『ZOIDS -RED ZERO-  ―紅き獣と帝国の亡霊―』   作:からし明太子

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第三話 荒野の運び屋と砂漠の罠

 

 砂漠の夕暮れは、静かに始まるようでいて、決して穏やかではない。

 

 日中、容赦なく大地を焼き続けていた熱は、陽が傾くにつれて少しずつ引いていく。だがそれは、安らぎを意味しない。代わりにやって来る夜の冷気は容赦なく、乾いた風は肌を撫でるのではなく削るように吹き抜ける。茜色に傾いた空の下、砂丘の稜線は長く影を引き、遥か遠くの地平では陽炎が最後の揺らめきを残していた。

 

 そんな砂漠の真ん中を、二つの大きな影と、小さな影が一つ、ゆっくりと進んでいた。

 

 先頭を歩くのは、蒼い装甲を持つシールドライガー。

 

「うーん……やっぱ砂漠って、見渡しても何もねえなあ」

 

 コックピットから半分身を乗り出すようにして、バンが辺りを見回す。

 後席のフィーネは、相変わらずどこかのんびりとしていた。

 

「砂はいっぱいあるわ」

 

「それは見りゃ分かるよ!」

 

 即座に返しながらも、バンはつい苦笑してしまう。

 こういうやり取りも、今ではすっかり当たり前になりつつあった。

 

 その少し後方では、朱いライガーゼロが砂を踏みしめながら進んでいる。鮮やかな赤い装甲は、沈みかけた陽を受けて鈍く、だが確かに燃えるように輝いていた。歩いているだけで周囲の空気が張りつめるような存在感がある。

 

 その背に乗るアオザキ・カレンは、バンたちの会話を聞き流しながらも、周囲への警戒を緩めていなかった。砂漠では何もないように見える場所ほど危ない。流砂、野良ゾイド、盗賊、埋もれた遺跡、崩れかけた地盤。ここ数日だけでも、そういうものに嫌というほど付き合わされている。

 

「気を抜かないで、バン」

 

 カレンが前方を見たまま言う。

 

「砂漠っていうのは、何もない場所じゃないの。何が潜んでるか分からない場所よ」

 

「わーってるって」

 

 返事は軽い。

 だが、その軽さの奥に、以前より少しだけ本物の緊張感が混じるようになってきたのを、カレンは感じていた。

 

 バンも少しずつ学んでいる。

 まだ未熟で、無鉄砲で、すぐに突っ走るところはある。けれど、もう完全な無知ではない。危険を危険として感じる感覚のようなものが、ようやく育ち始めている。

 

 バンはモニターへ目を落とした。

 シールドライガーの左後ろ脚、その太腿部にあたる箇所がまだ赤く点滅している。

 

「完全に再生するまで、もうしばらく時間がかかりそうだな……」

 

 前の戦いで受けた損傷が、まだ尾を引いていた。

 

 ゾイドはただの機械ではない。金属生命体だ。ゾイドコアが無事なら、損傷した金属細胞も時間をかけて自己再生していく。だが、それにも当然限界はある。大きな戦闘を短い間隔で繰り返せば、回復が追いつかなくなることだってあるのだ。

 

「さーて、暗くなる前に今夜の寝床を見つけないとな」

 

 そう言って、バンは後ろを振り返った。

 

「フィーネ? 聞いてるか――って、おい」

 

 フィーネは、いつの間にかどこかで見つけたらしい赤っぽい果物を手にして、ご満悦の顔をしていた。つやつやとした丸い実。ほんのり甘い香りが風に混じる。

 

 それを見たバンの目が、見る見るうちに潤んでいく。

 

「アッ、アッ、ア゛ー……!」

 

 食べたそうに両手を伸ばしかける。

 だがフィーネは、そんなバンをよそにその果実を自分の口へ運んだ。

 

「あっ……!」

 

 ひとくち。

 もぐもぐ。

 

「だぁぁぁぁーっ! 食っちまったぁ! 俺のパパオぉぉぉ!」

 

 バンが本気で肩を落とす。

 

「何やってんだか……」

 

 呆れたのはカレンだけではなかった。

 ライガーゼロも、ジークも、なんとも言えない目でバンを見ている。

 

 その時だった。

 

 ライガーゼロがぴくりと耳を動かした。

 

『グル……』

 

「ゼロ?」

 

 カレンが僅かに眉を寄せる。

 

 風に混じって、陽気な鼻歌のようなものが聞こえてきた。

 次の瞬間、バンも前方に何かを見つけたらしく、大きく身を乗り出した。

 

「なんだ、あれ?」

 

 遠くの砂煙の向こうから、一体の大型ゾイドがこちらへ向かってくる。

 

 長い胴体。多数のコンテナ。分厚い装甲。輸送用ゾイド特有の重量感。共和国でも帝国でも見かける陸上輸送ゾイド――グスタフ。

 

 だが、ただのグスタフではない。

 

 その機体は赤かった。

 この砂漠の中で、ライガーゼロに負けないくらい目立つ赤だ。

 

「赤いグスタフ……?」

 

 バンが目を丸くする。

 

「なんかすっげえ派手なのが来たぞ」

 

「輸送ゾイドね」

 

 カレンはそう言いながら、その歩き方や積荷の量、機体の傷などを素早く観察していた。単なる旅商人ではない。荷はかなり重い。それを長距離運んできた足取りだ。ゾイドの手入れもいい。

 

「運び屋かもしれないわ」

 

「運び屋?」

 

「荷物を依頼人のところまで運ぶ仕事。危険地帯を通ることも多いから、腕も度胸も要る」

 

 バンが「へえー」と感心したように声を漏らす間にも、赤いグスタフはこちらへ真っすぐ近づいてくる。

 

 やがて十分な距離まで来たところで、上部ハッチが開いた。

 

 顔を出したのは、快活そうな若い女だった。

 

 日に焼けた健康的な肌。勝ち気そうな目。茶色の髪を元気よくまとめた髪型。機械油と砂埃が似合いそうな、活発で現実的な雰囲気をまとっている。

 

「そこのあんたたち! こんなところでのんびり旅してるなんて、物好きね!」

 

 開口一番、それだった。

 

 バンがぽかんとする。

 

「えっ、あ、どうも?」

 

「どうも、じゃないわよ。こんなルート、最近は野良ゾイドが増えてるってのに」

 

 女はそう言ってから、シールドライガー、ジーク、ライガーゼロの順に目を向けた。

 特にゼロを見た時だけ、ほんの少しだけ目を見張る。

 

「へえ……面白い組み合わせね。シールドライガーに赤いライガーなんて」

 

「そっちも大概目立つけどな」

 

 バンが赤いグスタフを見上げながら言う。

 

 女はにっと笑った。

 

「当然でしょ。あたしのグスタフは、どこに行っても一目で分かるのが売りなんだから」

 

「売り?」

 

「そう。だってあたしは運び屋ムンベイ。

 届けられなかった荷物はない――ってのが、自慢なんだから!」

 

 胸を張ってそう言い切る姿には、妙な説得力があった。

 バンは思わず感嘆の声を上げる。

 

「すげえな!」

 

「でしょ?」

 

 ムンベイは得意げに笑う。

 

 一方、カレンはその言葉の裏側を考えていた。

 “届けられなかった荷物はない”ということは、それだけ危険な橋を渡ってきたということだ。実際、グスタフの装甲には新旧入り混じる傷がいくつもあり、そのどれもが生半可な仕事ではつかないものに見えた。

 

「でも、そんな大荷物でこの砂漠を一人?」

 

 カレンが尋ねると、ムンベイは肩をすくめた。

 

「一人じゃないわよ。グスタフがいるじゃない」

 

 赤いグスタフが低く、鳴くような駆動音を響かせる。

 ムンベイはその装甲を軽く叩いた。

 

「それに、荷物を運ぶのに余計な護衛をつけたら取り分が減るでしょ?」

 

「現実的ね」

 

「褒め言葉として受け取っとくわ」

 

 カレンとムンベイの視線が一瞬だけぶつかる。

 似ている、とまでは言わない。けれど、綺麗事だけでは生きられない場所を知っている者同士の、短い了解のようなものがあった。

 

「ところで、雇われ兵?」

 

「雇われ?」

 

 バンがきょとんとする。

 

 ムンベイはシールドライガーの左後ろ脚を覗き込んでいた。

 

「この傷、ミサイルでしょ?」

 

 危険な戦地も渡り歩いてきた運び屋だけあって、傷の質を一目で見抜いたらしい。

 

「あー……まあ、その。へへへ……ちょっとね」

 

 バンが曖昧に笑って誤魔化す。

 

 その間に、ジークはいつの間にかグスタフの前へ行き、興味津々で装甲をぺたぺたと触っていた。

 

「あー、こら! ジークやめろ!」

 

 バンが慌てて声をかける。

 ジークは「なに?」と言わんばかりに振り返った。

 

「ダメだよ、傷つけちゃ……」

 

「ふーん。武装がないところを見ると、野生ゾイド?」

 

「まあ、そんなとこかな。ジークっていうんだ」

 

 ムンベイはジークをじっと見て、それからニヤリと笑った。

 

「ずいぶん変わった旅してるのね、あんたたち」

 

 そこでカレンが現実的な問題を口にした。

 

「ところで、この辺で野宿できそうな場所、知ってるかしら?」

 

「うーん……」

 

 ムンベイは少し考えてから、苦笑する。

 

「生憎、こっちの方に来たのは初めてなのよね。でも、砂漠のど真ん中で出会ったのも何かの縁だし、この先で一緒にキャンプってのはどう?」

 

 バンは即座に頷いた。

 

「ああ、悪くない!」

 

 カレンも多少の警戒は残しつつ、拒否する理由はないと判断する。女二人に子供二人、しかも夜の砂漠だ。単独より手が多い方がいい。

 

「俺はバン。こっちはフィーネ」

 

「カレンよ」

 

「よろしくね」

 

 ムンベイが笑う。

 

 こうして、一時的に同行者が増えた。

 

 だがその一行を、少し離れた岩陰から、じっと監視している影があった。

 

 眼帯の男、アーバイン。

 その傍らには黒いコマンドウルフ。

 

 偶然などではない。

 狙いは最初から、ジークだった。

 

          ◇ ◇ ◇

 

「じゃあ、ドンパチやって食い扶持を稼いでるってわけじゃないんだ」

 

 歩きながら、ムンベイがバンに訊いた。

 

「ぜーんぜん。戦闘経験なんか数えるほどしか無いよ」

 

 バンが答えると、ムンベイは目を細めた。

 

「ふぅん? あたしはてっきり凄腕のゾイド乗りだと思ってた。シールドライガーって言えば、共和国軍でもかなりの高性能機でしょ?」

 

 確かにシールドライガーは速い。速いだけじゃなく、頑丈で、正面からぶつかっても強い。

 カレンも帝国軍にいた頃、共和国軍のライガー乗りと何度か相対したことを思い出す。優れたライダーが乗れば、厄介極まりない相手になる。

 

「残念だけど今はまだ違う。でもそのうち、一人前のゾイド乗りになってやる!」

 

 バンは真っ直ぐに言い切った。

 

 この時代の惑星Ziでは、運び屋も傭兵も珍しくない。

 だが珍しくないからといって、誰もが軽く生きられるわけでもない。何かを得る前に終わる者もいくらでもいる。それでもバンは、自分の足で前へ進むつもりでいる。その青臭い真っ直ぐさを、カレンは少しだけ眩しく感じていた。

 

 その時だった。

 

 ジークがぴくりと反応した。

 

「ジーク?」

 

 フィーネが不思議そうに見上げる。

 

 直後、砂が爆ぜた。

 

「うわっ!?」

 

 バンの叫びと同時に、地面の下から巨大な鋏が飛び出してくる。

 

 ガイサックだ。

 

「野良ゾイドか! ジーク……っ!」

 

 バンが合体を促そうとする。だが、その隙も与えず砲撃が飛んできた。

 

「だぁっ! くそっ! ジーク、カレン、ムンベイ、逃げるぞ!」

 

 やむなく操縦桿を握り直す。

 

 しかも一体ではなかった。

 右から、左から、さらに後方から。砂の中に潜んでいた複数のガイサックが一斉に姿を現す。

 

「バン、曲がりなりにもシールドライガーに乗ってるんでしょ。ガイサックの四体や五体、何とかならないの?」

 

「何とかしたいけど、まだ思うように動かねえんだ!」

 

 損傷の残るシールドライガーでは、砲撃の雨を捌くだけで精一杯だった。

 

「私が受け持つわ!」

 

 カレンが即座に決断する。

 

「その間に、さっさと離れて!」

 

 咆哮と共に、ライガーゼロが反転した。

 紅い獣が群れへ単騎で飛び込んでいく。負傷したシールドライガーと、積荷を載せて鈍重なグスタフを逃がすには、自分が殿を務めるしかない。

 

 だが――

 

「あぁぁぁっ!?」

 

 甲高い悲鳴が上がる。

 

 グスタフの側面、その砂の下から、一機のガイサックが完全な不意打ちで飛び出したのだ。鋭い爪が操縦席へ振り下ろされようとする、その瞬間。

 

 一閃。

 

 横から飛んできた攻撃が、ガイサックを吹き飛ばした。

 

「武装しろとアドバイスしたはずだが?」

 

 黒い影。

 砂煙の向こうから現れたのは、黒いコマンドウルフだった。

 

「アーバイン!」

 

 ムンベイが叫ぶ。

 

 アーバインのコマンドウルフは、ムンベイ達を追うガイサックを次々とビーム砲で撃ち抜いていく。

 

「どうやら忘れてるみたいだな、ムンベイ」

 

「ちゃんと覚えてるわよ! でも重量が増えて身動き取れなくなるのも考えものなの!」

 

 腐れ縁らしい会話だが、心強い増援には違いない。

 

「アイツと知り合いなのか、ムンベイ?」

 

「その口ぶりからすると、アンタもそうみたいね」

 

 点だった縁が、線になっていく。

 

「砂漠の真ん中で知った顔に会えるってのは、いいもんだ。そうは思わないか、坊主?」

 

「うるせぇ! 後をつけてきたんだな!」

 

 もっとも、アーバインにとっては偶然でも何でもない。最初からジークを追っていたのだ。

 だがガイサックに囲まれた今は、なし崩しに共闘するしかなかった。

 

「ちっ……そいつをやらせるわけにはいかねえ!」

 

 アーバインは、グスタフから狙いを変えてジークに群がり始めたガイサックを撃ち落としていく。

 

「どこもやられてないみたいだな」

 

 ジークの無事を確認した、その直後。

 

「くそっ……なに!?」

 

 今度はアーバイン自身が、地中からの不意打ちに反応しきれなかった。

 コマンドウルフが砂に脚を取られ、身動きが鈍る。

 

 その瞬間、赤い閃光が走った。

 

 ライガーゼロだ。

 爪が一閃し、ガイサックを薙ぎ払う。

 

「他人のゾイドに夢中で油断してるからよ」

 

 殿を務めつつ、後続のガイサックまで叩き伏せたカレンとゼロが、コマンドウルフを見下ろしていた。

 

「余計な真似を……」

 

「素直にありがとうって言えないものかしら」

 

「ヘイ!」

 

 アーバインが噛みつこうとした、その時。

 

「いい寝床が見つかったわよ!」

 

 ムンベイの声が飛ぶ。

 

          ◇ ◇ ◇

 

 結局、一行は近くの古い遺跡で夜を明かすことになった。

 

 崩れた石壁。半ば埋もれた石室。風を避け、身を隠すにはちょうどいい。夜間行軍をするほど、彼らも無茶ではない。

 

「久しぶりね、アーバイン。相変わらず悪党やってるの?」

 

「おいおい、俺は命の恩人だぜ?」

 

「ふふっ、お蔭で助かったわぁ」

 

 生身で向き合ったムンベイとアーバインは、ずっとこんな調子だった。軽口を叩き合いながらも、気安い。

 

「礼を言われるより、こいつを直してくれた方が嬉しいな」

 

 アーバインがコマンドウルフの脇腹を軽く叩く。

 

「オッケー。こっちも借りを作るのは性に合わないからね」

 

 ムンベイがしゃがみこみ、傷口を覗き込む。

 

 その様子を見て、バンが目を丸くした。

 

「ムンベイ、ゾイドに詳しいのか?」

 

「アタシに直せないゾイドはないわ」

 

 それは自信過剰ではなく、経験に裏打ちされた口ぶりだった。危険地帯を走り続ける運び屋にとって、ゾイドの整備は命綱だ。

 

「そんな所見てどうすんだよ? やられたのは脇腹だぜ?」

 

「いいの。部品を交換するわけじゃないから」

 

 ムンベイは手際よくパネルを開きながら言う。

 

「システムに少し細工して、ゾイドが持ってる自己再生能力を高めてやる。それがアタシのやり方よ」

 

 人間で言えば、血の巡りを良くして治りを早めるようなものだ。ゾイドの再生リソースを損傷箇所に集約する技術と言っていい。

 

「あのさ、ムンベイ」

 

「ん? はいはい。シールドライガーも見てあげるわ」

 

 バンが言い終える前に、ムンベイは察したように立ち上がった。

 

 その時、アーバインが低く言った。

 

「さっきのガイサック、ありゃ野良じゃねえ」

 

 空気が少しだけ変わる。

 

「私もそう思ってたわ」

 

 カレンが腕を組む。

 

「動きが揃いすぎてた」

 

「ムンベイの荷物を狙ってるんだろ」

 

 ムンベイの表情が引き締まる。

 

「……帝国軍向けの爆薬よ」

 

 バンが思わず声を上げた。

 

「ば、爆薬!?」

 

「正式な依頼でね。届け先もある」

 

 アーバインが鼻で笑う。

 

「つまり共和国側のスリーパーか」

 

「スリーパー?」

 

 フィーネが首を傾げる。

 

 カレンが説明する。

 

「普段は潜伏していて、必要な時にだけ動く潜入兵。帝国軍へ渡る前に、爆薬を奪うか届かなくしたいんでしょうね」

 

 ムンベイが唇を噛む。

 

「厄介な荷物だったってわけ」

 

「案の定、今夜か明け方にもう一回来るわね」

 

 カレンが言った。

 

「しかも今度は本気で」

 

 バンは唾を飲み込む。

 だがその瞳には、怯えだけではなく、戦うべき相手を見た時の真っ直ぐな火も宿っていた。

 

          ◇ ◇ ◇

 

 そして、明け方。

 

 空が白み始めた頃、最初に反応したのはゼロだった。

 

『グルルルル……!』

 

「来た!」

 

 カレンが飛び起きる。

 

 ほぼ同時に、地面が震えた。

 

 砂の下から、左右から、前方から。

 無数のガイサックが一斉に姿を現す。

 

「うわああっ!?」

 

 バンが飛び起きる。

 

「またかよ!」

 

 だが今回は、昨日とは比べものにならない。

 

 十数体――いや、それ以上。

 完全にこちらを包囲する形で動いている。

 

「やっぱり本命はこっちだったのね!」

 

 カレンが叫び、ゼロへ飛び乗る。

 シールドライガーもバンを乗せて飛び出し、アーバインのコマンドウルフも迎撃に出た。

 

 しかし敵の狙いは明確だった。

 ゾイドを食い止める個体と、グスタフへ向かう個体に綺麗に分かれている。

 

「ムンベイ! 荷物から離れて!」

 

「離れられるわけないでしょ!」

 

 ムンベイはグスタフを動かし、コンテナを守るように後退させる。

 だがグスタフは輸送用ゾイドだ。頑丈でも、こういう戦場で自在に立ち回るには苦しい。

 

「くそっ、こっちは任せろ!」

 

 バンがシールドライガーで前に出る。

 ジークとの合体で突破しようとするが、数が多すぎる。

 

「バン! 右!」

 

「分かってる!」

 

 一体を弾く。

 だがその隙に、別の二体が脚を狙ってくる。損傷の残るシールドライガーには嫌な攻め方だった。

 

 反対側ではアーバインのコマンドウルフが的確に敵を削っているが、それでも数が多い。

 

「ちっ、面倒な数だ!」

 

 アーバインが舌打ちする。

 

 カレンはゼロを走らせ、グスタフの前に立ちはだかるガイサックを跳ね飛ばした。

 

「ムンベイ! 荷物を捨てて!」

 

「駄目よ!」

 

 即答だった。

 

「この荷物は届ける! それがアタシの仕事なんだから!」

 

 ガイサックの一撃がグスタフの装甲を叩く。

 赤い機体が大きく揺れた。

 

「荷物なんかより、自分を守りなさい!」

 

「荷物なんかじゃない!」

 

 ムンベイが叫び返す。

 

 その必死さに、バンは歯を食いしばる。

 

 カレンには分かる。

 ムンベイにとって積荷はただの箱じゃない。約束であり、看板であり、仕事そのものだ。それを捨てるのは、自分の誇りを折ることに等しいのだろう。

 

 だが、そのせいで死んでしまっては意味がない。

 

 グスタフの操縦席近くの装甲が、またガイサックに抉られた。

 

「ムンベイ!」

 

 その瞬間、バンがシールドライガーで割って入る。

 アーバインも反対側から援護射撃を入れた。

 

「何やってやがる! 死ぬ気か!」

 

 アーバインが怒鳴る。

 

「荷物ごときで!」

 

「ごときじゃない!」

 

 ムンベイが叫ぶ。

 だがその声は、最初より少しだけ揺れていた。

 

 バンも叫ぶ。

 

「でも、このままじゃやられちまうだろ!」

 

 カレンはさらに前へ出る。

 ライガーゼロが咆哮し、二体まとめてガイサックを吹き飛ばした。

 

「ゼロ、押し切るわよ!」

 

 だが、数が多すぎる。

 

 コンテナの一つにガイサックが食らいつき、固定具が軋んだ。

 ムンベイの顔が引きつる。

 

 その時、彼女は見た。

 

 バンが必死でグスタフの横を守っている姿を。

 アーバインが被弾しながらも前に出る姿を。

 カレンとライガーゼロが、紅い閃光となって正面を裂いている姿を。

 

 誰も依頼人じゃない。

 誰も、ここで命を懸ける義理なんてない。

 

 それでも戦っている。

 

 ムンベイは唇を強く噛みしめた。

 

「……ちくしょう!」

 

 そして、ついに操縦桿を大きく引く。

 

「持ってきなさいよ! こんな荷物、くれてやるわ!」

 

 次の瞬間、コンテナの固定具が解放された。

 積荷が砂の上へ落ちる。

 

 ガイサック達の動きが、一瞬だけ荷物とこちらで割れた。

 

「今よ!」

 

 カレンが叫ぶ。

 

「ゼロ!」

 

 ライガーゼロが、荷に群がろうとしたガイサックをまとめて吹き飛ばす。

 続いてシールドライガー、コマンドウルフも一気に突破した。

 

「ムンベイ! 走れ!」

 

「言われなくても!」

 

 グスタフが身を翻し、積荷を捨てて全力で駆け出す。

 

 その直後、爆薬に火が回った。

 

 轟音。

 砂漠に火柱が立ち上がる。

 

 爆風が熱風となって彼らの背を叩き、ガイサックの群れをまとめて飲み込んだ。

 

          ◇ ◇ ◇

 

 追撃を振り切り、十分な距離を取ったところで一行はようやく足を止めた。

 

 ムンベイはグスタフの上で、しばらく黙っていた。

 遠くで燃える積荷を、ただ見つめている。

 

「……看板に傷がついたわね」

 

 ぽつりと、そんな言葉が落ちる。

 

「届けられなかった荷物はない――今日で、それが止まった」

 

 バンが少し困ったような顔をする。

 だが、アーバインは肩をすくめた。

 

「命が残ったなら安いもんだろ」

 

「簡単に言うわね」

 

「簡単な話だ。死んだら次の荷物は運べねえ」

 

 カレンも静かに言った。

 

「仕事は大事よ。でも、自分まで捨てたら終わり」

 

 ムンベイは苦笑した。

 

「……分かってる。頭じゃね」

 

 少しの沈黙のあと、彼女は顔を上げる。

 

「でも……ありがと。あんたたちがいなかったら、アタシもグスタフも終わってた」

 

 バンがにかっと笑う。

 

「困った時はお互いさまだろ!」

 

「昨日会ったばっかりのくせに、よく言うわ」

 

「そういうもんだろ?」

 

 ムンベイは呆れたように笑った。

 その笑顔は、最初に会った時よりずっと柔らかかった。

 

 フィーネが静かに言う。

 

「ムンベイ、生きててよかった」

 

 その一言に、ムンベイは少しだけ目を丸くし、それから小さく笑った。

 

「……そうね。ほんとに」

 

          ◇ ◇ ◇

 

 夕方、砂漠の縁に近い岩場で、一行は最後の休憩を取っていた。

 

 赤いグスタフは積荷を失ったぶん軽くなったせいか、不思議と以前より身軽に見えた。

 

「なあ、これからどうすんだ?」

 

 バンが訊く。

 

「どうするも何も、依頼失敗の報告に行くしかないわよ」

 

「怒られそうだな」

 

「そりゃね。でも、言い訳はしない」

 

 ムンベイはグスタフの装甲についた傷を見つめる。

 

「守れなかったのは事実だもの。でも……次は同じ失敗しない」

 

「おう、その意気だ!」

 

「なんであんたが偉そうなのよ」

 

 ムンベイが笑う。

 

 少し離れた場所では、アーバインがコマンドウルフの点検をしていた。カレンはゼロにもたれながら、その姿を横目で見る。

 

「で、アンタは結局何しに来てたのよ」

 

「言ったろ。オーガノイドのついでだ」

 

「ついでにしては、よく働いてたじゃない」

 

「気まぐれだ」

 

 カレンは鼻で笑った。

 

「はいはい」

 

 アーバインはそれ以上言い返さなかった。

 否定もしない。

 

 その沈黙が少し可笑しくて、カレンはほんの少しだけ口元を緩めた。隣でゼロが喉を鳴らす。

 

『グル』

 

「何よ」

 

『グルル』

 

「……別に笑ってないわよ」

 

 どう見ても笑っていた。

 だがゼロはそれ以上追及しなかった。

 

 その時、不意にムンベイが両手を腰に当てて言った。

 

「さてと。今回の件は高くつくわよ?」

 

「え?」

 

 バンが間の抜けた声を出す。

 

「え、じゃないでしょう? こっちはアンタたちを助けるのに、大事な積み荷を犠牲にしたのよ」

 

「そ、それは……」

 

「どーせお金なんか持ってないんでしょ?」

 

「う……」

 

「だったら、身体で払ってもらうしかないわね」

 

「か、身体で!?」

 

 バンが盛大に飛びのいた。

 ムンベイはにやりと笑う。

 

「アンタは今日からアタシ専用の用心棒。文句ないわね?」

 

 バンは一瞬呆気に取られ、それから唇を尖らせた。

 

「ちぇ、勝手なこと言ってくれるぜ……」

 

 だが次の瞬間には、なにか思いついたように目を輝かせる。

 

「でも、ムンベイって顔が広そうだよな! ゾイドイヴ探しには都合がいいかもしれねえ!」

 

 フィーネが小さく笑う。

 

 カレンも腕を組んだまま、ムンベイを見た。

 確かに、ムンベイのように各地を渡り歩き、顔が利く人間は貴重だ。危険は増えるだろう。けれど、得られるものも大きい。

 

 ムンベイは肩をすくめた。

 

「決まりね。あたしの護衛、しっかり働きなさいよ」

 

「分かってるって!」

 

 バンがそう言うと、ジークが面白がるように宙をくるりと回った。

 

 赤いグスタフ。

 白いシールドライガー。

 紅いライガーゼロ。

 

 砂漠の夕陽の中で、その三つの機影が並ぶ。

 

 アーバインはそんな様子を少し離れたところから見て、鼻で笑った。

 

「……ま、退屈はしなさそうだな」

 

「何か言った?」

 

 カレンが振り返ると、アーバインは肩をすくめるだけだった。

 

「別に」

 

 やがて黒いコマンドウルフは、砂の向こうへと身を翻す。

 

「坊主、今回はよくやったな。少しは見直したぜ」

 

「俺は坊主じゃない! バンだ!」

 

「だが、俺はまだそいつを諦めたわけじゃないからな」

 

 アーバインの視線がジークへ向く。

 

「ジークは絶対、お前なんかに渡さないぞ!」

 

 バンが叫ぶ。

 アーバインは口元だけで笑って、背を向けた。

 

「……じゃあ、またな」

 

 黒い影が遠ざかっていく。

 

 ムンベイはその背中を見送りながら、ふっと息をついた。

 

「ほんと、相変わらずね」

 

 バンはそんなことより、自分の“専用の用心棒”という肩書きにまだ引っかかっているらしかった。

 

「でもさ、それって俺、ただ働きってことじゃ――」

 

「なに? 文句あるの?」

 

「……ありません」

 

 ムンベイに睨まれ、バンは即座に背筋を伸ばした。

 

 その様子を見て、フィーネがまた小さく笑う。

 カレンも呆れたように息をつきながら、どこか少しだけ口元を和らげた。

 

 こうして、また一人。

 バンたちの旅に、新しい仲間が加わった。

 

 運び屋ムンベイ。

 赤いグスタフと共に、危険な道を渡り歩く女。

 

 彼女の存在はきっと、これから先の旅にとって、面倒で、騒がしくて、けれど確かに欠かせないものになっていくのだろう。

 

 砂漠の向こうには、まだ見ぬ土地が広がっている。

 過去の傷も、失ったものも、探し求める答えも、すべて飲み込むような広い世界が。

 

「よーし! じゃあ行こうぜ!」

 

 バンが声を上げる。

 

「今度こそ、本当に前だ!」

 

 なんとも彼らしい言葉だった。

 

 カレンはゼロの首元を軽く撫でる。

 ゼロは低く喉を鳴らした。

 

「……そうね」

 

 前へ。

 まだ見えない何かへ向かって。

 

 白いライガーと、紅いライガー。

 小さなオーガノイドと、不思議な少女。

 そして、赤い運び屋と、その誇り高いグスタフ。

 

 彼らの旅は、またひとつ新しい出会いを刻みながら、砂漠のその先へと続いていく。

 

 

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