カッツェ平野の内臓男爵   作:散弾アイスクリーム

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今回の途中から原作の時系列に突入になります。

――つまり不憫が始まります。



第一章:種撒く者と死の宝珠

ナザリック地下大墳墓という絶対的な脅威がこの世界に顕現する、数年前のこと。

 

常に死の気配が立ち込めるカッツェ平野の深奥、その廃屋敷の執務室にて、イーサン・マース・マトックは一つの禍々しいアイテムに思いを馳せ、顔のないのっぺりとした頭部を優雅に傾けていた。

 

漆黒の闇を極限まで凝縮したかのような、濃密な負のエネルギーを放つ宝玉――『死の宝珠』。

独自の知性を持ち、生者の魂を喰らいながら成長するこの恐るべきマジックアイテムを、イーサンは自身の野望を成就させるための「極上の撒き餌」として利用することを思いついていた。

 

「……イーサン様。手筈通り、使い魔として使役しているアンデッドを通じ、ズーラーノーンの十二高弟、カジット・デイル・バダンテールへの接触が完了いたしました。奴はあの宝珠を、自身の悲願を達成するための『鍵』だと信じ込んで疑わないようです」

隻腕の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、ギャルソンが、眼窩の青白い炎を揺らしながら冷ややかな声で報告する。

 

イーサンは首に巻いた自身の腸を、まるで上質なシルクのマフラーでも扱うかのように撫でつけながら、腹の底から歓喜の震えを漏らした。

「素晴らしい。人間というものは、自身の寿命という絶対的な限界に怯えるがゆえに、目先の力に容易く飛びつく。カジットとやらは自らを宝珠の『主』に選ばれたと勘違いしているのでしょうが……実に哀れで愛らしいですね。生者があの宝珠を使い続ければ、いずれその精神は汚染され、宝珠の意志――ひいては、それを裏で操る私の完全なる傀儡と化すというのに」

イーサンの計画は、直接的な戦闘を好まない彼にふさわしく、極めて狡猾かつ効率的だった。

 

カジットがエ・ランテルの広大な墓地を利用し、都市を丸ごと死者の街に変える大儀式『死の螺旋』。それを成就させ、数万というアンデッドの軍勢が生み出されたその瞬間こそが、イーサンの狙いである。

 

すべてが熟したその時、自身の力と宝珠の繋がりを用いて、アンデッドの絶対的な支配権を根こそぎカジットから簒奪するのだ。

 

「汗水流して荒れ地を耕し、種を撒き、作物を育てるのは、いつだって愚かで無能な人間の役割です。我々は、豊かに実った果実だけを優雅に摘み取ればよい。エ・ランテルが未曾有の混乱に陥れば、ヴァディス自由都市に常駐している王国側の人間たちは、彼の地の防衛と救援のために根こそぎ引き抜かれるでしょう。我々の手で数万のアンデッド軍団を掌握できれば、手薄となったヴァディス自由都市の制圧など造作もありません」

 

「御意に。その暁には、私も集まった莫大な負のエネルギーを利用し、さらなる高位魔法の極致へと至ってみせましょう」

 

二人の間で交わされる密談は、確かな成功の予感に満ちていた。

 

カジットの妄執も、エ・ランテルの住民の命も、すべては自分たちの建国のための踏み台。

 

それから数年後。エ・ランテルの方向から、空を黒く染め上げるような膨れ上がる尋常ではない負の気配を感じ取り、イーサンは勝利の美酒(彼に飲食の機能はないが)に酔いしれる準備を始めていた。

 

 

――しかし、その「果実」が彼の手の中に落ちてくることは、永遠になかった。

 

「……イーサン様! エ・ランテルの墓地に集積していた負のエネルギーが、霧散いたしました! 『死の螺旋』が……完全に崩壊しております!」

 

平野の端に監視に当たらせていたエルダーリッチからの切羽詰まった念話報告に、執務室の空気が一瞬にして凍りついた。

 

イーサンの腹部の裂け目を強引に塞いでいる無骨なボタンが、ギリッ、と嫌な音を立てる。極度の苛立ちにより内部の臓器が膨張し、太い糸を弾き飛ばそうと蠢いたのだ。

 

「なんですって……? カジットが儀式を失敗したとでも言うのですか? あの宝珠まで持たせておきながら、どれほど無能ならばそのような失態を……!」

 

「い、いえ! 報告によれば、突如として現れた『モモン』と名乗る漆黒の全身鎧を着た戦士と、その仲間の『ナーベ』という魔法詠唱者が、カジットと、その護衛であったクレマンティーヌを瞬く間に葬り去ったとのこと! カジットが使役した二体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)すら、そのたった二人の手により完全に討伐されたとのことで……!」

 

「……ズーラーノーンの高弟二人と、万をも超えるアンデッドの軍勢を、たった二人の冒険者が倒したというのですか……?」

イーサンの顔のない頭部から、いつもの洗練された余裕ある声色が消え失せていた。

 

万を超えるアンデッドを相手にしての勝利。それ自体は、まだ理解の範疇にある。いくら数がいようとも、所詮は低位のアンデッドだ。王国のアダマンタイト級冒険者チームが束になれば、時間をかけて削り切ることも不可能ではないだろう。

 

だが、状況が異常すぎる。

第三位階までの魔法を行使できるカジットと、その弟子たち。加えて、英雄の領域に足を踏み入れている元漆黒聖典の戦士であるクレマンティーヌ。さらには、一切の魔法を無効化する絶対の盾である骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が二体。

 

これらすべてを、名もなき戦士と魔法詠唱者の「たった二人」で撃破したという事実。

 

(完全に人間の領域を逸脱している……。間違いなく、アダマンタイト級すらも凌駕する規格外の存在だ。あの帝国のフールーダ・パラダイン以外にも、これほどの障害が人間の側に潜んでいたとは……完全に計算外でした)

 

「使えない男ですね、カジットは……。して、モモンという戦士はどうなりました? 『死の宝珠』は?」

「はっ。宝珠はモモンの手に渡ったものと推測されます。奴はそれを回収し、いずこかへ持ち去った模様です」

 

その報告を聞き、イーサンは重い沈黙に沈んだ。

長年かけてカジットを裏から操り、死の宝珠という貴重なアイテムまで投資して入念に仕込んだ「建国」の第一歩。それが、たった一人の見知らぬ冒険者の理不尽な暴力によって、無残に踏み躙られたのだ。

 

首の腸がギリギリと首を締め付けるように激しく蠢き、行き場のない怒りと苛立ちが全身を駆け巡る。

だが、彼は《ノーブル》のクラスを持つ貴族たる者である。感情に任せて取り乱し、喚き散らすことなど、紳士の美学に反する。

 

「……ふむ。まあ、良いでしょう」

イーサンは強引に自身を納得させるように、深く、低く息を吐き出した。腹部のボタンの軋みが、少しだけ収まる。

 

「死の螺旋は、我が国を興すための数ある布石の一つに過ぎません。一つ潰れたところで、代替案などいくらでも用意できます。それに……」

イーサンは、顔のない頭部をエ・ランテルの方向へとゆっくりと向けた。そののっぺりとした顔には、狡猾な策士としての獰猛な笑みが浮かんでいるように見えた。

 

「モモンとやらが宝珠を持ち去ったというのなら、それはむしろ好都合というものです。いかに英雄級を超えた力を持つ人間であったとしても、宝珠が囁く甘い力の誘惑には抗えまい。奴が圧倒的な力に溺れ、宝珠に精神を喰われ狂気に堕ちたその時……私自らが出向いて、新たな契約を交わしてやりましょう」

イーサンは濁った血で満ちたグラスを傾ける仕草をした。

 

「英雄を堕とし、我が最強の尖兵、あるいは最高級の駒として迎え入れる。力を行使するのはモモン、そしてそのモモンを操るのは私。結果的に得られる利益は、死の螺旋よりも大きいかもしれません」

 

「なるほど。イーサン様の力をもってすれば、精神を病んだ人間を操るなど赤子の手を捻るようなもの。転んでただでは起きない、実に見事な采配です」

ギャルソンが深く感嘆の声を漏らす。

 

イーサンは「ええ、私に交渉で落とせない者などいませんよ」と傲然と胸を張った。

 

カジットの死も、死の螺旋の失敗も、すべては些事に過ぎない。未知の規格外たる強者モモンすらも、いずれ自分の手駒として泥を舐める運命にある。イーサンはそう固く、微塵の疑いもなく信じていた。

 

その「モモン」の正体こそが、自身の理解を遥かに超越した神のごとき絶対者(オーバーロード)であり、宝珠の精神汚染など欠伸が出るほど通用しない超越者であることなど、この時の彼が知る由もなかったのである。ましてや、その至宝たる死の宝珠が、やがて巨大なハムスター(ハムスケ)の「お喋りなアクセサリー」になる運命にあることなど、彼の優秀な頭脳をもってしても予測できるはずがなかった。




実際のところカジットは誰から死の宝珠を貰ったんですかね?

ズーラーノーンの盟主なんですかね?

あと不死者のohの最新刊も楽しみですね
感想お待ちしています。
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