そして今回久しぶりに速水さんが出てきます。
恐らくここからヒロイン街道を駆け上がってくるはず…!
今だ少し冷たい風が吹く空の下、今日は烏間…もとい烏間先生がE組の教師に就任して初日。
白利は体操服とジャージを身に纏い、烏間先生が担当する体育が始まる前に軽く身体を動かそうと運動場前へ来ていた。
「烏間先生の体育って何やるんだろ。」
「さぁ、体育って言っても要は暗殺の為の授業なんだし体力作りとか基礎練習とかなんじゃない?」
「速水、来てたのか。」
1人で呟いた声に返答する人物。
速水がいつの間にか横に立っていた。
「今さっきね。月乃はアップ前?」
「あぁ、…せっかくだし一緒に走るか?」
「うん。」
速水は頷くと雑草が生えっぱなしの運動場へ降り、白利もその後に続く。
そして速水のペースに合わせて走り出し、ザクザクと草を踏む心地の良い音が響く。
「………」
「………」
(…気まずッ!)
そして訪れた静寂。
速水は話しかければ話せる奴だと知ってはいる、があくまでその程度。
相手が渚や杉野だった場合『昨日はこんな練習をした』『今日ここを教えて欲しい』など話題に事欠くことはないだろう。
脳内で必死に自分の会話デッキを広げるが、幾ら想像しても速水と会話が弾む未来が思いつかない。
(何かないか…?渚達の会話デッキは…『そう』で一蹴されるよな…天気デッキは…最初から
「なぁ速水。」
「何?」
「俺、お前に頼りすぎて無いか?」
「え…?」
「ほら、俺結構な頻度で速水に射撃練習に付き合ってもらってるだろ?でもそれで速水の時間とか潰してんじゃないかって。」
殺せんせーが来てE組の暗殺が始まって以降、白利は速水を頼っていた。
何度やっても上達しない射撃をなんとかする為に速水に声をかけ、嫌な顔せず何度も手伝ってくれて『良い奴』と思っていたが…
「速水ってさ、勝手な信頼押し付けられるタイプだろ?弱音吐いたり断ったりもしなくて、それを表情にも出さないから『アイツなら平気だろ』ってドンドン押し付けられて、自分の事に手が回らなくなって…的な。」
「…大体合ってる。それで私はE組に落ちたから。」
「あー…やっぱりか。…すまない速水の優しさに甘えすぎた。」
「優しさ?」
「だってそうだろ?何度も頼まれるって事は速水はそれをちゃんとした水準で成し遂げてるって証拠だ、失敗してるようなら頼まれる事は無い。速水自身はどう思ってるかわからないが、俺は速水が責任感と優しさで全部やり切って…自分を苦しめてるように思える。」
「別に…前のクラスはともかく、月乃の練習には私がやりたくて付き合ってるだけだから。」
隣を走る速水の目はやや下を向いている。
きっと彼女はE組でも1人で抱え込んでしまう事があるだろう、彼女しかわからない苦悩が訪れる事があるだろう。
だからせめてその一端を、或いはそれ以外を共に背負えるように。
「ありがとう。でも俺は速水に頼り切りは嫌だからさ、…友達になろう。」
「……?どうして友達?」
「友達ってのは頼り頼られる関係だろ?でも今の俺は速水に頼り切りだ。だから速水にも俺を頼って欲しい、悩んでる事があるなら話をして欲しい。…せめて速水が押し付けられた物があるなら手伝わせて欲しい。だから速水と友達になりたい。」
速水は視線を上げ白利の顔を見ると目が合った。
白利の目はとても真っ直ぐで、その目からは『速水凛香』の内側を見ようとする意思が感じ取れる。
「…だから私にも頼らせてくれって事?」
「あぁ。と言っても俺から差し出せるのは勉強教えるくらいだけどな。」
「むしろ射撃練習付き合うだけで成績トップ10常連の勉強を教えて貰えるって、こっちの価値の方が釣り合ってるか怪しいけど。」
「良いんだよ。俺は速水に射撃練習を頼って、速水は俺に勉強を頼る、ちゃんと対等だ。」
白利のメチャクチャな言葉に思わず『これが上位常連の思考か…』と気が抜ける速水。
だがそれは嘲笑するものでは無く、自然と口角が上がり
「…ふふっ。」
微笑んでしまうほど。
「……!」
「わかった、月乃と友達になる。…でも良く私に友達になろうって言おうと思ったね、さっき月乃が言ってたみたいにあまり表情とか出さないのに。」
「この前殺せんせーが片岡達に言ってくれたんだ『見た目や噂に流されず、しっかり彼自身を見てあげて下さい』って、でもだからって受け身で居続けるのも違う気がして。世話になってる速水の…きっと千葉もそうだ、見た目で決めつけるんじゃなくて内面をしっかり見つめようって思ったから。」
走る足を止めて速水と向かい合い手を差し出すと、速水は少し戸惑いながらも白利の手を取り、走って温まったその手に少し力を込めた。
「じゃあ、改めてよろしく速水。」
「うん、よろしく月乃。」
2人が手を取り合う頃、他の生徒達もまばらに運動場へとやって来ていた。
渚や杉野、千葉の姿も見える。
「少し千葉とも話してくる、また後で。」
千葉の元へ向かう白利の背を見届ける速水。
(…変な奴。)
「「「いっち、に〜、さ〜ん、し、ご〜」」」
「晴れた午後の運動場に響くかけ声、平和ですねぇ。」
運動場に響き渡る生徒達の元気な声、中学生らしくほのぼのとした体育の時間。
そう
「生徒の
「八方向からナイフを正しく振れるように!!どんな体勢でもバランスを崩さない!!」
生徒達は手に対先生ナイフを握り、烏間先生の檄が飛ぶ中でナイフの素振りをしている。
ただ突っ立ってナイフを振る分には素人にも出来るが、しっかりと構えを取り八方向から振るというのは中々に難しい。
(ちょっと窮屈だな…この構え。)
構えに苦戦をしていると白利の耳に烏間先生達の会話が聞こえた。
「この時間はどっか行ってろと言ったろう。体育の時間は今日から俺の受け持ちだ、…追い払っても無駄だろうがな。せいぜいそこの砂場で遊んでろ。」
「ひどいですよ烏間さ…烏間先生。私の体育は生徒に評判良かったのに…」
「うそつけよ殺せんせー。」
律儀に砂場に座り、砂の山を積み始めた殺せんせーに向かい菅谷がツッコむ。
「身体能力が違いすぎるんだよ。この前もさぁ…」
思い返す殺せんせーの体育の時間
『反復横跳びをやってみしょう。まずは先生が見本を見せます。』
と反復横跳びが始まったかと思えば、分身を作りながら
『まずは基本の視覚分散から、慣れてきたらあやとりも混ぜましょう。』
『『『できるかぁ!!』』』
殺せんせーは生徒達に一体何を求めているのかわからない指導をして来たのだ。
そんなこんな烏間先生就任まで続き…
「異次元すぎてね〜…」
「体育は人間の先生に教わりたいわ。」
「てか暗殺大会で殺せんせー『基本性能が違うんですよ!バーカ!バーカ!』って言ってたからスペック差あるのわかってたのにあの授業してたの?」
中村、杉野、白利が口々に呟く。
生徒の反応が予想外だったのかショックを受けた殺せんせーはしくしくと1人砂遊びを再開した。
「…やっと
殺せんせーにだいぶ手を焼かされてるであろう烏間先生は深く息を吐く。
そこに前原が烏間先生に向かい一歩踏み出した。
「でも烏間先生こんな訓練意味あんスか?しかも当の
前原が言わんとする事はわかる。
マッハで動く殺せんせーに正しい姿勢でナイフを振れただけでどうにかなるものなのかと。
そこに烏間先生はバッサリと言い放つ。
「勉強も暗殺も同じ事だ、基礎は身につけるほど役に立つ。」
「基礎…か。」
手の中のナイフを見る。
烏間先生の言う事もわかる、白利自身も勉強ができるのは基礎が根底にあるからだ。
でもそれは人間の範疇の話、相手は埒外の怪物である。
「例えば…そうだな。磯貝君、前原君、そのナイフを俺に当ててみろ。」
「え…いいんですか?2人がかりで?」
「
そう言うと烏間先生はネクタイを少し緩め磯貝達の前に立つ。
一方、磯貝と前原は困惑しながら構えをとる。
そして始まった模擬戦は衝撃の一言だった。
(マジかよ…)
磯貝と前原の連続攻撃を軽々と避けているだけでなく、弾き、いなし、2体1という不利を感じさせない立ち回り。
烏間先生の防御技術を見ていると白利は気づいた。
(烏間先生、ナイフしか見てない…?)
烏間先生の視線は磯貝と前原本人では無く、その手に持つナイフにしか注がれていない。
(てか、2人がナイフにしか意識を集中していない…?)
続いて攻撃側の2人を見ると、攻撃の始点であるナイフを持つ腕しか大きく動いていない。
恐らく烏間先生はこの事に気づき、ナイフの動きだけに注視しているのだろう。
(なるほど、これが基礎…攻撃の意識だけじゃ無くて相手を見る意識…か。)
「このように多少の心得があれば、素人2人のナイフ位は俺でも捌ける。」
「「くッそ!!」」
ナイフが当たらず焦った2人は単調な攻撃を繰り出してしまう。
烏間先生はそれを見逃すはずもなく、2人の腕を掴んでまとめて地面に転がした。
「俺に当たらないようでは、マッハ20の奴に当たる確率の低さがわかるだろう。さて、月乃君は何かを掴めたようだな?」
「えっ」
(この人捌きながらこっち見てたのかよ…)と烏間先生のスペックの高さに驚く白利。
「学びに必要なのはアウトプットだ。掴んだものを不格好でもいい、やってみる事が大切だ。」
「わかりました…」
渋々烏間先生の元へ歩いて行くと、立ち上がった磯貝と前原に肩を叩かれる。
「頑張れよ月乃。」
「転がされても大丈夫だ、転がりトリオの末弟として迎えるぜ…」
「嬉しかねぇよ。」
流石に転がりトリオの末弟にはなりたく無いので、真剣に烏間先生に向き合い構えを取る。
「(教えた構えよりやや低重心…持ち前の素早さをどう活かすか)さぁ、いつでも来い。」
「…行きます!」
一気に踏み込み、烏間先生の顔に向かいナイフを突き出す。が、体重は掛けず腕だけでナイフを振るう。
(速いな、それに簡単に崩されないように姿勢を安定させている。)
烏間先生は焦る事なく顔を横に動かし避け、白利の手を弾く。
対して白利はすぐに持ち直し、烏間先生の胴体を狙い横薙ぎするがバックステップで距離を取られた。
(烏間先生…腕も確かだが、何よりその身軽さ!鍛えられた肉体にそれを支えるスピード、両立出来るものなのか…普通?)
(深追いはせず、こちらから手を出そうものならいつでも切り返せる立ち回り。厄介だな。)
素早くナイフを振るい続ける白利とそれを捌き続ける烏間先生の攻防。
白利は烏間先生に決定打になる一撃は振るえず、烏間先生もまた白利のナイフを奪い取る隙を見つけられずにいた。
(だが、やはりナイフに意識を割きすぎている!)
「ッ!!」
ナイフを持った右手を烏間先生は左手で弾くと、白利の体勢が右後方に崩れる。が、
「シッ!」
軸足が左足だった事が幸いし、勢いそのままに回転切りを仕掛けるが烏間先生は腰をやや逸らし回避をする。
(先ほどと同じ胴体への横薙ぎ…では無い!?ナイフの攻撃はブラフ…!?回避を誘ったのか!)
さらに回転の勢いを増したままもう一回転し、次はさらに低姿勢になり右足を伸ばして地面を擦りつつ振るう足払いの体勢。
狙うは回避の隙、烏間先生の足元。
(とった!)
白利の一撃は烏間先生の足元に吸い込まれ
「……は?」
まるで大木のようだった。
何年も、何十年も大地に根を張り巡らせた木のような、揺らぐ事の無い絶対的な差。
「かなり良い一撃だったが…」
「うわっ!」
烏間先生に足を掴まれ逆さ吊りにされると、驚きのあまりナイフを手放してしまった。
逆さになったせいで体操着が腹から捲れてしまっている。
「月乃君はもっと筋力をつけるべきだな。」
「…はぁい。」
降ろして貰い、白利はその場に座り込む。
あまりにも、あまりにも開いている差を思い知らされた。
「さて、月乃君。君は一体何を掴んだか説明できるか?」
「磯貝と前原は『ナイフを当てる事』に集中し過ぎていたと、見ていて思いました。対して烏間先生はそれに気づきナイフにしか注視していなかった。…だから俺は崩されない程度にナイフを意識させて転倒を狙って足払いをし、その後ナイフで…と。」
「よく気づいたな。2人はナイフで『殺す』ことに意識を割きすぎたが、月乃君は『殺す為の手段』を仕掛けるブラフとしてナイフを振っていた。動きを習った上でセオリーを崩すその柔軟性、今後の暗殺でも活かせる場面があるだろう。」
満足そうな烏間先生の手を取り、立たせてもらう。
「クラス全員が俺に当てられる位になれば、少なくとも暗殺の成功率は格段に上がる。ナイフや狙撃、暗殺に必要な基礎の数々、体育の時間で俺から教えさせてもらう!」
こうして烏間先生初めての体育の授業は終わった。
「お疲れ月乃、惜しかったね。」
「速水、ダメだ実力差があり過ぎる。」
国から殺せんせーの事を託されていたり、暗殺の事を教える立場なのだから強いのは当然なのだが、いくらなんでも規格外すぎやしないかと思う。
人を片手で持ち上げるってどんな筋力をしているのか。
「烏間先生、ちょっと怖いけどカッコいいよね。」
「わかる、無骨なカッコよさって言うか、武人って感じがする。力を誇示しない所がいいよな。」
速水と話しながら校舎に戻ろうと歩を進めていると、運動場を見下ろしている人物がいる事に気づく。
その人物は白利のよく知る者だった。
「よっ、
「あれ?久しぶり〜月乃君、なんでE組いるの?。」
「E組の先輩イジメてるA組の先輩シバいたらE組送りになった。」
「なんだ、大体俺と同じじゃ〜ん。」
「カルマよりかはマシだ…」
『赤羽業』
一年の時に気が合い仲良くなった友人で、二年でも良く遊んでいたが暴力沙汰を繰り返し、白利が停学するよりも先に停学処分を受け今日まで会う事はなかった。
そう気が合った、一年の頃絡んで来たチンピラ数人の相手をしていた時偶然通りがかったカルマが割って入って来た事がある。
2人でチンピラをのした後
『あれ、俺の増援いらなかった?』
『いや、助かった。素直に話聞くタイプでも無さそうだったしな、ジュースくらいなら奢るぞ?』
『マジ?ラッキー。』
後は流れだった。
カルマは気にせずズカズカと踏み込んで来たからこそ、白利は自身を曝け出す事が出来た。
白利はカルマが警戒心の強いタイプだと悟り、出来るだけ素直にカルマとの会話に応じていた。
そんな2人はやがて友人と呼べるくらいには仲良くなっていた。
「渚君も久しぶり〜、あれが例の殺せんせー?すっげ本トにタコみたいだ。」
(カルマと渚も友達だったのか。まぁ警戒心強いカルマと小動物みたいな渚はあってはいるのか…?)
「赤羽業君…ですね、今日から停学明けと聞いてました。初日から遅刻はいけませんねぇ。」
「あはは…生活リズム戻らなくて。下の名前で気安く呼んでよ、とりあえずよろしく先生!!」
「こちらこそ、楽しい1年にしていきましょう。」
カルマが差し出した手を、殺せんせーが握り返す。
瞬間、手を取った殺せんせーの触手がドロリと溶け、続けてカルマは袖から出したナイフを突き出す。
殺せんせーはナイフを避けすぐさま距離を取った。
「…へー本トに速いし本トに効くんだ
「流石だなカルマ、掌にくっつけてたのか。思いつかなかったな。」
「でしょ〜」
掌を見せつけるように白利に手を振るカルマ。
「こんな単純な『手』に引っかかったり、そこまで飛び退くなんてビビりすぎじゃね?もしかして…せんせーひょっとしてチョロい?」
その後の6時間目の小テスト中でも殺せんせーはカルマにしてやられていた。
おやつのジェラートを奪われ、取り戻そうとして対先生BB弾を踏んでしまったりと散々だった。
(先生という生き物を嫌う理由はわからなくは無いが…拗らせすぎなんじゃないか…カルマ?)
ご覧頂きありがとうございました!
【月乃白利の秘密】
カルマからポメラニアンみたいと言われた事がある