『ZOIDS -RED ZERO- ―紅き獣と帝国の亡霊―』 作:からし明太子
砂漠を越えた先には、乾いた荒野が広がっていた。
朝日が昇り始めたばかりの空は薄く白み、夜の冷気をまだわずかに残した風が、ひび割れた大地の上を吹き抜けていく。砂漠ほど苛烈ではないが、ここもまた豊かな土地とは言い難い。地表は乾き、草はまばらで、遠くに見える岩山は剥き出しの骨のように黒く沈んでいた。
そんな荒野に、不釣り合いなほどよく通る叫び声が響いた。
「水を捨てちまったァァァァッ!!」
朝一番にそれを聞かされたカレンは、思わず額を押さえた。
ライガーゼロの傍らで腕を組み、肩を震わせているのはバンである。本人としては大悲劇のつもりなのだろう。シールドライガーの尾に吊るした貯水タンクを開き、中身が見事に空っぽなのを確認して、その場に崩れ落ちんばかりの勢いで絶望していた。
「いや、何やってるのよ……」
カレンが呆れを隠さずに言うと、フィーネが悪びれもせず首をかしげた。
「あの水、酸っぱかったわ」
「酸っぱかった、じゃねえよ!!」
バンがものすごい勢いで振り返る。
「俺の特製レモンエキス入り水だったんだぞ!? 旅の活力源! 勇気びんびん栄養剤!!」
「腐ってたのかと思ったの」
「腐ってねぇーっ!!」
「……紛らわしい物を作るからよ」
カレンは溜息混じりにそう言った。
そもそも遺跡で苦労して汲んだ貴重な水を、全部“特製レモン水”にしてしまう方もどうかしている。
フィーネは真顔で続けた。
「身体に悪いと思ったの」
「お前の優しさが痛い!!」
バンはがっくりと膝をついた。
その様子を少し離れたところから見ていたライガーゼロが、どこか呆れたように鼻を鳴らす。
『グルル』
「……そうね、ゼロ。ほんと、何やってるんだか」
カレンが肩をすくめると、ゼロは「自分は最初から分かっていた」とでも言いたげに胸を張った。
しかし、そんな騒ぎとは無関係に、喉の渇きは現実としてそこにある。
「文句言ってても水は増えないわ。次の補給場所を探さないと」
「わ、分かってるよ……」
バンはしょんぼりしたまま立ち上がった。
だがその顔は、すでに次の瞬間には何か面白いことを見つけそうな、いつもの落ち着きのなさを取り戻しつつある。
そういう切り替えの早さは、長所なのか短所なのか。カレンにはまだ判断がつかなかった。
◆ ◆ ◆
それからしばらく進んだ頃だった。
荒野の起伏を越えた先から、かすかに水音が聞こえた。
「……止まって」
カレンが手を上げる。
バンもフィーネも足を止めた。
風の音。乾いた土の匂い。
その奥に、確かに水の気配がある。
「水だ!」
バンが目を輝かせる。
「待ちなさい。まだ――」
言い終える前に、バンはもう駆け出していた。
「うわあああっ! 湖だああぁぁーっ!!」
「バン!」
カレンの声などまるで耳に入っていない。
小高い岩場を飛び降りた先には、荒野の中にぽっかりと開いたような小さな湖があった。澄んだ水面が朝日を反射し、周囲にはまばらながら草も生えている。
バンは歓声を上げ、そのまま服のまま湖に飛び込んだ。
「イヤッホォォォーウ!! 冷てぇぇぇっ! でも最高だああーっ!!」
「……子供ね」
カレンは本日何度目か分からない呆れの息をついた。
「バン、先に水を汲みなさい! 飲み水の確保が先でしょ!」
「いいじゃんいいじゃん! 頭も体もカラッカラだったんだよー!」
ばしゃばしゃと水を跳ね上げながら、バンは全力で水浴びを続ける。
その様子を見ていたライガーゼロが、心底羨ましそうに湖へ顔を向けた。
『グル……』
「駄目よ、ゼロ」
カレンがぴしゃりと言う。
ゼロはぴたりと動きを止めた。
だが耳はしょんぼり垂れ、尻尾も明らかに元気がない。
「アンタまで入ったら湖が泥だらけになるでしょ」
『グルル……』
納得していないらしい。
それでも反抗はしない。カレンが一睨みすると、ゼロは渋々その場に伏せた。
そんな一人と一体のやりとりを横で見ていたフィーネが、湖の方を見つめながらぽつりと言った。
「でも、よかった。ちゃんとあった」
「え?」
「水。香りがしたの」
カレンは振り返る。
「香り?」
「うん。綺麗な水の香り。あっちにあるって分かったの」
あまりにも自然な口ぶりで言うので、冗談には聞こえない。
フィーネの不思議さにはもう何度も触れているが、それでも時々こうして驚かされる。
「……便利な鼻してるのね」
「鼻だけじゃないと思う」
「そこは否定しないのね」
小さく笑いかけた、その時だった。
カレンの背筋を、冷たいものが走った。
視線。
それも一つや二つではない。複数だ。
ゾイドの気配もある。人の息遣いも。
「――バン! 水から出なさい!」
「え? なんだよ急に――って」
バンが湖から顔を上げる。
その視線の先、崖の上に、黒い影が立っていた。
黒いコマンドウルフ。
そして、その背に乗る左目に眼帯をした男。
「お前は……!」
バンの顔が険しくなる。
遺跡で白いゴルドスを襲っていた、あの男だ。
男は相変わらずどこか余裕のある笑みを浮かべ、湖のほとりに立つ三人を見下ろしていた。
「俺の名はアーバインだ。盗賊かと思って来てみれば、あの時の小僧とはな」
「小僧じゃねえ! 俺はバンだ!」
「どうでもいい。まず湖から上がれ」
「なんでお前にそんなこと言われなきゃ――」
言いかけたバンは、アーバインの視線がジークへ向いていることに気づき、咄嗟にジークを庇った。
「渡さねぇぞ! 絶対にジークを渡さねえからな!」
アーバインは肩をすくめる。
「心配するな。二つの仕事を同時にはしない。それが俺のポリシーだ」
「……は?」
意味が分からず、バンは素っ頓狂な声を上げた。
その横で、カレンが一歩前に出る。
表情は普段と変わらぬようでいて、隙は一切ない。
「相変わらずね、アンタは。まだそういう仕事してるわけ」
アーバインはカレンを見やり、わずかに眉を上げた。
「なんだ、アンタもいたのか」
「あら、いて悪い?」
「別に。こっちはもうアンタのゾイドを狙うつもりはねえよ。割に合わねえからな」
「何よそれ」
「冗談じゃねえ。何度も何度も返り討ちにされかけて、しまいにゃライガーごと追い回される。狙う方が命懸けだ」
カレンの口元がわずかに吊り上がる。
「そう? 私はけっこう楽しかったけど」
「こっちは心臓に悪かったんだよ」
そのやり取りに、バンが交互に二人の顔を見比べた。
「……知り合いだったのか?」
「知り合いってほどでもないわ」
「腐れ縁だ」
ほぼ同時に返ってきた言葉に、バンはますます混乱する。
その時、カレンはさらに上へ視線を向けた。
崖の陰に、こちらを窺う人影がいくつも見える。
「それで? あそこにいる連中は誰なの?」
アーバインは一瞬だけ視線を逸らし、それからあっさり答えた。
「近くの村の連中だ。ここの水場を守ってる」
◆ ◆ ◆
湖のそばにあったのは、小さな集落だった。
荒野の中の貴重な水場を頼りに、どうにか暮らしをつないでいる村。家々は低く、乾いた土と石で作られている。人々の顔には疲れが浮かんでいたが、それ以上に強かったのは怯えだった。
「なるほどね……」
カレンは村を見渡し、小さく息をつく。
アーバインの説明によれば、この辺りはかつて“砂漠のオアシス”と呼ばれていた土地だという。だが人間が欲に任せて水脈を掘り返し続けた結果、土地は穴だらけになり、降水量も少ないことから急速に干上がっていった。今やこの湖が、村の命綱だ。
そしてその水場を狙って、帝国軍崩れの盗賊たちが定期的に襲ってくる。
「だから用心棒が必要ってわけ」
カレンが言うと、アーバインは無言で頷いた。
村人たちは最初こそ警戒していたが、カレンたちがアーバインと顔見知りらしいと分かると、最低限の水と食料を分けてくれた。切羽詰まった土地にしては、十分すぎる厚意だろう。
「よーし! それなら俺も手伝うぜ!」
食べ物を頬張りながら、バンが勢いよく立ち上がる。
「お礼代わりに俺も用心棒やる!」
だがアーバインはあっさり言った。
「邪魔だ」
「はぁ!?」
「用心棒は俺一人で足りてる。お前は役に立たない。つまり邪魔だ」
「なっ……!」
バンの顔が真っ赤になる。
だが、カレンは内心で少しだけアーバインに同意していた。
バンはシールドライガーとジークという強力な戦力を持っている。だが、ゾイド乗りとしての腕はまだ荒削りだ。相手がただの野盗ならともかく、軍崩れの相手となれば話は違う。
それでも面と向かって“邪魔”と言われて、黙っていられるバンではない。
「なんだとーっ! だったら勝負だ!」
「やめなさい、バン」
カレンが止めるより早く、頭上からざばあっと水が降った。
「うわっ!? な、何すんだああぁ!!」
全身ずぶ濡れになったバンの前に、空になった大きな壺を抱えたフィーネが立っていた。
「ハッピーモードでしょ?」
「ハッピーモード……?」
「さっき言ってたから」
湖に飛び込んだ時のバンの台詞を真に受けたらしい。
悪意がない分、余計にタチが悪い。
バンが口をぱくぱくさせる横で、アーバインが噴き出した。
「ははははっ! お似合いのコンビだな」
「なに笑ってんだよ!」
しかしアーバインは気にせず背を向けかける。
その時だった。
「バンの言ってること、間違ってる?」
フィーネが、まっすぐアーバインを見た。
男はぴたりと足を止める。
「……何?」
「手伝う人、多い方がいいでしょ。私たちのこと、嫌い?」
「いや、そういう問題じゃ――」
「だったらいいじゃない」
まるで理屈になっていないようでいて、妙に本質を突く言葉だった。
アーバインは珍しく返答に詰まる。
そこへ、今度はカレンが口を挟んだ。
「アンタの負けね」
「は?」
「人手は多い方がいい。それにバンは言い出したら聞かないわよ」
「フィーネも聞かないと思う」
「ジークもたぶん聞かないわね」
どこか他人事のようにそう言いながら、カレンはアーバインを見る。
「私も手伝う」
「……はあ」
アーバインは深く、深く溜息をついた。
「仕方ねぇな……」
その言葉に、バンが飛び上がるように喜ぶ。
「よっしゃあ! 決まりだな!」
「決まったんじゃない。勝手に転がり込まれただけだ」
「細けぇことは気にすんなって!」
バンが満面の笑みを浮かべると、アーバインは露骨に嫌そうな顔をした。
そのやり取りを見て、カレンは小さく笑う。
きっと、悪い組み合わせではない。
騒がしくはなるだろうけれど。
◆ ◆ ◆
日が高くなるにつれ、荒野はじりじりと熱を帯びていった。
村の外れ、小高い崖の上から、カレンは乾ききった大地を見下ろしていた。昔は水が流れていたのだろう窪地が幾筋も走り、ところどころに無数の穴が口を開けている。まるで大地そのものが人の欲に食い荒らされた傷跡のようだった。
「まさかアンタが、素直に用心棒を引き受けるとは思わなかったわ」
隣に立ったアーバインが、鼻で笑う。
「素直じゃねえ。ただ効率を考えただけだ」
「悪党のくせに?」
「喧嘩売ってんのか」
「事実でしょ」
カレンはにやりと笑った。
アーバインが露骨に顔をしかめる。
その反応が面白くて、カレンは肩を揺らす。
昔からこうだ。アーバインは口は達者だが、真正面からからかわれると案外弱い。
「でも、アンタがこういうのを引き受けるなんてね。人助けの趣味でも芽生えた?」
「冗談じゃねえ」
アーバインは腕を組み、乾いた土地を見た。
「水場を押さえられりゃ、あの辺の連中はみんな干上がる。俺はただ、自分の寝床が荒れるのが面倒なだけだ」
「はいはい」
カレンは軽く流した。
たとえ本音が半分そうだったとしても、それだけじゃないことは何となく分かる。
アーバインは冷酷ではあっても、必要以上に弱い者を踏みつける男ではない。
ふと、風向きが変わった。
砂埃の匂い。
大地を震わせるかすかな振動。
「……来たわね」
カレンが呟く。
地平線の向こうから、いくつもの影がこちらへ向かってくるのが見えた。
砂煙を上げて進むゾイドの一団。
崖下では、ライガーゼロと黒いコマンドウルフがすでに待機している。
「数は……六」
アーバインが目を細める。
「ガイサック一、モルガ二、コマンドウルフ二……それと」
最後の一体を見た瞬間、カレンの目つきが変わった。
「……レッドホーン」
赤い装甲の大型ゾイド。
重装甲・重火力を誇る帝国製の“動く要塞”。
盗賊が持つには、明らかに過ぎた戦力だ。
「軍崩れって話は本当みたいね」
「面倒なのが混じってやがる」
カレンはライガーゼロに目を向ける。
ゼロはすでに戦闘前の独特な高揚を見せていた。耳がぴんと立ち、喉の奥で低い唸りが鳴る。
『グルルル……』
「でも、頭数が多くても問題はゾイド乗りの腕次第よ」
不敵に笑うカレン。
その横顔は、先ほどまでの軽口のやり取りとはまるで別人だった。
戦場を知る者の目。
殺気と集中を研ぎ澄ませる、帝国元少尉の顔。
だが、そんなカレンの視線がふと別の方向を向く。
「……それより、バンたちは?」
嫌な予感がした。
◆ ◆ ◆
その頃、バンたちはというと。
「ジーク! 今は水遊びしてる場合じゃねえだろーっ!!」
――湖で水遊びをしていた。
盗賊が来ると聞いた瞬間、やる気だけは満々になったバンは、ジークと一緒にシールドライガーの元へ向かっていた。
いたはずなのだが、途中でジークが湖へ飛び込み、気持ちよさそうに泳ぎ始めてしまったのだ。
「ぐぬぬぬ……!」
バンが拳を握りしめる。
だがジークは気にした様子もなく、くるくると水面を飛び回る。
「おい! 俺は早く戦いたいんだ! いい加減にしろって!」
「バン」
呼ばれて振り向くと、後ろにシールドライガーが立っていた。
そのコックピットに、なぜかフィーネが先に乗っている。
「……行かないの?」
「行くよ! 俺だって行きたいよ! でもジークが――」
文句を言っている間に、ジークがようやく湖から上がる。
全身をぶるぶる震わせて水を飛ばしたかと思うと、そのままシールドライガーへ飛びつき、合体した。
光が走る。
「なんなんだよお前……!」
「行く?」
「行くに決まってるだろ!」
結局バンは、びしょ濡れにされたまま慌ててシールドライガーに乗り込むことになった。
◆ ◆ ◆
戦闘はすでに始まっていた。
荒野の上を、赤い閃光が駆け抜ける。
「はあぁっ!!」
ライガーゼロの鋭い爪が、黄色いコマンドウルフの脚部を切り裂いた。金属片と火花が散り、バランスを崩した敵機がその場に崩れ落ちる。
「盗賊風情が、調子に乗るんじゃないわよ!」
カレンの声とともに、ゼロが咆哮する。
その姿は、まさしく荒野を駆ける紅き猛獣だった。
すでにモルガ二機とコマンドウルフ一機は戦闘不能。
アーバインも黒いコマンドウルフを巧みに操り、もう一機の敵コマンドウルフを押し込んでいる。
だがカレンは不満だった。
(遅い……)
本来なら、もう少し一気に押し切れるはずだった。
しかし相手のレッドホーンが予想以上に的確に戦線を支え、空には伏兵まで潜んでいる気配がある。
その時、モニターの端に見慣れた機影が飛び込んできた。
「やっと来たのね!」
シールドライガーだ。
バンの声が通信に割り込む。
『悪いカレン! でも遅れた分はきっちり返すぜ!』
「待ちなさい、バン! 突っ込みすぎ――」
言い終える前に、バンは一直線にレッドホーンへ突っ込んでいた。
その時、ライガーゼロが不意に空を仰いだ。
「……ゼロ?」
カレンもその視線を追う。
上空。朝の光を背に、一機の赤いレドラーが急降下してきていた。
「伏兵!?」
アーバインも気づく。
だが、シールドライガーとの距離は近すぎた。
赤いレドラーが尾部の可変レーザーブレードを展開し、背後からシールドライガーのコックピットを切り裂こうとする――
その寸前。
シールドライガーが急停止した。
さらに体をひねり、背部のAMD二連装ビーム砲を真上へ向けて撃ち返す。
赤いレドラーはかろうじて回避したが、不意討ちは完全に潰された。
「なっ……!?」
レッドホーンの乗り手が動揺の声を上げる。
アーバインも目を見開いた。
「あの小僧、今のを読んでたのか……?」
カレンもまた、わずかに目を細める。
(今の動き……)
まるでゼロとリンクした時のような、直感的な機動。
偶然かもしれない。だが、ただの偶然で済ませるには出来すぎていた。
その一瞬の隙に、シールドライガーはレッドホーンへミサイルを撃ち込む。
しかしレッドホーンの乗り手も並ではなかった。迎撃でそれを正確に撃ち落とす。
「腕利き……!」
カレンは即座に判断を切り替えた。
「バン! レドラーは私が引き受ける! 残りはアンタたちで何とかしなさい!!」
『えっ、お、おう!』
返事を聞くより早く、ライガーゼロはその場を離脱する。
逃げたと見たのか、赤いレドラーがすぐさま追ってきた。
同じ頃、アーバインの黒いコマンドウルフも別方向へ動き出す。
「お、おい! お前までどこ行くんだよ!!」
『言ったはずだ。俺は二つの仕事は同時にしない』
『はあぁ!?』
バンの悲鳴に近い声が通信越しに響く。
カレンは思わず歯を食いしばった。
(あいつ……!)
だが今は文句を言っている暇はない。
赤いレドラーが背後から迫る。
◆ ◆ ◆
ライガーゼロは峡谷地帯へと飛び込んだ。
複雑に入り組んだ岩場。急な崖。狭い進路。
空を主戦場とするレドラーにとっては、本来戦いづらい地形だ。
だが赤いレドラーの乗り手も素人ではない。
低空飛行でゼロの背後を食らいつくように追いかけてくる。
『どこへ逃げようが無駄だ! 地上の獣ごときが、空の機動に敵うと思うな!』
「はっ、言ってなさい」
カレンは前方の岩陰を見据え、ゼロへ短く指示を飛ばす。
「左、飛んで!」
ゼロが一気に跳躍し、視界から消える。
レドラーはそのまま追い越しかけて、慌てて旋回した。
『どこだ!?』
「上よ!」
ライガーゼロは岩壁を駆け上がり、その頂上からレドラーへ飛びかかった。
だが敵も間一髪でそれに気づき、機体を反転させてかわす。
『惜しかったな! だが――』
可変レーザーブレードがゼロへ向かって振り下ろされる。
「ゼロ!!」
回避は間に合わない――そう思われた瞬間。
峡谷の崖上から、黒い影のビームが走った。
レドラーが大きく弾かれる。
「……アーバイン!?」
崖の上にいたのは、黒いコマンドウルフだった。
アーバインが、ぎりぎりのところでレドラーを撃ち落としたのだ。
『普通、助けてもらったら礼を言うもんだろ?』
「アンタね……!」
カレンの怒気が一気に跳ね上がる。
「なんでここにいるのよ! バンは!? 残りの盗賊はどうしたの!!」
『心配すんな。オーガノイドがいるんだ。あの小僧でも、そう簡単にはやられねえだろ』
「はぁ!? あんた、バン一人に押し付けてきたの!?」
ゼロまでが横で唸る。
『グルルルル……!』
カレンとゼロ、二つ分の殺気に晒され、さすがのアーバインも一歩引いた。
『い、いや……確かめたかったんだよ』
「何をよ!」
『あの小僧自身の力をだ』
その言葉に、カレンは一瞬だけ黙った。
確かに、シールドライガーのあの動きは気になっていた。オーガノイドの力だけでは説明しきれない何かがあるのかもしれない。
だが、それとこれとは話が別だ。
「……そんなこと後で好きなだけ確かめなさい。今はバンを助けに戻るわよ!」
半ば怒鳴るように言い、カレンはゼロを翻した。
その背後で、地面に落ちたレドラーが立ち上がろうとしていたが、アーバインが容赦なく追撃して動きを止める。
「行くわよ!」
ゼロが咆哮し、二体は全速力で元の戦場へ駆け戻った。
◆ ◆ ◆
一方その頃、荒野の中央ではバンが大苦戦していた。
敵コマンドウルフ、ガイサック、そしてレッドホーン。
囲まれ、圧され、逃げ場がない。
「くそっ……!」
シールドライガーが体当たりでコマンドウルフを弾き飛ばす。
だが、その隙をレッドホーンの砲撃が狙う。
バンは必死で操縦桿を引き、紙一重でかわした。
『汚ぇぞ! 一対一で来いよ!』
思わず叫ぶが、レッドホーンの乗り手は冷たく笑った。
『これはガキの喧嘩じゃねえ。生き残るための戦争だ』
その言葉が、妙に重く耳に残る。
バンは歯を食いしばった。
相手の言うことは気に入らない。
けれど、自分が今いる場所が“本気の戦場”であることは否応なく分かってしまう。
「だったら……!」
そこで、フィーネの声が聞こえた。
『バン、下よ!』
「下?」
『穴がいっぱいある。水の匂いもする』
バンは一瞬だけ周囲を見る。
確かに地面には大小の窪みや亀裂がいくつも走っている。
そして思い出す。
この土地は、掘り返されて穴だらけだと。
「もしかして……!」
バンはシールドライガーを急転回させ、レッドホーンを特定の地点へ誘導し始めた。
『逃げる気か、小僧!』
「逃げるかよ!」
シールドライガーが急停止し、前脚を大地へ叩き込む。
続けてビーム砲を足元の岩盤へ撃ち込んだ。
轟音。
地面が揺れる。
次の瞬間、地下の空洞が一気に崩れ、地盤が陥没した。
「うおおおっ!?」
ガイサックとコマンドウルフが悲鳴のような音を立てて足を取られる。
レッドホーンも巨体を支えきれず、大きく傾いだ。
「よっしゃあ!」
思わずバンが叫ぶ。
だが、頑丈さだけはさすがだった。レッドホーンは完全には沈まず、なおも砲門をこちらへ向けてくる。
「しまっ――」
その時、横合いから黒い影が飛び込んだ。
アーバインのコマンドウルフだ。
「小僧、下がってろ!」
黒いコマンドウルフの一撃が、体勢を崩したレッドホーンの急所を正確に撃ち抜く。
ついに装甲が悲鳴を上げ、レッドホーンは沈黙した。
◆ ◆ ◆
「きったねえええぇぇっ!!」
戦いが終わった後の第一声が、それだった。
「最後の最後でおいしいとこだけ持っていきやがって! ぜったい汚ねえ!!」
バンが本気で悔しがっている横で、アーバインは涼しい顔をしていた。
「なるべく効率よく仕事をする。それも俺のポリシーだ」
「効率的って何だよ!」
「無駄な努力をしないってことだ」
「最低のポリシーね」
そこへカレンが戻ってきた。
ライガーゼロも、さっきまでの戦闘の熱を引きずるように鼻息荒く立っている。
「お前……本当にそう思ってるのか?」
バンが食ってかかる。
「もし俺がやられてたらどうするつもりだったんだよ!」
アーバインは少しだけ口元を緩めた。
「次に会う時、オーガノイドをもらうだけだ」
「……ん?」
意味が分からず、バンは首をかしげる。
フィーネがぽつりと言った。
「アーバインは、バンが負けないと思ってたんじゃない?」
「はあ!? んなわけねえだろ!」
即座に否定するバン。
だがその必死さが、かえって図星を突かれたようにも見える。
アーバインは何も答えず、黒いコマンドウルフの向きを変えた。
「じゃあな、小僧。次に会う時は本気で奪いに行く」
「おう、やってみろ!」
バンは吠え返したが、どこかさっきほどの怒り一辺倒ではない。
戦って、助けられて、ムカついて、それでも相手の腕を認めざるを得ない。そんな複雑さが顔に出ていた。
アーバインが去っていく背中を見送りながら、カレンは小さく息をついた。
「……ほんと、素直じゃないんだから」
その言葉が、バンに向けたものなのか、アーバインに向けたものなのか。
あるいは、自分自身に向けたものだったのか。
カレン自身にも、少し分からなかった。
◆ ◆ ◆
夕方。
村にはようやく安堵が戻っていた。
水場は守られ、盗賊たちは退いた。
村人たちは少ないながらも感謝の食事を用意し、子供たちは遠巻きにゾイドたちを見てはしゃいでいる。
バンはすっかり機嫌を直し、今日の戦いがいかにすごかったかを身振り手振りつきで語っていた。フィーネはそんなバンの隣で静かに食事をしている。ジークは村の子供たちに囲まれて、楽しそうに飛び回っていた。
少し離れた場所で、カレンはライガーゼロの首元を軽く撫でる。
「お疲れさま、ゼロ」
『グル』
ゼロが満足げに目を細める。
湖で遊べなかった不満は、思いきり暴れたことで多少晴れたらしい。
「今日のアンタ、ちょっと張り切りすぎじゃなかった?」
『グルル』
「……はいはい、楽しかったのね」
ゼロは誇らしげに胸を張った。
やはりこの子は戦うことが好きだ。だがそれだけではない。カレンが本気になった時、自分も応えようとする。そんな奇妙な一体感がある。
ふと、バンの笑い声が聞こえた。
無鉄砲で、真っ直ぐで、まだまだ未熟な少年。
けれど今日、確かに一つ戦い方を覚えた。
アーバインはそれを見たかったのかもしれない。
「……悪くないわね」
カレンは小さく呟いた。
帝国を離れてから、自分はただ流されるように旅をしてきた。
けれど今は、少し違う。
騒がしくて、面倒で、危なっかしくて。
それでも目が離せない。
バンとフィーネ。
そしてジーク。
彼らと共に進む旅は、きっとこれからも穏やかではないだろう。
だが、不思議と嫌ではなかった。
「行くわよ、ゼロ」
ライガーゼロがゆっくりと立ち上がる。
「明日も、たぶん退屈しない」
荒野に沈む夕日が、紅い装甲を燃えるように染めていた。
新しい仲間と、新しい騒動と、新しい戦い。
そのすべてを呑み込みながら、彼らの旅は続いていく。