カッツェ平野の内臓男爵   作:散弾アイスクリーム

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はじめまして。本作が初投稿となります。
至らぬ点も多々あるかと思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。


本編
序章:カッツェ平野の内臓男爵


永久に晴れることのない負のエネルギーの霧が濃密に立ち込める、死の大地カッツェ平野。生者が足を踏み入れれば命を落としかねない、無数のアンデッドが彷徨うこの呪われた荒野の深奥に、かつての豪奢な建築様式を僅かに留める巨大な廃屋敷が静かに佇んでいた。屋敷の内部は外観の退廃的な様相とは打って変わり、不気味なほどに整頓され、上質な調度品が並べられていた。

 

その屋敷の主、イーサン・マース・マトックは、執務室の豪奢な椅子に深く腰を掛けていた。

 

彼は異形種「内臓の卵(オーガン・エッグ)」と言われるアンデッドであり、現地においてはごく一部の裏社会の住人にのみにその存在が知られている。

 

芋や卵を思わせる丸みを帯びた肥満体型を持ち、皮膚の色は死体を連想させる気味の悪いほどの純白。顔らしき器官は一切存在しない。さらに、頭部から下腹部にかけて体の前面が縦に大きく裂けており、そこから生々しい内部の臓器が覗いている。皮膚に直接縫い付けられた無骨な巨大なボタンと太い糸によって、中身が飛び出ないように強引に閉じ合わされているその姿は、おぞましいの一言に尽きた。

 

一方、彼の装いは極めて紳士的であった。上質な黒い上着を身に纏い、自身の腹から引き摺り出した腸をマフラーのように首に巻きつけ、顔と呼べるもののない頭の大部分を覆い隠すように巨大なシルクハットを被っている。

 

「……順調ですね。実に素晴らしい」

顔の裂け目の奥から、声帯に代わるであろう未知の臓器を震わせて発せられた声は、外見の醜悪さからは想像もつかないほど洗練され、聞き心地の良い優雅な響きを持っていた。

直接的な戦闘能力を完全に捨て去り、交渉と精神干渉に特化した特異なクラス構成を持つ彼ならではの、他者を魅了する声色である。

 

「はっ。閣下のご威光と采配により、今回も人間どもとの取引は滞りなく完了いたしました」

机を挟んで恭しく頭を下げるのは、側近兼護衛を務める死者の大魔法使い(エルダーリッチ)のギャルソンである。

 

彼自身の姿もまた異様であった。仕立ての古い執事服を着こなす骸骨というだけで十分に異端だが、特筆すべきはその右腕の半ばから先が完全に欠損していることである。それはかつて、この平野を彷徨う強大な自然発生アンデッド——死の騎士(デスナイト)の支配を試み、その圧倒的な暴力と殺意の前に、文字通り片腕を代償にして辛くも逃げ延びた過去の傷跡であった。

 

彼らの背後には、ギャルソンによって魔法的に支配された数体の無個性な下位死者の大魔法使い(エルダーリッチ)たちが、召使いとして微動だにせず控えている。彼らは主たちのために、決して飲まれることのない芳醇な香りの紅茶を淹れ、ただその場の「優雅な空間演出」のためだけに待機していた。

 

イーサンとギャルソンの関係は、傍目には絶対的な主従に見える。しかし実際には、互いの利益のために結びついた対等な協力関係であった。

 

ギャルソンの目的はただ一つ。かつて自身の右腕を切り落とした死の騎士(デスナイト)を完全に支配し、己の配下に加えること。そのために知識を貪り、より高位の魔法を行使できるようになるための研鑽を日々続けている。

一方のイーサンは、自身の直接的な戦闘力の低さを補うための強大な「武力」として、ギャルソンの魔法の才を必要としていた。

 

カッツェ平野の低位アンデッドをギャルソンの魔法で支配して負のエネルギーを集め、同時にイーサンが人間社会との裏取引によってマジックアイテムや希少な魔導書をかき集める。そうしてギャルソンの強化を全力で支援しているのである。

 

「王国の裏社会を牛耳る八本指。彼らとの取引ルートは完全に確立されました。……人間という生き物は、くだらない欲望に忠実であるがゆえに御しやすく、実に愛らしい苗床です」

イーサンは首に巻いた腸を、まるで高級な毛皮でも扱うかのような優雅な手つきで撫でた。自身の感情の昂りに合わせ、腸が微かに蠕動運動を起こし、シュルリと首元で生き物のように蠢く。

 

他者の苦痛や絶望を愛好し、相手を巧みな話術と契約で社会的な破滅や隷属へと追い込むことを至上の娯楽とするイーサンにとって、人間の裏社会は格好の遊び場であり、同時に壮大な野望のための豊かな資源庫であった。

 

「ギャルソン。貴方の魔法の探求が結実し、帝国が誇るあの三重魔法詠唱者(トライアッド)、フールーダ・パラダインをも凌駕する力を手にした暁には……我々の真の計画を始動させます。手始めにヴァディス自由都市を支配し、生者のいない、我らアンデッドだけが絶対的な支配権を持つ完璧な独立国家を建国するのです」

 

「御意。この隻腕の借りを死の騎士(デスナイト)に返し、極めし魔導の力をもって、必ずやイーサン様の建国計画の礎となりましょう」

ギャルソンの眼窩で、青白い炎が野心と復讐心に燃え上がる。

 

彼らは、カッツェ平野の廃屋敷から決して表舞台に出ることはなく、取引のすべてを使役したアンデッドに任せて暗躍を続けていた。現地基準において彼らは間違いなく『英雄級』と呼ばれる強者であり、その計画はゆっくりと、しかし着実に現実のものとなろうとしていた。彼らの力があれば、それは決して不可能な夢ではなかったはずだ。

 

——この時点で、彼らは知る由もなかったのだ。

自身たちが人生の全てを懸けて支配を夢見たあの恐るべき死の騎士(デスナイト)を、ただの歩兵や盾として「何百体」も使役し、魔法の深淵を体現する絶対的な死の支配者が、すぐそこまで迫っていることを。

 

ナザリック地下大墳墓という、この世界の理すらも蹂躙する圧倒的な存在の目から見れば、彼らが何百年もかけて練り上げた壮大な野望すらも、観察箱の中で矮小な虫が蠢いている程度の、取るに足らない事象でしかないという残酷な事実を。




おぞましいアンデッドなのに振る舞いを気にかけているっていうのはギャップ萌えですかね?
次章は明日の朝投稿予定です。
感想お待ちしています。
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