『ZOIDS -RED ZERO- ―紅き獣と帝国の亡霊―』 作:からし明太子
砂漠の夕暮れは、静かに始まるようでいて、決して穏やかではない。
日中、容赦なく大地を焼き続けていた熱は、陽が傾くにつれて少しずつ引いていく。だがそれは、安らぎを意味しない。代わりにやって来る夜の冷気は容赦なく、乾いた風は肌を撫でるのではなく削るように吹き抜ける。茜色に傾いた空の下、砂丘の稜線は長く影を引き、遥か遠くの地平では陽炎が最後の揺らめきを残していた。
そんな砂漠の真ん中を、二つの大きな影と、小さな影が一つ、ゆっくりと進んでいた。
先頭を歩くのは、蒼い装甲を持つシールドライガー。
「うーん……やっぱ砂漠って、見渡しても何もねえなあ」
コックピットから半分身を乗り出すようにして、バンが辺りを見回す。
後席のフィーネは、相変わらずどこかのんびりとしていた。
「砂はいっぱいあるわ」
「それは見りゃ分かるよ!」
即座に返しながらも、バンはつい苦笑してしまう。
こういうやり取りも、今ではすっかり当たり前になりつつあった。
その少し後方では、朱いライガーゼロが砂を踏みしめながら進んでいる。鮮やかな赤い装甲は、沈みかけた陽を受けて鈍く、だが確かに燃えるように輝いていた。歩いているだけで周囲の空気が張りつめるような存在感がある。
その背に乗るアオザキ・カレンは、バンたちの会話を聞き流しながらも、周囲への警戒を緩めていなかった。砂漠では何もないように見える場所ほど危ない。流砂、野良ゾイド、盗賊、埋もれた遺跡、崩れかけた地盤。ここ数日だけでも、そういうものに嫌というほど付き合わされている。
「気を抜かないで、バン」
カレンが前方を見たまま言う。
「砂漠っていうのは、何もない場所じゃないの。何が潜んでるか分からない場所よ」
「わーってるって」
返事は軽い。
だが、その軽さの奥に、以前より少しだけ本物の緊張感が混じるようになってきたのを、カレンは感じていた。
バンも少しずつ学んでいる。
まだ未熟で、無鉄砲で、すぐに突っ走るところはある。けれど、もう完全な無知ではない。危険を危険として感じる感覚のようなものが、ようやく育ち始めている。
バンはモニターへ目を落とした。
シールドライガーの左後ろ脚、その太腿部にあたる箇所がまだ赤く点滅している。
「完全に再生するまで、もうしばらく時間がかかりそうだな……」
前の戦いで受けた損傷が、まだ尾を引いていた。
ゾイドはただの機械ではない。金属生命体だ。ゾイドコアが無事なら、損傷した金属細胞も時間をかけて自己再生していく。だが、それにも当然限界はある。大きな戦闘を短い間隔で繰り返せば、回復が追いつかなくなることだってあるのだ。
「さーて、暗くなる前に今夜の寝床を見つけないとな」
そう言って、バンは後ろを振り返った。
「フィーネ? 聞いてるか――って、おい」
フィーネは、いつの間にかどこかで見つけたらしい赤っぽい果物を手にして、ご満悦の顔をしていた。つやつやとした丸い実。ほんのり甘い香りが風に混じる。
それを見たバンの目が、見る見るうちに潤んでいく。
「アッ、アッ、ア゛ー……!」
食べたそうに両手を伸ばしかける。
だがフィーネは、そんなバンをよそにその果実を自分の口へ運んだ。
「あっ……!」
ひとくち。
もぐもぐ。
「だぁぁぁぁーっ! 食っちまったぁ! 俺のパパオぉぉぉ!」
バンが本気で肩を落とす。
「何やってんだか……」
呆れたのはカレンだけではなかった。
ライガーゼロも、ジークも、なんとも言えない目でバンを見ている。
その時だった。
ライガーゼロがぴくりと耳を動かした。
『グル……』
「ゼロ?」
カレンが僅かに眉を寄せる。
風に混じって、陽気な鼻歌のようなものが聞こえてきた。
次の瞬間、バンも前方に何かを見つけたらしく、大きく身を乗り出した。
「なんだ、あれ?」
遠くの砂煙の向こうから、一体の大型ゾイドがこちらへ向かってくる。
長い胴体。多数のコンテナ。分厚い装甲。輸送用ゾイド特有の重量感。共和国でも帝国でも見かける陸上輸送ゾイド――グスタフ。
だが、ただのグスタフではない。
その機体は赤かった。
この砂漠の中で、ライガーゼロに負けないくらい目立つ赤だ。
「赤いグスタフ……?」
バンが目を丸くする。
「なんかすっげえ派手なのが来たぞ」
「輸送ゾイドね」
カレンはそう言いながら、その歩き方や積荷の量、機体の傷などを素早く観察していた。単なる旅商人ではない。荷はかなり重い。それを長距離運んできた足取りだ。ゾイドの手入れもいい。
「運び屋かもしれないわ」
「運び屋?」
「荷物を依頼人のところまで運ぶ仕事。危険地帯を通ることも多いから、腕も度胸も要る」
バンが「へえー」と感心したように声を漏らす間にも、赤いグスタフはこちらへ真っすぐ近づいてくる。
やがて十分な距離まで来たところで、上部ハッチが開いた。
顔を出したのは、快活そうな若い女だった。
日に焼けた健康的な肌。勝ち気そうな目。茶色の髪を元気よくまとめた髪型。機械油と砂埃が似合いそうな、活発で現実的な雰囲気をまとっている。
「そこのあんたたち! こんなところでのんびり旅してるなんて、物好きね!」
開口一番、それだった。
バンがぽかんとする。
「えっ、あ、どうも?」
「どうも、じゃないわよ。こんなルート、最近は野良ゾイドが増えてるってのに」
女はそう言ってから、シールドライガー、ジーク、ライガーゼロの順に目を向けた。
特にゼロを見た時だけ、ほんの少しだけ目を見張る。
「へえ……面白い組み合わせね。シールドライガーに赤いライガーなんて」
「そっちも大概目立つけどな」
バンが赤いグスタフを見上げながら言う。
女はにっと笑った。
「当然でしょ。あたしのグスタフは、どこに行っても一目で分かるのが売りなんだから」
「売り?」
「そう。だってあたしは運び屋ムンベイ。
届けられなかった荷物はない――ってのが、自慢なんだから!」
胸を張ってそう言い切る姿には、妙な説得力があった。
バンは思わず感嘆の声を上げる。
「すげえな!」
「でしょ?」
ムンベイは得意げに笑う。
一方、カレンはその言葉の裏側を考えていた。
“届けられなかった荷物はない”ということは、それだけ危険な橋を渡ってきたということだ。実際、グスタフの装甲には新旧入り混じる傷がいくつもあり、そのどれもが生半可な仕事ではつかないものに見えた。
「でも、そんな大荷物でこの砂漠を一人?」
カレンが尋ねると、ムンベイは肩をすくめた。
「一人じゃないわよ。グスタフがいるじゃない」
赤いグスタフが低く、鳴くような駆動音を響かせる。
ムンベイはその装甲を軽く叩いた。
「それに、荷物を運ぶのに余計な護衛をつけたら取り分が減るでしょ?」
「現実的ね」
「褒め言葉として受け取っとくわ」
カレンとムンベイの視線が一瞬だけぶつかる。
似ている、とまでは言わない。けれど、綺麗事だけでは生きられない場所を知っている者同士の、短い了解のようなものがあった。
「ところで、雇われ兵?」
「雇われ?」
バンがきょとんとする。
ムンベイはシールドライガーの左後ろ脚を覗き込んでいた。
「この傷、ミサイルでしょ?」
危険な戦地も渡り歩いてきた運び屋だけあって、傷の質を一目で見抜いたらしい。
「あー……まあ、その。へへへ……ちょっとね」
バンが曖昧に笑って誤魔化す。
その間に、ジークはいつの間にかグスタフの前へ行き、興味津々で装甲をぺたぺたと触っていた。
「あー、こら! ジークやめろ!」
バンが慌てて声をかける。
ジークは「なに?」と言わんばかりに振り返った。
「ダメだよ、傷つけちゃ……」
「ふーん。武装がないところを見ると、野生ゾイド?」
「まあ、そんなとこかな。ジークっていうんだ」
ムンベイはジークをじっと見て、それからニヤリと笑った。
「ずいぶん変わった旅してるのね、あんたたち」
そこでカレンが現実的な問題を口にした。
「ところで、この辺で野宿できそうな場所、知ってるかしら?」
「うーん……」
ムンベイは少し考えてから、苦笑する。
「生憎、こっちの方に来たのは初めてなのよね。でも、砂漠のど真ん中で出会ったのも何かの縁だし、この先で一緒にキャンプってのはどう?」
バンは即座に頷いた。
「ああ、悪くない!」
カレンも多少の警戒は残しつつ、拒否する理由はないと判断する。女二人に子供二人、しかも夜の砂漠だ。単独より手が多い方がいい。
「俺はバン。こっちはフィーネ」
「カレンよ」
「よろしくね」
ムンベイが笑う。
こうして、一時的に同行者が増えた。
だがその一行を、少し離れた岩陰から、じっと監視している影があった。
眼帯の男、アーバイン。
その傍らには黒いコマンドウルフ。
偶然などではない。
狙いは最初から、ジークだった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、ドンパチやって食い扶持を稼いでるってわけじゃないんだ」
歩きながら、ムンベイがバンに訊いた。
「ぜーんぜん。戦闘経験なんか数えるほどしか無いよ」
バンが答えると、ムンベイは目を細めた。
「ふぅん? あたしはてっきり凄腕のゾイド乗りだと思ってた。シールドライガーって言えば、共和国軍でもかなりの高性能機でしょ?」
確かにシールドライガーは速い。速いだけじゃなく、頑丈で、正面からぶつかっても強い。
カレンも帝国軍にいた頃、共和国軍のライガー乗りと何度か相対したことを思い出す。優れたライダーが乗れば、厄介極まりない相手になる。
「残念だけど今はまだ違う。でもそのうち、一人前のゾイド乗りになってやる!」
バンは真っ直ぐに言い切った。
この時代の惑星Ziでは、運び屋も傭兵も珍しくない。
だが珍しくないからといって、誰もが軽く生きられるわけでもない。何かを得る前に終わる者もいくらでもいる。それでもバンは、自分の足で前へ進むつもりでいる。その青臭い真っ直ぐさを、カレンは少しだけ眩しく感じていた。
その時だった。
ジークがぴくりと反応した。
「ジーク?」
フィーネが不思議そうに見上げる。
直後、砂が爆ぜた。
「うわっ!?」
バンの叫びと同時に、地面の下から巨大な鋏が飛び出してくる。
ガイサックだ。
「野良ゾイドか! ジーク……っ!」
バンが合体を促そうとする。だが、その隙も与えず砲撃が飛んできた。
「だぁっ! くそっ! ジーク、カレン、ムンベイ、逃げるぞ!」
やむなく操縦桿を握り直す。
しかも一体ではなかった。
右から、左から、さらに後方から。砂の中に潜んでいた複数のガイサックが一斉に姿を現す。
「バン、曲がりなりにもシールドライガーに乗ってるんでしょ。ガイサックの四体や五体、何とかならないの?」
「何とかしたいけど、まだ思うように動かねえんだ!」
損傷の残るシールドライガーでは、砲撃の雨を捌くだけで精一杯だった。
「私が受け持つわ!」
カレンが即座に決断する。
「その間に、さっさと離れて!」
咆哮と共に、ライガーゼロが反転した。
紅い獣が群れへ単騎で飛び込んでいく。負傷したシールドライガーと、積荷を載せて鈍重なグスタフを逃がすには、自分が殿を務めるしかない。
だが――
「あぁぁぁっ!?」
甲高い悲鳴が上がる。
グスタフの側面、その砂の下から、一機のガイサックが完全な不意打ちで飛び出したのだ。鋭い爪が操縦席へ振り下ろされようとする、その瞬間。
一閃。
横から飛んできた攻撃が、ガイサックを吹き飛ばした。
「武装しろとアドバイスしたはずだが?」
黒い影。
砂煙の向こうから現れたのは、黒いコマンドウルフだった。
「アーバイン!」
ムンベイが叫ぶ。
アーバインのコマンドウルフは、ムンベイ達を追うガイサックを次々とビーム砲で撃ち抜いていく。
「どうやら忘れてるみたいだな、ムンベイ」
「ちゃんと覚えてるわよ! でも重量が増えて身動き取れなくなるのも考えものなの!」
腐れ縁らしい会話だが、心強い増援には違いない。
「アイツと知り合いなのか、ムンベイ?」
「その口ぶりからすると、アンタもそうみたいね」
点だった縁が、線になっていく。
「砂漠の真ん中で知った顔に会えるってのは、いいもんだ。そうは思わないか、坊主?」
「うるせぇ! 後をつけてきたんだな!」
もっとも、アーバインにとっては偶然でも何でもない。最初からジークを追っていたのだ。
だがガイサックに囲まれた今は、なし崩しに共闘するしかなかった。
「ちっ……そいつをやらせるわけにはいかねえ!」
アーバインは、グスタフから狙いを変えてジークに群がり始めたガイサックを撃ち落としていく。
「どこもやられてないみたいだな」
ジークの無事を確認した、その直後。
「くそっ……なに!?」
今度はアーバイン自身が、地中からの不意打ちに反応しきれなかった。
コマンドウルフが砂に脚を取られ、身動きが鈍る。
その瞬間、赤い閃光が走った。
ライガーゼロだ。
爪が一閃し、ガイサックを薙ぎ払う。
「他人のゾイドに夢中で油断してるからよ」
殿を務めつつ、後続のガイサックまで叩き伏せたカレンとゼロが、コマンドウルフを見下ろしていた。
「余計な真似を……」
「素直にありがとうって言えないものかしら」
「ヘイ!」
アーバインが噛みつこうとした、その時。
「いい寝床が見つかったわよ!」
ムンベイの声が飛ぶ。
◇ ◇ ◇
結局、一行は近くの古い遺跡で夜を明かすことになった。
崩れた石壁。半ば埋もれた石室。風を避け、身を隠すにはちょうどいい。夜間行軍をするほど、彼らも無茶ではない。
「久しぶりね、アーバイン。相変わらず悪党やってるの?」
「おいおい、俺は命の恩人だぜ?」
「ふふっ、お蔭で助かったわぁ」
生身で向き合ったムンベイとアーバインは、ずっとこんな調子だった。軽口を叩き合いながらも、気安い。
「礼を言われるより、こいつを直してくれた方が嬉しいな」
アーバインがコマンドウルフの脇腹を軽く叩く。
「オッケー。こっちも借りを作るのは性に合わないからね」
ムンベイがしゃがみこみ、傷口を覗き込む。
その様子を見て、バンが目を丸くした。
「ムンベイ、ゾイドに詳しいのか?」
「アタシに直せないゾイドはないわ」
それは自信過剰ではなく、経験に裏打ちされた口ぶりだった。危険地帯を走り続ける運び屋にとって、ゾイドの整備は命綱だ。
「そんな所見てどうすんだよ? やられたのは脇腹だぜ?」
「いいの。部品を交換するわけじゃないから」
ムンベイは手際よくパネルを開きながら言う。
「システムに少し細工して、ゾイドが持ってる自己再生能力を高めてやる。それがアタシのやり方よ」
人間で言えば、血の巡りを良くして治りを早めるようなものだ。ゾイドの再生リソースを損傷箇所に集約する技術と言っていい。
「あのさ、ムンベイ」
「ん? はいはい。シールドライガーも見てあげるわ」
バンが言い終える前に、ムンベイは察したように立ち上がった。
その時、アーバインが低く言った。
「さっきのガイサック、ありゃ野良じゃねえ」
空気が少しだけ変わる。
「私もそう思ってたわ」
カレンが腕を組む。
「動きが揃いすぎてた」
「ムンベイの荷物を狙ってるんだろ」
ムンベイの表情が引き締まる。
「……帝国軍向けの爆薬よ」
バンが思わず声を上げた。
「ば、爆薬!?」
「正式な依頼でね。届け先もある」
アーバインが鼻で笑う。
「つまり共和国側のスリーパーか」
「スリーパー?」
フィーネが首を傾げる。
カレンが説明する。
「普段は潜伏していて、必要な時にだけ動く潜入兵。帝国軍へ渡る前に、爆薬を奪うか届かなくしたいんでしょうね」
ムンベイが唇を噛む。
「厄介な荷物だったってわけ」
「案の定、今夜か明け方にもう一回来るわね」
カレンが言った。
「しかも今度は本気で」
バンは唾を飲み込む。
だがその瞳には、怯えだけではなく、戦うべき相手を見た時の真っ直ぐな火も宿っていた。
◇ ◇ ◇
そして、明け方。
空が白み始めた頃、最初に反応したのはゼロだった。
『グルルルル……!』
「来た!」
カレンが飛び起きる。
ほぼ同時に、地面が震えた。
砂の下から、左右から、前方から。
無数のガイサックが一斉に姿を現す。
「うわああっ!?」
バンが飛び起きる。
「またかよ!」
だが今回は、昨日とは比べものにならない。
十数体――いや、それ以上。
完全にこちらを包囲する形で動いている。
「やっぱり本命はこっちだったのね!」
カレンが叫び、ゼロへ飛び乗る。
シールドライガーもバンを乗せて飛び出し、アーバインのコマンドウルフも迎撃に出た。
しかし敵の狙いは明確だった。
ゾイドを食い止める個体と、グスタフへ向かう個体に綺麗に分かれている。
「ムンベイ! 荷物から離れて!」
「離れられるわけないでしょ!」
ムンベイはグスタフを動かし、コンテナを守るように後退させる。
だがグスタフは輸送用ゾイドだ。頑丈でも、こういう戦場で自在に立ち回るには苦しい。
「くそっ、こっちは任せろ!」
バンがシールドライガーで前に出る。
ジークとの合体で突破しようとするが、数が多すぎる。
「バン! 右!」
「分かってる!」
一体を弾く。
だがその隙に、別の二体が脚を狙ってくる。損傷の残るシールドライガーには嫌な攻め方だった。
反対側ではアーバインのコマンドウルフが的確に敵を削っているが、それでも数が多い。
「ちっ、面倒な数だ!」
アーバインが舌打ちする。
カレンはゼロを走らせ、グスタフの前に立ちはだかるガイサックを跳ね飛ばした。
「ムンベイ! 荷物を捨てて!」
「駄目よ!」
即答だった。
「この荷物は届ける! それがアタシの仕事なんだから!」
ガイサックの一撃がグスタフの装甲を叩く。
赤い機体が大きく揺れた。
「荷物なんかより、自分を守りなさい!」
「荷物なんかじゃない!」
ムンベイが叫び返す。
その必死さに、バンは歯を食いしばる。
カレンには分かる。
ムンベイにとって積荷はただの箱じゃない。約束であり、看板であり、仕事そのものだ。それを捨てるのは、自分の誇りを折ることに等しいのだろう。
だが、そのせいで死んでしまっては意味がない。
グスタフの操縦席近くの装甲が、またガイサックに抉られた。
「ムンベイ!」
その瞬間、バンがシールドライガーで割って入る。
アーバインも反対側から援護射撃を入れた。
「何やってやがる! 死ぬ気か!」
アーバインが怒鳴る。
「荷物ごときで!」
「ごときじゃない!」
ムンベイが叫ぶ。
だがその声は、最初より少しだけ揺れていた。
バンも叫ぶ。
「でも、このままじゃやられちまうだろ!」
カレンはさらに前へ出る。
ライガーゼロが咆哮し、二体まとめてガイサックを吹き飛ばした。
「ゼロ、押し切るわよ!」
だが、数が多すぎる。
コンテナの一つにガイサックが食らいつき、固定具が軋んだ。
ムンベイの顔が引きつる。
その時、彼女は見た。
バンが必死でグスタフの横を守っている姿を。
アーバインが被弾しながらも前に出る姿を。
カレンとライガーゼロが、紅い閃光となって正面を裂いている姿を。
誰も依頼人じゃない。
誰も、ここで命を懸ける義理なんてない。
それでも戦っている。
ムンベイは唇を強く噛みしめた。
「……ちくしょう!」
そして、ついに操縦桿を大きく引く。
「持ってきなさいよ! こんな荷物、くれてやるわ!」
次の瞬間、コンテナの固定具が解放された。
積荷が砂の上へ落ちる。
ガイサック達の動きが、一瞬だけ荷物とこちらで割れた。
「今よ!」
カレンが叫ぶ。
「ゼロ!」
ライガーゼロが、荷に群がろうとしたガイサックをまとめて吹き飛ばす。
続いてシールドライガー、コマンドウルフも一気に突破した。
「ムンベイ! 走れ!」
「言われなくても!」
グスタフが身を翻し、積荷を捨てて全力で駆け出す。
その直後、爆薬に火が回った。
轟音。
砂漠に火柱が立ち上がる。
爆風が熱風となって彼らの背を叩き、ガイサックの群れをまとめて飲み込んだ。
◇ ◇ ◇
追撃を振り切り、十分な距離を取ったところで一行はようやく足を止めた。
ムンベイはグスタフの上で、しばらく黙っていた。
遠くで燃える積荷を、ただ見つめている。
「……看板に傷がついたわね」
ぽつりと、そんな言葉が落ちる。
「届けられなかった荷物はない――今日で、それが止まった」
バンが少し困ったような顔をする。
だが、アーバインは肩をすくめた。
「命が残ったなら安いもんだろ」
「簡単に言うわね」
「簡単な話だ。死んだら次の荷物は運べねえ」
カレンも静かに言った。
「仕事は大事よ。でも、自分まで捨てたら終わり」
ムンベイは苦笑した。
「……分かってる。頭じゃね」
少しの沈黙のあと、彼女は顔を上げる。
「でも……ありがと。あんたたちがいなかったら、アタシもグスタフも終わってた」
バンがにかっと笑う。
「困った時はお互いさまだろ!」
「昨日会ったばっかりのくせに、よく言うわ」
「そういうもんだろ?」
ムンベイは呆れたように笑った。
その笑顔は、最初に会った時よりずっと柔らかかった。
フィーネが静かに言う。
「ムンベイ、生きててよかった」
その一言に、ムンベイは少しだけ目を丸くし、それから小さく笑った。
「……そうね。ほんとに」
◇ ◇ ◇
夕方、砂漠の縁に近い岩場で、一行は最後の休憩を取っていた。
赤いグスタフは積荷を失ったぶん軽くなったせいか、不思議と以前より身軽に見えた。
「なあ、これからどうすんだ?」
バンが訊く。
「どうするも何も、依頼失敗の報告に行くしかないわよ」
「怒られそうだな」
「そりゃね。でも、言い訳はしない」
ムンベイはグスタフの装甲についた傷を見つめる。
「守れなかったのは事実だもの。でも……次は同じ失敗しない」
「おう、その意気だ!」
「なんであんたが偉そうなのよ」
ムンベイが笑う。
少し離れた場所では、アーバインがコマンドウルフの点検をしていた。カレンはゼロにもたれながら、その姿を横目で見る。
「で、アンタは結局何しに来てたのよ」
「言ったろ。オーガノイドのついでだ」
「ついでにしては、よく働いてたじゃない」
「気まぐれだ」
カレンは鼻で笑った。
「はいはい」
アーバインはそれ以上言い返さなかった。
否定もしない。
その沈黙が少し可笑しくて、カレンはほんの少しだけ口元を緩めた。隣でゼロが喉を鳴らす。
『グル』
「何よ」
『グルル』
「……別に笑ってないわよ」
どう見ても笑っていた。
だがゼロはそれ以上追及しなかった。
その時、不意にムンベイが両手を腰に当てて言った。
「さてと。今回の件は高くつくわよ?」
「え?」
バンが間の抜けた声を出す。
「え、じゃないでしょう? こっちはアンタたちを助けるのに、大事な積み荷を犠牲にしたのよ」
「そ、それは……」
「どーせお金なんか持ってないんでしょ?」
「う……」
「だったら、身体で払ってもらうしかないわね」
「か、身体で!?」
バンが盛大に飛びのいた。
ムンベイはにやりと笑う。
「アンタは今日からアタシ専用の用心棒。文句ないわね?」
バンは一瞬呆気に取られ、それから唇を尖らせた。
「ちぇ、勝手なこと言ってくれるぜ……」
だが次の瞬間には、なにか思いついたように目を輝かせる。
「でも、ムンベイって顔が広そうだよな! ゾイドイヴ探しには都合がいいかもしれねえ!」
フィーネが小さく笑う。
カレンも腕を組んだまま、ムンベイを見た。
確かに、ムンベイのように各地を渡り歩き、顔が利く人間は貴重だ。危険は増えるだろう。けれど、得られるものも大きい。
ムンベイは肩をすくめた。
「決まりね。あたしの護衛、しっかり働きなさいよ」
「分かってるって!」
バンがそう言うと、ジークが面白がるように宙をくるりと回った。
赤いグスタフ。
白いシールドライガー。
紅いライガーゼロ。
砂漠の夕陽の中で、その三つの機影が並ぶ。
アーバインはそんな様子を少し離れたところから見て、鼻で笑った。
「……ま、退屈はしなさそうだな」
「何か言った?」
カレンが振り返ると、アーバインは肩をすくめるだけだった。
「別に」
やがて黒いコマンドウルフは、砂の向こうへと身を翻す。
「坊主、今回はよくやったな。少しは見直したぜ」
「俺は坊主じゃない! バンだ!」
「だが、俺はまだそいつを諦めたわけじゃないからな」
アーバインの視線がジークへ向く。
「ジークは絶対、お前なんかに渡さないぞ!」
バンが叫ぶ。
アーバインは口元だけで笑って、背を向けた。
「……じゃあ、またな」
黒い影が遠ざかっていく。
ムンベイはその背中を見送りながら、ふっと息をついた。
「ほんと、相変わらずね」
バンはそんなことより、自分の“専用の用心棒”という肩書きにまだ引っかかっているらしかった。
「でもさ、それって俺、ただ働きってことじゃ――」
「なに? 文句あるの?」
「……ありません」
ムンベイに睨まれ、バンは即座に背筋を伸ばした。
その様子を見て、フィーネがまた小さく笑う。
カレンも呆れたように息をつきながら、どこか少しだけ口元を和らげた。
こうして、また一人。
バンたちの旅に、新しい仲間が加わった。
運び屋ムンベイ。
赤いグスタフと共に、危険な道を渡り歩く女。
彼女の存在はきっと、これから先の旅にとって、面倒で、騒がしくて、けれど確かに欠かせないものになっていくのだろう。
砂漠の向こうには、まだ見ぬ土地が広がっている。
過去の傷も、失ったものも、探し求める答えも、すべて飲み込むような広い世界が。
「よーし! じゃあ行こうぜ!」
バンが声を上げる。
「今度こそ、本当に前だ!」
なんとも彼らしい言葉だった。
カレンはゼロの首元を軽く撫でる。
ゼロは低く喉を鳴らした。
「……そうね」
前へ。
まだ見えない何かへ向かって。
白いライガーと、紅いライガー。
小さなオーガノイドと、不思議な少女。
そして、赤い運び屋と、その誇り高いグスタフ。
彼らの旅は、またひとつ新しい出会いを刻みながら、砂漠のその先へと続いていく。