『兄のPCにバックドアを仕掛ける重すぎる妹と、重心移動が完璧すぎる潜入メイド。~天才お兄様は恋のバグに気づかない~』 作:水上 空
聖マリアンナ学園の昼休み。それは、空腹を抱えた数千人のエリートたちが、限られた炭水化物を求めて激突する「生存競争(サバイバル)」の時間です。
「……ふむ。脳内のグリコーゲンが枯渇しつつある。……結愛、凛。今日の昼食は、購買部で限定5個のみ販売される『極・トリュフ香る焼きそばパン』を摂取することに決めた。……理論上、俺が今から向かえば、購入確率は0.03%以下だが」
零が教室でタブレットを閉じ、無機質な声で告げました。その瞬間、結愛と凛の脳内に警報(アラート)が鳴り響きます。
「お兄様、ご安心を! その0.03%を、わたくしが『100%の運命』へと収束させて差し上げますわ!」
「……了解。……零様、あなたはここで座っていてください。……3分以内に、そのパンはここに『実在』します」
二人の少女は、示し合わせたように教室内外へ散りました。
「……さて、購買部に群がる有象無象(モブ)たちを整理(デバッグ)しましょうか」
結愛は女子トイレの個室に立てこもり、超小型ノートPCを展開。学園のメインサーバーへと不正アクセス(バックドア経由)を開始しました。
「学園内全域のデジタルサイネージ、および生徒用タブレットに偽情報を流布。……『本日、購買部の焼きそばパンには賞味期限切れの疑いあり。代わりに食堂で高級ステーキ丼が無料配布中』……はい、エンター」
ピコーン!
学園中の端末が一斉に鳴り、購買部へ向かっていた生徒たちの足がピタリと止まりました。「えっ、ステーキ無料!?」「食堂へ急げ!」という叫び声と共に、人の流れが逆流し始めます。
「ふふ、群集心理(クラウド・サイコロジー)なんて、たった一行のコードで書き換えられますのよ。……さあ、凛。道は開けましたわ!」
一方、購買部前。結愛の情報工作を潜り抜けた「食欲の猛者」たちが数名、まだ残っていました。
そこへ、メイド服の上から指定のカーディガンを羽織った凛が、音もなく立ち塞がります。
「……ここから先は、清掃作業(メンテナンス)中につき立ち入り禁止。……命が惜しければ、引き返しなさい」
「なんだよお前、どけよ! 俺は焼きそばパンを――」
凛は無表情のまま、手に持っていた掃除用のモップを鮮やかに回転させ、男子生徒の喉元数ミリで止めました。その風圧に、生徒たちが凍りつきます。
「……これはモップではない。……分子レベルで汚れを粉砕する、私の『意志』。……今すぐ去らないなら、あなたの制服のボタンをすべて正確に弾き飛ばす」
凛の瞳に宿る「メイド(暗殺者風)の威圧感」に押され、残った生徒たちも悲鳴を上げて逃げ去りました。
「……ターゲット確保。……障害物、皆無」
凛は無人の購買カウンターへ悠々と歩み寄り、最後の一つとなった『極・焼きそばパン』を手に取り教室へ戻ると
零の机の上に、神々しく輝く焼きそばパンが置かれました。
「お待たせいたしました、お兄様! 奇跡的に、購買部がガラ空きでしたの!」
「……零様。……偶然にも、廊下でこれを拾いました(※買った)。……どうぞ」
零はパンを手に取り、その重量と温度を確かめると、満足げに頷きました。
「……素晴らしいな。……俺の計算では、学園の昼休みはカオス理論に基づく予測不能な事象のはずだったが。……お前たちが傍にいると、統計学的な偏り(バイアス)が発生し、すべての事象が俺の望む通りに整理されていくようだ」
零は一口食べ、真顔で二人を見つめます。
「結愛、凛。……お前たちは、幸運を呼び寄せる『ラッキー・チャーム』的な量子もつれを引き起こしているのではないか? ……非常に興味深い。……後で二人まとめて、精密な生体検査を行う必要があるな」
「「……喜んで(お受けします)!!」」
学園の通信インフラをズタズタにし、同級生を物理的に排除した二人の少女。
彼女たちは、兄の「生体検査」という言葉の響きに頬を染め、天才ゆえの「大いなる勘違い」を今日も全力で維持し続けるのでした。