『兄のPCにバックドアを仕掛ける重すぎる妹と、重心移動が完璧すぎる潜入メイド。~天才お兄様は恋のバグに気づかない~』 作:水上 空
放課後の「実験室」
「……よし。結愛、凛。そこに座れ。……今日の昼休み、お前たちが引き起こした『幸運の連鎖』……あれは統計学的なエラーではない。……お前たちの生体磁場、あるいはホルモン分泌に、周囲の環境を書き換える特異点がある可能性がある」
零は白衣を羽織り、学園から借りた最新の血圧計、心電図、さらには自作の「精神波測定ヘルメット」を机に並べました。
「お兄様……。放課後の密室で、わたくしの身体を隅々まで調べ尽くしてくださるのね? ……ああ、なんて科学的で、倫理観をかなぐり捨てた情熱的なお誘いかしら……っ!」
結愛は頬を紅潮させ、ブラウスのボタンを一番上まで留め直しました(※逆に意識しすぎている)。
「……零様。……私も、その……検査対象として、服を……脱いだ方がよろしいでしょうか?」
凛は無表情を装っていますが、耳まで真っ赤です。メイド服の上から制服のジャケットを羽織っているため、中はかなり蒸れています。
「……脱ぐ必要はない。……非効率だ。……俺が見たいのは外見ではなく、その内側で脈打つ『データ』だ。……まずは、結愛から。……腕を出せ」
零が結愛の腕に血圧計のカフを巻き、シュルシュルと加圧を始めました。
「……おかしいな。……最高血圧が180を超えた。……心拍数も150。……結愛、お前は今、全力でダッシュしているのか? ……あるいは、心臓に未知のナノマシンでも潜んでいるのか?」
「いいえ、お兄様! ……お兄様の指先が、わたくしの肌に触れている……その接触による『熱力学的結合』が、わたくしの心臓を核融合させているだけですわ……っ!」
「……核融合か。……道理で、測定器がオーバーフローするわけだ。……精神波も見てみよう」
零が結愛の頭に電極ヘルメットを被せました。直後、モニターには見たこともないほど激しい「愛」の波形……もとい、真っ赤なグラフが荒れ狂いました。
「……なるほど。……脳内麻薬(エンドルフィン)の分泌量が、通常の人類の3000%を超えている。……結愛。お前は今、この瞬間、宇宙の全生命体を愛しているような全能感に包まれているのか?」
「いいえ! ……お兄様一人を、宇宙の寿命が尽きるまで愛で尽くしたい……ただそれだけですわぁぁ……!!」
「……理解不能だ。……次は、凛。……交代だ」
次に零は、凛の背後に回り込み、聴診器を彼女の背中に当てました。
「……ッ!? ……っん……」
凛の身体がビクンと跳ね、指先が机を強く掴みました。零の聴診器から伝わる冷たさと、彼のわずかな吐息が首筋にかかります。
「……。……凛。……お前の呼吸が止まった。……肺の機能停止か? ……いや、心音が、まるでドラムの連打のように速い。……なのに、表情筋には一切の変化がない。……お前は、感情を物理的に圧縮して貯蔵しているのか?」
「……。……いえ、零様。……メイドは、主人の前で……動揺を見せてはならないと、教育(結愛の脅し)を受けていますので……」
「……非論理的な教育だな。……胸部に異常な熱源を確認。……これは、俺への敵意か? ……それとも、俺の存在が、お前の計算処理をオーバーヒートさせているのか?」
零はさらに顔を近づけ、凛の瞳孔を覗き込みました。
凛は限界でした。零の整った顔が、自分の鼻先数センチにある。
「……あ。……あぁ……。……零……様……」
ピーーーーーーッ!!!
凛の精神波測定器が、一本の線を引いて沈黙しました。あまりの羞恥と幸福感に、彼女の意識が「物理的にダウン(気絶)」したのです。
「……ふむ。……二人とも、俺との接触によって生体機能が著しく著しく損なわれるようだ。……結論は一つ。……お前たちの身体は、俺の『天才的なオーラ(物理的干渉)』に対して極度に脆弱であり、同時に、俺を保護するために進化した特異体質である」
零は気絶した凛を椅子に座らせ直し、感動に打ち震える結愛の頭を撫でました。
「……お前たちは、俺の計算を狂わせる唯一のバグだ。……だが、そのバグが、俺の日常に予測不能な面白さを提供している。……生体検査の結果、お前たちは『俺の傍にいるべき存在』であると確定した」
「……っ!! お兄様……! 今、プロポーズ……いえ、全人類への勝利宣言をなさったのですわね!? ……凛、起きなさい! 今すぐ結婚式の式場をハッキングして予約しますわよ!!」
「……。……う……。……結婚式……。……零様の……専属メイド兼、妻(暫定)……。……悪くないデータ……です」
気絶から復帰した凛と、狂喜乱舞する結愛。
零は、自分の放った「論理的な結論」が、彼女たちの妄想をさらに「加速(バグらせる)」させたことに気づかぬまま、満足げに白衣を脱ぐのでした。