『ZOIDS -RED ZERO-  ―紅き獣と帝国の亡霊―』   作:からし明太子

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第一話 紅き獣と砂に残されたもの

 

 

 砂漠。

 そこは、世界から命の気配が削ぎ落とされたような場所だった。

 

 空は白くかすみ、地平は揺らぎ、吹きつける風は容赦なく砂を巻き上げる。砂塵は視界を奪い、呼吸の合間にまで入り込んで喉を焼く。岩は長い年月を風に削られ、地面はどこまでも乾き切っていた。まるでこの地そのものが、何も生まれず、何も残さず、何も赦さないと語っているようだった。

 

 その荒涼たる砂の海の真ん中で、二つの巨大な影が向かい合っていた。

 

 片方は、すでに膝をつき、かろうじて巨体を支えている大型ゾイド。

 ガイロス帝国軍の重戦闘用ゾイド――レッドホーン。

 

 装甲は焼け、片側のホーンには深い傷が入り、各部から黒煙が立ち上っている。その威容も今は見る影がない。

 

 そして、もう片方。

 

 そのレッドホーンを踏みつけるように立つ一体の獣。

 

 ライガー型ゾイド――ライガーゼロ。

 

 ただし通常の白い機体ではない。

 全身を覆う装甲は鮮烈な朱。コックピット周辺や脚部フレーム、関節の一部は金色に染まり、荒野の只中にありながら異様なまでの存在感を放っていた。鋭い牙をのぞかせる頭部、地を抉る前脚、しなやかでありながら猛々しい全身のフォルム。それはただの兵器ではなく、まるで誇り高い野獣そのものだった。

 

 低く喉を鳴らしながら、ライガーゼロが勝者のようにレッドホーンを見下ろす。

 

 やがて頭部コックピットハッチが、圧縮空気の抜ける鋭い音とともに開いた。

 

 中から現れたのは、まだ若さの残る少女だった。

 

 赤みを帯びた髪は横に跳ねる癖があり、額には紅いヘアバンド。透き通るような碧眼は、年若い容姿に似合わず鋭く、戦場で他人を信用しない者の目をしていた。動きやすさを優先した赤いインナーとツナギの上からでも、しなやかに鍛えられた体つきが分かる。顔立ちは整っている。だが、最初に目を引くのは美しさではなく、隙のない気配そのものだった。

 

 アオザキ・カレン。

 

 かつてガイロス帝国軍にその名を知られた少女。

 

 彼女は焦げ臭い煙に顔をしかめ、眼下のレッドホーンを睨みつけた。

 

「あー、もう……ほんとしつこいわね、プロイツェンの奴。こっちは軍を抜けたってのに、いい加減にしてほしいわ」

 

 言葉に滲むのは苛立ちだけではない。追われることへのうんざりと、どうしようもなく切れない縁への苦さだった。

 

 それに応じるように、ライガーゼロが低く喉を鳴らす。

 

『グルルゥ……』

 

「……そうね、ゼロ」

 

 カレンは小さく息を吐いた。

 

「今さら文句を言っても仕方ない、か。……残ってたって、どうせシュバルツ少佐に迷惑をかけるだけだったし」

 

 口に出した瞬間、自分で自分の声にほんのわずか揺らぎが混じったのが分かった。

 

 規則正しい軍服に身を包み、トレードマークといってもいい軍帽。冷静な声。

 厳しさの裏にあった、あの不器用な優しさ。

 

 脳裏に浮かんだ上官の姿に、カレンは軽く眉をひそめる。思い出したいわけではない。忘れたいわけでもない。ただ、まだ整理がついていないだけだ。

 

 それから彼女は、意識してその記憶を押し込めるようにコックピットへと身を沈めた。

 

「行くわよ、ゼロ」

 

 ライガーゼロが一声、短く咆哮する。

 

 レッドホーンから足をどけ、紅き獣は砂海の彼方へ身を翻した。

 重く、しかし俊敏な足音が砂を蹴り、朱の機体は砂塵の向こうへ溶けていく。

 

 その先で、自分の旅が大きく変わるとも知らずに。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 翌日。

 

 砂嵐はまだ止まなかった。

 

 空はどんよりとかすみ、吹きつける風は昨日よりさらに強い。砂は絶え間なく舞い上がり、数歩先さえおぼつかないほどだ。

 

「フィーネ! 大丈夫かあ!」

 

 風に負けないよう大声を張り上げるのは、短く刈った黒髪の少年だった。

 バン・フライハイト。

 

 日に焼けた顔に、まっすぐな目。まだ子供っぽさの抜けない年頃だが、その表情には妙な生命力がある。雑草みたいにしぶとく、無鉄砲で、そしてどこか人を惹きつける明るさを持った少年だ。

 

 その少し後ろを歩いていた薄金色の髪の少女が、風に髪を乱されながら答えた。

 

「うん……でも、お腹すいたね」

 

「そこ聞いてるんじゃねえんだけどなあ!?」

 

 バンは思わず天を仰いだが、もちろん見えるのは砂ばかりだった。

 

「昨日も砂嵐、今日も砂嵐って、ツイてねぇぜ……」

 

 ぶつぶつと愚痴を零しながら、それでも足を止めずに前へ進む。

 後ろの少女――フィーネは、記憶を失っているせいか、どこか浮世離れした雰囲気がある。危機感が薄いというより、目の前のことにまっすぐ反応する子供らしい素直さが強いのだ。

 

 それが今は、少しばかり頼りなくも見えた。

 

 その時だった。

 

 足元の砂が、ぬるりと崩れた。

 

「――うわっ!?」

 

「きゃっ!」

 

 二人の体が同時に沈む。

 地面に見えた砂の層はただの表面で、その下は流砂になっていた。

 

「お、おいおいおい! なんだよこれ!?」

 

「バン、このままだと……!」

 

「ああ、分かってる! 分かってるけど、どうすりゃ――っ」

 

 もがけばもがくほど沈んでいく。

 脚が取られ、腰が沈み、砂が重たくまとわりつく。

 

「ちくしょう……!」

 

 バンが歯を食いしばった、その時。

 

 嵐の向こうに巨大な影が見えた。

 

「シールドライガー!? ジークか!?」

 

 思わず叫ぶ。

 だが、その影はバンのよく知るシールドライガーとは違っていた。

 

 現れたのは、朱いライガーだった。

 

 砂嵐の中にあってなお鮮烈な紅。

 獣のような鋭い気配を伴って、そのゾイドは二人の前に躍り出る。

 

『そこでじっとしてなさい!』

 

 外部スピーカー越しに響いたのは、凛とした女性の声だった。

 

 次の瞬間、紅いライガーの前脚が二人を器用にすくい上げる。

 まるで壊れ物を扱うように繊細でありながら、圧倒的な力で。

 

「ぷはぁっ……! た、助かったぁ……!」

 

 バンが大きく息をつく。

 フィーネも咳き込みながら頷いた。

 

「大丈夫か、フィーネ?」

 

「うん……だいじょうぶ」

 

 ライガーの頭部ハッチが開き、中から赤髪の少女が姿を見せた。

 

 強い光を宿した碧眼が、まず二人の怪我の有無を確認し、それから周囲を見渡す。

 

「こんな所で流砂に飲まれるなんて。死にたいわけじゃないんでしょ?」

 

「いや、もちろん!」

 

 バンは勢いよく首を振った。

 だが次の瞬間には、もう好奇心が勝っていた。

 

「それより、あんたすげぇな! そのライガー、俺見たことないぞ!」

 

 赤髪の少女は少しだけ目を細めた。

 

「話は後。まずは風を避けるわ」

 

 その口調はぶっきらぼうだったが、二人をそのまま放り出す気がないことだけはよく分かった。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 岩陰に身を寄せ、ようやく三人はひと息ついた。

 

 簡易コンロの上で小鍋が湯気を立てている。乾いた体に温かな匂いが沁みる。外ではライガーゼロが警戒を怠らず、伏せた姿勢のまま周囲を睨んでいた。

 

「出来たわ。食べなさい」

 

「おっ、サンキュー!」

 

「ありがとう……」

 

 差し出された器を受け取ると、バンはさっそくスープを口に運んだ。

 

「うまっ! うわー、生き返る!」

 

「大げさね」

 

「いやほんとほんと! 昨日からろくなもん食ってないし、砂ばっか口に入ってくるし!」

 

 バンは食べながらも喋り続ける。

 フィーネはその隣で黙々と食べていたが、ふいに顔を上げた。

 

「おいしい」

 

「……そう」

 

 赤髪の少女は短く返しただけだったが、ほんのわずかに肩の力が抜けたようにも見えた。

 

「そうだ、まだ名前聞いてなかったよな! 俺はバン! こっちはフィーネ!」

 

「……カレン。この子はライガーゼロよ」

 

 外で待機していたライガーゼロが、ちょうどそのタイミングで短く喉を鳴らした。

 

『グル』

 

「ゼロもよろしくって言ってるわ」

 

「へえーっ! あんた、ゾイドの言葉が分かるのか!?」

 

「この子だけ。なんとなく分かるって感じ」

 

「それでもすげえよ!」

 

 まったく裏表なく感心するバンに、カレンは少しだけ戸惑った。

 軍にいた頃、彼女の力に向けられる視線は敬意より警戒、驚きより利用価値の測定であることが多かった。こんなふうに子供みたいに目を輝かせて「すごい」と言われるのは、ずいぶん久しぶりな気がした。

 

「それで、あんたたちは? どうしてこんな砂漠を子供二人で歩いてるの」

 

 問われて、バンは遺跡でジークと出会ったこと、動かなくなっていたシールドライガーがジークのおかげで蘇ったこと、盗賊団に狙われたこと、村を離れることになった経緯を語り始めた。興奮すると話が飛びがちな性格のせいで多少まとまりはなかったが、それでもカレンは口を挟まず聞いていた。

 

 ジーク。

 遺跡。

 動かなくなっていたゾイドの復活。

 

 その言葉の端々に、カレンの知る軍の噂と繋がるものがある。

 

「……そのジークって、小さいゾイドなの?」

 

「ん? ああ、そうさ! 遺跡で見つけたんだ。ジークが合体すると、シールドライガーがすっげえ強くなるんだぜ!」

 

 バンの無邪気な声に対し、カレンの胸中には別の名前が浮かぶ。

 

(……オーガノイド?)

 

 帝国軍研究部で囁かれていた古代ゾイド人の遺産。

 古代ゾイドの修復・活性化に関わる未知の生命体。

 あくまで噂、だが、まったくの与太話ではないと知っている者たちもいた。

 

 カレンはその思考を一度置いた。

 

「……なるほどね」

 

 それ以上は聞かない。

 話の核心より先に、彼女はバンの顔を見ていた。

 

「ジークをあいつらに渡すのは簡単だけどさ」

 

 バンは器を握りしめる。

 

「でも、渡しちゃいけない気がするんだ。なんていうか……上手く言えねえけど」

 

 その表情は真剣だった。

 まっすぐで、青臭くて、無鉄砲で、それでも嘘がない。

 

 カレンは一瞬だけ目を伏せる。

 

(……同じだ)

 

 守りたいものがある。

 理由を完璧に言葉にできなくても、手放してはならないとだけ分かっている。

 そういう感覚を、彼女自身も知っていた。

 

「……そう」

 

 カレンは短く返し、コーヒーを口にした。

 苦味が舌に広がる。思考が少しだけ落ち着いた。

 

「それで、カレンは何してたんだ? 一人で旅してんのか?」

 

「一人じゃないわ。一人と一体」

 

 外のゼロが『グルル』と喉を鳴らす。

 バンは思わず笑った。

 

「なるほどな!」

 

「……何がなるほどなのよ」

 

「いや、いいコンビだなって思ってさ」

 

 その言い方があまりにも自然で、カレンは少しだけ言葉に詰まった。

 軍を辞めてから、ゼロとの関係を他人にあれこれ言われたことはあった。大半は畏れか、好奇心か、あるいは値踏みだった。だが「いいコンビ」という言葉は、なぜだかやけに素直に胸に落ちた。

 

 だからだろうか。

 次に口をついた言葉は、自分でも少し意外だった。

 

「次の村まででも、同行する?」

 

「えっ、マジで!?」

 

「シールドライガーと逸れてるなら、今のあんたたちだけじゃどうにもならないでしょ。それに……」

 

 カレンはそこでわずかに言葉を止めた。

 

「何より、こんな所に子供二人置いていくのは寝覚めが悪いわ」

 

「やったあ! よろしくな、カレン!」

 

「よろしく……」

 

 フィーネも小さく頭を下げる。

 外でライガーゼロが得意げに鳴いた。

 

 その時はまだ、カレンも知らなかった。

 この何気ない同行の申し出が、彼女の旅を大きく変えていくことを。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 翌朝。

 

 砂嵐がようやく弱まり、視界が開ける。

 ほどなくしてバンたちはジーク、そしてシールドライガーとも合流できた。

 

「ジーク! シールドライガー!」

 

 バンは子供らしく全力で駆け寄っていき、小さなオーガノイドを抱き上げて喜んだ。シールドライガーもまた、無事な主たちを前にどこか安堵しているように見える。

 

 カレンは少し離れた場所から、その光景を眺めていた。

 

 小さなゾイド――ジーク。

 バンの話の通りなら、ただのメカ生命体ではない。

 

(やっぱり、オーガノイド……?)

 

 軍を辞めた今、その正体を暴く義務はない。

 だが、放っておけば危険を呼ぶ存在であることは想像に難くなかった。

 

「ねえ、カレン」

 

 フィーネに呼ばれて顔を上げる。

 彼女が指さした先には、小さな峡谷に埋もれるように建つ古びた砦があった。

 

 石壁は崩れ、塔は半分砂に埋もれ、長い年月を風と砂にさらされてきたことが一目で分かる。

 

「……砦ね」

 

 カレンは周囲を見回した。

 荷物を確認する。食料は多少ある。だが水が足りない。

 

「二人とも。まずは水の確保が最優先よ」

 

 砂漠では食料より水の方が重要だ。

 しかもバンたちは砂嵐で荷をいくらか失っている。カレンの備蓄を合わせても、三人分を次の村まで賄うには足りない。

 

「この辺りの遺跡は、昔軍の砦として使われてたものが多いの。地下水脈を引いてる可能性があるわ」

 

「へえー、詳しいんだな」

 

 何気なく言ったバンの言葉に、カレンは少しだけ表情を硬くした。

 

「……昔、似たような場所をいくつも見てきたのよ」

 

 それ以上は語らない。

 バンも深入りはしなかった。

 

 ライガーゼロとシールドライガーは外で待機させ、カレンを先頭に三人と一匹は砦へ入った。

 

 中はひんやりとしていた。

 崩れた回廊、砂の入り込んだ部屋、朽ちた家具。人の営みの痕跡だけが残っている。

 

「ここで、戦争があったの?」

 

 フィーネが問いかける。

 

「ああ。たぶん、何度もね」

 

 カレンが答えた、その時だった。

 

 後方から、轟くような咆哮が響いた。

 

 振り返る。

 

 そこにいたのは、一体のゴルドスだった。

 ただし普通のカラーリングではない。全身を白に近い色で塗られた、共和国軍の大型ゾイド。

 

「白いゴルドス!?」

 

「なんでこんなところに共和国のゾイドが……!」

 

 バンとカレンの驚きなど意に介さず、白いゴルドスは三人へ向かって突進してきた。

 

 咄嗟にバンがフィーネを庇って飛び退く。

 間一髪、白い巨体がすぐ横を通り過ぎた。

 

 振り返ったゴルドスの砲門がこちらへ向く。

 

「……無人だ」

 

 露わになったコックピットを見て、カレンが言った。

 

「それに右足を怪我してるわ」

 

 確かに白いゴルドスは片足を引きずっている。装甲の損耗も激しく、長い間まともな整備を受けていないことがうかがえた。だが、その目つき――いや、動きには確固たる意思があった。

 

 ここへ入るな。

 そう言っているようだった。

 

「心配するな! 俺たちは敵じゃない!」

 

 バンが叫ぶ。

 しかし返答は砲撃だった。

 

「わあっ!?」

 

「バン、こっち!」

 

 カレンが二人を引っ張り込み、近くの窪みに飛び込む。

 土煙が頭上を覆い、三人はまともに砂まみれになった。

 

「げほっ、げほっ……」

 

「バン、顔まっくろ」

 

「フィーネ、お前もだよ!」

 

 そんなやり取りをしている横で、カレンは白いゴルドスの様子を窺っていた。

 

「……あの子、私たちを倒したいんじゃない」

 

「え?」

 

「砦の中に入れたくないだけよ」

 

 その言葉通りだった。

 ゴルドスは一定以上こちらへ追ってくることなく、砦の入り口を塞ぐように立ち続けている。

 

 バンは強硬突破しようと飛び出したが、あっさり砲撃で追い返された。

 

「……おかえり」

 

「おかえりなさい……」

 

 呆れたカレンと、なぜか真似をするフィーネに迎えられ、バンは悔しそうに唇を尖らせた。

 

 その時、窪地の端に堆積していた砂が崩れ、小さな穴が顔を出した。

 

「これだ!」

 

 バンの目が輝く。

 

「二人とも、こっち!」

 

 穴の先は、砦内部に繋がる古い水路だった。

 三人はそこを這うように進み、まんまと白いゴルドスの警戒を出し抜いて内部へ侵入した。

 

 やがてたどり着いたのは、地下水を汲み上げる噴水のある部屋だった。まだ水は生きている。透明な水が静かに湧き出していた。

 

「やった!」

 

「これで助かったわね」

 

 水を補給しながら探索を続けていくうち、フィーネが古びた机の上から一冊の本を見つけた。

 

「これは……日記?」

 

 カレンが受け取り、慎重に開く。紙は痛んでいるが、文字はまだ読める。

 

「五十年以上前の共和国兵士の日記ね」

 

「五十年!?」

 

 バンが思わず声を上げた。

 

 カレンは残っている文章を追っていく。

 

 ――昨夜の会議で、この砦を放棄することが決定した。

 ――苦渋の決断だが、これ以上の戦闘は犠牲者を増やすだけだ。

 ――無念なのは我が友ゴルドスのこと。負傷した足では連れていけない。

 ――長年戦ってきた戦友だ。辛い。

 ――せめて一日も早く戦争を忘れ、自由を見つけてほしい。

 

 ページの間から、一枚の写真が滑り落ちた。

 

 そこに写っていたのは、若い共和国兵士と、一体の白いゴルドス。

 

「……あいつか」

 

 バンの声が沈む。

 

「五十年も、ここで……?」

 

「そういうことね」

 

 カレンの声は冷たかった。

 

「最低だわ」

 

「カレン……?」

 

「戦争で使うだけ使って、最後は置いていく。足手まといだからって」

 

 その一言には、写真の中の兵士への怒りだけでないものが混じっていた。

 帝国も、共和国も、結局は同じ。ゾイドも、人も、戦場では使えるかどうかで見られる。

 

 捨てられたセイバータイガー。

 見捨てられた自分。

 胸の奥に沈めていた感情が、白いゴルドスを見て一気に浮かび上がる。

 

「……最低よ。共和国の兵士も」

 

 吐き捨てた、その瞬間だった。

 

 外から爆発音が響いた。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 砦の外では、白いゴルドスと黒いコマンドウルフが激しくぶつかり合っていた。

 

 コマンドウルフを駆るのは、左目に眼帯をした男。

 精悍な顔つきに、どこか食えない笑み。身軽な機体を巧みに操り、足を負傷した白いゴルドスと互角以上に渡り合っている。

 

「あの足で俺と張り合うとは……歴戦のゾイドか」

 

 男が感心したように呟く。

 

「やめろーっ!」

 

 そこへ、シールドライガーに乗ったバンが割って入った。

 

「一昨日の小僧か」

 

「お前は……!」

 

 男はバンを知っているらしかった。

 だが勝負は待ってくれない。

 

 白いゴルドスはついに体勢を崩し、地面へ伏した。

 そこでジークがシールドライガーと合体する。

 

 光が走る。

 

「オーガノイドか!?」

 

 眼帯の男の声が一変した。

 驚きと興味が剥き出しになる。

 

 だが、コマンドウルフにも先ほどの戦闘のダメージがあったのだろう。男は舌打ちすると、無理をせず撤退を選んだ。

 

「待て!」

 

 バンが叫んでも、男は振り返らなかった。

 

 その後、カレンは白いゴルドスの損傷具合を確認した。

 ライガーゼロに積んでいた予備部品で応急処置はする。だが修理には程遠い。

 

「右足が酷いわね。これ以上は自己修復機能に任せるしかない」

 

 そう言いながら顔を上げた時、フィーネとジークの姿が見えないことに気付いた。

 

 三人で探してみると、先ほどの日記を見つけた部屋の奥に、さっきまではなかった隠し階段が開いていた。ジークがそこで待っている。

 

「フィーネも下にいるんじゃないかしら」

 

 カレンとバンは地下へ降りた。

 

 そこは石柱が立ち並ぶ、広い隠し部屋だった。

 奥にある一本の石柱の前で、フィーネがぼんやり立ち尽くしている。柱には古代文字が刻まれていた。

 

「これ、古代文字?」

 

 カレンが近づき、石柱に触れた、その瞬間。

 

 文字が光った。

 

「っ……!」

 

 フィーネが頭を押さえる。

 

「フィーネ!?」

 

「……ゾイド……」

 

「え?」

 

「……ゾイド……イヴ……」

 

 その言葉を残し、フィーネは崩れ落ちた。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 しばらくしてフィーネは意識を取り戻したが、思い出したのは「ゾイドイヴ」という言葉だけだった。

 

「思い出せよ! 何か大事な手掛かりなんじゃないのか!?」

 

 バンは焦る。

 だがフィーネは首を振るしかない。

 

「……わからないの。でも、すごく大事なことみたいで……会いに行かなくちゃいけない気がするの」

 

 それ以上何も言えないフィーネを見て、バンも口をつぐむ。

 

「バン、今はやめなさい」

 

 カレンが静かに言った。

 

「無理に思い出させようとしても、余計に混乱するだけよ」

 

 バンは納得しきれない顔をしながらも、押し黙った。

 

 だが、その静けさは長く続かなかった。

 

 砦に再び爆発音が響く。

 

「戻ってきたのね……!」

 

 外へ出た時には、黒いコマンドウルフの男が砦そのものに攻撃を加えていた。

 

 バンが白いゴルドスを起こそうと駆け寄る。

 その隙だった。

 

「きゃっ……!」

 

 フィーネが男に捕らえられる。

 

「放しやがれ!」

 

「お前の連れてるチビのゾイドを渡せ」

 

「ジークのことか!?」

 

「そうだ。オーガノイドを探して、俺は世界中の遺跡を歩き回った」

 

 男の目的は明白だった。

 

 バンは歯噛みする。

 フィーネを人質に取られ、迂闊に動けない。

 

 その時。

 

「――はい、そこまで」

 

 いつの間にか男の背後へ回っていたカレンが、首筋へナイフを当てていた。

 

 男の銃を蹴り飛ばし、低い声で告げる。

 

「フィーネを放しなさい。さもないと、本当に二度とゾイドに乗れなくするわよ」

 

「……お前か」

 

「久しぶりね。相変わらず、人のゾイドを盗る趣味でも続けてるの?」

 

「趣味じゃねえ、仕事だ」

 

「最低のね」

 

 軽口のようでいて、二人の間には妙な緊張が流れていた。

 

「知り合いなのか!?」

 

「腐れ縁よ」

 

 カレンがそう言った直後、男は右手に隠していた閃光弾を落とした。

 

「っ!」

 

 閃光が炸裂する。

 

 視界が奪われる一瞬の隙に、男はフィーネを放し、落とした銃を拾って後退した。

 

「ハハハッ! 形成逆転だな!」

 

「ちっ……! バン! フィーネ! 走って!」

 

 三人は砦の中へ駆け出した。

 銃声が石壁に反響する。分断され、追いつめられ、結局カレンとフィーネ、ジークは枯れ井戸の抜け道から外へ逃げることになる。

 

 だが、出口で待ち構えていたのは黒いコマンドウルフだった。

 

「鬼ごっこは終わりだ」

 

「くっ……!」

 

 カレンはフィーネを庇って前に出る。

 ゼロさえいれば。そう思った瞬間、聞き慣れた咆哮が響いた。

 

「バァン!」

 

 シールドライガーだ。

 バンが戻ってきたのだ。

 

「安心しろ、フィーネ!」

 

 ジークが飛び上がり、シールドライガーと合体する。

 黒いコマンドウルフと真正面から激突。だが、押し負けた。

 

「言ったはずだ。お前にはそのゾイドは宝の持ち腐れだってな」

 

 男の言葉には、自惚れではない実力の裏打ちがあった。

 バンは歯を食いしばりながらも押し返せない。

 

 その時だった。

 

 白い巨体が割って入る。

 

 白いゴルドス。

 

 バンを庇うように、攻撃の軌道へその身を滑り込ませる。

 

 さらにその直後、朱の閃光が戦場を切り裂いた。

 

「ゼロ!」

 

 ライガーゼロが黒いコマンドウルフへ襲いかかる。

 男は咄嗟に後方へ飛び退いた。

 

 白いゴルドス。

 赤いライガーゼロ。

 二体のゾイドに睨まれ、男は肩をすくめる。

 

「……後味の悪い戦いだ。今日は引く」

 

 黒いコマンドウルフは砂煙を上げて去っていった。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 静寂。

 

 戦いが終わった後、白いゴルドスは傷ついた足を引きずりながら、何事もなかったかのように砦へ戻ろうとしていた。

 

「おい、待てよ!」

 

 バンが追いすがる。

 

「もうあの砦に戻る必要なんかないだろ! お前は自由なんだぞ!」

 

 だが白いゴルドスは止まらない。

 振り返りもしない。

 

 ただ、砦へ。

 自分の立つべき場所へ。

 

「もう戦争は終わったんだ! お前の仲間は……!」

 

 そこでバンは言葉に詰まった。

 

 真実を告げればいいのか。

 それとも、このまま夢を見させてやるべきなのか。

 

 結局、白いゴルドスは何も知らぬままでも、あるいは全部分かっていても、自分の意思で戻っていくのだろう。

 

「……止めなさい、バン」

 

 カレンの声が静かに響く。

 

「でも……!」

 

「あれが、あの子の選んだことよ」

 

 カレンは白い背中を見つめていた。

 

「きっと分かってるの。待っても仲間が帰ってこないことも、戦争が終わったことも。……それでも、守ることをやめないのよ」

 

「なんでだよ」

 

 バンの問いに、カレンは少しだけ間を置いて答えた。

 

「そこが、自分のいた場所だから」

 

 それだけだった。

 だがその言葉には、白いゴルドスだけではなく、どこか自分自身にも向けた響きがあった。

 

「帰る場所があるって、そういうことなのかもしれないわ」

 

 白いゴルドスは、再び砦の前へ立った。

 夕陽を背に受け、今までと同じように守護者として。

 

 百年でも、二百年でも。

 帰らぬ仲間を待ち続けるのだろう。

 

 バンはその後ろ姿を見つめながら、ようやく小さく呟いた。

 

「……そっか」

 

 フィーネは何も言わず、ただその白い巨体を見上げていた。

 ジークもまた、珍しく静かだった。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 夜。

 

 焚き火の前で、バンとフィーネは眠っていた。

 ジークはそのすぐそばで丸くなっている。

 

 少し離れた場所で、カレンはライガーゼロの前脚にもたれかかるように座っていた。砂漠の夜は冷える。だがゼロの体温は、不思議と心を落ち着かせた。

 

『グル……』

 

 ゼロが低く鳴く。

 心配しているのだと、カレンにはすぐ分かった。

 

「……大丈夫よ」

 

 そう言ってから、自分が本当に大丈夫なのか少し分からなくなった。

 

 白いゴルドスのことを思い出す。

 仲間を待ち続けるあの背中。

 使われ、置いていかれ、それでも守ることをやめない意思。

 

「似てると思っただけ」

 

 カレンはぽつりと呟く。

 

「……あの子も。私も」

 

 ゼロが静かに耳を動かした。

 

「捨てられても、置いていかれても、簡単に切り替えられるほど器用じゃないのよ」

 

 思い出すのは、壊れたセイバータイガーの最期だった。

 あの戦場。あの命令。あの見捨てられ方。

 

 そして、引き留めようとした仮面の男の声。

 

「……シュバルツ少佐」

 

 名前は夜風に溶けていく。

 

 恋だとか、憧れだとか、そう簡単な言葉だけでは片づけられない感情が胸の底に沈んでいる。まだ見ないふりをしているだけだ。

 

 だが今は、それを掘り返す時ではない。

 

 焚き火の向こうで、バンが寝言を漏らした。

 

「ジーク……そっち行くな……それ俺の……肉……」

 

 フィーネが寝返りを打ち、くすりと笑ったような顔になる。

 

 カレンは思わず吹き出しそうになり、それをこらえる。

 

「……ほんと、騒がしいのを拾っちゃったわね」

 

 ゼロがどこか得意げに鼻を鳴らした。

 最初からそうなると分かっていた、とでも言いたげに。

 

「分かってるわよ」

 

 カレンは目を細める。

 

「でも、悪くない」

 

 軍を辞めてから、自分はただ逃げるように旅をしていた。

 帝国からも、家からも、過去からも。

 その先で何をするのかも曖昧なまま。

 

 けれど、今は違う。

 

 無鉄砲で、真っ直ぐで、子供みたいに騒がしくて。

 それでも放っておけない少年と、ふわふわしているようで時々核心に触れる少女と、小さなオーガノイド。

 

 この出会いが、自分の旅を変える。

 そんな予感だけが、胸の奥に小さく灯っていた。

 

「行くわよ、ゼロ」

 

 ライガーゼロが静かに目を開く。

 

「明日も、きっと騒がしくなる」

 

 夜空には、無数の星が散っていた。

 その下で、紅き獣と白き獣、そして小さな命が、それぞれの想いを胸に休んでいる。

 

 砂に埋もれた記憶を越えて。

 置き去りにされた昨日を越えて。

 

 彼らの旅は、ここから本当に始まるのだった。

 

 

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