『兄のPCにバックドアを仕掛ける重すぎる妹と、重心移動が完璧すぎる潜入メイド。~天才お兄様は恋のバグに気づかない~』   作:水上 空

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『兄の膝枕』。深夜のサイレント・ウォー、勝者は重力に従う

 

天才の「シャットダウン」

 

「……計算、終了。……だが、導き出した1024通りの解のうち、1023通りが……結愛と凛の『奇行』に……収束して……しまう……。……論理的な……エラー……だ……」

 

デスクに突っ伏したまま、零の意識が急速にオフラインへと沈んでいきました。

手に持っていたタッチペンが床に落ち、カランと虚無的な音を立てます。

 

「ターゲット、スリープモードへの移行を確認。……ふふ、お兄様の無防備な寝顔。……広角カメラで秒間120フレーム、4K録画を開始しましたわ」

 

暗闇から、結愛がタブレットを構えて音もなく這い寄ってきました。

 

「……結愛、画質が低すぎる。……私はサーモグラフィーで、零様の体内温度の推移を記録中。……それから、その硬いデスクを『枕』にするのは、頸椎への負担が大きすぎる」

 

反対側からは、夜勤モードのメイド服(※フリルが消音仕様)に着替えた凛が、羽毛布団を抱えて現れました。

 

二人の視線が、眠れる兄の頭部を挟んで激突しました。

 

「凛、お兄様の頭を支えるのは、血の繋がった妹であるわたくしの膝(聖域)と決まっていますの。……退きなさい。あなたの膝は、メイドとしての過酷な労働で筋肉が硬直しているはずよ」

 

「……いいえ、結愛。……私の膝は、零様に最高の安眠を提供するために、毎日3時間のマッサージとアロマオイルで『最適化』済み。……あなたの膝は、ハッキングのしすぎで運動不足気味。……安定感に欠ける」

 

「なんですって……!? ならば、実力で証明して差し上げますわ!」

 

結愛は、零の頭を傷つけないよう、ミリ単位の慎動で彼を抱きかかえようとします。対する凛も、物理演算を駆使した最小の挙動で、零の首を自分の膝へと誘導しようと試みます。

 

「……ふふ、お兄様の重心は、今わたくしの左腿へと0.5ミリ移動しましたわ!」

「……甘い。……私のメイド服に仕込んだ低反発クッションが、零様の頭部を磁石のように吸い寄せている」

 

二人が零の頭を巡って、無言で、かつ超高速の「押し引き」を繰り返していたその時です。

 

「……ん……。……計算……式の……変数が……多すぎる……」

 

零が寝言を呟きながら、無意識に寝返りを打ちました。

その結果、零の頭は結愛の右膝と、凛の左膝のちょうど中間点にすとん、と収まったのです。

 

「「……ッ!!!」」

 

二人は息を飲みました。

零の頭を二人の膝で半分ずつ支えるという、理論上あり得ない「共同膝枕」の成立です。

 

「……凛、不本意だけれど。……ここで動けば、お兄様が起きてしまうわ」

「……同感。……現状を維持しつつ、零様の睡眠データを共有しましょう」

 

二人は並んで座り、零の寝顔を至近距離で見つめながら、深夜の静寂に浸りました。

……が、数分後。

 

「……凛。あなたの膝、案外柔らかいのね。……少し、お兄様の頭がそちらに流れている気がしますわ。……ずるいですわよ」

「……結愛。あなたの膝から、お兄様を誘惑するような香水の匂いがする。……微弱な化学攻撃は、ルール違反。……私が、中和(上書き)します」

 

暗闇の中、互いの足をこっそり蹴り合い、隙あらば零を自分の方へ引き寄せようとする「足の甲でのフェンシング」が開始されました。

 

「……。……ふむ」

 

不意に、零が目を開けました。

そこには、互いに足を絡ませ合い、必死に「私が枕です」という顔をして冷や汗を流している二人の少女の顔がありました。

 

「……結愛、凛。……俺は今、非常に興味深い『多層構造のクッション』の上で眠っていたようだ。……左右で弾力と表面温度が異なるが、不思議と寝心地が良い。……これは、お前たちの生体反応を利用した、新型の安眠システムか?」

 

「そ、そうですわ! お兄様! 『妹とメイドのハイブリッド・ピロー』ですわ!」

「……零様。……これこそが、最先端の……ダブル・サポート・システムです」

 

零は起き上がると、二人の頭を同時にポン、と叩きました。

 

「……なるほど。……俺の効率化のために、お前たちがそこまで身を削っているとは。……だが、お前たちの心拍数が先ほどから『警告レベル』だ。……過労でバグが出る前に、お前たちもここで寝ろ。……俺が、添い寝のデータを取ってやる」

 

「「…………えっ!?!?!?」」

 

天才の「お返し」という名の最大級のバグ。

その夜、結愛と凛は、兄を挟んで川の字で寝るという「過剰なご褒美」に、一睡もできぬまま朝を迎えることになるのでした。

 

 

 

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