『兄のPCにバックドアを仕掛ける重すぎる妹と、重心移動が完璧すぎる潜入メイド。~天才お兄様は恋のバグに気づかない~』 作:水上 空
キッチンの「化学プラント」
「……結愛、凛。……今朝からキッチンの気圧がおかしい。……それから、家中から揮発性有機化合物、具体的にはテオブロミンの濃度が致死量を超えて検出されているんだが」
零がリビングに降りると、そこには防護ゴーグルと耐熱エプロンを装備した二人の少女が、大型の遠心分離機を回していました。
「お兄様、おはようございます! 今、お兄様の脳内受容体に100%適合し、多幸感を永続させる『究極の自己愛増幅(セルフラブ・ブースター)』を精製中ですので、少々お待ちを!」
結愛はキーボードを叩き、チョコの分子構造をシミュレーションしています。
「……零様。……市販のチョコは、不純物が多すぎる。……私はカカオ豆を赤道直下の農園からハッキングで確保し、零様の唾液の酵素と反応して『甘美な麻痺』を引き起こす融点36.5度に設定しました」
凛は、液体窒素でチョコを瞬間冷却しながら、冷徹な瞳で零をロックオンしながら・・・・
お兄様、学園に向かいましょう!と促したのでした。
学園に登校した零でしたが、彼の下駄箱や机はすでに「物理的に消失」していた。
「……おかしいな。……俺のデスクが空間から消去されている。……教科書を置くという物理的行為が不可能だ」
「お兄様! 害虫……いえ、他校の女子生徒たちが毒(チョコ)を仕込む隙を与えないよう、わたくしが空間ごと『隔離プロトコル』を発動させましたわ! お兄様の机は、現在わたくしのサーバー室で安全に保護されていますわ!」
「……零様。……不特定多数からの供与物は、テロの危険がある。……全てのチョコは、私が事前に検品し、全て『灰(焼却処分)』にしました。……あなたの胃袋に入れていいのは、私と結愛の『許可済み物質』だけです」
零の周りには、チョコを渡そうと虎視眈々と狙っていた女子生徒たちの「阿鼻叫喚」が響いていました。結愛は校内放送をジャックして「本日のチョコ配布は公序良俗に反するため禁止」という偽の校則を流し、凛は目にも止まらぬ速さで飛んでくるチョコを空中ですべて叩き落としていたのです。
放課後の桐生邸。ついに二人の「共作」という名の実力行使チョコが、零の前に差し出されました。
それは、黒く光り輝き、周囲の光を吸い込むような、ある種「ブラックホール」を思わせる禍々しくも美しい一粒。
「お兄様、さあ……。これを食べれば、お兄様の計算式の中に『わたくしたち以外の存在』は一滴も残らなくなりますわ……っ!」
「……零様。……あなたのニューロンを、私たちが直接ジャック(支配)させていただきます」
「……。……ふむ。……お前たちがここまで心拍数を上げて差し出す物質だ。……毒物であっても、俺の理論で中和してやる」
零は、覚悟を決めてその一粒を口に含みました。
「…………ッ!?!?!?」
零の脳内を、数億ギガバイトの「快感データ」が駆け抜けました。
脳の処理速度が限界を超え、世界がスローモーションに見える。
零の瞳から、普段の冷徹な知性が消え、とろりと熱い色が混じり始めました。
「……っ……。……結愛、凛……。……この、チョコの……糖分濃度……。……俺の、自己制御(ファイアウォール)を……一瞬で……焼き切ってしまった……」
零は、ふらふらと二人の肩に手を置きました。その手は、かつてないほど熱く、震えています。
「……計算、不能だ……。……お前たちを、今すぐ……研究対象として……『深く』……解析しなれば……ならない……気がする……」
「「……ッ!!!(お兄様の理性が、ついにバグったわぁぁぁ!!!)」」
零の瞳に宿る、初めての「獣のような独占欲」。
チョコに含まれていたのは、愛という名の猛毒。
天才が初めて「感情」に屈服した、桐生邸の甘く危険なバレンタインの夜が、幕を開けるのでした。