『ZOIDS -RED ZERO-  ―紅き獣と帝国の亡霊―』   作:からし明太子

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第四話 ――とべ、ジーク

 

 朝の風は、砂漠のそれとは少し違っていた。

 

 赤茶けた大地の裂け目を縫うように、細い川が流れている。夜の冷気をまだ少しだけ引きずった空気は涼しく、水面は昇り始めた陽を受けてきらきらと光っていた。川岸には申し訳程度の草が生え、石と砂ばかりの景色の中では、それだけでも十分に「生きている場所」に見える。

 

 もっとも、その穏やかさが長く続く保証など、この世界のどこにもないのだが。

 

『あたしはぁ、荒野の運び屋さーん♪』

 

 赤いグスタフの操縦席から、朝っぱらから景気のいい歌声が響いてくる。

 

 その声に、荷台で寝転がっていたバンが顔をしかめた。

 

「いてててて……急にグスタフを止めたり、歌ったり、一体どうしたんだよ、ムンベイ……」

 

「何よ、その言い方」

 

 操縦席から身を乗り出したムンベイが、呆れたように眉を上げる。

 

「フィーネが飛び出して行っちゃったのよ。あの子、よっぽどバンのイビキがうるさかったんじゃない?」

 

「何言ってんだ! ムンベイの歌のせいだろ!」

 

「失礼ねぇ。あたしの歌は元気が出るの」

 

「出すぎて眠れねぇんだよ!」

 

 朝からよく通る二人のやり取りに、カレンはライガーゼロの背で小さく息をついた。

 

 ムンベイが同行してから、旅の空気は確かに変わった。

 赤いグスタフは頼もしい。荷台があるだけでも、バンやフィーネ、それにジークが身体を休める余裕ができる。シールドライガーとライガーゼロが自力で歩けるとはいえ、長距離移動で人間の疲労まで面倒を見るとなれば、こういう存在はありがたかった。

 

 ありがたいのだが。

 

 うるさい。

 いや、騒がしいと言うべきか。

 

 もっとも、その騒がしさを嫌いだとは思っていない自分に気づいて、カレンは少しだけ苦笑する。

 

「フィーネ?」

 

 バンが荷台から身を起こした。

 

 少し先、川辺の草地でしゃがみ込んでいるフィーネの姿が見えた。小さな両手を膝の上に置き、何かをじっと見ている。

 

 バンが近づいて覗き込む。

 

「何やってるんだ?」

 

 フィーネは足元を指差した。

 

 そこには一匹のバッタがいた。乾いた草の色に似た、細く小さな虫だ。

 

「よかったわね、踏み潰されなくて」

 

 フィーネがそう言って微笑む。

 

 バンは目をぱちぱちさせた。

 

「……バッタを助けたのか?」

 

「そう」

 

「わざわざそんな事しなくても、バッタなんか勝手に逃げていくのに」

 

「そうなの?」

 

「そうだよ」

 

 フィーネは少し考えてから、バッタを見つめたままぽつりと言った。

 

「でもあのバッタ、戦おうとしていたわ」

 

「は?」

 

「大きい相手なのに、逃げなかった」

 

 バンは首を傾げる。

 

「そんなこと、絶対ないって」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……グスタフを相手に敵うわけないじゃないか」

 

 フィーネはそこでようやく顔を上げた。

 

「そんな事、やってみないと分からない……って、バンはよく言うわ」

 

「う」

 

 思わぬところから自分の台詞を返されて、バンが言葉に詰まる。

 

 少し離れた場所からそのやり取りを見ていたカレンは、思わず目を細めた。

 

 フィーネは記憶を失っているくせに、時々妙なほど本質を突くことを言う。

 そして、バンの無鉄砲さを笑うでもなく、否定するでもなく、ただ自然に受け止めている。

 

 それが、バンにとって案外大きいのだろう。

 

 その時だった。

 

 ライガーゼロがぴくりと耳を立てた。

 

『グル……』

 

「ゼロ?」

 

 カレンが顔を上げる。

 

 次の瞬間、川の向こう側から重い駆動音が響いてきた。

 

「どうしたんだ? ジーク……うえっ!?」

 

 バンの声が裏返る。

 

「な、何なの!?」

 

 フィーネも目を見開く。

 

 姿を現したのは、巨大な影だった。

 

 重装甲の大型ゾイド、ゴルドス。

 しかも一体ではない。後方に複数の機影を従え、隊列を整えながら川辺へ進み出てくる。整った足並み、配置、間合いの取り方。野良でも盗賊でもない。明らかに正規軍の動きだった。

 

「共和国軍……!」

 

 カレンが低く呟く。

 

 ゴルドスのコックピットハッチが開き、一人の男が姿を見せた。

 

 壮年に差しかかった年頃。落ち着いた顔立ち。無駄のない軍服の着こなし。派手さは無いが、現場の空気を知っている軍人の目をしている。

 

「積み荷を調べろ」

 

 男が短く命じる。

 

「はっ!」

 

 周囲の兵士が動く。

 

「おっと、動くな。無駄な抵抗はするもんじゃない」

 

 別の兵士が銃口を向けてくる。

 

 ムンベイが口元を引きつらせた。

 

「随分と大袈裟な強盗だね。ゴルドスで人の晩飯を狙うなんてさ」

 

「笑えん冗談だ」

 

 男は静かに答えた。

 

「俺は共和国軍レッドリバー戦線、第一中隊隊長、ロブ・ハーマン大尉だ」

 

 その名に、ムンベイがほんの僅かに目を細める。

 

 カレンもその立ち姿を見て理解した。

 ただの堅物ではない。現場で何度も修羅場を越えてきた人間の雰囲気がある。

 

 同時に、ハーマンの方も一行のゾイドを一瞥した際、僅かに視線を止めていた。

 

 白いシールドライガー。

 赤いグスタフ。

 そして――赤いライガー。

 

 共和国軍の配備データにも、確認済みの帝国軍機にも存在しない未確認のライガータイプ。

 軽く目を留めただけだったが、それだけでも十分に異質だった。

 

「そのお偉い大尉さんが、アタシ達に何の用だい?」

 

 ムンベイが挑発気味に言うと、ハーマンは表情一つ変えなかった。

 

「この先の遺跡で派手な爆発があった」

 

 一拍。

 

「折角のスリーパーガイサックが、木っ端みじんにされてしまった」

 

 その言葉に、バンの顔が歪む。

 

「お前たちが、あのガイサックを!?」

 

「ん? それがどうかしたか?」

 

「どうかしたか、だと!? よくもよくも! おかげでこっちは死にそうな目に遭ったんだぞ!」

 

 バンは食ってかかるが、カレンは横目でハーマンを見た。

 

 男は怒っているようには見えなかった。

 むしろ、何かを確かめている目だった。

 

「やめなさい、バン」

 

 カレンが小さく制する。

 

 だがハーマンはさらに言葉を重ねた。

 

「調査の結果、スリーパーガイサックを全滅させた爆薬は帝国軍の物と判明した。……まさかとは思うが、お前たちの仕業じゃないだろうな?」

 

 その瞬間、場の空気が硬くなる。

 

 状況だけ見れば、疑われても仕方がない。

 前話でムンベイが運んでいたのは帝国軍向けの爆薬だった。そして、それは確かにガイサックの群れを吹き飛ばすのに使われた。

 

「だったらどうするのさ?」

 

 ムンベイが先に口を開く。

 

「身柄を拘束させてもらう」

 

 ハーマンは淡々と言った。

 

「帝国軍のスパイ、もしくは破壊工作員としてな」

 

「……!」

 

 バンが声を上げかける。

 

 だが、その前に兵士たちが一斉に銃を構えた。

 

「ハーマン大尉、こいつら未確認のライガータイプとシールドライガーを輸送していました!」

 

「登録ナンバーは?」

 

「所属不明です。どこかの部隊から盗んだものかも」

 

「盗んだんじゃない!」

 

 バンが怒鳴る。

 

「あのシールドライガーは、遺跡でポンコツだったんだ!」

 

 ハーマンの眉が、ほんの僅かに動いた。

 

「遺跡でポンコツだっただと? ……ふん、馬鹿も休み休み言え」

 

「嘘じゃない!」

 

 その時、ハーマンはほんの少しだけ口元を歪めた。

 

「じゃあ、その野生ゾイドが――オーガノイドにでもなってシールドライガーを復活させたのかな?」

 

 軽い皮肉のつもりだったのかもしれない。

 

 だが、その場にいた全員が一瞬止まった。

 

「そうです」

 

 フィーネが真顔で答えたからだ。

 

「……あぁ!?」

 

 バンが素っ頓狂な声を上げる。

 

「まさか、本当なのか!?」

 

 ハーマンの目が変わる。

 

 その瞬間、バンの腕の中にいたジークがびくりと反応した。

 

「逃げろジーク!」

 

 バンが叫ぶ。

 

 兵士が飛びかかる。

 バンは咄嗟に身を挺してジークを庇った。

 

「早く行け!」

 

 ジークはひと声鳴き、兵士たちの隙間を縫って一気に逃げ出す。

 

「そのゾイドを捕まえろ!」

 

 ハーマンが命じる。

 

 兵士たちが一斉に追おうとするが、ジークはあまりにも小さく、素早かった。岩陰へ飛び込み、そのまま視界から消える。

 

 ハーマンはその背中を見送りながら、ゆっくりとバンを見下ろした。

 

「ほう……自分の身を挺してゾイドを逃がしたか」

 

 その声には怒りより、別の興味が混じっていた。

 ただの密輸人やガキではない。そう判断したのだろう。

 

「……連れて行け」

 

 こうして、バンたちは共和国軍基地に拘束された。

 

          ◇ ◇ ◇

 

 共和国軍の前線基地は、川沿いの岩場を削るようにして築かれていた。

 

 土嚢と鉄骨、簡易格納庫、監視塔、通信アンテナ。仮設ではあるが、戦線を支えるに十分な規模だ。整備兵が走り回り、兵士が短く指示を交わす。そこには盗賊や村の世界とは違う、“国家の戦争”の匂いが満ちていた。

 

「……嫌な感じ」

 

 ムンベイがぽつりと吐く。

 

「同感ね」

 

 カレンも短く返した。

 

 バン、フィーネ、カレン、ムンベイは一室にまとめて拘束されることになった。牢と言っても石壁で囲われた臨時収容室だが、鉄格子と見張りが付いている。

 

「くそっ! 出せ! 俺たちが何したって言うんだ!」

 

 バンが鉄格子を掴んで吠える。

 

「煩いぞ。全く、どこへ行っても付き纏ってくる奴らだぜ……」

 

 隣の牢から、聞き覚えのある声がした。

 

「付き纏ってるのはお前の方だろ?」

 

 バンが振り返る。

 

 そこにいたのは、やはりアーバインだった。

 

「まあ、そうとも言うか」

 

 アーバインは悪びれもなく肩をすくめる。

 

「アーバイン、アンタ何だってこんな所にいるの?」

 

 ムンベイが呆れたように聞く。

 

「コマンドウルフの弾薬が切れちまってなぁ、ちょいと借りようとしたらこの様だ。やっぱりプロの兵隊さんを舐めちゃいけねぇ」

 

「返す気なんかなかったくせに」

 

 カレンが冷たく言う。

 

 アーバインは答えず、代わりに目を細めた。

 

「それより、あのオーガノイドはどうした? シールドライガーと一緒に取られちまったか?」

 

「ジークは逃がした……」

 

 バンが低く答える。

 

「逃がしたか……」

 

 アーバインは僅かに口元を上げた。

 

「ま、お前にしちゃ上等だな」

 

 そのぶっきらぼうな言い方に、バンは少しだけ眉を寄せた。

 だが今は言い返すより、別のことの方が気にかかったからだ。

 

 ◇◇◇

 

 そのやり取りの最中、別室ではハーマンが副官と話していた。

 

 ハーマンの傍らにいた若い士官は、派手さこそないが、軍人らしく整った身なりと落ち着いた物腰が印象的だった。年若く見えるが、軽さより先に目につくのは、几帳面さと生真面目さ。前に出て武功を立てるより、状況を整え、指揮官を補佐し、部隊全体を滞りなく動かすことに長けた人間――そんな空気を纏っている。

 

 オコーネル中尉。

 

 ロブ・ハーマン大尉の副官であり、長く付き従ってきた腹心でもあった。

 

「例のシールドライガーですが、二十年以上前に登録を抹消されています」

 

「つまり、あの小僧は本当のことを言っていたという事か……」

 

 ハーマンは戦略マップの上で指を止めた。

 

「あのゾイドが本当にオーガノイドなら、我が軍に相当な戦力増強が可能です。何としても捕獲を」

 

 オコーネルの声は落ち着いている。

 感情で煽るのではなく、事実と可能性を整理して差し出す。副官として極めて真っ当な補佐だった。

 

「今は無理だ」

 

 ハーマンは短く切り捨てる。

 

「そんな事に、この戦線の戦力を割く訳にはいかん」

 

 マップの向こうには、レッドリバーを挟んで帝国軍の陣があった。今はまだ大規模戦闘こそ起きていないが、空気は明らかに張りつめている。

 

「帝国軍に何か動きが?」

 

 オコーネルが問う。

 

「いや別に……」

 

 ハーマンは言葉を濁し、それから静かに続けた。

 

「ただな、少し悪い予感がする」

 

 オコーネルは即座に地図へ視線を戻す。

 ハーマンの“勘”は、付き合いの長い彼からすれば軽視できないものなのだろう。軽率に否定せず、即座に配置と補給の確認へ意識を切り替えていた。

 

          ◇ ◇ ◇

 

 その不穏さは、牢の中にも伝わっていた。

 

「アーバイン、ここの奴等少し様子が変だと思わない?」

 

 ムンベイが低く訊く。

 

「あぁ、妙に緊迫してるな」

 

 アーバインが答える。

 

「この間のアタシの仕事も随分急ぎだったんだ」

 

「お前の仕事って言うと、帝国か」

 

「本当はレッドリバーの向こうに運ぶ筈だったんだけどねぇ」

 

「と言う事は此処が戦場になるな」

 

「たぶんね」

 

 フィーネが首を傾げる。

 

「何で此処が戦場になるの?」

 

 バンが言う。

 

「敵が攻めてくるからだろ?」

 

 アーバインが鼻を鳴らす。

 

「フン、そんなんじゃ無いぜ。戦争してないと兵隊さんは仕方無いのさ。皆、戦いたくてうずうずしてんだ」

 

「それも違うわ」

 

 ムンベイが肩をすくめる。

 

「戦争は金になるのよ。久しぶりに大儲けできそうだもの」

 

 カレンは黙ってそれを聞いていた。

 

 守りたいから戦う。

 戦いたいから戦う。

 豊かさを欲するから戦う。

 

 どれも間違いとは言い切れない。

 そしてどれも、綺麗事だけでは片づけられない。

 

 フィーネはそういうものを、こうして少しずつ知っていくのだろう。

 

          ◇ ◇ ◇

 

 ハーマンが再び牢の前に現れたのは、その日の夕方だった。

 

「小僧、お前の疑いは晴れた。あのシールドライガーはお前の物と認めよう」

 

「だったら早く出せよ!」

 

「いいや駄目だ」

 

 ハーマンはあっさり言う。

 

「お前は俺の部下に刃向かった。もう少し此処で頭を冷やして貰わんとなぁ」

 

「チッ、あぁそうかい!」

 

 バンが悔しそうに顔を背ける。

 

 だがハーマンはそこで少しだけ表情を和らげた。

 

「だがな小僧。お前は中々見どころがある。その気があるなら此処から出して俺の下で働かせてやっても良い」

 

「ヘッ、冗談じゃないぜ。俺には色々やる事があるんだ」

 

 即答だった。

 

 ムンベイが横から口を挟む。

 

「大尉さん? アタシなら雇われてやってもいいんだけどぉ?」

 

「女、お前の冗談は何時も笑えん」

 

 ハーマンは溜め息まじりに言う。

 

 横ではオコーネルが軽く眉を寄せていたが、口を挟まない。上官と捕虜の会話に割って入るより、全体の流れを見ているのだろう。

 

「……ま、気が変わったらそこの看守に声をかけろ」

 

 ハーマンが立ち去ろうとした、その時だった。

 

「どうした!? 一体何の騒ぎだ!?」

 

 外から兵士の慌てた声が響く。

 

「例のゾイドが現れました! シールドライガーで基地の中を暴れ回っています!」

 

「何!?」

 

 ハーマンが振り返る。

 

 外では金属音と怒号が入り混じっていた。

 

 ジークだ。

 

 逃げ延びたジークがシールドライガーを奪還し、単騎で基地へ襲撃を仕掛けていたのだ。

 

「総員戦闘配備! プテラスの起動準備を急がせろ!」

 

 ハーマンが命じる。

 

「……持ち主を助けに来たのか。意外に義理堅いゾイドだな」

 

 その言葉に、バンの目が大きく見開いた。

 

「ジーク……!」

 

 その一方で、隣の牢ではアーバインがすでに動いていた。

 

「何やってんだ? アーバイン」

 

「危ないから下がってろ」

 

 アイパッチの裏から取り出した起爆信管と靴底に隠していた爆薬。アーバインは迷いなくそれを鉄格子の鍵部分へ仕掛ける。

 

 小さな爆発。

 鍵が吹き飛ぶ。

 

「なっ……!」

 

「今の内だ、行くぞ」

 

「おい! 三人はどうするんだよ!?」

 

「もう爆弾は無い。“後で”助けに来る」

 

「ふざけんなアーバイン! 三人を置いて行けって言うのか!?」

 

 バンが掴みかかりそうになるのを、ムンベイが制した。

 

「アタシ達ならここで大人しく留守番してるさ」

 

「バン、ジークに会ったらよろしくね」

 

 フィーネも落ち着いている。

 

 カレンは少しだけ目を細め、バンへ短く言った。

 

「行きなさい。ここで全員がもたついたら、本当に逃げ道が無くなるわ」

 

 バンは歯を食いしばり、それでも強く頷いた。

 

「……必ず助けに来るからな! それまで待ってろよ!」

 

「はいはい、期待しないで待ってるよー」

 

 ムンベイが軽く手を振る。

 

 バンはアーバインと共に牢を飛び出した。

 

          ◇ ◇ ◇

 

「ジーク!」

 

 基地の一角で、バンはついにジークとシールドライガーに再会した。

 

 ジークは嬉しそうにひと鳴きし、シールドライガーの装甲は月明かりの中で白く光っている。

 

「助けに来てくれたのか!」

 

 バンがコックピットへ飛び乗る。

 

「んじゃな、バン! 無事に逃げ出せよ!」

 

 アーバインはコマンドウルフを奪還しながらそう言った。

 

「待てよ! 一緒に行くんじゃないのか!?」

 

「状況が状況だ。俺は俺で動く」

 

 そう言いかけたその時、基地奥から轟音が響いた。

 

「な、何だ!?」

 

 共和国軍のゴルドスが、いきなり主砲を撃ち込んできたのだ。

 

「ふざけんな! 基地ん中で主砲ぶっ放すか普通!」

 

 バンが叫ぶ。

 

 アーバインも思わず顔をしかめる。

 

 だが共和国兵士も焦っていたのだろう。ここでシールドライガーとオーガノイドを逃がせば、戦力的にも情報的にも痛手になる。

 

「今のはワザと外した! 次は命中させる、大人しく投降しろ!」

 

 拡声器越しに兵士の声が響く。

 

「ヘッ! 生憎と、俺の相棒は大人しくするのが大嫌いでね!」

 

 バンが吠え返し、シールドライガーは一気に加速した。

 

 アーバインのコマンドウルフも横へ走る。

 

 ゴルドスでは、その機動に追いつけない。

 だがハーマンもそこで終わる男ではない。

 

「プテラス隊、追撃しろ!」

 

 やがて夜明け前の空に、三機の飛行ゾイドが現れた。

 

「プテラス!? 三機もか!」

 

 バンが顔をしかめる。

 

「奴等、本気の追撃部隊を編成しやがったな!」

 

 空を飛ぶプテラスは、レドラーほどの格闘性能はない。だが上空からの射撃支援には優れる。地上のゾイドを追い込むには十分な厄介さだ。

 

「こっちに武装があれば……!」

 

 バンが叫びながら、ミサイルスイッチへ手を伸ばす。

 

 反応がない。

 

「ミサイルが無い!?」

 

「馬鹿野郎!」

 

 アーバインが怒鳴る。

 

「捕虜の武装は取り外すってのは常識だろうが! やっぱりお前は何も分かってなかったド素人って訳だ!」

 

「だったらお前はどうなんだよ!?」

 

「俺のコマンドウルフは最初から弾切れだ!」

 

「じゃあどうすんだ!?」

 

「逃げる!」

 

「逃げる!?」

 

「そうだ! 逃げて逃げて逃げまくって、どこかで弾薬を補給したらそこで反撃する!」

 

 アーバインの言い分は現実的だった。

 だがバンの性格は、それを良しとしない。

 

「くぅぅっ……情けねえ!」

 

「他に手は無い! じゃあな!」

 

 アーバインが別方向へ離脱する。

 バンはそれを睨みつけ、そして空を見上げた。

 

 ハーマンのプテラス隊が頭上を旋回する。

 

「無駄な抵抗は止めろ! お前たちに逃げ道は無い! 命までは取らん、大人しく投降しろ!」

 

「冗談じゃねえ!」

 

 バンが吠える。

 

「行くぜ、ジーク!」

 

 目の前には、切り立った渓谷の壁。

 左右から迫る岩壁。普通なら袋小路だ。

 

 だが、バンは違った。

 

 シールドライガーが左の壁を蹴る。

 反対側へ飛ぶ。さらに蹴り返す。

 

「何!? シールドライガーであんな動きが!?」

 

 ハーマンが目を見張る。

 

 ジグザグに、壁から壁へ。

 三角飛びのように高度を上げていく。

 

 通常のライガーでは不可能だ。

 だがジークと合体した今のシールドライガーなら、不可能ではなかった。

 

「うぉぉおおおおっ!」

 

 最後の跳躍。

 

 白い獣が、空飛ぶプテラスへ飛び掛かる。

 

「まさか!」

 

 激突。

 

 一機目のプテラスが大きく傾き、そのまま二機目を巻き込んで落下していく。

 

「やった! 肉弾戦に持ち込んだぜ!」

 

 バンが叫ぶ。

 

「プテラスを二機も!?」

 

 ハーマンの声に、悔しさより先に驚嘆が混じる。

 

 しかし、まだ終わりではない。

 

 残る一機――ハーマンのプテラスは距離を取り直し、上空から再び狙いを定める。

 

「もうその手は食わん! 大人しく投降しろ!」

 

 バンが歯を食いしばる。

 

「届かない……!」

 

 その時、通信が割り込んだ。

 

「よく聞け、バン!」

 

「アーバイン!?」

 

「俺に考えがある。もう一度跳べ!」

 

「考えって何だよ!?」

 

「いいから黙って跳べ!」

 

 バンは一瞬だけ迷い、それでも操縦桿を握り直した。

 

「……分かったよ! 行け、ジーク!」

 

 シールドライガーが再び跳ぶ。

 

 そしてその直下を、黒いコマンドウルフが疾走してくる。

 

「バン! コマンドウルフを踏み台にしろ! 今だ、もう一度ジャンプしろ!」

 

「解った!」

 

 シールドライガーは跳躍したコマンドウルフの背を足場にして、さらに高く跳び上がった。

 

「貰った!」

 

「何!?」

 

 完全に虚を突かれたハーマンのプテラスへ、白い獣がもう一度肉迫する。

 

 激しい衝撃。

 バランスを崩したプテラスへ、バンは躊躇なくもう一度食らいついた。

 

「終わりだぁぁぁっ!」

 

 翼を裂かれ、機体は制御を失う。

 渓谷の岩壁に激突し、火花を散らしてプテラスは沈黙した。

 

 これで三機。

 追撃プテラス隊は全機撃墜された。

 

「くっ……俺としたことが!」

 

 ハーマンは呻いた。

 

 その視界の端で、別の異変が映った。

 

 河向こうの地平線。

 土煙を上げて迫ってくる、大部隊。

 

「……あれは帝国軍!」

 

 ハーマンの顔色が変わる。

 

「ついに動き出したか!」

 

 こうなれば、悠長にバンたちを追っている場合ではない。

 ハーマンは即座に撤退を決断した。

 

「全軍、基地へ帰投! 防衛線を構築しろ!」

 

 バンは荒い息をつきながら、ようやくシールドライガーを止めた。

 

「サンキューな、アーバイン!」

 

「ふ、貴様に礼など言われる覚えは無い」

 

 アーバインはぶっきらぼうに返す。

 

「あーそうかいっ……まあ良いや! あの隊長が基地に戻らないうちに、フィーネとムンベイとカレンを助けに行こう!」

 

「いや、すまんが俺は此処までだ。後はお前に任す」

 

「あぁ? なんでだよ?」

 

「大人の事情ってやつだ。気にするな」

 

 アーバインはそう言うと、コマンドウルフを翻した。

 

「じゃあな、バン。あばよ」

 

「お、おい!」

 

 呼び止めても、アーバインは振り返らなかった。

 だが、その離脱が本当に薄情だからではない事を、バンも少しずつ理解し始めていた。

 

 帝国軍の大部隊が動き出した以上、ここはもう本格的な戦場になる。

 悠長に付き合えば、さすがのアーバインでも危険だ。

 

 バンは少しだけ悔しそうに唇を噛み、それからシールドライガーの首元を叩いた。

 

「行こう、ジーク」

 

          ◇ ◇ ◇

 

 その頃、基地では、帝国軍接近の報で場の空気が一変していた。

 

 兵士達が走り、怒号が飛び交い、緊急展開の命令が続く。

 その混乱の中で、別の騒ぎが起きていた。

 

「放せ! 何をする!」

 

 低く、しかし取り乱しきらない声が響く。

 

 ムンベイに腕を取られていたのは、若い共和国軍将校だった。

 

 派手さはないが整った顔立ちに、軍人らしく隙のない身なり。年若く見えるが、軽さよりも先に目につくのは、几帳面さと生真面目さだった。現場で前に出て武功を立てるというより、状況を整え、指揮官を補佐し、部隊全体を滞りなく動かすことに長けた人間――そんな空気を纏っている。

 

 オコーネル中尉。

 

 ロブ・ハーマン大尉の副官であり、長く行動を共にしてきた腹心でもある。

 

 普段は直情的になりがちなハーマンを穏やかに支え、補足し、時には先回りして面倒事を処理する。裏方の軍人としては極めて優秀な男だ。

 もっとも、その分だけ上と下の板挟みになりやすい、中間管理職らしい苦労も背負い込んでいるのだろう。

 

「暴れないでよ、中尉さん」

 

 ムンベイが軽く言う。

 

 オコーネルは顔をしかめたが、無闇に暴れることはしなかった。自分が人質に取られている状況で、兵達を余計に混乱させるべきではないと理解しているからだろう。

 

「……君たち、自分が何をしているのか分かっているのか」

 

 声音はあくまで抑えられていた。

 感情任せに怒鳴るのではなく、まず状況を見極めようとする。そのあたりにも、彼らしさが出ていた。

 

「分かってるわよ。交渉でしょ?」

 

 ムンベイがにやりと笑う。

 

 その横ではカレンが兵士達を牽制する位置に立ち、フィーネは何故か妙に落ち着いた顔でその様子を見ていた。

 

 そこへ、ハーマンが戻ってくる。

 

「何の騒ぎだ……オコーネル!?」

 

 流石のハーマンも、副官を人質に取られて顔色を変えた。

 

 オコーネルは情けない悲鳴ひとつ上げず、ただ短く言った。

 

「大尉、自分のことは構いません。部隊の統制を優先してください」

 

 その声音は真面目で、抑制されていて、いかにも彼らしかった。

 

「何言ってんのよ。構われなかったら困るのはこっちなんだけど」

 

 ムンベイが呆れたように返す。

 

「アンタ達、帝国と一丁やり合うんでしょ? だったら良い方法があるわよぉ?」

 

「一体何の事だ?」

 

「とぼけても無駄よ。悪い事言わないから、アタシ達と契約しない?」

 

 ハーマンはムンベイを睨む。

 

「本当に帝国軍に勝てるのか? 敵は我が軍の三倍以上の戦力の大部隊なんだぞ?」

 

「まあ、なんとかなるんじゃない?」

 

「何を気楽な! このままでは我が軍は全滅してしまうんだぞ!」

 

 ムンベイは肩をすくめた。

 

「そんな事、やってみないと分からないわ。ここはひとつアタシ達を信用して頂戴。ダメだったらお代は頂きませんから」

 

 オコーネルが短く口を開く。

 

「大尉、時間がありません。現状で戦力差は圧倒的です」

 

 その一言は、ムンベイの肩を持つためではなく、純粋に状況を整理したものだった。

 ハーマンの感情が先走らないよう、最低限の現実を示している。いかにも副官らしい補佐だ。

 

「お前たちは一体何者なんだ……?」

 

 ハーマンが問う。

 

 ムンベイはにやっと笑い、胸を張った。

 

「へへ……アタシはぁ、荒野の運び屋さ~♪」

 

 その横で、フィーネがぽつりと言った。

 

「ムンベイ」

 

「なんだい?」

 

「バッタみたいね」

 

「バッタ?」

 

「あのグスタフに立ち向かおうとしたバッタのこと?」

 

 ムンベイは一瞬きょとんとし、それから可笑しそうに笑った。

 

「……そうだね。そうかもしれない」

 

 巨大な相手に敵うわけがない。

 そう言われても、それでも挑む。

 

 気づけばムンベイの中にも、バンの我武者羅さが少しずつ移っていたのかもしれない。

 

 その時、外から白い獣の咆哮が響いた。

 

「バン……!」

 

 フィーネが顔を輝かせる。

 

 カレンは口元を僅かに上げた。

 

「遅いわよ」

 

 その声には、呆れと安堵が半分ずつ混じっていた。

 

 シールドライガーが戻ってきたのだ。

 ジークと共に。

 

 戦場が、いよいよ本当に動き出す。

 

 共和国軍、帝国軍、バンたち、そしてムンベイ。

 それぞれの思惑が、このレッドリバー戦線でぶつかろうとしていた。

 

 ――とべ、ジーク。

 

 それは空を飛ぶという意味だけではない。

 閉じ込められた場所を破り、追い詰められた状況を跳ね返し、まだ見ぬ先へ向かうための、小さくて確かな力の名だった。

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