『兄のPCにバックドアを仕掛ける重すぎる妹と、重心移動が完璧すぎる潜入メイド。~天才お兄様は恋のバグに気づかない~』 作:水上 空
ホワイトデーの「首輪(管理デバイス)」による独占欲の結末から数日。
桐生邸に、これまでの結愛や凛の小細工を児戯(じぎ)と思わせるほどの、圧倒的な「圧」が舞い降りました。
玄関の「システム・ダウン」。
「……おかしい。玄関の顔認証が、俺...の権限を無視して『ゲスト』扱いになっている。……さらには、屋敷中のセキュリティ・カメラが反転して、俺たちを監視し始めているな」
零が不審そうにタブレットを叩いていると、リビングの自動ドアがゆっくりと開きました。
そこに立っていたのは、零と同じ銀髪を腰まで伸ばし、白衣を優雅に羽織った女性。
「……あら、零。相変わらず、私の組んだ基礎OSをそのまま使っているのね。セキュリティ・ホールがガバガバよ? ……それから、その左右に侍っている『首輪付きのメス』たちは何かしら。実験動物?」
「……母上。……帰国予定は来月のはずだが」
桐生家の真の主。世界最高の量子物理学者にして、零が唯一「理論で勝てない」存在。桐生 志保(きりゅう しほ)が、冷徹な笑みを浮かべて帰還しました。
「お、お義母様……! いえ、志保様! わたくしは零お兄様の唯一無二のパートナー、結愛ですわ! この首輪は愛の証……」
「……黙りなさい、結愛。あなたのハッキング・コード、読みづらいのよ。構文に私情が入りすぎていて吐き気がするわ。……それとそこのメイド、凛。あなたはもっと酷い。零を見るたびに体温が0.5度上がるなんて、精密作業(家事)に向いていないわ」
志保の瞳が、二人を分子レベルで解剖するかのように射抜きます。
結愛も凛も、これまでの「最強」の自負をへし折られ、かつてないプレッシャーに冷や汗を流しました。
「……零を任せるには、あまりに低品質。……私の息子という『人類の至宝』を独占したいなら、それ相応の『スペック』を見せなさい」
志保はパチンと指を鳴らしました。
すると、リビングの床から二つの巨大な、そして無機質な「特製カプセル」が競り上がってきました。
「試練は単純よ。……このカプセルに入り、仮想空間(VR)内で『零を完璧に満足させる一日』を100万回ループして学習しなさい。……現実の1時間が、あちらでは1年に相当するわ」
「……お、100万回もお兄様と新婚生活を……!? ……望むところですわ!!」
「……。……志保様。……私は、1億回でも耐えてみせます」
二人がカプセルに飛び込み、精神がダイブした直後。
志保は冷徹な眼差しを零に向けました。
「……さて、零。あの子たちがVRで無意味な夢を見ている間に、本題に入りましょう。条件は二つ。あなたの『神の領域にある頭脳』を嗅ぎつけた有象無象はもちろん、そのシスコン妹や、まとわりつく害虫どもを、理論的・物理的に完膚なきまで論破しなさい。そして、そのプロセスをさらに学習しなさい。……もし学習を怠れば……あなたは即座に私の完全な監視下に置かれ、一生、私の研究室で『観測対象(被検体)』として過ごしてもらうわ」
「…………。……母上。……お言葉だが、まず彼女たちの『バグ(愛)』を修正するのは、俺の使命だ。そして――」
零はタブレットを閉じ、志保の正面に立ち。
「……俺は、あの『予測不能な狂気』を管理することに愉悦を感じている。母上の監視など御免だ。外敵も、すべて俺がこの場で叩き伏せる」
その瞬間、カプセルが凄まじい火花を散らして爆発。
中から、VRのループをわずか2時間(仮想時間200年分)で「愛の執念」によって物理的に破壊した結愛と凛が飛び出してきました。
「……お、お義母様……! 仮想空間のお兄様なんて……温もりが足りませんわ! 本物のお兄様の『汗の成分』が含まれていないデータなんて、ゴミですわよ!!」
「……。……志保様。……100万回の生活を……1秒で……上書きしました。……私は、零様の『欠点(バグ)』ごと……食べ尽くしたいんです」
二人の背後には、志保のシステムを逆ハックした「愛のウイルス」が黒いオーラのように立ち上っていました。
「……ふふ、あははは!! ……面白いわ、零! ……あなたの言う通り、この子たちは『計算不能な汚物』ね! ……最高に面白い実験材料だわ!!」
志保は狂ったように笑い出し、二人の頭を掴んで引き寄せました。
「……認めましょう。……今日から、この桐生邸は『四人』で共同生活よ。零、あなたは約束通り外敵を論破し続け、そのプロセスを学習しなさい。失敗すれば逃げ場のない『飼い犬』よ。そして結愛、凛。あなたたちは嫁の座をかけて、私の課す『死ぬほど甘い拷問』を、毎日受け続けなさい!!」
「「……望むところですわ(ね)!!!」」
真の黒幕である母親が加わり、桐生邸の「異常な日常」は、もはや一つの国家を揺るがすほどのハイテクなカオスへと突入していくのでした。