「ん………?」
心地の良い陽光、肌を撫でる風、揺れて擦れ合う草花の音と香りに包まれる中で白利は目を覚ます。
重い頭と瞼を起こして辺りを見渡すと、地平線まで続く色とりどりの花が咲き乱れる花畑のようだった。
「なんだここ…?俺はいつの間に……」
そこまで言ってふと気づく、
『自分は目覚める前まで何をしていたのだろう?』
あるべきはずの記憶が欠落し、ポッカリと穴が空いてしまったような虚無感の中で思い出そうと必死に記憶を巡ろうとするがモヤがかかったような感覚に阻まれる。
「ッあぁクソ……!なんも思い出せない…」
前髪を掻き上げるように額を抑え、なにも思い出せないことに悪態を吐きながら空を見上げた。
視界いっぱいに広がる澄み渡った青空、記憶を思い出せないのがどうでも良くなってしまうくらいに心を落ち着かせてくれる。
「はぁ……とりあえず歩くか。」
ザクザクと草花の中に踏み入れながら当てもなく歩き始めた。
しばらく時間が経ったが歩けど歩けど景色は変わらない、しかし不思議と心には余裕がありこの場所そのものがまるで不安を感じる前に拭い去ってくれているように思う。
しかし数分…或いは数十分経ったかあやふやな時間の中、遂に花畑とは違う物が見え始めた。
それは陸地を二分するように横に流れる大きな川、そして石が敷き詰められた川辺であった。
「川…か。」
川辺まで降りると、石を積んでいる子供と川辺に停留した船の上に立っている黒いモヤが視界に入る。
「なぁ、君……ッ!?」
石を積んでいる子供に話しかけようと近づくと、その顔にはノイズのようなものがかかっており、顔立ちを視認することができず思わず言葉に詰まってしまう。
そんな白利の様子を気にすることなく子供は声を発した。
「ぼくは、まってるの。」
「ま、待ってる……?」
「うん、ぼくはまだ
子供、声からして少年が指した指の先を見ると川を挟んだ対岸、こちら側よりさらに華やかな花々が咲き乱れる美しい土地が広がっている。
「すごい…綺麗な場所だな。」
そう漏れ出てしまうくらいの美しさに目を奪われ川に足を入れると、
「冷たッ!?」
異常とも言える川の冷たさに足を止めてしまう。
まるで川が拒んでいるような、身体の芯まで凍りつかせこのまま足を動かせば千切れてしまうような冷気にたじろいでいると、停留している船に立つモヤが口(?)を開く。
「足デコノ川ヲ渡ルノハ推奨シマセン、是非渡リ船ヲゴ利用クダサイ。」
男とも女とも区別がつかず、この世の者とは思えない声色のモヤは白利にそう告げた後少年の方に顔(と思われる)を向ける。
「アナタモ、アチラニ行ク時ガ来マシタ。ヨク頑張リマシタネ。サァオ二人共、船ニオ乗リクダサイ。オ代ハ結構、
「………うん、わかった。」
「あ…ちょっと…!既に頂いてるって誰に……?」
黒いモヤ…船頭の声に石を積み続けていた少年は手を止めて船へと乗り込むが、白利は2人のお代が既に払われているという言葉に引っかかる。
川辺に訪れるまで誰とも会わなかったこの花畑で白利達のお代を払ってくれた人、その人…或いはまた別の人がいないかと辺りを見渡すと………
「え…………?」
対岸に人の背中を見つけた。
一つ結びにされた白い髪が腰辺りにまで伸びていて、身長は白利と同じくらいの女性であることがわかる。
そして………なぜだか、月乃白利と言う存在がその背を求めるように叫びだす。
「え…あ……」
思わず漏れた言葉にならない掠れた声、見開かれた瞳は確かにその人を捉えて脳に……否、それよりも早く身体が、心が動き出した。
「母さん!!」
間違いない、間違えるはずがない、あの背は10年前に失った…失わせてしまった人の背だと魂が叫ぶ。
「え…?」
白利の叫び声に対岸の女性が反応する、草花が擦れ合う音にすら飲み込まれてしまいそうな程小さな声だったが確かに白利の耳にはその声が届く。
ゆっくりとこちらを振り返る女性、そしてその
「はく…り…早すぎるよぉ…!!」
月乃満の目尻から一筋の涙が溢れた。
「あ…あぁ…!」
やはりそうだった、
ずっと…ずっと心の中にいた人、
生きる意味だった人、
会いたかった人、
その人が今、目の前にいる。
「今カラアチラ『母さん!!』……ア。」
「……とめないであげて。ずっときづかなかった……ううん、みてみぬふりしてたものがあふれだしちゃっただけだから。」
「……ソウデスカ。」
船頭の言葉も聞かずに白利は対岸に渡ろうと駆け出して川へと足を踏み込む。
しかし、白利を拒むような凄まじい冷気に足を取られ全身を水に飛び込ませてしまう。
「母さん…!……お母さん!!」
痛い、冷たい、だけど止まらない。
水を掻き手を伸ばし母を呼ぶその姿に、満は手を伸ばしかけてて引っ込めた。
「………ッ」
そして満は、少しでも長く目に焼き付けるように白利を見据えて口を開く。
「……白利、アナタはこっちに来ちゃダメ。」
「お母さん…?なんで…!」
「今のアナタには、月乃白利を待ってくれてる……大切だって思ってくれてる人がたくさんいるでしょ?」
「俺を…待ってくれる…?………ッ!?」
寂しがるような、あやすような満の声に、モヤがかかっていた白利の記憶が一気に晴れ渡り情報の濁流が流れ込む。
速水、千葉、渚、カルマ、殺せんせー、E組で過ごしたあらゆる記憶…そして、父との決戦の末に倒れ込んだこと。
「あぁ…そうだ…俺は…」
「思い出した?………戻りなさい、アナタは『ッそれでも!!』ッ!?」
「それでも……ぼくは、おかあさんといたいよ……」
ポロポロと両目から涙を流し縋るように呟く白利、その顔は『E組の月乃白利』でも『復讐者の月乃白利』でもない、『
「いやだよ…もうひとりは…いやだ……」
白利は決して孤独ではなかった。
祖父母がいた、友達がいた、頼れる大人達がいた、けれど…その心には
欠けた親が目の前にいる、その事実が白利が大切にしてきた全てを上回ってしまったのだ。
「おかあさん……ぼく、がんばったよ…?ぼく…」
「白利ッ!!」
ビリビリと響く、空間を支配するような聞いたことのない怒声。
間違ったことをした子供を叱るような怖さ。
白利は微かに少しずつ満に歩み寄っていた足を止め、驚いたように満の顔を見ると、
「お…おが…おがあざんの…言うごど………ぎぎな…ざい!!」
目には大粒の涙を浮かべ、歯をガチガチと打ち鳴らし、肩を震わせながら必死に怒った
たった5年、白利が満と過ごした5年の中で覚えている記憶は最期の瞬間に偏っている。
それでも、白利は母を愛していた。
ならば、その5年間己の命を懸けてまで守り抜いた白利を満はどう思っていたのか?
当然の如く、母も息子を愛していた。
本当なら今すぐにでも駆け寄って抱き締めてあげたかった、成長した息子の体温をその身で感じたかった。
『すごいね』『頑張ったね』『大きくなったね』たくさんの言葉をかけてあげたかった。
『痛かったよね』『辛かったよね』『幸せにしてあげられなくてごめんね』たくさんの謝罪をしたかった。
けれど今は…白利の母を名乗る資格は無いと分かっているけれど、駆け出したい足を地面へと縛り付け叱らなければならない。
「おがあ…ざんを……ごまらぜないで…!!今ずぐッ戻りなざい…!!」
「いやだ…!やっと…やっとおかあさんといられるんだ…!やっと…いっしょ……に……」
「わがまま…言わないの…!アナダ…は……アナタはァァァ……!!」
2人の願い『母子として一緒にいたい』は重なっているのに、決して交わらない思い。
満が流す涙は息子と別れる寂しさか、息子の願いを一つとして叶えられぬ己への失望か、或いはその両方か。
それでも母として思ってしまったから、『生きていて欲しい』と。
「………それにね、ちゃんと聞こえてたよ?『俺は俺の為に闘う』って。いつの間にか…本当に強くなったんだね。」
「………」
「いつの間にか……守りたいって思うほど大切な人がたくさんできたんだね。」
「………うん。」
弱々しく頷く白利に、満は己の手を離れてなお成長を続ける息子の姿に微笑みが自然と浮かぶ。
少し目線を伏せ、やがて覚悟を決めたように力強い目線を白利に向ける。
「私のせいで白利が苦しんで…たくさん傷つけちゃったから言う資格は無いのかもしれない。でも、白利に何を言われてもいいから…言わせて欲しい。」
「………?」
「私ね?白利を産めて良かった!私の息子に産まれて来てくれて本当にありがとう!………今までも、これからもずっと愛してる!!」
それは、母親から息子へ贈られる最大の賛辞だった。
一緒にいてあげられなかった、辛い人生を送らせてしまった、その後悔は今だに満の中で渦巻いている。
だが、死の責任を全て背負おうする我が子の荷を少しでも軽くしてあげたくて、その言葉を口にしたのだ。
「あ…あぁぁぁ……!うん…!うん……!」
そして白利も、生きてる間に見ることのなかった満の笑顔と愛を噛み締めて頷く。
胸に内に湧き出る温かいモノが目元まで駆け上がり溢れ出るのを感じながら、白利はとびきり無垢な笑顔で告げる。
「俺も…!母さんの子供に産まれられて良かった!おかげで今、毎日が凄く楽しいんだ!俺を産んでくれてありがとう!!俺も…愛してる!!」
母からの最大の賛辞への返答は、これもまた息子から贈られる母親への最大の賛辞だった。
確かに普通の人とは違う人生を歩んだのかもしれない、けれどその道を歩んだからこそ白利はE組に出会うことができた。
母が自分を産んでくれたおかげで、復讐の人生のお釣りが来るほどの人生を歩めたから。
「……ッ!!良かった……ありがとう…!本当に…白利は私の自慢の息子だよ!!」
満も白利が自身の復讐の為に生きていたことは知っていた、けれど心のどこかで自分に対する恨みのような物を抱いているのでは思っていた。
けれど白利は恨みなど欠片も抱えておらず、ならば母親にできることはただ一つだけ。
「だから……行きなさい、白利。」
我が子を見送ろう。
「行って…生きて…幸せになって?」
「……………うん。」
優しい声に、白利は長い間を持って目元を拭って頷く。
心の底は納得しきった訳ではない、けれど守りたいと思った友達、母から受けた期待に報いたいと思ったから。
白利は満に笑顔を向けて応えるのだ。
「………じゃあ、行って来ます!母さん!」
「ッ!…うん、行ってらっしゃい!白利!」
どこにでもある家庭的な会話、だが白利達にとっては最初で最後の家族としての見送りの会話。
もう言葉はいらない、振り返り背を向けて駆け出す。
いつかは『ただいま』を言う日が来るのだから。
「いってらっしゃい。」
「デハ、マタイツカ。」
少年と船頭の横を通り過ぎてとにかく真っ直ぐ走っていく。
どこから戻れるかなんてわからない、けれどひたすらに走り続ければきっと辿り着く。
駆けて、駆けて、花畑を照らす光に向かって駆け続けて。
蹴り上げた足元の花々は散らした花びらを走り行く白利の身体を包むように舞い上げて、やがて視界すらも覆い尽くした。
「………………………ぁ。」
ゆっくりと瞼を開く。
恐ろしい気怠さを全身に感じながら視界を動かすと、どうやら白利はヘリポートではなく部屋に入れられていてベッドに寝かされていることがわかる。
「いつの間に…どれくらい寝てた…?」
腕を震わせながら身体を起こすと血塗れの服から体操着に替えられていた。
窓を見ると夕陽が窓から差し込んでいて、記憶に残る夜景と照らし合わせると少なくとも10時間以上寝ていたのではないだろうか。
寝過ぎたのか、或いは死にかけた割には早く起きたのか。
なんでもない事を苦笑しながら考えていると左手に温かな感触が伝わり、首を傾げながらそちらを見やると、
「……速水。」
速水がその手を白利の左手に重ねて眠っていた。
見に纏う服は昨日の濃い赤のノースリーブから体操着に変わっているが、髪が少々ボサついている。
「シャワーも浴びずにずっと俺の側にいてくれたのか…?髪は女の子の命だって言うのに……でも、ありがとな速水。」
安らかな寝息を吐く速水の頭に、起こさないように優しくゆっくりと手を置いて撫でていく。
「ん……んぅ……ぅん?」
「おっと。」
撫でること数分、速水が目を覚ました事を確認すると素早く手を離して意識が覚醒するのを待つ。
瞼を開き意識を完全に覚醒させた速水は起き上がった白利を視界に入れると、目を大きく見開いて。
「………月乃ッ!!」
「どわぁ!?」
「良かった…!本当に良かった…!銃で撃たれて…血もたくさん吐いて…死んじゃうかもって……」
唐突に身を乗り出した速水に抱きつかれ思わず情けない声を出してしまうが、目尻に涙を溜めて涙声になっている速水の姿に謝罪の言葉を紡ぐ。
「………ごめん、心配かけた。」
「あんなお別れみたいなこと言って…本当に心配したんだから…」
「……………あぁ。」
身を震わせて白利の肩に涙を落とす速水、彼女を安心させるように全てを受け止めながらゆっくりと腰に手を回して身を寄せる。
「………」
「………」
心地の良い沈黙の中、夕陽に照らされながら互いに互いの体温を感じつつ生きていると証明する鼓動が混ざり合う。
どれくらい時間が経っただろうか、じんわりと暑さすら覚え始めた頃速水が身を離して白利の頬に手を添えて何かに気付いたような声を出した。
「月乃、泣いてた?」
「え?」
「顔に涙の跡ができてる、ほらここ。」
指し示すように手を添えられた場所を確認するように自身の指を触れさせると、確かに涙が乾いて跡ができたようなザラついた感触が指に伝わる。
「何か…嫌な夢でも見た?」
「夢……か……」
思い返すあの出来事、今にして思えばあの場所は…あの出来事は全て白利自身が脳内で作り上げた夢でしかなかったのだろうか。
だが…例え夢だったとしても…
『愛してる!!』
その一言がどれだけ欲しかったか。
都合が良くたって良い、夢だとしても良い、ただ母から贈られたその一言が……たまらなく嬉しかった。
「いや……違うよ……」
ポタポタと掛け布団に目尻から溢れた熱を落としながら、けれど口元には微笑みを浮かべて速水の目を見つめる。
「とても……幸せな夢だったんだ。」
「……そっか。」
速水はそれ以上なにも言わず、白利の頭を自身の胸元へと抱き寄せてただ頭を撫で続けた。
その温もりに、安らぐ鼓動に白利の心のナニカは決壊した。
「ア…アァァァァァァァァ…!!」
「………」
服が涙を吸って黒ずむのを気にも留めずにあやすように手を動かす。
もう2度と彼を手放さないように、そして彼の抱えた涙全てを受け止められるように速水は涙が枯れ果てるまで抱きしめ続けた。
「落ち着いた?」
「はい……大変お見苦しいところをお見せしました……」
「ふふ、声ちっちゃ。」
しばらく泣き続け涙も枯れ果てた頃、落ち着いた白利は顔を伏せながら消え入りそうなほどの小さな声を出す。
目元や鼻、頬、耳が真っ赤にした白利に向かって速水は微笑みかける。
「……今まで色んな月乃を見てきたつもりだけど、こんなに泣きじゃくる月乃は初めて見た。」
「うぐ………」
「そんな顔しなくても良いじゃん、可愛かったよ?」
「可愛いとか…そういうのじゃねぇんだよ……あ〜〜もう!また速水に情け無いところを…!」
頭を掻きむしり髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しながら顔を伏せた白利は一頻り騒ぎ立てた後、ふと気付いたように顔を上げた。
「そういえば速水、あの後…俺が倒れた後どうなったんだ?」
「……月乃が倒れた後、烏間先生が呼んだヘリの後続がやって来て医療班の人達にここまで運び込まれてた。それで……南雲は拘束されて別のヘリで運ばれてった。そこから先は特にはって感じ。」
「そっ……か、本当に…終わったんだな。やっと……
報告を聞いて、白利の口から無意識にも近い安堵、或いは達成感のような感情が含まれた呟きが吐露される。
そんな様子を見た速水は、手を重ねて白利の横に腰をかけ身を寄せて呟く。
「……お疲れ、月乃。」
「……あぁ。」
互いに短い言葉しか発しなかったが、確かに信頼し合ったその距離は優しい体温を感じさせた。
どれくらい時間が経っただろうか、時間なんて考えずに2人でしばらく過ごしていると速水が口を開く。
「そういえば、皆外にいるけど月乃も行く?」
「外?この時間だと何もやることないだろ、…精々飯食うくらいか?」
「あぁ…そういうことじゃなくて、今烏間先生の指示で防衛省の人達が殺せんせーが完全防御形態から戻った時に殺せるように固めてるんだって。」
「あ〜そういうこと、それを皆が見守ってるってことか。」
納得したように頷くと、白利はベッドの上から降りて扉に向かおうと足を踏み出そうとするが、
「おぉっとっと。」
「こら、無茶しない。病み上がりなんだから。」
バランスを崩し倒れそうになると、速水は素早く白利の身体を支えて叱咤する。
そのまま白利をベッドの淵に腰を下ろさせると、部屋の隅に置かれていた車椅子を転がした。
「はい、座って。」
「………車椅子か…流石に車椅子を押してもらうのは……ねぇ…?肩を貸してもらえるだけで良いから……」
「心拍とかが安定したとはいえ、一応死にかけたんだから大人しく座る。」
「……………」
車椅子の座席をポンポンと叩く様子を顔を顰めながら見ていると、速水は心中を察したのか呆れながら再び口を開く。
「……はぁ〜、わかった。ならせめて外に出るまでは車椅子に乗ること、外に出る前には肩貸してあげるから。」
「ん…助かる。」
提案に納得した白利はベッドから車椅子に乗り換えて腰を下ろしたのを確認すると、速水に押されながら部屋を後にするのだった。
「おぉ〜あれが殺せんせーが押し込められてるヤツか。」
「そ、烏間先生が不眠不休で指揮とってるんだって。」
「あの人も毒ガス喰らったりしてるはずなんだがなぁ…やっぱ烏間先生も大概規格外だな…」
「そうだね、ビッチ先生もプロの殺し屋なんだって再確認したし。」
速水の肩を貸りながら歩いて来たのは、殺せんせーを殺す為にコンクリート塊を積み上げている現場を一望できる崖上。
烏間先生やビッチ先生の大人とプロとしての凄まじさをしみじみと感じながら歩を進めて行くと速水と同じく体操着に身を包んだE組の皆が立っており、振り返った渚が目を見開きながら声をあげた。
「ッ月乃!!良かった、目が覚めたんだ…!」
「よ、渚。心配かけたな。」
「心配かけたな、じゃねぇよ。腹に銃弾受けるわ、薬で血を吐きまくるわで本当に肝が冷えたんだぞ?それをお前、一言で終わらせやがって。身体は?平気なのか?」
「千葉、さっき速水に似たような事で詰められたよ。身体は……ほどほどに元気だよ。」
「………速水さんに肩を貸してもらって歩いてる時点でだいぶ根拠ないけど?」
渚、千葉、茅野達の事の顛末を知る潜入組は外傷や薬による体内の破壊によって死にかけていた白利の無事に安堵しながら、まるで他人事のように軽い返事を返す様子にジト目を向ける。
「でも今はこうして無事で良かったね、私が起きて話を聞いた時は月乃君寝たきりだったから。」
「本当、神崎さんの言う通りだぜ?薬を取って来てくれたのはありがたいが……月乃が死んじまったら元も子もないだろ?」
「そうですよ!ヘリから血まみれの月乃君が運び込まれて来た時にどれだけ心配したと思ってるんですか!」
「お、奥田まで……ん…すまなかった。」
神崎、杉野、奥田達のウイルス感染組とそれを介抱していた組に感謝の言葉を告げられつつも心配をかけたことに関して奥田にまで詰め寄られ、気圧されて頭を下げる。
「今回は不意打ちだったけど皆こんなに月乃のこと心配してたんだから、普段からもう少し自分を大切にして。わかった?」
「………善処はする。」
「…ま、一歩踏み出しただけいっか。」
『善処』と言う言葉に引っかかる所はあるが、ホテル内で同じように詰めた時よりかは事態をしっかり受け止めているようなので速水は一旦様子見をするように小さく息を吐く。
そんな2人を皆が微笑みながら見守る中、ただ1人違う笑みを浮かべながら近づいてくる人影。
「ねぇねぇ月乃く〜ん、ちょっとコレ見て欲しいんだけど〜?」
「あ?なんだよカルマ?」
「そんな警戒しなくたって良いじゃん、この画像見て欲しいだけだからさ。」
「絶対碌なのじゃねぇだろ…」
スマホを片手に悪魔の角と尻尾を生やした(ように見える)カルマが尚もニチャつきながら白利に画像を見せようと近寄ると、
「ハイ、ストップ!」
「…ッたく、どうしてテメーはそうなんだよ。」
「病み上がりなんだから今はほっといてやれ。」
「えぇ〜?」
岡野が道を塞ぐように立ちはだかり、寺坂と千葉がカルマを抱えて余計なことをしないように拘束するとカルマが不満の声を漏らして速水を見やる。
カルマと目が合った速水は小さく首を横に振るうと、
「………ま、いっか。イジる機会は今後幾らでもあるでしょ。」
「な、なんだったんだアイツ?」
「さぁ?」
意図を察したカルマは無抵抗のまま、しかし悪魔の角と尻尾は生やしたまま寺坂達に輸送されていくのを見て白利は首を捻る。
「ま、まぁまぁカルマ君もきっと月乃のこと心配してたんだよ……きっと……」
「怪しい所はあるけどね……んん!でも今回の潜入ミッションでさ、私達強くなったと思ってたけどやっぱりまだまだだって実感しちゃったね。」
「だいぶ強引に切り替えたな……まぁ烏間先生やイリーナ先生、それに鷹岡に雇われてた殺し屋達…全員が俺達が持っていない技術や信念を持ってたり、本当に凄い人達だったからな。」
「かと思えば、鷹岡とか南雲みたいに『ああはなりたくない』って奴等がいたり……烏間先生みたいな人を追いかけて、鷹岡みたいな奴は追い越して…そういうことの繰り返しなんだろうね、大人になるって。」
「……………」
崖側に腰をかけて、今回の件を経て漠然とした未来を語る。
殺せんせー、烏間先生、ビッチ先生、色物揃いではあるが確かにE組の皆が尊敬している大人達、反して鷹岡や南雲など到底理解できないような大人もいると嫌と言うほど味わった。
白利は水平線に沈みゆく夕陽を見つめながら鷹岡と南雲のことを考えて、ふと言葉を溢す。
「……多分、何かが少しでも違えば…俺もアッチ側にいたんだろうな。」
「え…?」
「鷹岡も
「…その復讐心からの行動が、過去の月乃に重なるってこと?」
「あぁ、前の俺も復讐心から皆の前で
「「「………」」」
少し自嘲気味に笑みを浮かべながら言葉を紡ぐと、周りにいた全員が絶句してしまう。
だが、白利の隣に腰を下ろしていた速水は手を重ねさせると、
「でも、月乃は今ここにいる。」
目を合わせながら力強い声をかけた。
「そうそう!速水っちの言う通り、月乃は今E組にいるんだから!」
「わざわざそんな暗い想像なんてしなくて良いんじゃない?今は今、だよ!」
「………そうだな、燃え尽きて少しナーバスになってたのかもな。」
速水、そして岡野や茅野の言葉で心にかかる暗いモヤを吹き飛ばすように顔を振って、今度は明るい微笑みを浮かべる。…と、
ドドーン!!
と、爆発音が響いた。
爆発音が鳴った場所、殺せんせーを殺す為に積まれていたコンクリート塊に目を向けると、天面に大穴が開きコンクリート片があちこちに散らばっている。
「爆発したぞ!!」
「
誰かが叫ぶが、皆薄々わかっている。
殺せんせーがこんな簡単に死んでくれるような存在じゃないことを。
「先生の不甲斐なさから苦労させてしまいました。」
「ん。」
ポン、と頭に何が乗せられ撫でられる感覚が伝わる。
「ですが皆さん、敵と戦い、ウイルスと戦い、本当に良く頑張りました!」
「おはよう…でいいのか?ま、とりあえずおはよう殺せんせー。」
振り向くと、完全防御形態から復活した殺せんせーが触手をヌルヌルとさせながら立っていた。
「はい、おはようございます月乃君。君には何度も辛い思いをさせてしまいましたね…」
「今回は流石に予測は無理な話だろ、完全防御形態にもなっちまってたしな。だから、謝るのは無しだ。良いな?」
「……わかりました、ですが今回のことはしっかりと胸に刻んでおきます。……それでは!切り替えて旅行の続きを楽しむとしましょうか!」
「おうよ。」
旅行はもう少しだけ続く。
ご覧いただきありがとうございました!
【月乃満の秘密】
命に代えても惜しくない程、白利のことを愛していた
【あとがき】
皆さま2週間もお休みをいただいてしまい申し訳ございませんでした…
体調も回復し、次回も書き進めていますのでコレからもお楽しみいただければと思います!
お休みをいただいている間もUAやお気に入り、感想評価などなどありがとうございます!