出した
「ク…ソがぁ…」
南雲が痛む身体を堪えながら震える手で立とうとするが、白利に目にも止まらぬ速度で手を蹴り払われ地面に再び伏せる。
足で踏み出せば足を蹴り払われ、
膝をついて身体を支えれば顎に蹴りを入れられ脳が震えて倒れ伏す。
何をやろうとも捉えきれぬ速度で行動を潰され、地面に伏す度に白利の見下すような視線が南雲に降り注ぐ。
……………その視線は、白利や満を虐げ続け上位者を気取っていた南雲にとって耐えられる物では無かった。
「その目で……俺を見るなァァァァァァァァ!!!!」
今度は妨害もなく立ち上がると、立ち尽くす白利の顔目掛けて右腕を引き絞り…
右腕が捻じ曲がった。
「えぁ…?」
思わず漏れた、現状を理解できぬ情け無い声。
だがそんな声はいざ知らず腕は180°…360°…720°とゆっくりと、しかし確実に雑巾を絞るかのように独りでに捻れ…
「ウワァァァァァァァァ!!?」
己が右腕に起きている異常を視認し脳が理解した瞬間、南雲は雄叫びにも似た悲鳴をあげて反対の手で庇うように捻じ曲がった腕に触れる。
そして伝わってきた感触、右腕は
「は?…………ゴォ!?」
先程までの異常が無かったかのように健常な右腕に呆気に取られた瞬間、再び腹部に鋭い一撃が叩き込まれ地面に転がる。
だが南雲にとって痛みなどどうでも良かった、今脳内を支配しているのは捻じ曲がったはずの腕が元に戻っていたことだ。
(なんだ…?なんで腕が戻ってる!?白利が何かした……いや、出来るはずがない!なんだ…一体何が……!!?)
追撃をかけずただ地面に転がる南雲を見下ろし続ける白利、そんな白利を見上げながら立ちあがろうと両腕を地面につけた瞬間、
左腕から注射針のようなものが何十本と内側から生えていた。
「ア……アァァァァァァァァァ!!?」
再び南雲の身を襲う異常、腕の肉を食い破るように内から生える針を払おうと右手で左腕に触り………生えていたはずの針が消えた…否、元から生えてなど無いことに気づく。
「どうした
まるで体調の悪い親を心配するかのような優しい声を出しながら白利は南雲の腹を蹴り飛ばす。
「ガアッ!?」
「さっきから様子がおかしいぜ?まるで………腕が捻じ曲がったり、腕から針が生えたみたいな怯え方をして…さ?」
「お…前のせいか…!!何をした…!どんな卑怯な手を使いやがったァァァ!!!」
度重なる異常、自分より弱かったはずの白利との力の差、いまこの場の雰囲気全てが南雲の思考を狂わせ、無策にも感情のまま乱雑に拳を放つという行動を取らせた。
「酷いなぁ、子供の成長を卑怯って決めつけないでくれよ。それに、
一方白利は構えすら取らず、両の手を力無く身体の横に垂らして立ち尽くす。
南雲を舐めているわけではない、回避行動を取らず攻撃を受け入れようとしているわけでもない。
白利の心にあるのは『やれる』と今思い考えついた必殺技を
(ごめん母さん…俺は今、母さんの為に闘ってない。)
迫り来る父を見据えながら、心の中で母に謝罪する。
だが、その謝罪は過去の悲しみを含んだものではなく、先へ進もうとする明るい意志のようで。
「今だけは…俺の為に俺は闘う!!」
パアァァァァァァァァン!!
そして、この闘いを見ていた全員が己が目と耳を疑った。
まず真っ先に疑ったのは耳、2人の距離が白利の腕の長さのやや外側に迫った瞬間に先程までの超スピードで肉を打つ音ではなく、まるで雷が落ちたかなような轟音。
続いて疑った目、耳を劈くような轟音が響いた数瞬後、南雲の身体はまるで空を飛んだかと錯覚するほど大きく吹き飛んだ。
ここまでの間で、白利は1ミリも動くことはなく。
「「ッ!?」」
「え…は…?」
「何…が?今の音…?」
「月乃も動いてない…よな……?」
生徒達が今し方起こったことを理解できずそれぞれが顔を見合わせる中、何が起こったのか完璧に捉えた者が2名、辛うじて一瞬を捉えたのが1名いた。
前者は殺せんせーと烏間先生、後者は動体視力が優れている速水だ。
「今…月乃の腕が動いた…?」
「良く見えていたな速水さん、やはり君の動体視力はE組の中でもトップレベルだ。」
「烏間先生…もしかして見えたんですか?一体何が………」
ふと速水が漏らした声に冷や汗を浮かべている烏間先生が反応すると、その口ぶりから完全に見えたのだと察して問いかける。
そして、その問いに殺せんせーが口を開いた。
「轟音が鳴る前…月乃君の間合いのやや外側に南雲さんが踏み込んだ瞬間、彼は自身の左腕をまるで鞭の如くしならせて打ってみせた…のですが………」
「………月乃君のその打撃が、南雲修に当たっていない事か?」
「えぇ、指先まで一切の力みが無い脱力と共に放たれた一撃は南雲さんに当たる事なく手前で引き戻されていた。何度も見せていた超スピードと合わせると彼は………」
速水達が目で捉えきれなかった白利の行動を殺せんせーが解説していくが、殺せんせー自身も信じ難いと思っているのか、はたまた何か他に思うところがあるのか言葉を濁す。
「殺せんせー、月乃は何が…?」
「………当たっていないはずの打撃、けれど鳴り響いた轟音、そして彼の見せた超スピードから察するに……先程の月乃君の攻撃はただの打撃なんかじゃない、比喩抜きで己が腕を鞭と化して振い……音速の壁、即ちマッハへと辿り着いてみせた…のだと思います。」
「…やはりお前もそう思うか。」
殺せんせーと烏間先生が目にした白利の一撃、目にも止まらぬ速さにて腕を振るい素早く引き戻し衝撃を発する鞭が如く。
生物界、ましてや自然界には存在しない純度100%人間が作り上げた武器である鞭。
そして人間ですら成し得なかった肉体の鞭化、引き戻す瞬間が最高速に達する鞭の特徴を齢15の少年が天才的なセンスと超スピード、意識と無意識が肉体を完全に理解したことによりその身で見事体現し次なるステージへと登って見せたのだ。
白利が尊敬する超生物と同等のステージへと。
マッハの衝撃をその腹に受け抱えて地面に転がる南雲を見やりつつ、白利は
これも白利自身がロヴロからの助言と、この極限状態から『やれる』と確信した技。
0か100しか殺意をコントロールできないのならば、わざわざコントロールする必要なんてない。
白利が人生で受け続けたあらゆる痛みを鮮烈なイメージとしてありったけの殺意に乗せて幻視させ狂わせたのだ。
それは
「うあぁぁぁぁぁ!!やめろ!ヤメロォォォ!!?」
「もう終わりにしよう、
距離にして3M程の所で止まりゆっくりと頭部に銃口を向けると、幻覚から覚めた南雲は身体を硬直させた。
「ま…待て白利…!」
「この距離なら…俺は外さない。」
絶対の自信に溢れた声を出す白利の髪は徐々に光を失いつつも、本人は気にすることもなく引き金に指を添える。
例え銃を握ったことのない人間でも外すことの方が難しいこの距離で、
「や…やめろ…!やめてくれぇぇぇぇぇ!!」
《「死んで詫びろ。」》
内なる己と重なった声は、命乞いすらも聞かず『ズギャンッ!!』と死を撃ち出した。
放たれた弾丸は真っ直ぐ南雲の頭部へと飛来し…
ピシッ
と異音と共に亀裂が入ると、真ん中から2つに分かれ南雲の両頬を掠めるように空を切った。
「あ………あぁ…………」
両頬から血が流れる感覚と生きているという安堵感、目の前まで迫っていた死に精神が耐えきれず南雲は股間から汚水を垂れ流しながら地面へ伏して気絶した。
「運の良い奴め…でも、これで良いんだよな母さん。」
壊れた月を見上げながら呟く。
白利は確かに殺して見せた、母と自身を苦しめ上位者を気取っていた男の精神を、人生を
「だから……俺もそっちに行くよ………」
ふらりと、まるで糸が切れた人形のように辛うじて身体を支え続けていた力が抜け落ちる。
10年燃やし続けた復讐の終わりに、白利は意識を手放した。
「「「月乃ッ!!?」」」
白利が倒れたのを節目に、速水達は急いで梯子階段を駆け上がる。
「月乃!しっかりして!目を開けて…!」
「ひとまず止血だ、先ほどの闘いまででどれだけ……」
容態の確認と止血をする為に烏間先生が服を捲り上げると、
「……傷口が……ない…?」
烏間先生は思わず目を見開いた。
南雲が放った凶弾に貫かれ、血液を吐き出し続けていたはずの銃傷が白利の脇腹から綺麗さっぱり消えて無くなっていたのだ。
「なんで…一体何が…ッいや今は考えるな。呼吸が浅い脈拍も小さくなっている……これは…」
消えた銃傷の疑問は一度脳内から追い出し、手早く呼吸や脈拍を取るがその身体から烏間先生の手に伝わるのは刻一刻と弱り死へと向かっていく冷たい感覚。
「…茅野さん、南雲さんの服などを調べてみて下さい。もしかしたら、月乃君に打ち込まれた薬の解毒薬、或いは特効薬のようなものがあるかもしれません。」
「え…うん、わかった!」
「僕も手伝うよ!」
「茅野、殺せんせーは俺に任せとけ。」
手に持った殺せんせーを千葉に渡し、茅野と渚は股を濡らして気絶している南雲の服を捲り弄っていく。
すると、渚が南雲が身につけていたウエストポーチから3本の液体が入った小瓶を取り出して見せた。
「殺せんせー!コレって…」
「お手柄です渚君、恐らくそれが月乃君に打ち込まれた薬の特効薬……のはずです。」
「………大丈夫なのか?南雲修がそんなもの用意してるとは到底思えんぞ。」
烏間先生が投げかけた疑問は最もだ、白利を殺す為だけにやって来たのならそんな物を用意する意味はない。
だが、
「今はそうだと信じなければ月乃君は死んでしまいます。…月乃君にもしものことがあれば私が命をもって償います、烏間先生…許可を。」
「烏間先生、私からもお願いします!このまま見てるだけなら…少しでも可能性に賭けてみたいです…」
殺せんせーと速水、そしてその言葉に賛同するような目線を全員から向けられると、烏間先生は考えるように目を伏せる。
そして意を決したように瞼を開き、告げた。
「責任は俺も持つ。渚君俺に薬を、速水さんは月乃君の上体を起こして薬を飲み込ませやすい体勢に支えてくれ。」
「「…はい!」」
2人は指示通りに動き、烏間先生は小瓶の栓を開けて上体を起こされた白利の口に小瓶の中の液体をゆっくりと流し込むと、
「ゲホッ…!ゴホッ…!!」
白利は異物を拒絶するように咳き込んだ。
身体に入り込もうとする異物、それが例え液体であっても吐き出してしまうほどに白利の身体は弱りきってしまっている。
「…ッ月乃君!?クソッ!そんなにも身体が……」
「そんな…お願い月乃……これだけ、これだけで良いから……」
助かるかもしれない唯一の道すら潰えてしまいそうな絶望的な状況に、速水は縋るように大粒の涙を溢しながら白利を支える腕の力を強めていく。
確かに失われていく体温に、速水は必至の脳内細胞をフル稼働させる。
(なにか…なにか方法は……!月乃に薬を飲み込ませようにも口に入れれば吐き出しちゃう…口から吐き出させずに飲み込ませる方法…手で押さえただけじゃ薬は漏れ出すし飲み込ませられない………ッ!!)
その時、速水の脳内に一つの妙案が思い浮かんだ。
案を実行する為にゆっくりと白利の身体を地面に横たわらせ、渚の手から小瓶をひとつ受け取る。
「速水さん…?」
「烏間先生、身体を支えるのを変わって下さい。私に……良い考えがあります。」
「………わかった。速水さん、月乃君を頼む。」
「…はい。」
速水は小瓶を手に烏間先生に上体を起こされた白利の側に両膝をつくと、小瓶の栓を開ける。
全員が速水の一挙手一投足を見守る中、速水は小瓶の中身を白利に飲ませるのではなく自身の口に含むと、
「「「!?!?!?」」」
自身の唇を白利の唇に強く押し付けた。
「ちょ!?速水っち!?」
「なるほど、口移しですか…その手が…」
全員が困惑し、速水の突拍子のない行動に岡野が思わず声をあげるが、殺せんせーは『その手があったか』と感心するように声を漏らす。
「ん、んんぅ……」
向けられる好奇の目など気にも留めずに、小さく息を漏らしながら白利の唇を貪る。
薬を口から漏らさないよう慎重に力無く閉ざされた白利の唇に舌を差し込み、舌を伝って液体を口から口へと流し込んでゆく。
(月乃の口の中…血の味がする…)
口内に入り込んでくる異物を掻き出そうともがく白利の舌を押さえつけるように自身の舌を絡めると、濃厚な血の味が口内に広がる。
ビッチ先生のキステクを受けていない白利がキステクを仕込まれている速水に勝てるはずもなく、やがて逃げ場がないと本能が悟りゆっくりと薬の嚥下を始めた。
(お願い…戻って来て…!)
嚥下が終わり、白利と自身の口内に液体がなくなったのを確認し速水がようやく唇を離すと2人の口の間には銀色の橋がかかり煌めく。
「……ぷはぁ…月乃…!」
「速水さん、あとは月乃君自身の再生力次第です。……ですが、どうか彼の側で声をかけ続けてあげて下さい。その方が、月乃君にも良い影響を与えるでしょう。」
「…はい。」
上空には烏間先生が呼んだヘリが飛んでいる。
どうか助かることを恋する少女が願いながら、愛と憎悪に塗れた親子喧嘩の夜は幕を閉じた。
【月乃白利の秘密】
薬物の投与で全てが繋がった